異世界転生は勇者フラグですか?いいえ死亡フラグです。

片桐 零

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第一部 転生者

第2話 お願いシスター

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さて、どうするかな…

この状況、非常にまずいと思われる。

元の体のままなら、やりようはいくらでもあった。

しかし子供の体になってしまった現状では、そうもいかない。
仕事をしようにも流石に子供を雇ってくれるところは、どこにもないだろうし…

それよりなにより、腕力も子供レベルになっていると考えれば、何かあっても自分の身すら守ることが困難なんじゃないか?

…ま、なってしまったものは仕方ない、とりあえずの寝床と食べ物を確保しないとなんだが…

選択肢なんてあってないようなもんだよな…

シスターに頼るしかないか…うん、仕方ないよな、決して一緒に暮らせてラッキーとかそういう事は考えて無いぞ、うん。

問題はクロだ…あんまり変なこと口走られても面倒になるし、寝ていてもらうとしよう。
シスターに見えない角度に体を滑り込ませ、今出せる全力の一撃を鳩尾に叩き込み、意識を飛ばす。

この時は知らなかったけど、シスターのを見たんだ、当然の報いだったな。

小さく呻き声を上げて倒れこむクロを地面に寝かせるが、流石にこれは怪しまれたかもしれない…
「安心したら眠くなったんだと思います。」と誤魔化しておいたが、石段に座ったままのシスターは「そうですか…」と小さく言っただけだったが…ま、大丈夫だろう。

シスターに向き直ると、改めて会話をしていく。

シスターの服装や、建物の感じから、日本語が通じるのは不思議だけど、中世ヨーロッパ的な世界だと当たりをつけた。
転生するなら剣と魔法の世界が理想だけど、どうなんだろうね?

そして、この状況をうまく説明できる筋書きを、できるだけ早く作る。

まず、近くの村とかだとシスターと顔見知りの可能性があったけど、最初の反応から考えるに、俺達はこの辺りに住んでいる子供ではないと思う。

なら、ここから遠く離れた街で暮らしていたことにしよう。

街の名前?

この世界の命名ルール的なものも地理も知らないんだ…多少強引ではあるけど、東の街とだけ伝えたら、シスターに「ベイルードですか?」と聞かれた。
どんな街が分からないけど、他に情報は無いし、ここは乗っかることにした。
俺たちの出身地は「ベイルード」って街になった。

名前は…俺はシロ、黒松はクロとだけ名乗っておいた。
苗字的なものがこの世界にあるのかも不明だったし、子供なら名前だけしか言えなくても不自然じゃないよな?
シスターからも言及されなかったし。

俺の親は、街から街へ行商をしている商人で、クロの親も同業者。
親同士が兄弟ということにした。
別の街へ移動する時は、共同で馬車を借り移動、ここが中世の地球だと過程するなら移動も危険だっただろうからね。
これなら、家ぐるみの付き合いがあったクロを知っていても不自然じゃないしな。

そして数日前、道中の護衛に雇っていた男達に襲われた。
金品目的の盗賊だったんだろうね。

親達は必死に抵抗して、俺とクロだけはどうにか逃がすことに成功。
他は全員殺されたことにしたかったけど、確かめようもないからボカしておいた。
自分達は夜通し走って逃げてきたが、この教会の前についたとき、限界を迎えてしまい眠ってしまった。


嘘泣きを交えながら、そんな話をでっち上げた…我ながらよくもまあこんな嘘を…

しかし話していると、本当のような気がするから不思議なものだ。

しかし、普通に考えたら無理があるな。
この世界で、夜がどの位危ないものなのか分からなかったから仕方ないとは思うけど、ゴブリンとかがいるなら無理があったんじゃないかな?
しかも盗賊に追われてるかもしれないと知ったら、俺なら匿わないかも…な…!!!

「怖かったね…大変だったね…もう大丈夫だからね…」

言われながら、俺はシスターに抱き締められていた。


な……

まじかーー!!信じた…いや、そんなことはどうでもいい!

服越しでも分かる!!

顔に当たる…

圧・倒・的・な・柔・ら・か・さ!!

顔全体が、いい匂いと柔らかいものに包まれて…
あ、はい…とっても…幸せです。

「神の名の下に、聖道教会があなた達を保護します。
もう安心して下さい。」

シスターは俺の嘘を、優しく受け入れてくれたようだ。
そして保護してくれると…
でも、もうそんなことは、どう!でも!いい!!

あぁ、この感触を両手でたのし…

…と、ゆっくり手を上げつつあった俺から、急にシスターは体を離した。

あぶね!本当に理性が飛ぶところだった…

キョロキョロと辺りを見回していたシスターの顔は、何かを警戒するように真剣な面持ちになる…

「いけません、こうしている間にも追っ手が現れるかも知れませんでしたね、まずは教会の中にお入りなさい。」

あ、追っ手の心配だったのか。

…シスターの説得に成功した俺は、教会の中に招き入れられる。
ざんね…いや、これでよかったんだ…よな?

まだ残る胸の感触と香り…何のためとは言わないが覚えておこう…

シスターは、石段で気ぜ…寝ているクロを毛布ごと抱き上げると、急いで教会の中に入る。

教会の中は以外と広く、正面には十字架では無く、丸の中に稲穂と林檎みたいなものを描いたレリーフが飾られ、その下に牧師の立つ教卓みたいなのがあった。
その横にはオルガンのような楽器と、奥に続く扉が見えた。
入り口側には、頑丈そうな木製の長椅子がたくさん並んでいる。
行ったことはないが、挿絵とかで見た教会と似ている様に感じた。

シスターは、抱いていたクロを長椅子の1つに寝かせ、ボロボロの毛布をかけてやっている。
優しい微笑みをクロに向けていたのを見て、何故だか少しだけムカついた。

「そうだ、少し待っていてくださいね。」

そう言うと、シスターは教会の入り口に鍵をかけてから、教会内部へ続くであろう奥の扉へと入っていった。

シスターの足音が完全に聞こえなくなったのを待ってから、俺はクロを蹴り起こす。

「…おい、クロ…そろそろ起きろよ!」

何か聞かれても怪しまれないよう、口裏合わせを行うためだ。

ただ、クロが予想通りバカ過ぎたせいで、あまり期待は出来そうになく、俺は不安になった…

「おいおーい、んな不安そうにするなって~
大丈夫大丈夫、今まで俺ら2人で出来なかったことなんか、1つもないだろ?」

「そ、そうだな…でも、できるだけ俺が話すから、お前は黙っていてくれ、な?」

2人でやったこと…
喧嘩以外でクロが活躍…したことなくない?

コソコソ話していると、シスターが戻ってきた。
その手には、木でできたお盆のようなものを持っていて、何かを持ってきてくれたらしい。

「良かった、そっちの子も起きたのね、朝食の残り物しかないのだけれど、食べられるかしら?」

持っていたお盆の上には、湯気を立てるスープらしきものが注がれた器が乗っており、コンソメスープのようないい匂いが漂ってくる。

「はい!いただきます!」

匂いにつられてか、元気な返事とともに飛び起きたクロが、シスターの前まですっ飛んでいく。
食い意地の張った奴である。

「まてよ、クロ。」

「あらあら、元気があるのはいいことだけど…食前の御祈りを忘れてはいけませんよ?」

シスターは食器の乗ったお盆を、クロから遠ざけるように持ち上げると、微笑みながら語りかける。

腕を上げたことで、シスターの胸が強調され…さっきの感触が…

「は?御祈り?…シロ、分かるか?」

クロが何か言っているが、それどころではない。

抱き寄せられた時に気がつくべきだった…シスター…ノーブラだったな…


「おーい、シロー?」


おっと、もっと眺めていたいところではあるが、クロをほっとくと面倒になることが多いからな。

…で…なんだっけ?御祈り?無宗教の俺に聞いても知るわけ無いだろうに…

しかし、この世界では常識的に行われているのかも知れない…
さて…知らないと言っていいものなのか?

「あら?食事前に行うお祈りですよ?」

「知らなーい、な!シロ。」

クロ…頼むから黙ってくれ。
こいつは昔から考えて喋るということを知らない、脊髄反射だけで動いてる、脳みそ筋肉の脳筋バカだったのを思い出し、頭を抱えたくなった。
仕方ない、また誤魔化すとするか…

「シスター…僕たちの家では、親が忙しいこともあって、家族で食事というものをしたことがほとんど無いのです…」

「まぁ、そうだったのですか…」

「はい…なので食事前の祈りというものを行ったことがなくて…もし良ければ、教えて貰えませんか?」

クロがポカンとしているが、もう黙ってくれてればそれでいいや。
それに、俺に限った話なら完全な嘘って訳でもない。
ある事情で爺さんと暮らし始めてからの6年間、両親とは一度も会っていないんだからな。
さて、シスターは…な…泣いているだと!

「…そうですか…それでは知らなくても仕方ありませんね…」

ポロポロと頬を伝うシスターの涙に、若干のこうふ…いや、かなりの罪悪感を覚えることになった…

すぐ近くの椅子にお盆を置いたシスターは、涙を修道服の袖で拭いながら話し始める。

「…それではゆっくりいきますから、私の後に続いて下さい。
すぐに覚えられますよ。
先ずは、手をこんな風に組んで…」

俺たちに手の組み方を見せるようにゆったりと動いてくれたシスターは、これでいいのか不安だった俺に微笑みかけてくれた。マジ女神。
視線をクロに移したシスターは、困惑気味の顔になる。
なぜかと思い俺も横を向くと、首をかしげているクロがいた。

「…おい、やれよ。」

「え?なんでよ?」

この…こういう時に協調性の無い脳筋バカは困るんだよ…

「いいからやれって、腹減ってんなら言うこと聞けよ。」

小声でクロに言い聞かせる。

渋々と言った感じでクロが手を組むと、シスターは小さく頷いて、ゆっくり目を閉じ祈り始める。

「復唱して下さいね。
天上より我等を見守り、導いてくださる、主神ユリアに感謝を。」

「て、天上より、我等を見守り?導いて下さる主神、ゆり、あ?に感謝を。」

ギリギリあってたらしい…シスターは微笑みを浮かべ、続きを始める。

「その身を削り、我等に糧を与えて下さる、豊穣の女神ファルヌスに感謝を。」

「その身をけずり?我等にかてを与えて下さる…ほうじょうの女神ふぁ…ふぁるぬ…す?に感謝を?」

何だろう…シスターの優しい微笑みが逆に辛い…
クロは既についてこれていないみたいで、口をポカンと開けている。

「この平穏が永遠《とわ》に続きますように、ジャーヘル」

「この平穏が、とわに続きますように?じゃ、じゃあへる?」

シスターは、教えるためにゆっくりとやってくれたようだけど、正直覚えられてはいなかった。
俺がきちんと覚えたのは、それから数日後のことだったが、あんまり覚える気が無かったのは秘密な。
クロ?はは…あいつは何年もかかっ…いや何年経っても覚えなかったけど、それは別の話だったな。

お祈りが終わると、シスターは満足そうに頷いて、野菜のスープを俺たちに振舞ってくれた。
俺は一口食べて、その味に驚いた。
何の野菜が入ってるのか分からないけど、野菜の旨味ってのか?青臭さの中にあるコク的なものが口いっぱいに広がる。
現代で食べてた食事には、ここまで野菜の味が感じられることは無かった。

度重なる品種改良によって、野菜が本来持つ苦味や青臭さは、極限まで抑えられている…らしいからだ。
ほとんど無菌の水耕栽培らしいしな…

でも、なんだか懐かしい感じがする。
うん、嫌いじゃない。むしろ好きな味だ。

「うま!モグ…シロ!これクチャ…美味いな!」

「汚いな…喋るか食べるか、どっちかにしろよ。」

クロは、スープの具を木のスプーンでガツガツ食べながら話しかけてくる。
口からこぼしたりこそしなかったが、行儀の悪いやつだ。

「あらあら、よっぽどお腹が減っていたのね。
おかわりもありますから、たくさん食べていいですよ。」

シスターは、どこからか1人掛けの椅子を持ってきていて、こちらを見守るように正面に置いて座っていた。

「マジか!もっと食っていいってよ!シロ!」

シスターを眺めながら食べてるんだ、邪魔するな!
…と、言いそうになったが、言わなかったよ?

「おかわり!」

クロが一気に飲み干し、元気に言う。

「はいはい、えーっと…シロ君も、おかわりいる?」

俺の名前を覚えて…呼んでくれた…だと!

クロに負けないくらい早く食ったが、きちんと飲み下してから口を開く。

「はい!お願いしましゅ…!」

か…噛んだ~!!

「あはは、シロが噛んでら。
そんなに焦んなって。」

クロがこっちを見て笑っていたが、それよりもシスターが口元を押さえて微笑んだことで、恥ずかしさが半端なくなった。

「焦らなくても大丈夫ですよ。
おかわりなら、まだまだありますからね。」

シスターが空いた食器を受け取って席を立つ、その言葉に嘲りや悪意は無かったが、それでもやってしまった感は消えなかった。

シスターが扉の奥に消えると、クロが口を開く。

「…で、シロ~、これからどうするんだ?」

「あ…ん~?」

こいつの勘の良さは何なんだ?
変なところで気が付きやがるのは昔から謎だ。

「まぁ、行く当ても目的も別にないし、暫くはここで情報収集しながら生活することになるかな。
どんな世界かもまだ分かってないんだ、無策でウロつくのは危険だろう?」

言葉は通じるみたいだが、ここが何処かも、どんな世界なのかも分からない今の状態じゃ、どんなトラブルに巻き込まれるか分かったもんじゃない…

「…この体じゃ自分の身すら守れないしな…」

手を広げて自嘲気味に話す。

決してシスターと一緒にいたいからとか、そういうあれではない。

「そっか、ま~考えるのはシロに任せるや。
頭使うのは俺には無理だし、関西市役所ってやつだよ!」

「…ん~…
あ、もしかして適材適所って言いたいのか?」

「そう、それ!適材適所な!」

この語彙力の無さである…
本当に同じ18だったのか不安になるが、こいつは筋肉ゴリラの荒事担当だったし…うん、仕方ないね。

その後、俺たちはシスターのスープを更におかわりし、三杯づつきれいに飲み干した。

この時食べたスープが、多分この世界で一番うまかったんじゃないかと…
そう思うようになるのは、もう少し後のことなんだ。
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