俺は毛沢東!?

王太白

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 翌日から政務が始まる。その日は、朝鮮戦争終結に伴い、半島から引き上げた軍を指揮していたポン元帥が、前に出て軍制改革を唱えていた。ちなみに、閣議にはみゆ婆も無理を言って列席させてもらった。「どうせ、健作一人では、会議の内容などわかるまい」という理由である。
「私が朝鮮戦争を指揮したのみならず、前線を幾度も視察した経験から言わせていただければ、中国軍の近代化は急務だということです。現在、中国軍は兵力こそ四百万ですが、大半は前近代的な劣悪な装備であり、米軍のような近代兵器を装備できていません。今回はたまたま、米軍が中国国内の軍需工場などを爆撃しませんでした。理由は、大統領が本気で中国と敵対することを恐れたからですが、マッカーサーは中国国内の爆撃を主張したそうです。そこで主席にお願いしたいのは、全ての中国軍に近代兵器を装備する予算を組んでいただきたいのです。もちろん、そのための軍事費は莫大な額になりますが」
 言い終わると、ポン元帥は一礼して自席に戻った。何の予備知識も無い健作は、ポン元帥の話を聞いても、何も理解できずに「え~っと……う~んと……」などと、しどろもどろに答えるだけである。健作の間抜けぶりに業を煮やしたのか、みゆ婆が周囲から見えないように、健作の足を思いっきり踏んだ。
「痛て……」
 健作がうめくのを見て、ポン元帥を始め、文武百官が健作のほうを見るが、みゆ婆が「気にしないでくだされ。部屋に迷い込んだ蜂に刺されただけですじゃ」と言い繕う。みゆ婆は、すかさず健作に耳打ちした。
「歴史では、この議案に対して、毛沢東は全軍へ近代兵器を装備する案を却下し、自分なりの核兵器開発と人民戦争の路線にこだわったのじゃ。これは政策として間違っておらん」
「その前に、人民戦争って何だよ? それに、核兵器開発と近代兵器装備と、どちらが良いんだよ? みゆ婆の言い方は難しくてわからねえって……」
「人民戦争とは、農民を中心とするゲリラ戦のことじゃ。あと、近代兵器装備よりも、核ミサイル開発のほうが、金がかからないんじゃ。さあ、早く議決せい!」
 健作とみゆ婆が言い合いしているのを見かねたチュウ元帥が、
「主席は、いつまで隣席の老婦人とヒソヒソ話し合っているおつもりですか? 今は閣議の時間で、ポン元帥を始め、軍事の専門家たちが勢ぞろいしています。専門家かどうかもわからぬ侍女に意見を求めるのではなく、我らに意見を求めてくだされ」
と言い出すので、健作は「わかった。では、これより俺が採決をくだす」と言わざるを得なかった。
「採決としては、ポン元帥の案を却下し、従来の核兵器開発と人民戦争の路線を踏襲する。理由は、全軍への近代兵器装備よりも、核兵器開発のほうが安くて済むからだ。人民戦争も、金がかからずに済む戦術だ。異論のある者は遠慮なく申し出よ」
 文武百官は健作の勢いに呑まれたみたいだったが、ポン元帥はなおも食い下がる。
「それは、朝鮮戦争に従軍した主席のご子息を、私が指揮しながら戦死させてしまったことを、お恨みになっての採決ですか? 確かに、ご子息の戦死に関しましては、私に全面的に責任があります。しかし、それと国防とは別問題です。米軍が北朝鮮を虎視眈々と狙っており、北朝鮮が落ちれば、次は中国が狙われるのは必至。どうか、天下国家の問題を私怨で論じられないよう、お願い申し上げます」
 ポン元帥は深々と一礼した。健作は再び、みゆ婆に尋ねる。
「なあ、俺の息子って、誰なんだよ?」
「だから、朝鮮戦争に兵士として従軍し、米軍の爆撃で戦死した毛岸英もうがんえいのことじゃ。戦死せずに天寿をまっとうしていれば、毛沢東の跡を継いだと言われておるほどの人物じゃぞ」
「そんなにすごい息子だったのか。実感わかねえな。俺自身の息子じゃねえしな」
 健作がみゆ婆とヒソヒソ話しているのに、業を煮やしたらしいポン元帥が、「どうなんですか?」と詰め寄ってきたので、健作は答えた。
「俺はあくまで私怨で言っているのではない。息子といっても、そこまで愛情があるわけでもないしな。戦死した息子よりも、ポン元帥のような優秀な軍人が無事に帰還してくれたほうが嬉しい。『三国志』でも、劉備の息子の阿斗あとを、戦場で趙雲ちょううんが命懸けで守ったのに、劉備は『息子を守るために、大事な部下である趙雲を死なせるところだった』と言ったぐらいだしな。だから、ポン元帥には、変わらず国家のために忠誠を尽くしてほしい」
 これを聞いたポン元帥は、「申し訳ありません。主席の真心を疑ってしまうところでした。お許しください」と恥じ入った様子で、一礼して引き下がった。
 その後もいくつか小さな議題が出され、全て終わる頃には夕方になっていた。
「あ~、腹減った。いすに座って会議だらけで、予備校で勉強するより疲れるぜ。今夜の夕食のメニューは何だろうな? 飯と夜の女の子だけが楽しみだ」
「よく言うわい。会議といっても、ほとんどウチが横から助言していたのを、そのまま発言しておっただけじゃろうが。ウチがいなけりゃ、どうなっとったことやら……」
「だから、本当、みゆ婆にはいくら感謝してもしきれないぐらいだよ」
「その礼といっては何だが、ウチ専用の小屋と扶持をもらえんかのぅ? いい加減、健作の邸宅の一室で寝起きするのは飽きた。中南海の中で良いから、小屋をくれ」
「わかった。お安いご用だ」
 健作は夕食が終わると、早速、みゆ婆の住まいを手配した。
「それで、今夜の文化工作隊じゃが、また玉葉を召しだすか?」
「いや、今宵は別の女の子にしてくれ。いろんな女の子を抱いてみたい気分なんだ」
「わかった」
 その日の女の子は、化粧も控えめで、胸も大きくなく、田舎出身の素朴さが抜けきらない娘だった。
里樹リーシュと申します。主席と同じ湖南省の出身であることが自慢です」
 里樹はモジモジしながら恥ずかしそうに話す。健作は里樹を抱き寄せる。
「初いやつ。さあ、俺がおまえを女にしてやろう」
 健作は里樹を脱がしながら、妄想をたくましくする。
(『金瓶梅』で六人の妻を持っていて、さらに遊郭にまで通っていた西門慶せいもんけいって、こんな気分だったんだろうな。ああ、俺は生きてて良かった……)
 それから数ヵ月間、健作はみゆ婆に女の子を召しだしてもらいながら、色と欲にまみれた生活をしていた。文化工作隊の女の子は、健作が覚えているだけでも、数十人いたのだ。文字通り、酒池肉林である。女の子たちは皆、「主席に抱かれて幸せです」と口々に言うので、健作は上機嫌だった。
「昼間の嫌な会議さえ乗り切れば、帝王のような暮らしが待っているんだ。たまんねえな」
 だが、いつまでも享楽的な生活を続けられるわけでもない。
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