5 / 16
4
しおりを挟む
ある日、中南海の廊下で健作がポン元帥とすれ違った際に、ポン元帥は健作に「主席、内密なお話がございますが、よろしいでしょうか?」と呼び止められた。健作はうなずき、私室にポン元帥を招くと、緑茶と茶菓子を出させて席に着いた。
「それで、俺に内密な話とは何だ?」
「実は、主席が毎夜、召し出しておられる文化工作隊の女の子に関してですが……」
そこで、ポン元帥はいったん言葉をきり、健作の目をしっかり見つめてきた。さすがに「ポン大将軍」と賞賛されるだけあり、眼光は猛禽類のように鋭く、健作は思わず目をそらしてしまう。まるで、強面の教師に説教される、気弱な生徒みたいだ。
「主席、どうか、私の目を見てお話しくだされ。主席が中国革命の元勲であり、中国の偉大なる紅い太陽であることは、私も疑っておりません。主席にお仕えできて、身に余る光栄だと存じております。しかし、昨今の女の子との乱行ぶりは、目に余るものがあります。主席が革命を起こされたのは、酒池肉林の生活を送るためではなく、地主に搾取されている小作人を解放して、皆で豊かになろうとされてのことでしょう。今や革命こそ成就しましたが、相かわらず農民は貧しいままです。そのような中で、主席お一人が享楽にふけっておられて、よろしいのでしょうか?」
そこまで諭すように威厳を持って言うと、ポン元帥は湯呑みの緑茶を一口飲んだ。一方の健作はといえば、ポン元帥の威厳にあてられて、泣き出しそうになっている。
「最近、ソ連から来たある将校は、中国の農村を視察し、『こんな社会主義なら、社会主義なんて無くても良い』とぼやく始末です。主席は天下をとられてから変わられた。何とぞ、今一度、貧しい農民に寄り添った生活に立ち戻ってくだされ」
ポン元帥は前にも増して、眼光鋭く健作の目を射すくめてくる。あまりの威圧感に、健作は恥も外聞もなく泣き出してしまった。ポン元帥は、さすがに驚いたとみえて、健作をなだめにかかった。
「主席、いかがされましたか? こんなにメソメソ泣き出すなど、以前の豪胆な主席ならば、有り得なかったこと……。むしろ、革命などできるのかと弱気になる私たちを叱咤されて、ひたすら革命を成就させようと奮闘されてきたではありませんか。もしや、文化工作隊によって、ふぬけにされたのではありますまいか? もし、そうなら、ゆゆしきこと。私は、主席をふぬけにした文化工作隊の解散を提案させていただきます」
ポン元帥はオロオロしながらも、毅然として言う。健作は驚きのあまり、口をパクパクさせるだけだった。
(まずい。このままでは、俺の酒池肉林の生活が終わってしまう。そうなれば、会議だらけの退屈な日々が待っているだけだ。それだけは何が何でも阻止しないと……)
頼みの綱のみゆ婆は、そばにいない。健作は頭を使いすぎて知恵熱が出そうだった。その場を取り繕うように、
「……ポン元帥の言うことは、よくわかった。だが、大事なことゆえ、この場では即決できぬ。しばらく考えさせてもらいたい……」
と答えるのが精一杯である。健作の答えに、ある程度は満足したのか、ポン元帥も、
「わかりました。私も貧農の出身ゆえ、言い過ぎた部分はありましたが、どうかお許しください。全ては、主席と中国を思うゆえに出た言葉でございます」
と言って一礼すると、再び緑茶を飲み、茶菓子をほおばった。
「それで、俺に内密な話とは何だ?」
「実は、主席が毎夜、召し出しておられる文化工作隊の女の子に関してですが……」
そこで、ポン元帥はいったん言葉をきり、健作の目をしっかり見つめてきた。さすがに「ポン大将軍」と賞賛されるだけあり、眼光は猛禽類のように鋭く、健作は思わず目をそらしてしまう。まるで、強面の教師に説教される、気弱な生徒みたいだ。
「主席、どうか、私の目を見てお話しくだされ。主席が中国革命の元勲であり、中国の偉大なる紅い太陽であることは、私も疑っておりません。主席にお仕えできて、身に余る光栄だと存じております。しかし、昨今の女の子との乱行ぶりは、目に余るものがあります。主席が革命を起こされたのは、酒池肉林の生活を送るためではなく、地主に搾取されている小作人を解放して、皆で豊かになろうとされてのことでしょう。今や革命こそ成就しましたが、相かわらず農民は貧しいままです。そのような中で、主席お一人が享楽にふけっておられて、よろしいのでしょうか?」
そこまで諭すように威厳を持って言うと、ポン元帥は湯呑みの緑茶を一口飲んだ。一方の健作はといえば、ポン元帥の威厳にあてられて、泣き出しそうになっている。
「最近、ソ連から来たある将校は、中国の農村を視察し、『こんな社会主義なら、社会主義なんて無くても良い』とぼやく始末です。主席は天下をとられてから変わられた。何とぞ、今一度、貧しい農民に寄り添った生活に立ち戻ってくだされ」
ポン元帥は前にも増して、眼光鋭く健作の目を射すくめてくる。あまりの威圧感に、健作は恥も外聞もなく泣き出してしまった。ポン元帥は、さすがに驚いたとみえて、健作をなだめにかかった。
「主席、いかがされましたか? こんなにメソメソ泣き出すなど、以前の豪胆な主席ならば、有り得なかったこと……。むしろ、革命などできるのかと弱気になる私たちを叱咤されて、ひたすら革命を成就させようと奮闘されてきたではありませんか。もしや、文化工作隊によって、ふぬけにされたのではありますまいか? もし、そうなら、ゆゆしきこと。私は、主席をふぬけにした文化工作隊の解散を提案させていただきます」
ポン元帥はオロオロしながらも、毅然として言う。健作は驚きのあまり、口をパクパクさせるだけだった。
(まずい。このままでは、俺の酒池肉林の生活が終わってしまう。そうなれば、会議だらけの退屈な日々が待っているだけだ。それだけは何が何でも阻止しないと……)
頼みの綱のみゆ婆は、そばにいない。健作は頭を使いすぎて知恵熱が出そうだった。その場を取り繕うように、
「……ポン元帥の言うことは、よくわかった。だが、大事なことゆえ、この場では即決できぬ。しばらく考えさせてもらいたい……」
と答えるのが精一杯である。健作の答えに、ある程度は満足したのか、ポン元帥も、
「わかりました。私も貧農の出身ゆえ、言い過ぎた部分はありましたが、どうかお許しください。全ては、主席と中国を思うゆえに出た言葉でございます」
と言って一礼すると、再び緑茶を飲み、茶菓子をほおばった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる