人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

文字の大きさ
3 / 164
前編

決断したからには 3

しおりを挟む
 
「それで?」
 
 そっけない口調に、サマンサは気力が萎えそうになるのを感じる。
 見た目はスマートで穏やかそうに見えるが、彼の本質は「冷酷」なのだ。
 答えを知っているのに、わざわざサマンサが言葉にするのを待っている。
 そして、自らは、けして本音を語らない。
 
(普通なら、わかっていることを話すか、聞かないか、どちらかになるはずよね。こういう話の場合はとくに……少なくとも、お互いの考えが一致しているかどうか確認しようとするものだわ)
 
 だが、彼には「答え合わせ」をする気がないのだろう。
 なにかしら彼が言葉を使っていても、サマンサは独りで話している気分になる。
 会話というのは1人では成立しない。
 互いに協力することで理解しあえるのだ。
 
(この人には私を理解する気がないのよ。もちろん彼の立場からすれば理解する必要なんてないのかもしれない。でも……だったら、なぜ会ったりするの? 追いはらってしまえばすむことだったのに)
 
「きみの話は、それで終わりかね?」
「いいえ」
 
 反射的に言い返す。
 たとえ理解が得られなくとも、交渉ができさえすればいいのだと、気持ちを切り替えた。
 それこそ、サマンサには、彼に「わかってもらう」必要などない。
 顔を上げ、彼の黒い瞳を見据える。
 
「愛のない婚姻はしたくない、ということです」
「さっき、きみは、結果としてでも、と言ったね」
「ええ。婚姻した際に愛がなくても、心が変化する可能性はあるものです」
「そういえば、ドワイトとリンディの婚姻は政略的なものだったかな」
「母は、フィリアーズ侯爵家の出です」
 
 彼は、両親のことを思いの外、知っていた。
 きっと母の出自も知っていたに違いない。
 フィリアーズはティンザーの下位貴族の中では、格下ではある。
 だが、どこの家よりもティンザーに対しての忠誠心が厚い。
 
 その結束力を強め、フィリアーズの立場を確立するため、サマンサの両親は婚姻したのだ。
 お互いに政略的なものであったことは承知していた、と聞かされている。
 とはいえ、時間が経ち、兄やサマンサが産まれたこともあって、今では愛のある関係を築いていた。
 
「ですが、彼と私は、そういう関係にはなれません」
「いやに、はっきりと言い切るが、根拠は?」
 
 ここは慎重に話すべきだ。
 サマンサは気持ちを引き締めた。
 相手は様々な情報を持ち、人の表情を読むことに長けている。
 嘘をつくつもりはないにしても、サマンサだって、すべてを話す気はなかった。
 こちらにも「話さない」との権利はあるはずだ。
 
「彼はティンザーの家と婚姻したいだけだからです」
「政略的な婚姻というのは、そういうものではないかね?」
「ですが、政略的な婚姻であっても、対等……つまり、お互いに利があってのことでしょう? 彼は、単にティンザーを利用したいだけなのです」
「ひどく抽象的な表現だ」
 
 それは、サマンサもわかっている。
 わかっていて、小出しにしていた。
 そうすることで、真実味を「底上げ」したかったのだ。
 事実というだけでは、相手を納得させるのは難しいと判断している。
 
「この婚姻、ティンザー側には得られるものがありません。彼は分家を継ぐはずでしたが、話がすり替わっていたのです。彼は婚姻後もティンザーの別邸で暮らすと言いました。養子に入るという意味なのは、お分かりでしょう?」
「彼は次男だし、ラウズワースから養子が迎えられるのは、ティンザーにとっても利になるのじゃないかな?」
「いいえ。兄の能力を疑うわけではありませんが、兄は彼より歳若く、きっとなにかにつけ、彼に相談をすることになります。私と懇意だということで、兄は彼を信頼していますから。それが、どういう結果をもたらすか」
 
 わかるはずだ。
 口には出さず、目だけで語りかける。
 だが、彼は黙っていた。
 目だけで、サマンサに語ってくる。
 
 きみが話せ、と。
 
 どこまでも冷酷な男性だ、と思った。
 貴族たちが恐れているのは彼の力かもしれない。
 実際、大きな力を持っているのだとしても、恐れるべきは、そこではないのだ。
 彼の本質にふれることをこそ、恐れなければならない。
 
(でも、人の心を読んだり、操ったりする魔術はないのよ)
 
 だからこそ、彼は「言葉にしない」のではなかろうか。
 会話から、心を読まれるのを避けている。
 なんとなく、そう感じた。
 
 魔術は万能ではない。
 
 おそらく、彼は、自らの弱点と成り得る「心」を隠蔽し、守っている。
 サマンサにも言いたくないことや暴かれたくない心があった。
 そこにふれられると、自分が弱くなるのも自覚している。
 信じられないことだが、彼にも同じような感情があるのだ。
 
(だったら、なおさら人でなしだわ、この人)
 
 人には心を晒すことを求めておきながら、自らは心を隠蔽する。
 帳尻を合わせるなんていう考えはない。
 同情をしたり、容赦したりする気もないのだろう。
 彼にとって、ほとんどの他者は「どうでもいい」のだ。
 
「父の代はともかく、この先ティンザーはラウズワースに飲み込まれるでしょう。ラウズワースの犬に成り下がりたくはありません。私はティンザーの家風が好きなのです。実直に過ぎるから、いつまでも格上にはなれないのだと、人に笑われても」
 
 これは、サマンサの本音だ。
 ラウズワースの家風に染まりたいなどとは思っていない。
 今回のやり口からしても誠実さに欠ける。
 将来的に、ティンザーがラウズワースのようになるのは嫌だった。
 しかも、自分の婚姻がきっかけとなるのだ。
 
「そのことに気づいたのは、彼が別邸で暮らすと言い出してからのことです。それまで私は、自分がラウズワースに嫁ぐと思っておりました。ですが、気づくのが遅かったのです」
「きみが彼を別邸に招いたのだからね。その上、きみの両親も兄も、彼のことを信頼している。まぁ、それがティンザーの者の気質だ」
 
 彼は、じっとサマンサを見つめている。
 心の底まで見透かされそうで、視線をそらせたくなるのをこらえた。
 逆に、見透かされたくなかったからだ。
 
「人が好過よすぎる」
 
 自分がそうだからといって、相手も同じとは限らない。
 サマンサは、ティモシーの言葉を疑ったことがなかった。
 確かに、ティモシーは嘘はつかなかったと言える。
 都合の良いように話を捻じ曲げただけだ。
 
「真っ向から破談にすれば、ラウズワースに借りを作ることになります。私のためであれば、父は……信念を曲げてでも、その借りを返そうとするでしょう」
「ドワイトなら、そうするだろうね」
「父をご存知なら理解していただけますわね? 1度でも信念を曲げれば、父は自分を責め続けます。きっと立ち直ることはできません」
「だろうな。彼は、実直と誠実で出来ているような男だ」
「これは……私の失敗なのです。私が彼の不正直さに気づいていれば、ここまで追い込まれずにすみました」
 
 彼の表情は変わらない。
 穏やかな顔つきではあるが、感情がひと欠片も見えなかった。
 泣き落としが通用する相手ではないと、わかっている。
 とはいえ、破談にしたい理由については納得してくれるはずだ。
 
 ローエルハイドでなければならない理由も。
 
 ラウズワースに対抗できるのは、ウィリュアートンかアドルーリット。
 この2つの公爵家くらいだった。
 だが、アドルーリットはラウズワースと懇意にしている。
 ティモシーとアドルーリットの三男マクシミリアンは、同年で幼馴染みだ。
 協力してくれるはずがない。
 
 ウィリュアートンには息子が1人いるが、まだ4歳と幼かった。
 到底、サマンサの婚姻相手とは成り得ない。
 結果、残されるのは、ローエルハイドのみとなる。
 彼は、現在32歳で独り身だ。
 
(あとは……対価よね。私に、なにが支払えるのか)
 
 便宜上の婚約を受け入れるからには、相応の見返りを要求されるに違いない。
 だとしても、実のところ、サマンサには支払えるものがなにもないのだ。
 
 自分に女性的な魅力がないのは知っている。
 ローエルハイドなら金には困っていない。
 あげく、まつりごとにも無関心。
 
 それでも、サマンサは、自分の判断に賭けることにしていた。
 彼の視線を、じっと受け止める。
 次の言葉を待つ彼女に、彼が言った。
 
「それで?」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

処理中です...