異世界転生は勇者フラグですか?いいえ死亡フラグです。

片桐 零

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第一部 転生者

第4話 隣人は挨拶もなく家に上がる

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食堂に向かうと、シスターの作ってくれた朝食がテーブルに並んでいた。
手伝うとはなんだったのか…

焼いたパンのような物やサラダ、果物の盛り合わせ、焼いた干し肉のような物、ありきたりな物ばかりだとは思うが、それぞれ大皿にどっさりと盛られて並べられている。
朝食自体久しぶりだったが、誰かと食べる食事なんて本当に何年ぶりなんだろう…

「さて、皆さんそ…あら?
クロ君はどうしたのですか?
シロ君、知りませんか?」

それぞれが席に着くと、シスターが口を開く、起きてこないクロの事を心配してくれた。
やはり女神だな。
シスターを心配させる寝坊助な奴は無視…ともいかないらしい。

「えっと…何度か声はかけたんですけど、まだ疲れが残っているのか起きられないみたいでした。」

嘘は言っていない。
が、起きない奴の事など正直どうでもいい、早く食べたい。

「そうですか…では、クロ君が起きたら食べられるようにしておきましょう。」

シスターは幾つかのパンにナイフで切れ込みを入れ、肉と野菜を手早く挟んでサンドイッチを作ってくれた。

「起きてきたら食べさせてあげてください。何も食べないと夜まで持ちませんから。」

優しい言葉に感動しながらも、クロにはやらんと心に誓った。

朝食後、シスターからお願いされた水汲みとか掃除とかの簡単な雑用を全て終わらせ、おそらく12時を過ぎたが、もちろんクロは起きてこない。
1人でやる水汲みが地味にきつかった…

そんな俺は、昼を過ぎても起きてこなかった友人の寝るベッドの横に、立っている…

「さっさと…起きやがれ!」

「ふぎゅあ!!」

寝坊助の友人を、文字通り叩き起こすと、有無を言わさず部屋から引き摺り出す。
目を白黒させているクロの襟首を掴んで廊下に出ると、そのまま教会への扉を開けて、引っ張ってきていたクロを長椅子に座らせる。

「ほら、これでも食って目醒せ。」

と、シスターお手製のサンドイッチを、隣の椅子に座っておやつ代わりにムシャムシャと食べる。

…え?クロに?
シスターの手料理だよ?やるわけないでしょ。
…まぁ、流石に俺も鬼じゃないから、台所にあった食べ残しの硬いパンに、干し肉を適当に挟んだ【サンドイッチもどき】を作ってあげたよ。優しいね。

チラチラとクロの視線は感じるけど、働いてもいないのにシスターの手料理が食えると思うなってことで、気にしないことにした。
朝飯食ってないからなのか、クロは謎サンドイッチを普通に食べているが…多分干してあるし大丈夫さ。

「とりあえずさ、朝ぐらい起きろよな。
シスターに心配かけんじゃねぇよ。」

「…モグモグ…でも、朝は無理モグ。」

モグモグと漫画のような音を立てながらパンを食べるクロ。
食べながら喋るから変な語尾になっているが、見た目だけはまだ美少年だからほのぼのしてしまいそうになるが、中身はクロなんだよな…

「だろうね…とりあえずシスターを怒らせないようにしてくれよ?」

「モグモグ…怒らせモグようなモグする気はねぇモグ。
…シロは、俺をなんだと思ってんだ?…モグモグ。」

汚いなぁ…こぼしはしないまでも、食べながら喋るのはいただけない。
俺の評価にも関わるかもしれないじゃないか。

「食べながら喋るな。そういうのがシスターの怒りに触れるかもしれないだろうが。」

「知らないモグよ。こぼモグしてないモグし、別にいいモグだろ?」

…キャラ付けしようとしてるようにしか聞こえない…クロのくせに生意気だ。

「美少年化したからって、なんでも許されると思うな…」

「え?なんの話モグ?」

「モグモグうっせーってことだよ!!お前はモグラか!?」

「モグモグ…え?人だモグよ?忘れたモグか?」

首をかしげながらも、最後の一切れを食べ終えたが、変な語尾は止めないクロに、だんだん腹がたってきた…

「るっせ!この、脳筋ゴリラが!」

「っってー!!」

軽く肩を小突くと、クロは大袈裟に痛がっている…流石に本気で殴る程大人気なくないぞ?

「いってーな!何すんだよ!」

仕返しとばかりに結構本気で殴りかかってくるクロ。
ま、子供の腕力だし、正直そこまでのダメージはないだろう…と思っていたが、認識が甘かった。

「っぬぐあ!!」

俺の体は軽々と宙を舞い、隣の長椅子に背中を打ち付けることになった。

ドガシャーン!!

「っっか……痛った…そんな強く殴ってねーだろ!」

一瞬息が止まったぞ!
死ぬかと思ったぞ!

視界に星が飛ぶが、どういう事か上に乗っていた長椅子を、反射的に片手で払いのけると、クロが口を開けてこっちを見ていた。

「いやいや…幾ら何でも大袈裟過ぎんだろ…」

「ふざけん…な…って…あれ?」

…木の椅子ってこんなに軽いもんなのか?

発泡スチロールで出来てるのかと思えるほどに軽い椅子を、立ち上がりながらグイッと持ち上げる。

いや、ありえないだろ?
もしかすると時間が経って何かの能力スキルに目覚めたのか?

「…クロ、ちょっとその椅子、片手で持ち上げてみ?」

「これか?……え!?」

思った通り、4~5人掛けの頑丈そうな椅子を、クロも片手で軽々持ち上げていた。

思った通りだ、俺を吹き飛ばしたならクロにも同じ様な能力スキルがあるんじゃないかと思ったんだ。

今になって思い返せば、水の入った桶も随分と軽く感じた…と思う。

「シロ…これどうなってるんだ?」

片手で長椅子を持ち上げているクロが、困惑した表情でこちらを見ていたが…うん、そうなるよな。

幸いシスターは街まで買い物に出かけている。
ダーナとディーナも一緒だ。

まだ暫くは戻らないとは思うけど、この力が何なのか分かっていないこの状態、下手に知られるのは得策じゃない気がしてきたぞ…

「とりあえず壊さないように静かに下ろせ。
ここを片付けたら部屋に戻るぞ。」

「お、おう…」

ゆっくりと椅子を下ろしたクロは、自分の手や腕をペタペタと触っている。

俺は、自分がぶつかった椅子が壊れていないか心配したが、幸いな事にどこも壊れてはいないようだった。

「よし。…おい、何時まで見てんだよ。戻るぞ。」

「え?…おう…」

部屋にいても音は聞こえるから留守番はできるだろうけど、直ぐには出られないからな。
来客があるとも思えないけど、念のため正面の鍵は閉めてから部屋まで戻ると、窓の外に誰もいないことを確認して扉を閉める。
鍵の代わりに、椅子の背もたれをドアノブに挟み込むのも忘れずにね。

気にしすぎかもしれないけど、大概の異世界転生物では、序盤で能力がバレて無用のトラブルに巻き込まれることが多いからね。
用心に越した事はないだろう。

「シロ…さっきのなん…」

クロの思考なんて、この状況で役に立つとも思えず、言い切る間を与えずに話し始める。

「クロ、よく聞け。さっきのは、多分能力スキルってやつだ。
詳しい事はこれから確認する必要がありそうだけど、身体能力向上型の能力スキルだろう。」

「すきる?シロ…何を言ってるんだ?」

分かっていないクロが歯痒い…ラノベくらい読めよ、てかゲームだろうが漫画だろうが出てくるだろうが…

「まったく…いいか?能力スキルってのは、魔法みたいな力で、今みたいに力が強くなったり、手から火や雷を出したりできる特殊能力のことなんだよ。
ゲームや映画、ほら、お前の好きなアメコミでも目からビーム出したり、空を飛んだりしてるだろ?大体それと同じようなものと思っていいよ。」

脳筋クロでも理解できるように簡潔に説明してやったつもりだ。
これくらいじゃないと、こいつは思考停止しやがるからな。

「えーと…すげー力、ってことだな。」

うん、脳筋バカにはこれでも難しかったようだね。

「それでいいよ、いいか、これは俺とお前の秘密だ。
ダーナやディーナだけじゃなく、シスターにもまだ知られちゃいけない。」

「なんでさ?」

「…あのな…とにかく、ダメなものはダメなんだよ。俺を信じろ。」

説明が面倒になった俺は、何時もの言葉で締めくくる。
何故だか「俺を信じろ」って言うと、こいつは昔から本当に信じてくれるんだ。

無茶なことをクロにさせる事もないからだろうけど…
この盲目さは、たまに気持ち悪い。

「そっか、よく分かんねーけど、分かった。
でもさ、さっきみたいな力をどうやって隠せばいいんだ?」

「ふむ…」

そうだよな…発動条件も分からなければ、どの位の力なのかも分からないんだ。
…少し検証が必要だな。

「クロ、1つ聞きたいんだが、朝起こす時にお前を…その…俺が起こしたのは覚えてるか?」

「んあ?そうだっけ?そんな前のこと覚えてねーよ。」

…ですよね~…脳筋アホだとは思ってたが、極限だな…

「そうか…ちょっと考えるからそこ座ってろ。」

「おう。」

従順な犬の様に、俺の指示に従うクロを見ていると、なんか可愛いなーとか思ってしまう。


…ん?


…は?クロが可愛いとか、俺も頭おかしくなってんな…
完璧な天使の笑顔エンジェルスマイルを向けてくるこいつは、中身がクロだってのを知らなけりゃ、ショタにはたまらないん…



ま、まて、俺にそっちの趣味は無いからな!?
だから別に全くもって問題はないんだからな!

頭を振り、おかしな思考を吹き飛ばす。

まぁ、とりあえずだ、どの位の力が使えるのか調べておく必要があるよな?

さっきは、長椅子は持ち上げられた、ベッドはどうなんだ?

俺は自分のベッドの下に手を入れて、グッと力を込めるが…


ビクともしない。


あれ?ベッドは持ち上がらないのか?

「ふん!…うぉりゃ!」

いくら力を入れても少し動くくらいで、持ち上がる気配はない。

そんなに重さが違うとは思わなかったが、全然手応えが違っている感じだ…

「どうしたー?」

暇になったクロが話しかけてくる。

「…クロ、そのベッド持ち上げられるか?」

「ん?これをか?」

自分の座るベッドを指差すクロに頷くことで答えると、クロは立ち上がりベッドの下に手を差し込み、軽々と持ち上げる。
特に力を込めたり、無理をしている様子は見られない。

「これでいいのか?」

「お…おう…」

ちょっとショックだったので、クロに背を向けるように後ろを向く。

もしかしてクロの方が俺より上位の能力スキルなのか?
俺じゃなくてクロが主人公ってことか?…はは…そんな…


…いや、まだ分かんねーぞ!俺の能力は、怪力じゃない可能性だってあるじゃねーか!

「シ…シロ…」

「ん?」

何故か少し辛そうなクロの声に、ちょっとだけ訝しみながら振り返ると、プルプルと震えるクロがいた。

「…ん?」

「お…下ろし…無理!」

ドスンとベッドを下ろしたクロの手は、プルプルと震えていて、本当に限界だったんだと直ぐに分かる。

「…あれ?時間制なのか?」

「うへ~…腕いて~…」

怪力系能力スキルなのに時限タイマーなのか?
普通なら常時パッシブ制御コントロールだと思うんだけど、違うのかな?

「…急に力が抜けたんだけど、これもすきるって奴のせいなの…か?」

「え?何?」

最後の方が聞き取れず聞き返す俺に、クロがもう一度口を開く。

「だ…」

何かを言いかけたクロが、後ろに倒れていった。
ベッドの方向にドサッと倒れたので、怪我とかは心配しなくて良さそうだ。

「何してんだ?お前、そんな貧弱じゃねぇだろ?」

「…わか…んね…急…に…」

「は?おい、クロ?」

クロは、そこまで言うと意識を失ったようだ、少しだけ心配になって駆け寄ると、スヤスヤと寝息をたてて寝ている。

「寝て…やがる…なん…な…」

俺も急に体の力が抜ける…
足元がおぼつかない…
フラフラしながらも、なんとか自分のベッドに腰掛けることが出来た…

視界も靄がかかっていくみたいに少しづつ暗くなっていく…

「あ…れ…?」

どんな能力スキルなのか確かめる筈が、俺たちは完全に意識を失ってしまった。





「…い……ロ…」

誰かの声が聞こえたような気がした。

「…ロ、シロ!」

「…ん…」

誰かに呼ばれて目を覚ます。

「良かった…そこに居るよな?全然返事が無いから心配しちまったぞ!」

「ク…ロ?…くそ…一体何時間眠ってたんだ…?」

失敗した…うまく周りが見えない…目に何か起きたのか?
これも能力スキルの反動なんだろうか…

まだ明るいみたいだし、そんなに経ってないと思うが…くそ…何も分かって無いぞ…

「さぁな、俺も今まで寝てたみたいだし、時計なんて持ってないからな。」

そうなんだよな…この世界じゃ時計は高級品で、一部の金持ちしか持ってないっていうね。
庶民が時を知るには、太陽の動きを見るくらいしか出来ないみたいなんだ。
江戸時代みたいに、鐘くらい鳴らせばいいのにとは思う。

「だよな…今度、日時計でも作るか…って!」

まずい!シスター達はいつ帰ってくる!?
夕方って言ってなかったか!?

「クロ!」

「お?どしたよ?」

「いいから!来い!」

「はぁ?おい、なんだよ~服伸びるだろ~」

変な抗議は無視だ、ボヤける視界の中で、なんとかクロの腕を服の上から掴み部屋を出る。

「いて!くっそ!なんなんだこの視界の悪さ!」

廊下に出ても視界はクリアにならない。
ドアや棚にぶつかりながら、廊下を小走りで進んでいく、心の中では焦りだけが募っていく。

「待てってシロ~、いて、なんか目が変なんだからそんなに急ぐなよ~」

クロの抗議は無視し、教会に急ぐ。
シスターが戻ったときに、鍵が閉まってたら変に思われちまうからな。

…なんとか教会まで戻ると、やっと目の不調が治ってきたようで、本調子ではないが、ちゃんと見え始める。

「クロ、能力《スキル》の確認は夜までお預けだ。
お前は外で…わ!」

「きゃ!」

小走りで扉にたどり着き、鍵を開け扉を瞬間、少し下から悲鳴が聞こえた。
シスター達が丁度帰ってきたらしい。大きさ的にディーナか?

「ご、ごめ…あれ?」

「大丈夫ですよー、でも、急に開けたらダメです…よ?」

やはり視界の外、下から声が聞こえる。しかもシスターの声に聞こえた…

「…え?シスター?」

視線を下げると、荷物を持ったシスターらしき女性と、小さな小人くらいの奴等がいた。
顔をよく見ると、ダーナとディーナらしく、何か言いたげに2人とも口をパクパクしている。

「なん…あれ?」

ちょっと思考が追いつかない…

「シロさん、ですよね?」

「はい、そうですけ…ど…?」

明らかに視線が高い。
朝まではシスターの胸元までも無かった身長が、今はシスターを見下ろす形になっている。

「…あ…れ?」

「まぁまぁ、随分と大きく…成長期なのですか?」

俺が聞きたい、いきなり成長するとか、どうなって…

「さぁ…さっきまでは変わりなかっ…あ!」

忘れていた、俺が変化したならクロも変わっていてもおかしくない。

「シロ~そろそろ離せよ~」

空気を読まないクロが喚く、そう言えば腕を掴んで…はぁ?

「まじか…」

後ろを振り向くと、俺よりも更に頭1つ位は大きな男がそこに居た。
見た目だけなら超がつく美形になったクロだったが、元の服がパツパツになっており、色々見えそうになっている…
こいつ、まじか…

「クロさんも大き…く…!!」

シスターも気がついたようで、言葉に詰まる。

「と、とりあえず…新しい服に着替えましょうか…
2人は荷物を裏から持って入って下さいね。」

俺達から目を逸らし、ダーナとディーナに指示を出すと、何か言いたげに口をパクパクしている少女達を教会の外に締め出した。

「あの、シスター?」

不安になった俺は、シスターに話しかけるが、聞こえなかったのか、シスターは下を向いて何かを呟いている。

「…ちょっと刺激が…」

「…え?なんですか?」

後ろを向いていたシスターの声は、ほとんど聞き取れ無かったため、反射的に聞き返した。

「な、なんでもありません!早く着替えましょう!」

俯きながらスタスタと進んでいくシスターの顔は、髪に隠れて見えなかったが、声からは焦りのようなものが感じられたようにも思う。まぁ、多分気のせいだろう。



部屋に戻された俺たちは、色々と隠すためにシーツを体に巻きつけた。
元の服は、脱ぐ事ができなかったため部屋にあったハサミで切る事にした。

「…なぁ、これどうなってんの?」

シーツの上から自分の身体を触りながら、クロは不安げに聞いてきた。

「さぁな、俺にも分かんね…」

不意に後ろからドンという衝撃を背中に感じ、反射的に視線を下げると、そこには赤く濡れたような何かが、ゆっくりと小さくなって行くのが見えた。

「…え?」


何が起きたのか分からない…
体から力が抜ける…
目の前が暗くなる…







『ギャギャギャギャ!』
『ギャギャ!』
『キーケケ!』

変な声がする…なんの声だ…?もしかして、魔物か…?なら…戦わないと…俺がみんなを守らないと…

「…く…」

おかしい…力が入らない…何がどうなってるんだ…?
何が…なんで俺は床に寝てるんだ…?
何徹もした後みたいな虚脱感が全身を覆い、頭をあげる事も手を動かす事もできない…
それに、異常に寒い…なんなんだ…?

クロは…どうしたんだ…?
あいつとなら…みんな…を!!

ゴロビチャ…ゴロビチャ…

目の前に何かが転がってきた…意味がわからなかった…
これか冗談だとしても、こんなのまるで笑えない…

「ク…ロ…」

掠れるような声しか出なかったが…俺はそれに向かって呼びかけた…

それはさっきまで話していたクロの生首だった…

何が…起きているんだ…なんでクロが…これは…夢なのか…?

それとも誰かの悪ふざけか…?

混乱する頭で必死に考える…と、視界を影が横切った。
影は手を伸ばしクロの頭を片手で掴んで持ち上げていく。

そいつは、ゲームで何度も見た事がある姿をしていた…

ゴブリン、緑色の小さな体と、不釣り合いな長い腕、顔は醜悪で頭に小さな角が幾つも生えている。
どんなゲームでも下級の魔物に分類されるこんな奴に、クロは殺されたっていうのか?

およそゴブリンが持つには不釣り合いに輝く長剣を、ズリズリと引きずりながらクロの頭に近づくと、そいつは片手でクロの頭を持ち上げた。
持ち上げられたことで、首の切断面からポタポタ滴り落ちる血を、そいつはピチャピチャと音を立てて舐め始め、切断面に噛り付いた。

「や…」

うまく呼吸が出来ず声が出なかったが、掠れるような声が聞こえたらしく、そのゴブリンと目があった…
横に長い気色の悪い瞳が、俺を見てスッと細められたように見えたが、それより何より、耳まで割かれているかのような口唇を、ネチャリと音を立てて開かれ、血で濡れた牙と舌とが目についた。
見ようによっては笑ったようにも見える…

『ギャ?ギャヒ!』

クロの頭を放り投げ、奇声を上げたゴブリンが視界から消える。
と…ドスンと床が鳴り、圧迫されているような不快感が広がった。
俺の背中に飛び乗ったらしいゴブリンは、何度も何度も何かを振り下ろす…多分持っていた剣だろう…
動かない体では抵抗する事もできずに、背中を滅多刺しにされていく…目の前に自分の血が飛び散り、刺されるたびに体が跳ねる…

…おかしなもので痛みはない…

ただただ…奇妙な振動が体を伝わり、その度に少しづつ意識が薄れていく…

『ギャギャ?ヒギャー!』

急に刺すのをやめたゴブリンは、部屋から走って出て行った…
顔の下には生温い血がどんどん流れていく…

「…ャー!やめて!その子た…いやー!!」

シスターの声…?
行かなきゃ…俺が…守らない…と…
どれだけ力を込めても、俺の体は動かない…

「離して下さい!!イヤ!!きゃ!!」

『ギャギャ!ギャヒー!』

開け放たれた部屋の入り口の前を、ゴブリンがシスターの髪を掴んで引きずっていくのが見える…

「シ…タ…」

一瞬だけシスターがこちらを見た…声が聞こえたのだろうか…シスターの目にはどんな光景に映ったのだろう…

「いやー!!!」

絶叫が響いたが…俺の意識は徐々に薄れていく…
こんなところで死ぬのか…?

視界がどんどんと狭くなり、同時に暗くなる…

こんな…ところで…?

シスターの悲鳴も、ゴブリンの耳障りな声も…徐々に消えていく…

いや…だ…

まだ…

まだ…死ね…無い…
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