異世界転生は勇者フラグですか?いいえ死亡フラグです。

片桐 零

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第一部 転生者

第1話 こんにちは新世界

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意識がハッキリしない…比較的バグの少ないDWZドーズで、唯一と言ってもいいバグに、『春眠の誘い』ってのがある。
それは、ゲーム開始後、意識が仮想の肉体アバターに転送されるまでの時間が、普段以上にかかってしまうバクなんだが、これが非常に厄介なんだ。

プレイヤーの意識が転送されていない状態にも関わらず、アバターだけが実体化してしまい、ただただ突っ立っている状態で放置されてしまう。

他のゲームみたいに、プレイヤーやモンスターから逃げ込むことができる、安全圏と呼ばれる場所が、DWZドーズには存在しない。

その為、春眠状態で誰かに見つかれば、持ち物を全て奪われるし、簡単に殺されてしまう。

ほぼ唯一にして、最低最悪のバグである。

メーカーも、これを直そうと必死だったみたいだけど、システムの根本に関わる部分を変更する必要があるとかで、残念ながら直せないらしい。


…しかし、それとは違う感じだな…タイトル画面も出ないなんて、致命的過ぎんだろ…

ん?手足は、少しだけなら動かせそうだな…

体は動き辛いが、無理やり動こうと思えば、なんとか動く。

それに、徐々に目も見えてきた…薄暗いが、狭い空間じゃ無いらしい。
…外にスポーンしたのか?


…まじかよ…



目の前には大きな木製の扉が見える、巨人ジャイアントでも住んでるのかと思うほどでかい。
石を組み上げた壁も、一つ一つの石が両手を伸ばしてやっと届くかどうかくらいの大きさに見える。

DWZドーズ巨人ジャイアント…ここ暫くログインして無かったからな。
俺が知らないだけで、最近実装されたのかもしれない。

見える範囲に、他の建物は無いようだ…

DWZドーズもベースがファンタジーだけど、ゲーム開始直後は、洞窟だったり廃墟の中だったりで、ある程度の安全性は確保してあったはずだけど…

もしかして別のゲームを起動しちまったのか?

発禁になって結構経つし、クロのことだから、よく分からずに別物を掴まされたのかもな…

とりあえず、メニューを出してヘルプを見れば何のゲームか分かるだろ。

俺は右手の人差し指と中指を伸ばして、右から左に滑らせる。

あれ?…メニューが出ない…


反対か?…出ない…


縦なのか?…出ない…


まさかの左手?…出る気配…無し…



…え?メニュー無いの?

「どんなクソゲーだよ…」

…あれ?

「あ、あ…え?」

声が高い…声変わりしていない少年のような声だ。

ゲーム内で使われる音声は、自分の脳波から読み取られた擬似音声になるはずで、ここまで現実と乖離することはないはずなんだが…

それに…

「ゾンビの指ってこんなだっけ?」

指先が綺麗だ…指だけじゃない、手も腕も、見える限りじゃ何処にも欠落や斑点は無い。

やはりDWZドーズじゃないのか?
だから声が出せるのか?

それとも…

「…もしかしてゲームの中じゃないのか?」

…いやいや、起動中にバグっただけだろ。

ギアは無いし、ここは外だ。

俺たちは、クロの車の中にい…
クロ?あ、そうだ?!

「おい!クロ!」

「…うるさいなぁ…何さっきから騒いでんだよ…俺は眠いんだよ…」

直ぐ横から声がして、俺はそちらに顔を向ける。
良かった、離れた場所にスポーンしたわけじゃ無いんだな。

そこには、サラサラの金髪をした美少年が、ボロボロの毛布から顔を出して、眠そうに目を擦っていた…

………ん?

金髪?クロはスキンヘッドハゲだ。

美少年?はは、ご冗談を…あれは熊かゴリラですよ…

「…クロ!なんのつもりだ!?どこなんだよ!!」

「あ?ここにいるだろ…寝ぼけてんの…か?…え?
シロ…なのか?」

今度は明らかに、金髪美少年から声がした。
しかもこちらを見て驚いたように見開かれたその瞳は、金と黒のオッドアイときた。

認めたくないが、これがクロなのだろう……が……

なんだこの違和感!!

…本当にクロなのか心配になるレベルだ…

困惑する俺に、金髪美少年もとい、クロが話しかけてきた。

「シロ…お前のアバターの髪色凄いな、顔も違うし、誰か分からなかったぞ。」

お前も大概だけどな…

「るっせーよ、それよりお前の持ってきたのDWZドーズじゃないと思うぞ。」

「え?そうなの?」

「…俺だって事前に調べてんだよ。
起動時にタイトルすら見てねーし、変なゲームでも掴まされたんじゃねーの?」

あからさまに肩を落とすクロの様子に、言いすぎたかと反省する。

「いや…クロが悪いんじゃねーよ、別に責めたいわけじゃないしな。
とりあえず俺はバグなのか分かんないけど、メニューが出なくて困ってたんだ、クロの方で確認してみてくれないか?」

クロは首を傾げて黙っている。

「…どうかしたか?」

「あ、いや…メニューってどうやって出すんだ?」

…あの機材を持ってきた奴が、メニューの出し方すら知らないなんて…どうなってんだよいったい…

ほとんどゲームをやったことが無いであろう素人の友達に、メニュー画面の出し方を教えてやったが、案の定と言うべきか、俺と同じで何も起きなかった。

「出ない…か…バグじゃないのか?」

「なんのことだ?」

呑気なクロは気がついていないのだろう…

いや、本当にそうなのか?

頭に、ある単語が浮かんでくるが、まだ確信が持てない。

考え事をしながらクロと話していると、自分の外見についても少しだけ分かった。

俺も、クロ曰く5~6歳くらいの子供に見えるらしい。
多分同い年くらいだろうな。
手や足、他にも色々なサイズが小さくなっているのは、薄々気が付いていたが、思った以上に小さくなっていて少しショックだ。

動き辛かったのは、元の体とのギャップのせいみたいだな、慣れれば普通に動けそうだ。


でだ…クロの話では俺も美少年に見えているらしいが…俺は赤毛、クロは金髪と、かなり目立つ髪色になっている。

美少年云々は、クロのセンスがあてにならないから、鏡を探して自分で確かめるとしよう。

しかし…

「ここはどこなんだ?」

「ゲームの中じゃねーの?」

ゲーム内だと疑わない、呑気なクロは無視するとして…

この建物は、教会かな?
自分たちが子供になってるってことは、必然的に全てがでかく見えるだろうし、巨人ジャイアントの住処って訳じゃ無さそうだな。

でも、日本にこんな石造りの教会なんてあんのか?
それに、周りに建物も無いし…

もしかして海外?
北欧辺りならありそうな感じではあるし…

いや、俺やクロが元の体から子供になってることを忘れていた…

…これ…やっぱり転生なんじゃないか?

…てことは、ここ…異世界なんじゃないか?

そう考えれば、この状況…

ある程度納得出来そうな部分はある。

…ひょっとして…夢にまで見たチート能力を使えたり?

まじか!最強の能力で俺TUEEEできたりすんの!?

「ひゃっほーい!!」

「ちょ!ど、どうしたよ?」

クロはまだ気づいて無いらしいな。
この素晴らしい状況に!?

「おいおい、どうしたじゃねーよ!
これ、ゲームじゃなくて現実なんだよ!!
俺たち転生したんだって!?」

「は?転生?
転生って、あぁ生き返るってことか。
ん?ってことは、俺たち死んじまったのか?」

俺だって、元の世界にやり残したことがない訳じゃない、続きが気になるアニメや小説、漫画だってたくさんある。
まだ18年しか生きてないんだ、やってないことの方が多いと思うよ…でも、そんなこと…
ど・う・で・も・いい!

「重要なのは死んだかどうかじゃねーよ。
俺たちは、異世界に転生したんだよ!
転生ってのは…」

俺はクロに転生とは何たるかを、じっくりこってり説明してやった。

気が付いた時刻が、日の出前だったらしく、薄暗かった周囲が徐々に明るくなってゆく。

「…つうことだよ!
つまり、俺たちが勇者であり、物語の主人公になれる新しい人生が、今ここに始まったんだよ!」

俺はクロに話しながら、自分でも気がつかないうちに、崩れた塀の上に飛び乗っていた。

さようなら平凡でつまらない人生。

両手を挙げて叫ぶように宣言すると、ちょうど朝日が昇ったのだろう、最初よりも随分と辺りが明るくなり、雀のような鳥の鳴き声も聞こえてくる。

「ふーん…そんなもんかね?
ま、俺はそういうのよく分かんないから、シロが良いならそれで良いよ。」

「お、おうよ!」

脳筋クロはたぶん理解してないだろうけど、いつものことだからいいや…





…で…まだなのかな?


俺たちを導いてくれる綺麗な女神様は?
ちょっと間抜けで言いくるめれば凄い能力をくれる神様は?
魔人は?妖精は?王女様は?

この際契約を強要してくる不思議生物でも構わんぞ?

魔法少女は無理だが、魔法使いならなってもいい。

明るくなったことで、周りがよく見えるようになったが、それらしい人影や魔法陣は見当たらない。



…いや…まてまて、転生物のお約束だろ?

転生といったら、勿論チート能力じゃないの?

ただの転生とか、誰得だって話だよ?

「おいおい…ちょ!?
神様!女神様!俺らはここですよ!?
何か忘れてませんか!?」





…な…何も…

…反応がない……だと……

塀の上で叫んでいた俺の後ろ、大きな木の扉が開けられる音が聞こえたのは、俺の心が粉々に砕け散る直前だった。

「あら?声がすると思ったら…坊や達、こんな朝早くにどうしたのですか?
お家の人はどちらです?」

教会から出てきたのは、修道服に身を包んだ大人の女性だった。

少し垂れ目の優しそうな青い瞳、すっとした高い鼻、ふっくらとした形の良い唇、長く綺麗なウェーブのかかった金髪、スタイルも服に隠れていても分かる程のボンキュッボン…
その全てが好みにどストライクだった俺は、一瞬で心を奪われた。
そして、朝日が教会のステンドグラスから完璧な角度で彼女に降り注ぎ、まるで…

「女神様…」

修道服のお姉さんは、微笑みながら首を振る。

「え?…違いますよ、私はこの教会のシスターです。
女神様ではありません。」

「そうなんですか、しかし俺にとっては貴方こそが女神だ…」



…は?


…はぁ?!
何を口走ってんだ俺は?!

言い終わってから、我にかえると、恥ずかしさが一気にこみ上げてくる。
顔が燃えるように熱くなり、恥ずかしさからその場にしゃがみ込んだ俺と、それを見て腹を抱えて爆笑しているクロに、シスターが困り気味に話しかけてきた。

「あ、ありがとう?
…じゃなくて、えーっと…お父様やお母様は一緒じゃないのかな?」

シスターの言葉で、少しだけ冷静になれた俺は、思い出した。

そういえば、俺たちの親はどうなってるんだ?

そうだよ、元の姿でこの世界に召喚されたってんならまだしも、俺もクロも完全に別の容姿、しかも子供の姿になってるんだ。

元と容姿が違うってことは、若返ったとかじゃなくて、誰かの子供としてこの世界に転生したんじゃないのか?

それなのに家ではなく、外で目覚めたのはなんでだ?

そもそも親の顔以前に、ここはどこなんだよ…

「あのー、坊や達?」

…家出?いや、だとしたら何で教会なんだ?

ファンタジー物のRPGで教会といえば、セーブしたり仲間を生き返らせたりする場所だけど…

あ?転生だから…


え?そうなのか?

「君、どうしたの?お腹痛いのかな?」



…ん?毛布の下に何か…

しゃがんだ俺の足元に、クロと同じように俺が被っていたであろうボロボロの毛布が転がっていて、その下に折り畳まれた茶色い紙のようなものが見えた。

なんだこれ…

俺は折り畳まれていたその紙切れを、そっと拾い上げて開いてみる。

後ろを向いてしゃがみ込んでいたため、シスターやクロからは死角になっていたようで、気付かれた様子はない。

…読め無い…見た事も無い文字だが…この状況で文字らしきものが書かれた紙…これは手紙なのか?
英語とも違うみたいだけど…どこの言語なんだ?

シスターの言葉は理解できた、なら話し言葉は日本語なんだろうな。
でも文字は日本語じゃないと…

「えっと…大丈夫なの?」



…ん?
この状況で手紙って…もしかして…

いやいや、考えすぎだな、いくらなんでも二人揃って親に捨てられるとか…はは…ないない。

だって転生だぞ?
この状況、完璧主人公じゃねーの?
俺の物語なんじゃねーの?
チートな能力は?
伝説の武器は?
相棒の不思議生物は?




これは…

「どういう事なんだ~!!」

いきなり叫んだ俺に、シスターは驚き、後ろに倒れるように座り込んでしまう。
その時舞い上がるロングスカートの裾…
真っ白な足が、太もも近くまで露わになり、その奥もチラリと見えた。

…と、夜にクロから聞かされて、大変悔しい思いをさせられることになるのだが、それはまた別の話だったりする。


兎にも角にも…
俺とクロの2人は、この世界で新しい人生を始める事になったんだ。
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