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第二部
32※
しおりを挟む少しだけモブとの絡みがあります。
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春樹は今朝方倒れたところを運転手に発見され、緊急入院となっていた。俺はイウディネに頼んで早退し、早良総合病院にやってきた。
「あっ、さ、わらさんの病室はめんかいしゃぜつ、でっ!」
「うむ。部屋番号は?」
「んぁ、あっ……い、ちにぃぜろろ、くっ!」
「そうか、ありがとう。礼だ」
「ひっ、あっ! ッッ――――!!」
俺は名も知らぬ親切な看護師の男から春樹の部屋番号を聞き、お礼にちょっとだけ性器を擦ってやった。あっけなく達した男は日々の激務に疲れていたのか、某ボクサーよろしくぐったり便座に座っている。無理に起こすのも可哀想なのでそのまま放置し、春樹の部屋へと向かった。
「ここか」
面会謝絶とプレートがかかった部屋に、俺は躊躇無く足を踏み入れる。中は広く、給湯設備や、トイレ、バスルームまで設置されていた。場所が病院でなければちょっとしたマンションのワンルームだ。
そんな広い部屋の真ん中、棚で隠されていた春樹を見つける。酸素マスクをつけ、白いベッドに横たわっていた。
「春樹」
「静海くん……」
俺は春樹のベッドに腰をかけ、汗をかいている額を手で拭った。喋るのも辛そうだったので、酸素マスクを持ち上げ、キスをする。治癒を施せば、少しはマシになったようだ。
「顔色が悪いな」
「あんまり良くないらしくて、このまま入院になっちゃいそう……退院はいつになるかもわからない。むしろ、生きて出てこれるかもわからないや」
マスクを戻すと、春樹の声がくぐもって聞こえた。声は小さく、春樹の傍にある機械から発される規則正しい電子音に消されてしまいそうだった。
「静海くん。僕はね。君と出会う前まで、毎日死んでも仕方ないと思ってた」
春樹は笑っていたが、まるで自らを嘲るような顔をしていた。
「でも君に出会って、死にたくないって思った。死ぬなら、君と一緒が良い」
もっと色んなことをしたかった、と言う春樹はもう色々なものを諦めてしまっているようだった。しかしまだその瞳は潤み、揺れていた。当然だ。春樹はまだ十数年しか生きていないのだ。
「そんなに俺とのセックスが良かったか?」
「あはは……。うん。良かった。身体のことを忘れるくらい本気になれたよ」
俺が茶化すようなことを言うと、春樹はやっといつものように笑った。小さく頷きながら、俺の手に管の繋がった手を重ねる。その白い手はほんのりと温かかった。
「ナツにとられるくらいなら、いっそ殺してしまうのもいいかもしれないと思った。君に会えない間もずっと静海くんのことばかり考えて、僕はここまで弱い人間だったのかと思ったよ」
春樹の声は冷たく、心からの言葉だとわかる。夏を殺したいほど、とは恐れいった。背筋がゾクリと震え、興奮してしまう。狂うほど愛してもらえるのは嬉しいものだ。
「春樹は、俺を愛しているか?」
「君への止められないほどの執着の名前がそんな綺麗なものだと思っていいのなら」
「まわりくどいやつだな」
「ふふ」
微笑む春樹の首元に、俺は幻覚を見た。見えたのは灰色がぬらりと光る鎌のようだった。死神がこの世界から春樹の魂を切り離そうとしている。そんな幻覚を見て、息が止まる。
何となく春樹の首元に手を伸ばして左右に払う。幻覚だと思うのに、やはり、とも思えた。
「ディネ、すまんな……」
俺は腕を持ち上げて手首を見た。金色の腕輪は窓から差し込む太陽光を浴びてキラキラと光っている。
本当であれば叔父上に助言をもらってからにするつもりだったが、いつ死神に浚われるかもわからない少年をこのままにしたくない。
彼は俺のものだ。
「静海くん?」
「春樹、俺のために全てを捨てれるか? 家もその身体も、未来も、全てを捨てて、俺に縋りつけるか?」
シンと静かになった部屋では春樹につながれた機械の音がやけに大きく聞こえた。春樹は弱々しく目を開いたまま、何かを思案しているようだった。
「もしお前が頷くなら、俺はお前を俺のものにしてしまおうと思う」
「静海くんは……僕とずっと……繋がっていてくれるの?」
「そうだな。むしろ俺から離れられなくなるだろうな」
それは素敵だな、と春樹が笑う。俺は靴を脱ぎ、靴下もポイとその場に脱ぎ捨てた。何事かと目を瞬かせる春樹の頭の横に足を置く。
「口付けてくれ。俺を愛しているなら」
「……」
春樹の明るい色の瞳はじっと俺を見上げていた後、震える手が酸素マスクを押し上げる。春樹は迷わず俺の足に口付けた。お前も迷わず俺を選んでくれるのか、と腹の底から嬉しさがこみ上げる。
「早良春樹を色欲の牢獄へ」
――ドクンッ
「ぐっ、っは、ぁっ……」
春樹は俺の足から離れ、仰向けになって呻く。胸を抑えて苦しみ、春樹の唇が陸に上がった魚のように何度も開閉を繰り返していた。
俺はベッドから降り、苦しむ春樹を眺めていた。チャリン、と腕輪が重なる音がする。あぁ、やはり、と思ったが口には出さなかった。
――ドクンッ
ピー! ピー! と機械からアラーム音が鳴り始めた。モニターのグラフは跳ね上がり、警告を知らせている。春樹は秋名と同じように、胸を抑えながら身体を痙攣させていた。病衣の胸元、その隙間からピンク色の光が零れ、苦しそうに眉間に皺を寄せている。
ブルリ、と春樹が腰を振るわせた瞬間、真っ白だった頬が色づいていることに気付く。クンと鼻を鳴らすとわずかに青臭い匂いがした。
程なくして医者達が部屋に入り、俺は『何をしているんだ!?』と腕を掴まれ、部屋から追い出される。
「し、ずみくんっ……」
部屋を出る間際、俺は春樹に名前を呼ばれて振り返った。
春樹のまわりには沢山の医者や看護師が群がっていたが、春樹の口元だけがかろうじて見える。
その口元は、俺には確かに微笑んでいるように見えた。
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