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使用人は悪役子息の性癖を真っ直ぐに育てたい

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 俺は真っ白なシャツに黒いズボンというシンプルだが仕立ての良い服を着て、本日からお世話になるデュラン公爵様とその子息の前に立っている。本日、俺はこの素晴らしい名家の使用人になった。

「シュロ、うちの息子のミュゲだ。よろしく頼むよ」

 気さくな笑顔を浮かべるデュラン公爵様は眩いほどの美丈夫で、その横には小さい少年が恥ずかしそうに並んでいる。つやつやの金髪に黄緑の瞳、顔立ちは公爵様によく似ていて、将来は美形が約束されていることがわかる。

 ミュゲ? ミュゲ・デュラン。
 聞いたことあるなと過去の記憶を探り、俺は叫びだしたくなるのをぐっとこらえた。

「ご子息様、よろしくお願い致します」
「……よろしくね」

 ふにゃと小動物のように笑う天使がいた。

 しかし誰が予想できるだろうか。
 この天使が後の貴族令息失踪事件の変態黒幕になる悪役だなんて……。
 


 ****



 俺の名前はシュロ・ルグラン。現在16歳。元はしがない子爵家の次男だったが、紆余曲折あって叔父のルグラン伯爵に養子にしてもらった身である。不思議なことに、小さな頃から科学技術の発達した島国『日本』に住んでいた男の記憶を持っている。

 さらに赤裸々に話をさせてもらうと、俺の実家である子爵家は大変なクソオブクソだ。父親は無能のアル中、母親は散財家の浮気性、兄は暴力ですべてを解決しようとする無法者で、我が家は不良債権の塊だった。

 両親は貴族では珍しい恋愛結婚で、母は駆け落ち同然で見目だけが良い父と結婚した。運命の恋なのよ~! と騒いで結婚したと、母の弟である叔父のルグラン伯爵が教えてくれた。

 しかしまぁまぁ資産持ちの伯爵家が農業で細々暮らしている子爵家で満足できるわけもなく、母は兄と俺を産んでから速攻浮気をした。父はそれでも母が好きらしく、甲斐性がないと言われてわけのわからんビジネスに手を出した。勢いで始めた事業が上手くいくはずもなく子爵家は傾く、母は浮気、父は現実逃避に酒を煽ってまた勢いよく失敗、を繰り返してほぼ子爵家は没落状態。

 こんな家で兄と俺に家庭教師など雇う金があるわけもなく、兄はろくな教育も教養もないうえに躾もされず、暴力的なまますくすく育った。次期子爵家当主は俺なんだぞ! という謎理論で俺を衰弱死一歩手前までボコボコにするアホだ。いやいや、領民には悪いがこんな傾いた領地なんて俺はいらんけどな!?

 小さな頃から別人の記憶があった俺は実家の惨状を理解し、早々に見切りをつけた。
 叔父の領地にヒッチハイクで向かい、頭を下げて縁切りをしたいと願い出たのは俺が10歳の頃のことである。

 母のいた伯爵家はあまりに母が金の無心をするので縁切りされており、父も永遠に伯爵家には関わらないという誓約書を書かされたのだと知っていた。しかし叔父の噂を聞けば、かなりの人格者で上位貴族とも懇意にしている素晴らしい人なのだそうだ。俺は子供だしせめて奉公先くらいは世話してもらえんだろうかと藁にも縋った次第である。

 まぁ最悪これでダメだったら家を出て、住み込みのバイト先を探すつもりでいた。俺はもはや平民同然に暮らしてるし何とかなるだろうと楽観的だったのだ。

 本当に人格者だった叔父はボロボロの子供が一人やって来たということで会うだけ会ってくれた。金の無心を頼まれたかと思いきや、仕事先を紹介してほしいと大人顔負けに宣う甥っ子に驚き、現状を聞いて頭を痛めたようだった。

 このままだと死ぬので平民になりたいが手続き教えてもらえないか? と俺が言うと、叔父はひとまず待てと屋敷においてくれることになった。もしかして使用人にしてくれる!? と喜んで待機し、その日は久々に味のついてる食べ物を食べ、あったかい寝床で寝かせて貰えた。

 伯爵家には息子が二人いて、どちらも俺より年下だった。
 珍しい子供の客に興味を持ったのか、遊べ遊べと煩いので日本の記憶で小さい子供も遊べそうな遊びに付き合ってあげることにした。

 氷鬼や手遊び、したことのない遊びに彼らは大熱狂した。勉強そっちのけで遊びそうになるので、終わらせたらご褒美に面白いものを教えると約束したり、簡単なマジックを見せてタネがわからなければ宿題を一つ終わらせるとルールを作ってみたら、二人とも躍起になって勉強に励む励む。

 数日の滞在で、俺は一目置かれる彼らの兄貴分になったわけだ。やんちゃ坊主だった彼らが急に勉強をし始めたことが叔父にも伝わり、俺は価値ありの称号を獲得。叔父が実家との縁切りに協力してくれることになった。

 その手続きの一環として俺はまず家に戻ったが、不在を心配されるどころか不在に気付かれもしなかった。普段からその程度の扱いだ。その後伯爵家が懇意にしている男爵家がやってきて、俺を養子にと提案。ポンとそれなりの金を出せば明日のパンにも困る子爵家、長男はいるしいいやと簡単に俺を養子に出した。

 そこから俺は二つの家の養子になった後、最終的に叔父のいる伯爵家の養子となった。本当は平民になるならなるでそれでもよかったのだが、平民になると両親、腐っても子爵家の相手は大変だろうということでこの方法となった。

 義弟になった従弟達は大変喜んでくれた。黒髪に青い目の俺達はルグラン伯爵家の色がよく出ていて本当の兄弟のようにも見える。義弟になった彼らは毎日俺のベッドで寝ようとして伯爵夫人に怒られていた。

 大恩ある叔父にせめてかかった金くらいは返したい。
 というわけで俺は良家の使用人になることを目標に日々研鑽に励んだ。叔父はそんなことを心配する必要はないと言ってくれたが、俺の中に燻る大和魂が、恩に報いなければと騒いでいる。

 義弟達に混ざって家庭教師から教えを受け、文字もろくに書けなかった俺も熱意と根性で優秀な成績を収めるにいたり、同い年の貴族子息と遜色ない知識を得ることができた。マナーが一番大変だったが、使用人になるならマナー必須っしょ! と努力を重ね、公式の場で自分を私と言う、貴族然とした青年に進化したのである。

 俺は成人するとデビュタントなんてものには目もくれず、仕事先を叔父に強請った。義弟も懐いてるのになぁ、と叔父からチラチラ見られたが、そんなことより俺は恩(金)を返したいのである。
 そんな俺の強い意志に負けたのか、叔父は懇意にしている公爵家の使用人見習いとして勤める手筈を整えてくれた。

 そうしてやって来ました公爵家、その初日に出会ったご子息の名前と容姿で俺は気付いてしまった。
 あ、これめっちゃ日本で流行ってたアニメの悪役の子供の頃だ、と。

 アニメは元はPCゲームで、かなり人気の作品だった。オープニングが特徴的で、当時コメント付き動画が流行っていたおかげでファンがこぞってMADムービーと呼ばれる動画を多数アップした。『何度でもーくりかーえす! だーいすきー! だーいすきー! だーいすきー!だーいすきー!』というOPのサビは、アニメやゲームを知らない一般層の脳にもこびりつき、カラオケランキングで一年近く上位を取り続けた。

 さてそんな大人気アニメともなればさぞや楽しい作品だったんだろうなと思いきや、ゲームのジャンルはホラーミステリーだ。
 ほ~ら不穏になってきた!
 
 ストーリーは簡単に説明すると騎士の家系に育った主人公と幼馴染のクーデレ系美少女、学園に入ってから出会うクールだが頼もしい美青年、男勝りな王女様、大和撫子を体現したようなおしとやかな先輩、5人が協力して連続男子生徒行方不明事件の真相を探るものだ。ゲームだと分岐によってはその令息達は惨殺されていたり、ヒロイン達も死ぬし、主人公も死ぬ。なお、アニメは深夜帯だった。お察しである。

 端的に犯人が誰だったかというと、クールな美青年ことミュゲ・デュランくんだ。
 時折不穏なところが見えるヒロイン達とは違って、ミュゲ・デュランは主人公の親友で絶対的に頼れる役回りだったから、彼が黒幕がわかった時のファン達の心痛は察して余りある。
 SNSに溢れるアニメ公開により解禁されるネタバレやストーリー考察は名物であったが、黒幕が判明した時のSNSはもはや地獄であった。

 彼は何というか環境が悪かった。母親の弟を家庭教師として招いたら、ショタ好きド変態だった。家庭教師として屋敷になじんだそいつはミュゲの両親を事故に見せかけて殺し、ミュゲの後見人として公爵家を征服することに成功。ミュゲは自分がされていることを誰にも相談できず、大きくなるまで変態から性的虐待を受けて育った。

 ミュゲはこれが愛なのだと叔父に言われて育ったため、性癖と性格がねじ曲がった。もともと賢かったミュゲは叔父に薬を盛り、惜しみなく”愛を返す”ことにした。彼は叔父を調教し、自分がされていたように畜生以下として扱ったわけだ。やりすぎたのか、ほどなくして叔父は全裸で死亡。ぽっかり心に穴が空いたミュゲは周りの者達も”愛してあげる”ことにしたのだ。

 はーーー!? お前お前お前お前が全部悪いー!!!!!!(見たこともないミュゲの叔父に向けて)

 今のミュゲにも家庭教師がついているが女性で、叔父ではないとのことだった。
 であれば俺の今後のためにも全力でミュゲの性癖をまっすぐに育てなければならない。
 偉い人は言いました。イエスロリショタ! ノータッチ!

「いいですか、ミュゲ様。お医者様でもないのに体をむやみに触ろうとしたり、服を脱がせてくる相手には?」
「やめてください! 未成年への性的接触は法に触れます!」
「よし! いいですよ! それでも触ろうと近付いてきたら?」
「助けてくださいと大きな声を上げます!」
「口を塞がられたら!?」
「塞いできた手の指を反対に曲げます!」
「やる時は?」
「思い切りやります!」

 いいぞ、と俺は拳を握る。ミュゲへの性的虐待は徐々にエスカレートしていたとあったはずなので、公爵夫妻が存命中にも行われていた可能性がある。もしそうならこれで一発ぶちかましてやるつもりである。来るなら来い変態、目にもの見せてくれるわ。

「えへへ、シュロ嬉しい?」
「はい。これでミュゲ様に近付く変態は一網打尽です。……そろそろ護身術と剣の稽古の時間ですね。参りましょう」
「うん! 終わったら夜までずっと一緒に遊んでね」
「かしこまりました」

 俺のご褒美に遊んであげる戦法はミュゲにもよく効き、この公爵家でも俺はご子息の良い兄貴分になっていた。執事長からガンガン鍛えられていて毎日大変ではあるが充実しているし、貯金も貯まる。

 さらに俺が日本の記憶に基づいた騎士の物語を話すことで、ミュゲは強さというものに興味を持ったらしい。今では勉強の他、剣や護身術も習い始めてすくすくと成長していた。性癖は確認できないがまだまっすぐのはずである。

「シュロは僕が守ってあげるからね!」
「ありがとうございます。でもまずは御身を守ってください」
「僕、シュロを守りたい……」
「私を襲うものなどおりませんからご安心を」
「そんなことないよ! 僕が絶対守るんだもん!」

 え~ん。めっちゃ懐いてくれてる可愛い~。俺の坊ちゃま世界一可愛くないですか? ですよね~~??(脳内にいるイマジナリー俺もこれにはにっこり)

 もともと主人公格のミュゲはすくすくその才能を伸ばした。
 家庭教師が真っ青になるほどの知識が既に彼の頭には入っているし、護身術は大人を転がせるほどだ。これがレギュラーの力! 将来はCV稲葉沖!(当時日本で大人気だった声優。主人公やライバルの声といえば大体この人だった)

 俺はすっかりミュゲの可愛さの虜である。だってめちゃくちゃ可愛い美少年が自分を慕ってちょこちょこついてきたり甘えたりしてくれるんだぞ? 可愛くないわけがない。
 ブラコンみたいになってしまった義弟達にバレたら大変だが、こっそりミュゲを弟のように思っている。きっとミュゲも俺のことを兄のように思ってくれているだろう。

 そうして過ごして一年を迎えようとした頃、例の変態はやって来たのだ。

「姉上に義兄上。お久しぶりです!」
「わざわざ家庭教師に来てもらってすまないね」
「いえ、僕なんかでよろしければ。……ミュゲも相変わらず可愛いな。久しぶり」

 人のよさそうな顔をした細目の青年が公爵夫妻やミュゲと挨拶をしている。
 ちょっとした間と視線に、俺は物凄く不快な気分になるが、努めて表情には出さない。

「あれ? 君は? 知らない顔だな……」
「使用人見習いのシュロ・ルグランと申します」
「あぁ、ルグラン伯爵家のご子息か。これからよろしくお願いするね」

 はい絶対にお断りでございます! などと言えるわけもなく、深々と頭を下げてやり過ごす。
 絶対お前なんか坊ちゃまに近付けさせもしないからな!!!!



 ****



 と、息巻いていたのが一ヶ月前の俺です。

「なんて綺麗なんだシュロ……本当はもっと若い子がいいのだけど、君のように華奢で美しい子なら大きくても構わない……」
「私は構いますが!?」

 メーデーメーデー!!!!! 変態が!!! なぜか俺を狙っています!!!!!
 どうしてこうなったか説明! 坊ちゃまは既に家庭教師もいらないほど頭が良く、変態では役に立たなかったのでお役御免。よっしゃお帰りくださいませ~! と内心歓喜の雄たけびを上げてうっきうきの俺! 

 そんなある日荷物を纏めるのを手伝ってくれと変態に言われ、なぜか他に使用人もおらず、しゃーねーこれが最後の変態だからなとしぶしぶ手伝っていたらベッドに押し倒されていた! 以上! 説明終わり!

「やめてください! 使用人への虐待は法に触れます!」
「違うよ。これは愛なんだ。僕の愛を受け取っておくれ」
「(ぎゃ)~~~~!!!!!!」

 服の中に変態の手が侵入し、俺は涙目になった。執拗なほど胸を弄られ、乳首をこねくりまわされている。勉強や仕事に必死だった俺はこの手の免疫がまるでない。男どころか女相手だってないのだ。とにかく不快でしかない。

 無理矢理愛撫してくる腕を引っ張って抵抗しようにもうまくいかず、むしろその抵抗に変態が興奮して鼻息が獣のように荒くなっていた。
 よくよく考えれば俺は坊ちゃまを守ることばかりで、自分を守る術を全く身に着けてなかったのである。馬鹿! 俺の馬鹿!!

 もともと肉付きが悪くて力のない俺では、大人相手にどうすることもできない。胸を弄られ、ズボンを無理矢理脱がされてしまう。さすがに血の気が引き、一心不乱に引っ張っても叩いてもビクともしない。その間も、冷たい濡れた手が無遠慮に下半身を弄る。性器に何かを塗り込むように触れられ、足をばたつかせて抵抗しているうちに下半身がじわりじわりと熱を持ち、体と頭が痺れていくのがわかる。

「あぐっ、ぁッ」
「すぐ効くだろう? 本当はミュゲに使いたかったけれど、君が乱れるのを見れたらお釣りがくるね……」
「へん、たいッ……」
「……意外と口が悪いね」

 教育が必要だ。と変態は言った。倫理とか道徳とか知らない奴に教育を語って貰いたくないし、たぶん俺が言っている教育とは何もかもが違うだろう。

 俺が抵抗できなくなると、変態はぴちゃぴちゃと俺の首、頬、耳を舌で嘗め回してきた。気色が悪くて涙を流すことしかできず、悔しさに歯を食いしばる。性器は痛いくらい腫れあがっていて、少しでも擦れると射精してしまいそうだ。それをわかっているのか、やたら俺の下半身に腰と性器を押し付けてくるのが堪らなく嫌だった。

「シュロ……これが愛なんだよ……いい子だね……」

 何が愛だ。これをゲームのミュゲは毎日のように、そして何年間も言い聞かせられながら虐待を受けたのだろう。そりゃあ性格も性癖もおかしくなるに決まっている。

 悔しいなぁ、と思うと同時に、こんな目にあっているのがミュゲではなかったことにほっとする。天使のように可愛くて真っ直ぐな坊ちゃまにはこんな酷い目にあってほしくない。

 俺の意識が朦朧とする中、変態は俺の股間に顔を埋めようとした。嫌だ、となけなしの力で蹴り飛ばそうとすると、ガチャと扉が開く音がした。

「叔父様、お母様が急いできてと呼んでますよ?」

 ノックも声掛けもせず、無遠慮に扉を開けたのはミュゲだった。普段は絶対にこんな無作法をしないミュゲにしては珍しいミスだ。
 ミュゲは笑顔が固まったまま、変態と俺を見つめていた。

「ミュ、ミュゲ!? なななんで勝手に入ってきたんだ!?」
「何を、してらっしゃるんですかねぇ……?」

 ミュゲの声は子供特有の弾むような可愛らしい声なのに、なぜか背筋が冷たくなるような恐ろしさを感じさせた。それは俺に飽和しそうな理性を取り戻させ、反比例するように変態の顔から血の気を奪っていく。

「それは僕のものですよ」
「は……? ……ッッ! がはっ!?」

 ミュゲは瞬きをする間もなく変態の間合いに入り、思い切り足を振り上げた。鋭い音ともに変態が吹っ飛び、壁に叩きつけられる。変態の頬には足跡と思しき赤い跡が顔にくっきりついていた。

「ぎぃいいッ!!」

 ついでとばかりにミュゲは崩れ落ちた変態の股間を容赦なく踏みつけ、変態は泡を吹きながらピクピクと瀕死の虫のように痙攣している。子供といえどミュゲは規格外だ。相当痛いだろう。ただミュゲ自身、かなりの美少年でもあるので変態のご褒美になっていないかは不安である。

「大丈夫シュロ?」
「ぼ、っちゃまッ…ぁ、ッおみぐるしくて、す、いません……」

 俺はこの時ようやっと自分がほぼ全裸であることに気付いた。みっともないと身繕いし直そうにも、手が震えて上手く動かない。むしろ性器に少しでも触れようものなら気が狂いそうなほど気持ちよかった。

「……僕がシュロのここ触ろうか?」
「い、いけません!! ……ッ!」
「ちゃんと僕は”わかって”るし、きっと優しくできるよ?」
「だ、だめですッ……」

 ミュゲが指をさしたのはあろうことか俺の性器だった。とんでもないと足を竦めると充血した性器が足に触れ、痛みに近い快楽に呻いてしまう。

「じゃあシュロがしてるところ見てるね」
「へ? ……あの、ひ、人を……」
「人を呼ぶ? そんな姿見られてもいいの?」
「うっ……」

 誰かにこんな姿を見られるのは嫌だし、何なら一番この姿を見られたくない相手がミュゲなのだが……。俺が情けなさと快楽で泣いていても、ミュゲは笑顔のまま俺を覗きこんでくる。

「大丈夫。僕だけしか見てないから。ね? いつもどうしてるか教えて?」

 ミュゲは優しく声をかけ、俺の頭を撫でてくれた。止めきれない涙がとめどなく溢れてきて、安心と快楽で頭がおかしくなった俺はミュゲの言う通り性器に手を伸ばし、苦しくない程度に握って上下に擦りあげていく。少し擦っただけでも気持ちよくて、そんな自分をミュゲに見られていることに申し訳なさと同時に羞恥を感じて興奮してしまう。俺もまた変態だったのだろうか……。また泣けてきた。

「う、ぅう……」
「泣かないで。シュロは綺麗だから、何をしていても綺麗だよ」

 ひんひんと泣きながら俺は一心不乱に性器を擦りあげていた。先走りのせいかクチクチと音が聞こえてきた。今まで一人で慰めていてもこんなにびしゃびしゃになったことなどない。
 せり上がってくるような快楽に体と思考を委ね、はしたなく腰が揺れる。そんな俺のみっともない姿をなぜかミュゲがじっと瞬きも惜しむように見ている気がして、背筋がゾクゾクしてそのまま果ててしまった。これで一回、それでも静まらず二回慰めると、ようやっと体が熱を失ったようだった。

「お疲れ様。あとは僕に任せてね」

 にこりと笑うミュゲの顔が真っ黒に見えるなんてきっと薬の副作用に違いない。
 普段よりも大人びた口調もきっと俺の脳内処理がおかしくなっているせいだ。俺は身も心も限界で、目を閉じてすぐに意識を失った。



 ****



 その後の話をしよう。あのあとミュゲは俺の体に毛布をかけた後、使用人や父親を呼んだ。部屋にはのびてる変態と着衣が乱れた上に気絶している俺、おまけに変態は違法な薬物を所持している。
 普段の俺の真面目な勤務態度が功を奏したのか、おぞましい行為があったと皆すぐに察したらしい。俺は使用人とはいえ公爵家が懇意にしている伯爵家の子息である。大問題だ。

「貴様ッ! よりにもよって先輩のご子息になんてことを!」
「ち、ちがッ……僕は本当はミュゲに……ッ」
「何だと!?!?!?」

 しかも大事に預かっている伯爵家令息に手を出しただけではなく、実は息子も狙っていたことを知った公爵閣下は大激怒。血縁である公爵夫人が実家に訴えかけ、慌てて両家で変態の身辺を確認すると、被害者である俺や幼いミュゲがいる場ではとても口にできない、と大人達が顔を青くするような状況だったらしい。
 
 話し合いの結果、変態は”物理的に子供を作れないようにした”状態でなんと国防軍に放りこまれることになった。もうすでに新たな砦を作るための開拓地に配属になることも決まっているらしく、ヒョロヒョロ貴族が僻地に飛ばされたとなれば、平民上がりや武官を輩出するような貴族の出の奴らにいじめと違わぬ方法でみっちりしごかれるだろう。

 訳アリだとわかる貴族、しかも高位貴族であればさぞやなぶり甲斐があるだろうな……。

 女日照り……とも聞いたことがあるから、まぁそうなると……多分俺の想像とほぼ変わらぬ地獄が変態を待ってるだろう。因果応報って怖いなぁなんて思う。死ぬより辛いだろうな。ワンチャン新しい性癖に目覚めるかもしれないけど。

 何にせよこれでミュゲのヤッバイ性癖フラグを叩き折れたのは良かった。
 後は平和を享受するだけ、と、思っていたのだが……。

「ミュゲ様、本当に大きくなられましたね……」
「そりゃあ僕も学院に行く年だしね」

 あの悍ましい事件から3年が経ち、ミュゲは美少年から美青年に進化していた。しかしゲームやアニメの時と雰囲気が大分異なる。首も腕もがっしりしていて、特に腕回りは俺と二回りも違うのだ。
 二次元のミュゲがクールビューティであるならば、今のミュゲはスポーツマンタイプの爽やかイケメンである。これはこれで人気が出たに違いない。

「それで……本当に私を学院につれて行かれるのですか……?」
「え? 嫌だった?」

 物語の舞台である学院へは高位貴族のみ使用人をつれて行くことができる。そしてミュゲの使用人の一人として、まだ年若い未熟な俺が選ばれたのである。正直言って、実力を過信されていないか不安で仕方がない。

「うん。だって、シュロがいないと寂しいし」

 しょんぼりと項垂れるミュゲの頭にタレ耳の幻覚が見える。身長を抜かされてなお、俺は未だにミュゲが可愛くて仕方がないのだ。しょんぼりされるとズキンと心臓が痛み、そして自分を求めてもらえる嬉しさにズキュンと心臓が痛む。こ、この天使め! 

「そのように思って頂けて、使用人冥利につきます」
「シュロは使用人以上だよ」
「坊っっっちゃま!」
「シュロの坊ちゃま呼び久しぶりだなぁ。甘えたくなっちゃうよ」

 感極まって口元を抑える俺にミュゲは遠慮なく抱き着いて離れない。グリグリと頭を肩に押し付けてくる様子は飼い主に甘える大型犬だ。

 ミュゲは大きくなっても変わらずこうやってスキンシップを取る。昔は飛びつかれても平気だったけれど、今は少しふらついてしまうので、そうなるとぎゅっと抱きしめて支えてくれるのだ。

 頼り甲斐が出てきたんだなぁと思うと同時に、熱のこもった手に触れられると何となく引っ掛かりを覚える。その引っ掛かりはミュゲが俺をじっと笑顔で見つめるとすぐ霧散してしまうのだけれど。

「ミュゲ様!! 私でよろしければ! 喜んでついて参ります!」
「シュロ大好き。ず~~~~~~っと僕のだよ……」
「はい、ミュゲ様の使用人ですよ」
「ふふ、そうじゃないんだけど、まぁ今はいいかな。シュロとの時間は学院に入ったらたっぷりあるしね」

 俺は(まぁフラグも折ったし殺人事件は起こらないからいいか……)と安易に学院についていくことを承諾した。正直なところ、物語の主役達をこの目で見れるという好奇心が勝ったのもある。

 だから俺は全然気が付かなかった。
 俺の目の前にいるのが天使ではなく、悪役の素質を持った肉食獣なのだということを……。




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