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第1章
第6話 川原のキャンプ地
しおりを挟む「追跡狼、リリース」
念のため、鉄製の旋棍を取り出し、追跡狼をストレージリングから取り出す。
あえて声に出して自分に気合を込めた。
追跡狼は、左手の上に出ることはなく、少し離れた地面にパッと現れた。
寝ているような状態で現れた追跡狼は、出てきたままの姿勢でピクリとも動かない。
(本当に死んでいるのか?)
旋棍をクルリと回し、長い方を使って恐る恐る突いてみる。
追跡狼の硬い毛皮の感触は伝わってくるが、動く気配はまるでない。
本当に死んでいるようだ。
「ぼんちゃ?大丈夫なの?」
完全に死んでいる事が確認できて、安堵の息を吐き出していると、優子が話しかけてきた。
地球には居ない、獣のような魔物の死体に、優子も少しだけ驚いているようで、俺の背に隠れるようにしながら見ていた。
「これが魔物?大きいね…」
改めて見ていたが、追跡狼の大きさは相当なものだと思う。
これで小型ってナビさんは言っていたと思うが、頭が異常にデカイため、狼よりもライオンに近い見た目をしている。
タテガミの大きなライオンの頭だけを一回り大きくしたものを想像すると近いかな?
狼なら動物園で見たことがあるが、地球の狼とは比べものにならない大きさで、地球基準なら十分大型動物のサイズだ…
特に頭は不自然な程に大きい、ある種奇形のようにも見える気味の悪いものだ。
全身を覆う体毛は、森の中で目立たないためのものなのか、燻んだ迷彩柄をしているし、もし森の中で襲われていたとしたら、今頃こいつの腹の中にいたかもしれないと考えると、今回は本当に運が良かった…
「こんなの普通に戦っても、まるで勝てる気がしないよな…」
ナビさんから聞いた追跡狼の詳細情報は、次のようなものだった。
個体名・追跡狼
体長・242cm
体高・122cm
体重・135kg
難度・E
魔物化した森狼。
頭部が異常発達し、嗅覚と咬合力が増している。
肉は食用だが、内臓は毒性があるため食用には向かない。
(食えるのか…)
動かない追跡狼の頭を、しろまがテシテシと叩いていたが、収納した相手が無力化できているかの実験だったので、しろまの首元を掴んで持ち上げ、優子に渡しておく。
抗議の声は無視した。
食用ならジビエみたいなものと考えれば、魔物だとしても、キチンと解体して処理すれば食べられる…これは今後の為にも解体方法を覚えないとだが、覚えるまではストレージリングの中に保存しておこうと思う。
追跡狼は内側のストレージリングに再収納しておいた。
重量軽減がされても1kg強あるから、少しでも軽量化しておかないあとで困るからね。
鍋やコンロ、缶詰の缶なんかのゴミもきちんと収納し、忘れ物がないかを確認する。
地球産のものを下手に放置しておいて、この星にどんな影響を出してしまうか分からないからね。
「よし、忘れ物もなさそうだし出発しよう。もしかすると、また襲われるかもしれないから警戒しながら行くよ。」
「ん。気をつけて行こう。」
それから数時間…途中で新たな魔物や魔獣に襲われることはなく、代わり映えのしない草原地帯をひたすら進む事になった。
優子はしろまを抱いて、楽しそうに歩いていたが、歩くのに飽きたでっかちゃんは俺の頭の上に登り、帽子のように乗ったまま眠っていた。
歩きづらいから降りて欲しい…
歩き続けていると、やがて水の流れる音が聞こえてきた。
当初の目的地にしていた、川沿いの野営場に到着したらしい。
そのまま音のする方に進んでいき、ナビさんに聞いていた岩場を探す。
「川の近くに、多分岩場があると思うんだけど…」
「ぼんちゃん、岩場ってあれかな?」
先に進んでいた優子が岩場を見つけたようで、彼女が指差していた方向には、ゴツゴツとした大きめの石が転がる、10m四方くらいの開けた場所が存在した。
「ん?そう…かな?気をつけながら行ってみようか。」
「はーい、行こーしろまー」
上から見て気がついたが、岩場担っている場所以外の川沿いは、高さがある草がかなりの密度で茂っていて、野営をするには向いていない。
地面が石で覆われ草の生えていない岩場なら、少し下ってきたことで草原側からの視界も遮れているし、向こう岸に広がる森との間にも、流れが速く幅の広い川が分断してくれている。
草原で夜を明かすよりも、こっちの方が寝心地さえ我慢すれば、安全度は高いだろう。
(ナビさん、周辺に魔物の反応は?)
『回答提示。索敵範囲内で確認できる敵性体は、対岸の森の中に複数の反応があります。しかし近づいて来る様子はありません。』
まぁ森の中には何かしらいるよな…だが、近づいてこないなら大丈夫…なのか?
このまま村に向けて進むことも考えたが、夜に動き回る危険性と、ここまでの疲労を考慮すると、無理して進む選択肢はなしだ。
「今日はここに一泊しよう。人のいるところまでは、まだまだ遠いからね。」
優子にそう伝え、テントを取り出して設営していく。
テントの内側には、ベッド用のマットレスを置いて快適に寝られるようにしておいた。
気温的には、外で寝れるくらい暖かいけど、急な雨とかで濡れたくないからね。
寝床が確保できたら、明るい内に周りの地形を確認する為、夕御飯の準備を優子に任せて、周辺を探索に出かけた。
結論から言うと、何もなかった。
川沿いは、見える範囲は全て草が生い茂っていて、背の高い木が1本も無い。
ナビさんに確認して、魔物が近くにいない事も確認済みだ。
対岸の森へ渡れそうな浅瀬もないみたいだし、森にいる何かがこちらに渡って来る事もないだろう。
平原側の高台に登り、歩いて来た方向も確認したけど、かなり遠くに黒い雲が見えた気がするだけで、他には何も目新しいものはなかった。
一通り確認し終わり、テントの所に戻ってみると、出るときは楽しそうに喋っていた優子達の声が聞こえなくなっている。
テントを覗くと、全員で布団の上で重なるようにして眠ってしまっていた。
「なんだ、寝てるのか…」
慣れない環境に、彼女なりに無理をしていたんだろうか…
…いや、歩き疲れて寝ているだけだな…
追跡狼の死体を見たときは、少なからず驚いていたみたいだけど、それ以外は楽しそうにはしゃいでたしな。
そのうち起きるだろうし、優子の事は放っておいて、飯の準備をしておくことにした。
簡単に何かを作ることも考えたが、料理の匂いで離れたところにいる魔物が寄って来るかもしれないし、昼間と同じようにストレージリングからガスコンロと鍋を取り出し、アルファ米や缶詰の準備を始める。
「肉ない…」
さっきまで寝ていたでっかちゃんが、食事の気配を察知してテントの中から出て来た。
並べられている缶詰を見て残念そうに呟くが、安全策が見つかるまでは我慢してもらうしかない。
「安全な所に着くまでは我慢してな。あまり匂いの強いものは、昼間の狼みたいなやつを呼んじゃうかもしれないからね。」
「わかった…」
とても残念そうに呟くと、でっかちゃんはテントに戻ってしまう。
そんなに肉が食いたいのか…?
それにしても、ぬいぐるみが動いていることもそうだけど、若返ったことへの違和感も全然ない。
魔物との戦闘や、魔法の使用、頭の中で会話しているナビさんにしたってそうだ。
全てを〈そういうもの〉だと違和感なく受け入れてしまっている。
これはナフタが何かしたんだろうな…
ふと空を見上げると、夕陽に照らされた茜色の空に、赤と青の月が浮かんでいた。
月の名前はなんだったか…
川の流れる水音を聞きながら、コンロの火を見て物思いにふけっていると、ナビさんから呼びかけられる。
『警戒情報。敵性体の反応が西から近づいて来ます。警戒してください。』
何かが近づいて来るらしい。
しかし、既に辺りは暗くなりかけていて視界が悪くなってきている。
相手はまだ分からないが、夕暮れに動いているんだ、夜目が効かないとは考えづらい。
惑星グランファミリアでの最初の夜は、平穏にとはいかないようだ…
ーーーー
作者です。
川向こうの森は危険地帯なのでまだ行けません。
そのうち行くと思いますけどね…
感想その他、時間があれば是非。
応援ありがとうございます!
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