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勝手に過ぎるでしょう 3
しおりを挟む「ルーファス」
「は、陛下」
ルーファスが、近づいてきて、足元に跪く。
セスは、宮から外に出ていた。
火が出たのが、町の方面だったからだ。
納屋の立ち並んでいる町はずれ。
干し草や穀物を収納してある建屋は、石造りとなっている。
民の住む家や、そこに隣接している納屋は木造のものが多い。
テスアは、昔に建てられた木の家を修復しながら使っているからだ。
他国では、石や煉瓦造りの街並みが多いと聞く。
けれど、テスアには、そうしたものを造れる職人が少なかった。
そのため、比較的、新しく増設した、この納屋通りだけが石造りの建屋なのだ。
火の見える場所ではあるが、少し手前で、足を止めていた。
セスが出向いていると知れれば、なにかと面倒なことになる。
人が集まってきて、場を混乱させかねなかった。
護衛もつけなかったので、近くにいるのは、ルーファスだけだ。
「すでに、火消しは着いております」
火の出ている方角から、声が聞こえてきている。
出火には、ルーファスのほうが、先に気づいていたに違いない。
こうしたことに対処するのも、ルーファスの役目なのだ。
セスの指示を仰ぐことなく、ルーファスは動く。
それが許されるのは「大取」だけだった。
これまで、役としては「大取」が最上位とされている。
常に、国王の傍に仕え、様々なことを周囲に指示するのだ。
指示する権限を、国王から与えられている。
ティファに任じた「世話役」という役目は、セスが勝手に作ったものだった。
元々、膝役などティファに一任しているものは、個別の役としていたのだ。
しかも、特定の者に任せると「贔屓」との誤解を生む。
そうでなくとも、国王の「寵愛」を得ようと、宮は足の引っ張り合い。
よって、それぞれの役は誰か1人に任せるのではなく、日々、人を変えていた。
女であったり、男であったり。
寝所役以外の役であれば、こだわる必要がない。
剣の腕が良い女もいれば、料理の上手い男もいる。
宮仕えでは、技量にのみ重きを置いていた。
そういう意味でも、テスアは男女の別が少ないのだ。
本来、王妃も同様な役がつく。
王妃は国王と同等の立場となるので、当然だ。
が、今となっては、このままでいいのではと、セスは思っていた。
男だろうが女だろうが、ティファの周りに人を侍らせるのは気が進まない。
それに、ティファに世話をされるのが気に入っている。
唐突に、納屋通りのほうから、ガラガラっという音がした。
火を消すため、建屋を壊したのだろう。
「なぜ、火が出た?」
「干し草の積み荷から火が出たのは、わかっております。ですが、火の出た原因はまだ……」
外は雪嵐が吹き荒れているが、国内では、まだ春の終わりの時期。
空気が乾燥する季節ではないし、むしろ、湿気が多いくらいだった。
そんな中、干し草が勝手に燃えるはずがない。
「誰かが火をつけたのか」
「私も、そのように考えております」
ルーファスは、とっくに周囲の調査を指示しているのだろう。
無意識に、セスは、自分の顎を撫でる。
テスアは平穏な国だ。
だが、危険がないわけでもない。
荒っぽい連中や、盗人など、法を犯す者はいる。
そういう手合いに、民が殺されることもあった。
だとしても「火つけ」は、中でも凶悪だ。
飛び火すれば、大きな被害をもたらす。
家や家財が燃えるだけではすまない。
時期が悪ければ、辺り一帯が焼け、大勢の民が死ぬ。
そのため「火つけ」は重罪。
捕まれば、その場で切り殺されることも有り得た。
その者が首謀者でないという証がない限り、刑を逃れることはできない。
もちろん、刑は「死」だ。
国民全員が、刑の重さを知っている。
知っていながら、あえて「火つけ」をする者は、ほとんどいなかった。
それが、小火であっても、刑に変わりがないからだ。
脅かすつもりで火をつけた、などと言っても、それは通らない。
「それほど、大きな火ではないな」
「そうですね。周囲の被害も、大きくはならないでしょう」
それが気になって、セスは、あえて出て来ている。
遠くからでも、その火が大きくないと、わかっていた。
小火とするには少し大きい、という程度だったのだ。
場所を考えても、人死には出ないだろうと思っていた。
放っておくことはできないにしても、人の命に関わることはない。
しかも、火が出たのは納屋だ。
盗むようなものなど、なにもない。
中心地から離れた集落のほうが、まだしも盗れる物がある。
なにより警護が手薄だし。
(捕らえられれば死罪。火つけは、逃げられるとの確信がなければできない)
遊び半分でできるようなことではなかった。
親は、子供が物心つく前から、それを強く言い聞かせる。
子供の火遊びなど、テスアでは起こり得ないことなのだ。
「作為的なものを、お感じですか?」
「あえて火つけをした理由があるはずだ」
「よくわかりませんね。納屋などに火をつけても、なんの利もありません」
「罪だけ重く、手にするものは、なにもない」
「利を考えるなら、夜歩きの者を襲うでしょう」
ルーファスの言う通りではある。
だが、実際に、火が出ているのだ。
「火でなければならない、ということか」
「火でなければならない……そのような理由があるでしょうか? 重罪ですよ?」
それでも、火でなければならなかった。
その理由を考える。
「まさか……」
顎をさすっていたセスの手が止まった。
パッと身を翻す。
「どうなさいました、陛下?!」
「俺だ!」
「まさか陛下を引き寄せるために?!」
「そうだ! 遠目でも、俺に気づかせるため、火でなければならなかったのだ!」
となると、目的は知れていた。
ティファだ。
うかうかと乗せられ、町外れまで来てしまっている。
首謀した者は、火をつけたと同時に、宮の様子を窺っていたはずだ。
セスが宮を出たことにも気づかれている。
ここから、宮までは、それなりに距離があった。
「ティファ様が、狙われているのですね?!」
「こんな真似をした者らを、絶対に許さん!」
「私は、ただちに宮を封じてまいります!」
ルーファスが、セスとは別の道を駆けて行く。
宮は広く、あちこちに出入り口があった。
そのすべてを封じるため、別行動を取ったのだ。
相手は1人や2人ではない。
手引きした者もいる。
火つけが露見したとなれば逃げようとするだろう。
ルーファスは、そちらを押さえに行った。
「俺の妾に手をかけようなどと、ふざけた真似を……っ……! ティファは、俺の妻となる女だぞ!」
セスの頭に、ティファの姿が思い浮かぶ。
泥水色の髪と瞳をした女、けれど、どうしても手放し難い女。
セスにとって、ティファは、何者にも代え難い、たった1人の女だった。
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