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前編
決断したからには 3
しおりを挟む「それで?」
そっけない口調に、サマンサは気力が萎えそうになるのを感じる。
見た目はスマートで穏やかそうに見えるが、彼の本質は「冷酷」なのだ。
答えを知っているのに、わざわざサマンサが言葉にするのを待っている。
そして、自らは、けして本音を語らない。
(普通なら、わかっていることを話すか、聞かないか、どちらかになるはずよね。こういう話の場合はとくに……少なくとも、お互いの考えが一致しているかどうか確認しようとするものだわ)
だが、彼には「答え合わせ」をする気がないのだろう。
なにかしら彼が言葉を使っていても、サマンサは独りで話している気分になる。
会話というのは1人では成立しない。
互いに協力することで理解しあえるのだ。
(この人には私を理解する気がないのよ。もちろん彼の立場からすれば理解する必要なんてないのかもしれない。でも……だったら、なぜ会ったりするの? 追いはらってしまえばすむことだったのに)
「きみの話は、それで終わりかね?」
「いいえ」
反射的に言い返す。
たとえ理解が得られなくとも、交渉ができさえすればいいのだと、気持ちを切り替えた。
それこそ、サマンサには、彼に「わかってもらう」必要などない。
顔を上げ、彼の黒い瞳を見据える。
「愛のない婚姻はしたくない、ということです」
「さっき、きみは、結果としてでも、と言ったね」
「ええ。婚姻した際に愛がなくても、心が変化する可能性はあるものです」
「そういえば、ドワイトとリンディの婚姻は政略的なものだったかな」
「母は、フィリアーズ侯爵家の出です」
彼は、両親のことを思いの外、知っていた。
きっと母の出自も知っていたに違いない。
フィリアーズはティンザーの下位貴族の中では、格下ではある。
だが、どこの家よりもティンザーに対しての忠誠心が厚い。
その結束力を強め、フィリアーズの立場を確立するため、サマンサの両親は婚姻したのだ。
お互いに政略的なものであったことは承知していた、と聞かされている。
とはいえ、時間が経ち、兄やサマンサが産まれたこともあって、今では愛のある関係を築いていた。
「ですが、彼と私は、そういう関係にはなれません」
「いやに、はっきりと言い切るが、根拠は?」
ここは慎重に話すべきだ。
サマンサは気持ちを引き締めた。
相手は様々な情報を持ち、人の表情を読むことに長けている。
嘘をつくつもりはないにしても、サマンサだって、すべてを話す気はなかった。
こちらにも「話さない」との権利はあるはずだ。
「彼はティンザーの家と婚姻したいだけだからです」
「政略的な婚姻というのは、そういうものではないかね?」
「ですが、政略的な婚姻であっても、対等……つまり、お互いに利があってのことでしょう? 彼は、単にティンザーを利用したいだけなのです」
「ひどく抽象的な表現だ」
それは、サマンサもわかっている。
わかっていて、小出しにしていた。
そうすることで、真実味を「底上げ」したかったのだ。
事実というだけでは、相手を納得させるのは難しいと判断している。
「この婚姻、ティンザー側には得られるものがありません。彼は分家を継ぐはずでしたが、話がすり替わっていたのです。彼は婚姻後もティンザーの別邸で暮らすと言いました。養子に入るという意味なのは、お分かりでしょう?」
「彼は次男だし、ラウズワースから養子が迎えられるのは、ティンザーにとっても利になるのじゃないかな?」
「いいえ。兄の能力を疑うわけではありませんが、兄は彼より歳若く、きっとなにかにつけ、彼に相談をすることになります。私と懇意だということで、兄は彼を信頼していますから。それが、どういう結果をもたらすか」
わかるはずだ。
口には出さず、目だけで語りかける。
だが、彼は黙っていた。
目だけで、サマンサに語ってくる。
きみが話せ、と。
どこまでも冷酷な男性だ、と思った。
貴族たちが恐れているのは彼の力かもしれない。
実際、大きな力を持っているのだとしても、恐れるべきは、そこではないのだ。
彼の本質にふれることをこそ、恐れなければならない。
(でも、人の心を読んだり、操ったりする魔術はないのよ)
だからこそ、彼は「言葉にしない」のではなかろうか。
会話から、心を読まれるのを避けている。
なんとなく、そう感じた。
魔術は万能ではない。
おそらく、彼は、自らの弱点と成り得る「心」を隠蔽し、守っている。
サマンサにも言いたくないことや暴かれたくない心があった。
そこにふれられると、自分が弱くなるのも自覚している。
信じられないことだが、彼にも同じような感情があるのだ。
(だったら、なおさら人でなしだわ、この人)
人には心を晒すことを求めておきながら、自らは心を隠蔽する。
帳尻を合わせるなんていう考えはない。
同情をしたり、容赦したりする気もないのだろう。
彼にとって、ほとんどの他者は「どうでもいい」のだ。
「父の代はともかく、この先ティンザーはラウズワースに飲み込まれるでしょう。ラウズワースの犬に成り下がりたくはありません。私はティンザーの家風が好きなのです。実直に過ぎるから、いつまでも格上にはなれないのだと、人に笑われても」
これは、サマンサの本音だ。
ラウズワースの家風に染まりたいなどとは思っていない。
今回のやり口からしても誠実さに欠ける。
将来的に、ティンザーがラウズワースのようになるのは嫌だった。
しかも、自分の婚姻がきっかけとなるのだ。
「そのことに気づいたのは、彼が別邸で暮らすと言い出してからのことです。それまで私は、自分がラウズワースに嫁ぐと思っておりました。ですが、気づくのが遅かったのです」
「きみが彼を別邸に招いたのだからね。その上、きみの両親も兄も、彼のことを信頼している。まぁ、それがティンザーの者の気質だ」
彼は、じっとサマンサを見つめている。
心の底まで見透かされそうで、視線をそらせたくなるのを堪えた。
逆に、見透かされたくなかったからだ。
「人が好過ぎる」
自分がそうだからといって、相手も同じとは限らない。
サマンサは、ティモシーの言葉を疑ったことがなかった。
確かに、ティモシーは嘘はつかなかったと言える。
都合の良いように話を捻じ曲げただけだ。
「真っ向から破談にすれば、ラウズワースに借りを作ることになります。私のためであれば、父は……信念を曲げてでも、その借りを返そうとするでしょう」
「ドワイトなら、そうするだろうね」
「父をご存知なら理解していただけますわね? 1度でも信念を曲げれば、父は自分を責め続けます。きっと立ち直ることはできません」
「だろうな。彼は、実直と誠実で出来ているような男だ」
「これは……私の失敗なのです。私が彼の不正直さに気づいていれば、ここまで追い込まれずにすみました」
彼の表情は変わらない。
穏やかな顔つきではあるが、感情がひと欠片も見えなかった。
泣き落としが通用する相手ではないと、わかっている。
とはいえ、破談にしたい理由については納得してくれるはずだ。
ローエルハイドでなければならない理由も。
ラウズワースに対抗できるのは、ウィリュアートンかアドルーリット。
この2つの公爵家くらいだった。
だが、アドルーリットはラウズワースと懇意にしている。
ティモシーとアドルーリットの三男マクシミリアンは、同年で幼馴染みだ。
協力してくれるはずがない。
ウィリュアートンには息子が1人いるが、まだ4歳と幼かった。
到底、サマンサの婚姻相手とは成り得ない。
結果、残されるのは、ローエルハイドのみとなる。
彼は、現在32歳で独り身だ。
(あとは……対価よね。私に、なにが支払えるのか)
便宜上の婚約を受け入れるからには、相応の見返りを要求されるに違いない。
だとしても、実のところ、サマンサには支払えるものがなにもないのだ。
自分に女性的な魅力がないのは知っている。
ローエルハイドなら金には困っていない。
あげく、政にも無関心。
それでも、サマンサは、自分の判断に賭けることにしていた。
彼の視線を、じっと受け止める。
次の言葉を待つ彼女に、彼が言った。
「それで?」
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