理不尽陛下と、跳ね返り令嬢

たつみ

文字の大きさ
28 / 84

勝手に過ぎるでしょう 4

しおりを挟む
 カタ…という小さな音に、ティファは反応する。
 セスからは「誰も入れるな」と言われていた。
 とはいえ、誰かが来る可能性があったから、セスは注意をしたのだろうし。
 
(ここの戸って、鍵かかってるんだっけ?)
 
 連れて来られてからこっち、セス以外と、寝所の外に出たことがない。
 そもそも「外に出たら死ぬ」と言われていたからだ。
 自分1人で外に出るという発想は、最初の時以降、消えていた。
 だから、鍵があるのかないのか、かかっているのかどうか、わからずにいる。
 
 しかし、戸の向こうから聞こえる音が止まない。
 非常に、気になる。
 大きな音ではないのが、なおさら、嫌な感じがした。
 
(でもさ、セスに報告に来たんなら、なんで声かけないの?)
 
 以前、イフなんとかという女性が「寝所役」として訪れた際には、ちゃんと声をかけてきたのを覚えている。
 声をかけて来ないのが、ものすごく怪しく感じた。
 まさかとは思うけれども、なにか盗みに入って来たのかもしれない。
 
(隣は息室……貴重品とかも、色々あるみたいだったよね……国王の部屋に盗みに入るなんて有り得るのかわかんないけど……)
 
 そろりそろりと足音を忍ばせ、息を殺しつつ、戸に近づく。
 そうっと耳を当ててみた。
 
(え……ちょっと待って……)
 
 心臓が、急激に鼓動を速くする。
 どういう仕掛けになっているのかはともかく、外から戸は開かないようだった。
 内側に鍵らしきものはないが、なんとなく中からは開くのではないかと思う。
 そうでなければ、セスは「入れるな」とは言わなかったはずだ。
 そして、外にいる何者かは、こちら側に押し入ろうとしている。
 
 カタカタという音は、戸が揺れる音だった。
 耳をつけた時、その振動が伝わってきたのだ。
 ティファは、慌てて、ササッと戸から離れる。
 
(うわぁ、なんか、めっちゃヤバそう! セスがいない時に来たってことは、私が狙われてるってこと?! ここ、寝所だし! もしかして、あの火事自体……)
 
 セスをおびき出すためだったのではないか。
 そう思えた。
 
(ヤバいヤバいヤバい! ていうか、隠れるトコないじゃん!!)
 
 寝所は広いものの、隠れ場所がない。
 大きな布団が敷いてあるだけで、調度品の類がないのだ。
 あるとしても、調度品というより、小物ばかり。
 明かりを灯すための長方形の筒みたいな物や、香りを炊くという丸い器とか。
 
 ティファは、必死で周囲を見回す。
 その視線に、ある物が引っ掛かった。
 すたたたっと駆け寄る。
 寝所の奥だ。
 
(えっと、確か、これ……)
 
 パッと、それを手にした時だった。
 後ろで物音がする。
 振り返った先に、常着つねぎ姿の男が3人。
 
「異国の女。大人しく言うことを聞いておれば、命は取らずにおいてやる」
 
 3人の中で、真ん中にいる最も大柄な男が、そう言った。
 3人とも、口元に、下卑た笑みを浮かべている。
 命を取らない代わりに、どうしようというのか。
 訊かなくてもわかる。
 
(ロズウェルドにも、こういう奴らっているんだよね……女と見れば、体を奪いたがる奴ら……そんな簡単に奪われてたまるかっての!)
 
 国王であるセスを相手にも、思うようにはさせなかったのだ。
 セスなりに、ティファを救うつもりだったのは、わかっていたのに。
 
「ここを、どこだと思ってんの? 国王の寝室に勝手に入るなんて、許されることじゃないからね! 自分の国の国王を馬鹿にしてるのと同じだよ?!」
 
 男たちは、ティファの「民言葉」に顔を見合わせている。
 が、すぐに呆れ顔をして、ティファに視線を向けた。
 頭のおかしな女とでも思われたのだろう。
 3人の馬鹿にしたような表情に、イラっとする。
 
 セスは、夜更けに出かけて行った。
 火事を気にして、国王自ら出向いている。
 そんな国王は、滅多にいない。
 もし、火事が目の前の3人の起こしたものだとしたら。
 
「とんでもない裏切り行為じゃん! しかも、こんなくだらないことで!」
 
 ふつふつと、怒りがこみあげてきた。
 もとより、ティファは、我が強い。
 自分の意志を曲げられるのは嫌いだし、大人しい性質でもなかった。
 
 ひゅんっと手に握ったものを、ひと振り。
 
 からんと、渇いた音が響く。
 男3人が、驚いた顔をした。
 
「この女……刀を抜きおったぞ」
「大人しくしておれば、可愛がってやったものを」
「女風情が、そのようなものを扱えると思うてか」
 
 セスからは、危ないのでさわるなと言われていた「刀」と呼ばれる武器だ。
 この部屋にある唯一の武器でもある。
 なにかあった時のために、置いてあると聞かされていた。
 そして、今がその「なにかあった時」なのだ。
 
 ティファが振ったので、刀を覆っていた筒が抜けている。
 銀色に光る刀身は、つばから先に向かって、わずかに曲線を描いていた。
 どうやら片刃のようだ。
 
(剣と違って、柄にガードがついてないけど、剣より軽い……切れ味もいいみたいだし、扱えなくはなさそう)
 
 ティファは、魔力顕現けんげんしていない。
 だからこそ、剣術や武術を教わっていた。
 周囲には、ティファを過保護に守る人は、大勢いる。
 だが、父は、ティファに、あえて学ばせたのだ。
 
 万が一に備えるために。
 
 ティファは、幼い頃から、9歳上のキースとともに鍛錬を続けている。
 キースも魔術が使えないため、剣術や武術の腕を磨いていたのだ。
 擦り剝けた手は、父が必ず治癒をほどこしてくれた。
 武器の形は違えど、扱えないとは思わない。
 
「この部屋で、勝手なことするのは、私が許さないんだから!」
 
 手に持った「刀」を、前に突き出した。
 レイピアよりソード系に近い刀身は、突くより斬ることに特化しているようだ。
 
「国王の婚約者に手を出そうなんて……叩き斬られたいなら、相手してあげる」
 
 男3人も「刀」を抜く。
 剣に比べると、かなり細くて、すらりとしていた。
 その刀身を、男たちが引っ繰り返す。
 それを見て、ティファは目を細めた。
 
(殺す気は、ないんだ。てことは、なにがなんでも……ってことかぁ。ヤダヤダ……)
 
 男3人の目的は、ティファを穢すことにある。
 それにより「妾」としての立場を失わせたいのだろう。
 
 ロズウェルドでは、それほど純潔に対するこだわりは強くない。
 テスアでも、それほど重要ではなさそうだった。
 殺さず生かしておきたいのは、セスの怒りを買う心配からではないと感じる。
 彼らの目的は、ティファの心を折ることなのだ。
 
「黙ってやられるほど、私は、ヤワじゃないっての!!」
 
 ティファは、刀身を逆に向けたりはしない。
 本気で、叩き斬るつもりでいた。
 そのように、父に言われていたからだ。
 
 ティファが「戦う」のは、万が一の状況に限られている。
 周りからの過保護の手はとどかない。
 だから、父は言った。
 
 『いっか、ティファ。やる時はやれ。半端はするな。絶対、迷うんじゃねーぞ』
 
 だから、ティファは、迷わない。
 恐れない。
 
 『でな、こう言ってやれ、ティファ』
 
 父の声が聞こえる。
 ちょっと乱暴な口調だけれども、ティファは父の姿にならい、大声で怒鳴った。
 
『ジーク・ローエルハイドの娘を、舐めるんじゃねえ!』
「ジーク・ローエルハイドの娘を、舐めるんじゃねえ!」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...