理不尽陛下と、跳ね返り令嬢

たつみ

文字の大きさ
29 / 84

あれがこうしてこうなって 1

しおりを挟む
 スヴァンテルは、ここにいたくない、と思っている。
 居候の身なので、しかたなくとどまってはいるが、早く口実を探し、あてがわれている自分の部屋に帰りたかった。
 
 ここは叔父の屋敷にある奥敷おくじきと呼ばれている広間だ。
 屋敷の主は、主に、ここで過ごしている。
 当然のように、イファーヴもいた。
 
(どうして、こんな愚かなことができる? 巻き添えになるのは、ごめんだよ)
 
 一緒にいるところに踏み込まれれば、知らなかったではすまされない。
 身の破滅だ。
 嫌々ながらも、この家に身を寄せていたのは、死ぬためではなかった。
 生きていくためにこそ、しかたなく、居候の道を選んでいる。
 
「あの者たちは、うまくやっているでしょうか?」
「そのために、大金と女をあてがったのだからな。うまくやっているはずだ」
 
 スヴァンテルは、いよいよ呆れていた。
 うまくいっている「はず」なんて言葉は、とてもアテにはならない。
 うまくいく確証もないのに強硬したこと自体、正気とは思えずにいる。
 叔父と従姉妹は、この国の王を見縊みくびり過ぎだ。
 
「ですが、もしも、しくじっていたら、大変なことになりやしませんかねえ」
 
 叔父のクスタヴィオが、スヴァンテルに、にやりと笑ってみせた。
 自信があるようだが、その自信は過剰なのではなかろうか。
 
「陛下が宮を出られたのは火が出てすぐだ。宮から町外れまで往復している間に、事は済んでいるだろう」
 
 従姉妹も、小さく、フフと笑う。
 その笑みに、ゾッとした。
 なりふり構わないところが、恐ろしくも醜く感じる。
 
「異国の女がめずらしくて手元に置いているのでしょうが、穢されたとなれば関心もなくなりましょう。すぐにも宮を追い出されるに違いありません」
 
 イファーヴの満足そうな表情にも嫌気がさした。
 同じ女性でありながら、相手に対する同情心の欠片もない。
 いっそ「殺せ」と命じればいいところを、イファーヴは、あえて「穢す」ことを選んだのだ。
 いかに、彼女が残酷な性分かが、わかる。
 
 スヴァンテルは、宮仕えをしてはいるが、ほかの臣下ほど真面目ではない。
 宮の警護をする「宿直とのい」の役目を担っていても、常にのんべんだらり。
 国王の従兄弟という立場を振り回したりはしなくても、周囲も、スヴァンテルに注意をはらってはいなかった。
 
 どちらかといえば、スヴァンテルは、宮の愚痴聞き役なのだ。
 存在感も薄く、愚痴った者も、スヴァンテルに話したのだか、誰に話したのだかわからなくなる、といったふう。
 それだけ気楽な相手だとも言える。
 
 スヴァンテル自身、ほかの臣下から軽く見られていることを知っている。
 変に目をつけられて、役目を増やされずにすんでいるのは有り難かった。
 どうせなにをしたところで、自分の状況は変わらないのだ。
 そういう無関心さの中、ふらふらだらだらしていると、聞かずとも情報が入ってくる。
 
 イファーヴは、目通付めどおりづけで、国王の「妾」を罵倒したという。
 無事でいられたのは、その異国の女のとりなしによるらしい。
 にもかかわらず、逆恨みしているのだ。
 その女の口添えがなければ、今頃は、首と胴体が離れていたかもしれないのに。
 
 スヴァンテルの従姉妹には、反省の心がない。
 もちろん感謝だのといった気持ちなど、なおさら持ってはいない。
 イファーヴが、そういう女だと、スヴァンテルは知っている。
 見た目は美しくとも、内面は真っ黒。
 
「複数の男に穢された女など、陛下が相手にされることはないだろう」
「その通りですわ、父上。異国の女を妾に選んだのが、そもそもの間違いだったのですから。これで、陛下も正しい道を選んでくださるでしょう」
 
 2人は、勝手なことばかり話していた。
 さっきから、ずっとこの調子なのだ。
 うんざりもする。
 
「臣民ならともかく、陛下のお相手は身綺麗な女でなければな。どの男が父かもわからんような子を、次の国王には定められん」
「異国の地で、大勢の男に辱められたとなれば、あの女も自ら死を選ぶに違いございません」
 
 国王の元に通う「寝所役」は、生娘でない者のほうが多かった。
 寝所での手練手管に優れている者が妾に選ばれ易いと、考えられているからだ。
 もちろん寝所役を務める前には「調べ」を受ける。
 子ができていないか、ふた月以内に男と関係を持っていないかなど、いくつもの確認はされていた。
 
 そして、妾ともなれば、当然、寝屋をともにするのは国王だけとなる。
 だからこそ、叔父とイファーヴは、複数の男を送り込んだのだろう。
 とはいえ、スヴァンテルは、そのことにも呆れていた。
 
(たとえ、ほかの男の子を成したとしても、妾から外されるとは限らないのに)
 
 重要なのは「心身ともに相性がいい」というところ。
 体の相性だけで、国王は「妾」を選ぶわけではない。
 仮に、別の男の子を身ごもったとしても、その子は養子に出されるだけだ。
 1人しか産めないわけでもないのだから、国王が強く望めば、次の子を、国王ともうければいい、ということになる。
 
(子のことより重要なのは、国王の伴侶が国王と同等の権限を有するってことだ。我が従姉妹ドノのような危うい女が選ばれるはずがない。考える余地もないさ)
 
 スヴァンテルは、2人の行動を冷ややかに見ていた。
 止めはしないが、同調する気もない。
 自分が巻き込まれない範囲でなら、好きにすればいいと思っている。
 
 どうせ無駄だ。
 
 万が一、異国の女が「妾」の座を追われても、従姉妹が選ばれるなど有り得ない。
 そこが、2人にはわかっていないのだ。
 浅はかに過ぎて、馬鹿にする気にもならなかった。
 
 セジュルシアン・カイネンソンは、無能な王ではない。
 
 むしろ、国の統治という意味合いでは、非常に高い能力を持っている。
 人任せにしているようでいて、手綱はきっちり握っているし、国内で起きている問題を常に把握し、適切な対処をしていた。
 臣民からの信頼が厚いのもうなずける、優れた君主なのだ。
 
 臣民が若き国王に不安をいだいていたのは、ほんの少しの間だけだった。
 前国王の急逝で、若くして国王になったが、彼の従兄弟は、すぐに、その能力を発揮したからだ。
 人の上に立つべくして生まれた存在であるかのように。
 
「あの女の泣き叫ぶ姿が見られないのが、残念でなりませんわ」
「臣下の前で、お前に恥をかかせた女だからな」
 
 それは、イファーヴが出しゃばり過ぎて、勝手に恥をかいただけだった。
 国王が新しい役目まで作り、そばに置いている女だ。
 それだけで、どれほど国王が、その女を「寵愛」しているかが、わかる。
 セジュルシアン・カイネンソンは優れた国王ではあるが、同時に、絶対的な存在でもあった。
 自らの領分を冒されるのを嫌い、ないがしろにされるのを、ことさらに重視する。
 
 それは、ある意味では当然だった。
 テスアでは、国王のみが権力を握っている。
 国王の定めを曲げる者が出てくれば、国の土台が揺らぐことに繋がるのだ。
 
「本当に、うまくいきますかねえ」
「何度も言わせるな。陛下が、お戻りになられるまでには片がつく」
「相手は女1人なのですよ? 心配し過ぎだわ、スヴァンテル」
 
 名を呼ばれるだけで、背筋が寒くなる。
 どうせなら、目通付の際、殺されていればよかったのに。
 
「碌な抵抗もできず、散々に泣かされている頃だろう」
 
 叔父の瞳に、ちらりと欲が浮かんでいた。
 あたかも、自分も仲間に入りたかったとばかりだ。
 
「あの者たちも、父上に感謝していることでしょう。大金をもらった上に、異国の女を味わえるのですもの」
 
 2人の笑い声に、気分が悪くなってくる。
 本気で、吐き気を覚えていた。
 そろそろ、頃合いだろう。
 つきあいをするにも、限度というものがある。
 
「2人の話に聞き入っていて、つい酒を飲み過ぎました。もう眠くてかないませんので、これで失礼しますよ」
 
 故意に、ふらふらとした足取りで、スヴァンテルは戸口に向かった。
 視線を感じたのは、一瞬だ。
 すぐに2人は、自分たちの策について話し出す。
 ひと晩に、何度、同じ話を繰り返せば気がすむのかと、心底、うんざりした。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...