14 / 16
13
しおりを挟む
ポン元帥の執務室は、三階の奥まった部屋だった。いきなりドカドカと室内に押し入ってきた官吏や兵士たちが、「ポン元帥、ご無事ですか?」と問いただすので、ポン元帥は当然ながら意味がわからないらしく、「いったい何事だね?」と聞き返してきた。兵士の一人が「いや、ですから、賊が入ったと……」と言いかけたとき、いきなり目がトロンとして、床に寝転がってしまう。「おい、どうした?」と尋ねる他の官吏や兵士たちも、次々に床に寝転がり、いびきをかいて眠ってしまう。立っているのは里樹とポン元帥だけだ。
「ふむ……だいたい読めたぞ。おまえは高順ではないな。おおかた党中央の刺客か」
ポン元帥は口と鼻にハンカチを当てて言う。
「あいにく、私は若い頃から傭兵として戦場を駈けずり回ってきたのだ。当然、毒を使った攻撃を受けたこともある。この程度の眠り薬では効かぬぞ」
ポン元帥は拳銃を取り出した。同時に里樹は、寝転がった兵士から拳銃を奪う。
「あら、この無味無臭の眠り薬のお香に対応できるなんて、さすがは十大元帥の一人ですね。でも、あたしだって毒物の知識のみならず、くノ一として戦闘の訓練も受けていますから、簡単にはやられませんよ」
二人は拳銃をかまえたまま、しばらくにらみ合った。先に動いたのはポン元帥だ。ハンカチを押さえていた左手を下ろすと、執務机の上にあったペンを里樹めがけて投げる。里樹は後ろに跳びすさってよけるが、すかさずポン元帥は拳銃を撃ってくる。里樹はすかさず、紅い星印の描かれた帽子を脱ぐと、銃弾の軌道に持ってきて銃弾をはじく。実は、帽子の裏には鉄板が張ってあるのだ。ふだんからかぶっている帽子なので、重くて仕方ないが、我慢してかぶっている。
「さすがは暗殺者だ。この程度ではかわされるか」
ポン元帥は二挺めの拳銃を取り出すと、交互に撃ち始める。里樹としては、一発めは帽子ではじくが、二発めは防御の薄い部分を狙われるので、どうしてもかすってしまう。もっとも、かするだけなので重傷にはならないが、焼けつくような痛みが走るのは仕方ない。
「どうした? 防御してばかりでは勝てんぞ。私だって、同じ中国人どうしで殺し合いたくない。敵は西欧の帝国主義国だけで充分だ。武器を捨てて降参すれば、助けてやるぞ」
「嫌ですよ。あたしだって自分の信念のために戦っているんです。ポン元帥にご自分の信念や正義があるのと同じですよ。信念を曲げたら女がすたりますから」
里樹はポン元帥めがけて突っ込んでくる。
「何を考えている? 帽子の裏に鉄板が張ってあっても、至近距離の銃撃には耐えられんぞ。自ら死を選ぶつもりか?」
ポン元帥は二挺の拳銃をかまえる。だが、いざ発射しようとすると、右手に何か重くて固い物が命中し、衝撃で右手の銃を取り落としてしまう。よく見ると、それは鎖のついた帽子だった。
「くっ……まさか、鉄板に装着するための鎖まで用意しておいて、それを私の右手に正確に投げつけてくるとは……。ぬかったわ。だが、まだ左手の拳銃があるぞ」
しかし、ポン元帥が左手の拳銃を撃つ頃には、鎖を通じて里樹の手元に帽子が戻ってきていて、銃弾は帽子にはじかれた。里樹はそのまま、ポン元帥めがけて左手の拳銃を撃つ。
拳銃の発射音が轟いたかと思うと、ポン元帥の左手の拳銃ははじき飛ばされていた。里樹は、そのままポン元帥を押し倒すと、馬乗りになって眉間に拳銃をかまえる。ポン元帥は敗北を悟って、両手を上にあげた。
「私の負けだ。さあ、殺すなり何なり、好きにするがいい。だが、これだけは言わせてもらうが、私を殺しても中国は決して良くならんぞ。おまえには、それだけの未来が見えているのか?」
「何とでも言えばいいです。あたしは主席のために命を投げ出す覚悟ですから……」
里樹はそのまま、ポン元帥の眉間を撃ち抜こうとしたが、手がカタカタ震えるだけで、いっこうに引き金を引けなかった。それどころか、涙が一筋、二筋とこぼれてくる。
「……あれ? あたし、何で泣いているんだろう? これで主席の地位をおびやかすポン元帥を倒せるっていうのに……おかしいな」
里樹は必死で涙をぬぐう。なぜか、それまで恐ろしかったポン元帥が、急に穏やかな仙人みたいに見えてきたのだ。
「ふふふ……おまえにもようやく、殺せる相手と、殺せない相手との区別がついてきたようだな。それは人として当然の反応だ。私は平江起義(地元の軍閥を倒した革命反乱)に参加したが、そのときは敵を殺すのに迷いは一切無かった。だが、革命のために尽力された主席を倒すために、北京に攻め上ろうとすると、同胞である共産党軍の兵士を殺すのに迷いが生じて仕方ないのだ。ここでおまえに殺されるとしても、天が私を殺そうとしているのだと思えた。しかし、おまえも私を殺すのをためらうとなると、私は誰と戦っているのか、わからなくなる……。誰か教えてくれ。私のやろうとしていることは、間違っているのか?」
ポン元帥の目にも涙があふれてきた。そのまま、里樹とポン元帥は、二人して大声で泣き出した。里樹は気づけば、左手の拳銃を投げ出していた。
「ふむ……だいたい読めたぞ。おまえは高順ではないな。おおかた党中央の刺客か」
ポン元帥は口と鼻にハンカチを当てて言う。
「あいにく、私は若い頃から傭兵として戦場を駈けずり回ってきたのだ。当然、毒を使った攻撃を受けたこともある。この程度の眠り薬では効かぬぞ」
ポン元帥は拳銃を取り出した。同時に里樹は、寝転がった兵士から拳銃を奪う。
「あら、この無味無臭の眠り薬のお香に対応できるなんて、さすがは十大元帥の一人ですね。でも、あたしだって毒物の知識のみならず、くノ一として戦闘の訓練も受けていますから、簡単にはやられませんよ」
二人は拳銃をかまえたまま、しばらくにらみ合った。先に動いたのはポン元帥だ。ハンカチを押さえていた左手を下ろすと、執務机の上にあったペンを里樹めがけて投げる。里樹は後ろに跳びすさってよけるが、すかさずポン元帥は拳銃を撃ってくる。里樹はすかさず、紅い星印の描かれた帽子を脱ぐと、銃弾の軌道に持ってきて銃弾をはじく。実は、帽子の裏には鉄板が張ってあるのだ。ふだんからかぶっている帽子なので、重くて仕方ないが、我慢してかぶっている。
「さすがは暗殺者だ。この程度ではかわされるか」
ポン元帥は二挺めの拳銃を取り出すと、交互に撃ち始める。里樹としては、一発めは帽子ではじくが、二発めは防御の薄い部分を狙われるので、どうしてもかすってしまう。もっとも、かするだけなので重傷にはならないが、焼けつくような痛みが走るのは仕方ない。
「どうした? 防御してばかりでは勝てんぞ。私だって、同じ中国人どうしで殺し合いたくない。敵は西欧の帝国主義国だけで充分だ。武器を捨てて降参すれば、助けてやるぞ」
「嫌ですよ。あたしだって自分の信念のために戦っているんです。ポン元帥にご自分の信念や正義があるのと同じですよ。信念を曲げたら女がすたりますから」
里樹はポン元帥めがけて突っ込んでくる。
「何を考えている? 帽子の裏に鉄板が張ってあっても、至近距離の銃撃には耐えられんぞ。自ら死を選ぶつもりか?」
ポン元帥は二挺の拳銃をかまえる。だが、いざ発射しようとすると、右手に何か重くて固い物が命中し、衝撃で右手の銃を取り落としてしまう。よく見ると、それは鎖のついた帽子だった。
「くっ……まさか、鉄板に装着するための鎖まで用意しておいて、それを私の右手に正確に投げつけてくるとは……。ぬかったわ。だが、まだ左手の拳銃があるぞ」
しかし、ポン元帥が左手の拳銃を撃つ頃には、鎖を通じて里樹の手元に帽子が戻ってきていて、銃弾は帽子にはじかれた。里樹はそのまま、ポン元帥めがけて左手の拳銃を撃つ。
拳銃の発射音が轟いたかと思うと、ポン元帥の左手の拳銃ははじき飛ばされていた。里樹は、そのままポン元帥を押し倒すと、馬乗りになって眉間に拳銃をかまえる。ポン元帥は敗北を悟って、両手を上にあげた。
「私の負けだ。さあ、殺すなり何なり、好きにするがいい。だが、これだけは言わせてもらうが、私を殺しても中国は決して良くならんぞ。おまえには、それだけの未来が見えているのか?」
「何とでも言えばいいです。あたしは主席のために命を投げ出す覚悟ですから……」
里樹はそのまま、ポン元帥の眉間を撃ち抜こうとしたが、手がカタカタ震えるだけで、いっこうに引き金を引けなかった。それどころか、涙が一筋、二筋とこぼれてくる。
「……あれ? あたし、何で泣いているんだろう? これで主席の地位をおびやかすポン元帥を倒せるっていうのに……おかしいな」
里樹は必死で涙をぬぐう。なぜか、それまで恐ろしかったポン元帥が、急に穏やかな仙人みたいに見えてきたのだ。
「ふふふ……おまえにもようやく、殺せる相手と、殺せない相手との区別がついてきたようだな。それは人として当然の反応だ。私は平江起義(地元の軍閥を倒した革命反乱)に参加したが、そのときは敵を殺すのに迷いは一切無かった。だが、革命のために尽力された主席を倒すために、北京に攻め上ろうとすると、同胞である共産党軍の兵士を殺すのに迷いが生じて仕方ないのだ。ここでおまえに殺されるとしても、天が私を殺そうとしているのだと思えた。しかし、おまえも私を殺すのをためらうとなると、私は誰と戦っているのか、わからなくなる……。誰か教えてくれ。私のやろうとしていることは、間違っているのか?」
ポン元帥の目にも涙があふれてきた。そのまま、里樹とポン元帥は、二人して大声で泣き出した。里樹は気づけば、左手の拳銃を投げ出していた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる