人でなし主と、じゃじゃ馬令嬢

たつみ

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後編

迫る危機よりも 4

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 カウフマンは奇妙な違和感をいだき続けている。
 ここのところ、ずっとだ。
 
「どしたの、じぃちゃん?」
「お前の欲しがる犬が見つからんのだよ、ジェシー」
「そんなに上手く隠れてんの?」
「王都から出てはおらん。だが、見つからん。それがおかしい」
「王都は、じぃちゃんの庭だもんなー」
 
 ローエルハイドに匿われている様子はない。
 そもそも、ローエルハイドがフレデリックを保護する理由もなかった。
 とすると、誰かほかの者が介入していることになる。
 カウフマンも把握していない「誰か」だ。
 
「少し確認してみねばならんかの」
 
 カウフマンは、王都のみならず、ロズウェルド、果ては諸外国にまで流通経路を拡大している。
 だから、物が動けば情報が入るのだが、フレデリックのことに関しては、それらしい手がかりが得られていない。
 
 つまり、カウフマンの流通経路を離れたところで、物が動いていることになる。
 いかに豪商であろうとも、すべての経路を掌握してはいない。
 抜け道があるのは確かだ。
 実際、ティンザーの屋敷には、カウフマンの手の者は入りこめていなかった。
 ティンザーは昔気質の商人としかつきあわず、新参者との取引をしない。
 
 さりとて、昔気質かたぎのロズウェルド商人の人数など、たかが知れている。
 とてもカウフマンの手から逃れられるとは思えない。
 そこが抜け道になることは、カウフマンも承知していた。
 そのため、そうした商人たちは、常に見張らせているのだ。
 匿われていたとしても、とっくに見つけていただろう。
 
「アブネーのか?」
 
 ジェシーは向かい側のソファに座っている。
 けれど、その声に危機感はない。
 ソファの上に組んだ足を乗せ、膝に肘を置き、頬杖をついていた。
 
「お前の犬は、良い働きをするかもしれん」
「そーなの?」
「私の知らない、なにかが動いておる。それをいぶり出すきっかけになったわい」
「そいつら、よっぽど上手くやってきたんだな」
「商人と似ておるのだろうよ。どこにでもおって、目立たぬ者。ある程度の人数もおるようだ」
 
 でなければ、カウフマンに対抗できるはずがない。
 相手も時間をかけ、巣を張り巡らせている。
 問題なのは、それがどういう「質」のものかが不明なことだ。
 属している根源さえわかれば対処はできる。
 それを、早目に明らかにする必要はあった。
 
「いぶり出すって、どーすんだよ?」
「物の流れから追えぬのであれば、別の方法を取るしかあるまいて」
 
 ジェシーは考えているのか、黙りこむ。
 しばしの間のあと、ニッと笑った。
 
「じぃちゃんは、意地悪だ」
 
 カウフマンがやろうとしていることを察したのだろう。
 ジェシーは、言葉とは逆に、楽しげに言う。
 
「ホント、使えるものは、なんでも使うよなー」
「今回は出し惜しみはせんよ」
「こーしゃくサマも本気みたいだしね。ちょいちょい出かけてるらしいじゃん」
「着々と、我らを根絶やしにしようとしておるようだ」
 
 カウフマンも感じていた。
 公爵の動きは不明確ではあったが、その手が近づいている。
 これまでローエルハイドに煮え湯は飲まされてきた。
 ただし、それは意図的なものではない。
 ローエルハイドがカウフマンの行く手を阻む結果となっただけだ。
 
 だが、今回は「意図」されている。
 
 現当主、ジェレミア・ローエルハイドは、己の意思でもって、カウフマンを駆逐しようとしていた。
 長い時をかけて創りあげてきた、ジェシーの成り損ないたちが消されるだろうとの予感がある。
 
(どの道、どこかでローエルハイドとはやりあわねばならんのだ。アドラントの領地返還が成されたあとと考えていたが、少し早まっただけのこと)
 
 ティンザーの娘の動きにより大幅な予定変更を余儀なくされたが、遅かれ早かれローエルハイドに打撃を加えるつもりではいた。
 ジェシーがいる間にしか、それは成し得ない。
 本当には、ジェシーの成長を待ってから挑みたかったのだけれども。
 
 ブルーグレイの髪と瞳。
 
 カウフマンは遠い昔を思い出す。
 まだ「カウフマン」ではなかった頃のことだ。
 ローエルハイドの血を引く王族チェスディート・ガルベリーに女をあてがいながらも、カウフマンはロズウェルドの国中に足を伸ばしていた。
 辺境地とされる場所にも出向いている。
 
 アンバス領。
 
 そこで、行きずりの関係を持った女。
 彼女の祖母は、隣国リフルワンス生まれだったという。
 そのおかげで命拾いをしたのだと。
 
(アンバス侯爵の遊蕩のおかげと言えような)
 
 アンバス領は、リフルワンスに近い。
 辺境地や国境沿いの町や村から女をさらっては弄び、都合が悪くなると、エッテルハイムの城にいた、レスター・フェノインの生贄としていたらしい。
 ただ、レスターは器のない者を好まず、リフルワンスの女の「処理」を請け負うことはしなかったようだ。
 
 アンバス侯爵としても、リフルワンスの女であれば放逐しても問題ないと考えたに違いない。
 リフルワンスは他国であり、ロズウェルドの法は適用されないのだ。
 そして、ロズウェルドとの戦争に敗れたことのあるリフルワンスは、理不尽な行為に対しても抗議することはできない状況だった。
 
 結果、彼女の祖母はレスターの生贄になることはなく、ただ放逐されるだけですんだのだ。
 そして、理不尽さの狭間で命を繋ぎ、男子を成している。
 その男子が、カウフマンが関係を持った女の父親だ。
 
 女とカウフマンの間にできたのは男子。
 年齢的に都合が良かったため、カウフマンは息子とチェスディートの孫娘に関係を持たせた。
 カウフマンとローエルハイドの血の交配が目的だ。
 その2人から産まれたのが、ジェシーだった。
 
 ジェシーを見たカウフマンは、どれほど歓喜したことか。
 
 掛け合わせた血を惜しむことなく、ジェシーの父母を殺している。
 ジェシーには必要ないと判断したからだ。
 カウフマンが、直々に育てている。
 その頃には、カウフマンは一族を束ねる地位についていた。
 
 いつかも思った。
 カウフマンの人生の集大成。
 
 それが、ジェシーなのだ。
 
 そのジェシーが、ぴくっと体を起こす。
 ジェシーは、どちらかと言えば魔術師に近いが、人の気配を察するのにも長けていた。
 重厚に創られている鉄の扉が、コンコンと叩かれる。
 
「お入り」
 
 誰が来たのかは知っていた。
 信頼できる配下から、事前に連絡が来ていたのだ。
 淡い金髪に薄茶の瞳をした若い女が入って来る。
 
「直接、会って話したいとは、それほど重要な情報を持って来たのであろうな?」
「でなければ、このような危険は冒しません」
「どのような情報だ?」
 
 若い割にしっかりしており、カウフマンの瞳にも怯えの色は見せない。
 ジェシーはソファに寝転がり、首を伸ばすようにして、その女を見ていた。
 だが、女はジェシーなど見えていないかのように、カウフマンだけに視線を向けている。
 
「サマンサ・ティンザーの居場所です」
「ほう。つきとめたのか?」
「私が、というわけではありませんが」
 
 カウフマンは目を細めた。
 ティモシー・ラウズワースの偶然を引き起こしたあとに、打っておいた1手が、ようやく実を結んだのだ。
 
「では、教えてもらおう」
「シャートレー公爵家の飛び領地、サハシー近くの辺境地にいます。森の中にある昔の狩猟小屋にいるようです」
「ローエルハイドには帰っておらんのか」
「帰っていません」
「なぜだ? 公爵は知っておるのだろう?」
「サマンサ・ティンザーの意向と言えるでしょうね」
 
 女は淀みなく語っている。
 嘘はついていない。
 カウフマンには、ジェシーとは違い、嘘を見抜く経験値があった。
 
「へーえ、こーしゃくサマは“フラれた”ってことかー」
 
 面白そうに、ジェシーが言う。
 ティンザーの娘を、公爵は間違いなく迎えに行ったはずだ。
 居場所がわかったとたん、飛んで行っただろう。
 だが、ティンザーの娘は帰っていない。
 
「それだけか?」
「私が知り得た情報は、これだけです」
「どーすんの、じぃちゃん?」
 
 ジェシーが、女に視線を向けたままで訊いてくる。
 訊くべきことは訊いた。
 女は用済みだ。
 
「私が帰らなければ、相応の対応が取られることになります。なんの準備もせず、ここに来たとでも?」
 
 女は、自身の命の危うさを感じたのだろう。
 先んじて牽制してくる。
 そこにも嘘はなかった。
 
「まぁ、よい。事が露見すれば、この者の命は、あれが消す」
「そっか。そんじゃ、行ってよし」
 
 女が体を返しかけ、動きを止める。
 肩越しに、カウフマンをにらんできた。
 己の主人の情報を流すのは、不本意には違いない。
 だが、人の心や感情は、簡単に動かせるのだ。
 
 劇場での偶然を引き起こしたあと、カウフマンは人を動かす1手を講じている。
  おもに、ティンザーの娘の情報を手にいれるためだった。
  
 大事なものができれば、それが弱味になる。
 公爵だけに限ったことではなかった。
 人には、各々に守りたいものがある。
 時に、それらは相反することもあるのだ。
 
「これで、アシュリー様に手出しはなさいませんね?」
「もちろんだ。私は約束を守る」
「私の役目も終わりにしてもらえますか?」
「もとより、これで用済みだ。リバテッサ・バロワ。帰るがいい」
 
 女は扉を開いて出て行く。
 アシュリー付きのメイドは、それなりに役に立ったと、カウフマンは笑った。
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