異世界転生は勇者フラグですか?いいえ死亡フラグです。

片桐 零

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第一部 転生者

第3話 おはよう孤児院

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突然の転生(?)から、一夜が明けた。
まだ日の上りきらない灯りのない暗い部屋で、俺は目を覚ます。

長い夢から覚めたような、まだ夢から覚めてないような、そんな、言いようのない不思議な感覚を抱いたが、顔の前に持ってきた手が明らかに子供のものだったのを視認したとき、うるさいイビキが聞こえてきた。

「…ぐごぁー!…ふー…ごぐぁー!…ふー…」

「そこは変わらないのかよ…」

起き上がり、隣のベッドに寝ている子供が、よく知っている男と同じようなイビキをかいているのを見る。
急に夢じゃないんだと実感が湧いてきた。

あの後も色々あった…シスターに案内されたのは、案の定と言うべきか教会の孤児院だった。

教会の裏に隣接する石造りの建物が、暫く暮らすことになる孤児院の建物だったんだ。

建物内部は薄っぺらな壁ではあるが小部屋に区切られ、各部屋2人が暮らせる個室になっていた。

壁はベニヤ板レベルの薄さみたいだから、防音効果はなさそうだったけどね…

その内の一部屋を、俺とクロが寝起きする部屋にと割り当ててくれた。
内装は、ベッドと机と椅子、後は小さい棚が各2人分のみ、それ以外には何もない、とても殺風景な部屋だ。

ガン!ガン!ガン!ガン!

「な?なんだ?」

「はーい、みんなー朝ですよー。」

何かの金属、恐らく鍋だと思われるものを叩く音と、シスターの美声によって、微睡んでいた頭が完全に覚醒する。

「すげー目覚ましだな…」

身体を起こした俺の耳に、耳障りな雑音が再び聞こえてくる。

「…ぐごぁー!…ふー…ごぐぁー!…ふー…」

金髪美少年のだす寝息とは思えない、大音量のイビキが聞こえてくる。
起きる気配はまるで無い…

「…起きろ、ハゲ!」

「いって!…何すんだよ、てめ…なんだよ…シロか…」

布団を剥がして肩口にかかと落としを決めると、クロが飛び起きて腕を振り回す。
寝起きで目測を誤った小さな拳は、ブンと音を立てて目の前を通り過ぎる。

「あぶねーだろ!」

しかし俺の顔を確認すると、布団を引き寄せて、二度寝しようとしやがった。

「おい!朝なんだぞ!起きろってんだよハゲ!」

「眠いからヤダよー…」

背中を踏みつけるように蹴って起こしていると、扉が勢いよく開けられる。

「遅いぞ新入り!はや…あー!」

入ってきたのは、おそらく俺らと同じくらいの年齢だと思うが、茶色い髪の少女、名前をダーナと言った。

「いーけないんだ、いけないんだー、シスターに言ってやろー!

「人聞きの悪い事言ってんじゃねーよ!起こしてるだけだろ…」

「きゃー!新入りがイジメるー!」

何なんだ、この小動物は…昨日から思っていたが、シスターについて回りやがって、邪魔この上ない。
まったく…朝から騒々しいことだ。

「あらあら…どうしたのですか?
ダメですよー、仲良くしないとー」

扉からシスターが覗き、微笑みながら注意された。

「いや、ちが…はい、すみません…」

ダーナの所為で怒られた…確かにクロに対して少しだけ乱暴だったかもしれないが…起きないのが悪いんじゃないか?
俺は親切心で起こしてただけだし…

「はい、分かってくれればいいですよー。
皆さん朝ごはんの時間ですからねー、顔を洗ってきてくださーい。」

「はーい…ふふ…」

シスターと共にダーナが出て行く。
朝から最悪だと思っていたら、ダーナがこちらをチラリと見て、最後に鼻で笑って行きやがった。
うん、これは後で仕返しが必要だ…

「んん~…もうーうるさいなー…あれ?シロ、どうした?」

眠そうに目をこすりながら、ゆっくりとクロが起きてきた。
まずは1人…

「るっせ、もう一度寝てろ!」

まだ眠そうな彼には、ズドッと胸元に拳を叩き込み深い眠りをプレゼント。
呻き声を上げてベッドに倒れこんだクロは、そのまま動かなくなったが、息はしてるみたいだし死んでないから大丈夫。
元はと言えばこ…いや、眠そうにしてたからね。優しさだね。

朝飯?俺が起こさなかったら、昼過ぎまで起きることはないからね、一食くらい食べなくても問題ないね。

ま、いつ起きるか分かんないけど…

二度寝を始めた怠け者のクロは置いておいて、俺は顔を洗うために部屋を出た。
廊下はまだ薄暗く、薄闇の中ゆっくり裏口へと進んで行く。

この世界、案の定と言うべきか、インフラと呼べるものは、電気もガスも、水道すらも、何一つ整備されていなかった。

その為、飲み水なんかには教会裏にある井戸の水を使い、洗濯なんかは少し離れた川の水を使うらしい。
しかも飲み水は、台所の水瓶まで毎日手作業で汲んでくる必要がある。

教会唯一の男手となった俺とクロは、今日からこの水汲みが仕事として割り当てられていたが…

「しまった…クロの分も仕事することになった…」

廊下の真ん中で天を仰いでいると、後ろから軽く衝撃がきた。

「おっと…あ、おはようディーナ。
今日からよ…お?」

挨拶をしていると、ディーナはぺこりと会釈だけして小走りで行ってしまう。
銀髪の少女、名前はディーナ。
俺たちより少し年上らしく、姿勢は悪いけど身長が高い。
150くらいあるかな?
まだ声を聞いていないけど、なんか警戒されてるのかな?

ま、その内慣れてくれるだろ。

ディーナに続いて外に出ると、少し肌寒い風が頬を撫でる。
季節の概念があるのか分かんないけど、あるなら春先ってところかな?

「さむ…」

思わず出てしまった声に、顔を洗っていたダーナが反応した。

「都会に暮らしてた新入りには、田舎の朝は寒いよな?
寒けりゃ家に帰ればいいんじゃないですかー?」

やっぱり誤解されてたな、一応帰る家はもう無いって、昨日言ったはずなんだけど…
ま、いいや…お子様は放置しとけばそのうち飽きる。
構うから面倒になるんだ、無視無視。

俺はダーナを無視して井戸に近づく、その間もダーナが何か言っていたようだが、聞く気がなかった。

バシャーン!

「無視すんじゃねー!ただの家出小僧共のくせに!」

完無視していたら井戸の水をかけられた、流石に冷たいぞ?

「ダメだよダーナ…」

「ディーナは黙ってて!ここは私達の家でしょ!」

ディーナの声は初めて聞いたけど、普通に女の子だった。

…じゃなくて、ダーナは面倒な小娘だったようだ。
要するに親代わりのシスターを取られるのが嫌、俺らに孤児院を使われるのが嫌、そんな我儘を言ってるんだろうな。

ただ、相手が悪かったな…

「うわ~…びしょ濡れ…ふふ…」

ダーナにだけ見えるように、口角を上げて笑い、大声を上げる。
室内にいるシスターに聞こえるように。

「うわーん!ダーナちゃんが水掛けたー!!
寒いよー!!冷たいよー!!」

「な…この…」

井戸桶と俺を交互に見ながら、ダーナは口をパクパクさせている。
嘘泣きを始めたくらいで、裏口が開いてシスターが出てきた。

「あらあら…何を騒いでいるのかしら?
あら、シロ君びしょ濡れじゃない…何があったの?」

「いきなりダーナちゃんが水掛けてきたのー!寒いよー…」

自分でやっててもあざといとは思うが、今回はダーナが悪い。
俺は被害者だからね。
傷ついた心を、シスターの胸で癒させてください。

びしょ濡れのままシスターに飛びつくと、丁度屈んでくれていたため、いい位置に収まることができた。
背中に手を回し、体を密着させる。正に至福である。

「まぁまぁ、ダーナちゃんなんで水を掛けたりしたの?」

「だって…」

生意気なダーナが形無しである。

が、計画以上の成果だ!

この感触…この香り…まさに至福…

あぁ…今度こそもm…

「言い訳は後です、まずは濡れた服を着替えないとですね。」

後数センチ…あの双丘まで後数センチ…
タイミング悪く今度も空振りに終わったが、確信を得ることができた。

ノーです。本当にありがとうございます。

シスターに手を引かれ、建物内に戻った俺は、そのまま一つの部屋に連れて行かれた。

そこは今は使われてない部屋だったが、部屋の内装は俺の使っている部屋と変わらなかった。

シスターは、バタンと扉を閉めて口を開く。

「さ、早く濡れた服を脱いで下さい。
乾かさないとですからね?」

シスターに言われた、裸になれと…
あ…今ダメだ…

「は、恥ずかしいです…着替えくらい1人でも…」

「恥ずかしく無いですよー、早く乾かさないと、悪い風に当たってしまいますからねー。
はい、腕を上げましょうねー。」

おっとりしているように見えて、押しが強い…
俺は上を脱がされる前に、急いでズボンの紐を解いておいた。
手を上に上げられて、濡れた上着を脱がされた。
その上着がシスターの視線を隠す一瞬の死角で、素早く濡れたズボンを脱ぎ、片手で隠しながらズボンをシスターに差し出す。
上手いことズボンが脱げて良かった…

「はい、よくできましたねー。
次は…あら?」

「ほ、ほら…着替えくらい1人でできますから。」

昨夜シスターから着替えとして渡された服は上着とズボンのみ。
元々着ていた服も、上着とズボンのみ。
何故か下着が存在しないようなのだ…

男だけかとも思ったが、先程、男女関係なく無いらしい事も分かった。

ん?何か忘れてる気が…

「ふふふ、ではこれで体を拭いてくださいね。」

シスターは、ベッドに置いてあったシーツを渡してくる。
タオルとかじゃ…ないんだな…

シスターに背を向けて体を拭いていると、声をかけられた。

「ダーナちゃんも、悪い子じゃないんです…
赤ん坊のころにここに連れてこられているから、親の顔を知っているシロ君達が少しだけ羨ましかったんでしょうね…
…ごめんなさい…」

なんだか寂しそうなシスターの声に、なんとも言えない気分にさせられた。
ただ、この世界の事は俺だって知らないんだ…でも、それは言い訳だな…

「大丈夫です…水を掛けられても乾かせばいい。
これから一緒に暮らすんです、仲良くしますよ…」

シスターに迷惑を掛けてしまった、心配を掛けてしまった…裸でいることよりも、精神的に子供だった自分が恥ずかしかった。
濡れた体を拭きながら、後ろ向きでシスターに答えると、布越しに抱きしめられる。

「ありがとう…シロ君は優しいですね。」

そうだな、次からはダーナにも少し優しくしてやろう…


………


シスターから、以前いた子供が着ていた服を渡された。
膝のあたりに小さな穴が開いてはいたが、それ以外に目立つ汚れも見当たらず、殆ど新品のような綺麗さだった。
サイズに関しても、まるで誂えたようにぴったりで、少し驚いた。

「ふふ…丁度いいサイズのものがあって良かったわ。似合ってるわよ。」

似合ってるのかは置いといて、シンプルで動きやすそうなデザインの服は、随分としっくりきた。

着替えが終わり、シスターと共に部屋を出るとダーナが立っていた。
チラチラとこちらを、シスターを伺うように見ている。

「ダーナちゃん?何か言う事はありませんか?」

優しい口調で、シスターが問いかけると、ダーナがむすっとした顔で口を開いた。

「…めん…い…」

ギリギリ聞こえ無い感じに口を開いたため、殆ど聞き取れ無い。
まぁ別にいいけど…

「ダーナちゃん?」

ぞわりと鳥肌が立つのが分かった…横を見ても、変わらず笑顔のシスターが立っているのだが、この圧力はなんだ…

「言うべきことはきちんと、そう教えたはずですね?」

「ひ…ひゃい…」

正面のダーナは、完全に当てられているみたいで、明らかに顔が引きつっている。

「ご…ごめんなさい…」

泣きそうな目で、シスターに謝るダーナ。
崩れない笑顔のシスターが、そのまま首をかしげる。

「私に?そうじゃないでしょう?」

「ひ…ごめんなさい!」

勢いよく俺に頭を下げたダーナの頭を、シスターが優しく撫でたが、触られた瞬間、ダーナの体がピクリとこわばるように動いたのを見逃さなかった。
…うん、怖いよな…

「よくできました。
ダメですよ?仲良くしないと。」

この時だけを見れば、泣きそうな女の子と、それを優しくあやしているシスター…
なんとも微笑ましい光景だ、それはもう惚れ直すところだ。

さっきの圧力がなければ、ね…

「さ、それじゃあご飯にしましょう。シロ君も手伝って下さいね?」

「はい、喜んで!」

もう、シスターに逆らう事は出来なそうです…
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