理不尽陛下と、跳ね返り令嬢

たつみ

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心情十色 1

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 ティファが、テスアに来てから、ひと月ほどが経っていた。
 あれ以来、危険なことは起きていない。
 セスの「首切り」が、知られているからだ。
 
 寝所まで男たちを手引きした者も、ルーファスが突き止めた。
 当然、同じ「罰」をくだしている。
 彼らだけではない気もしたが、それ以上は、なにも見つけられなかった。
 ともあれ、宮が落ち着いているため、あの件は、それで終わりとしている。
 
 それでも効果はあった。
 宮でのティファに対する臣下の対応が、目に見えて変わっている。
 
「ティファ、今日は天気がいい。町にでも行くか?」
 
 朝食をすませたあと、セスは、ティファに声をかけた。
 朝は、2人とも寝巻のままでの食事だ。
 通常は、このあと着替えてから、国王としての役目を果たしている。
 
 目通付めどおりづけに、各種の報告書の吟味と差配、人員配置に予算の組み換え等々、実はセスの役目は多かった。
 当然、中間職はあるにしても、結局はセスが判断をすることになる。
 セス自身、性格上、なににつけ、自分で確認しなければ気がすまない。
 
「え? いいのですか?」
 
 ティファは、ずいぶんとテスアの言葉に慣れてきた。
 まだ、たどたどしくはあるが、日常での会話には支障がなくなっている。
 あのおかしな語尾も減り、いわゆる標準語なら話せるようになっていた。
 
 ルーファスに猛特訓を受けたらしい。
 そのせいで、ちょっぴりセスとの時間が減った。
 本当は、気に入らなかったのだが「意思の疎通」を優先させたいというティファの意思を優先させたのだ。
 半月との期間を設けたことで、悪態をつかれたのはともかく。
 
「宮に籠っているのも退屈だ。つきあえ」
「なーんだ、デートかと思ったのに」
 
 セスは、ティファの使う言葉の意味はわからない。
 ただ、なんとなく雰囲気を感じ取ることはできた。
 たいていは悪態だ。
 けれど、今のは悪態ではなかった気がする。
 
「今のは、どういう意味だ?」
 
 訊き返すと、ティファの頬が薄赤くなった。
 なにか恥ずかしくなるようなことだったらしい。
 ふむ…と、考えつつ、顎をさする。
 
「逢瀬と思ったのだろう、お前」
「ち、違います。外での控役は大変だと言っただけです」
「ほう。そうか、そうか」
「本当です! 逢瀬だとは思っていません!」
 
 顔を、さらに赤くしているところを見れば、図星だと、すぐにわかる。
 ティファを怒らせるのが好きなのではないが、ムキになる姿は気に入っていた。
 可愛くもない顔が、可愛く見える。
 セスは、わざとティファの言葉を無視した。
 
「では、今日は逢瀬としよう。お前たっての希望だ。叶えてやらなければな」
「だから、違うと言っています!」
「わかったから、早く支度しろ」
 
 むうっと、ティファは顔をしかめたあと、ぷいっとそっぽを向く。
 それから、慣れた様子で、召し替え部屋へと向かった。
 セスは、ゆったりと、その後ろをついていく。
 
「外の場合は……外着そとぎですね? 明暗どちらにしますか?」
「もちろん、明だ。逢瀬だからな」
 
 ティファに向かって、ニと笑ってみせた。
 ティファは頬を赤くしたまま、ふんっと、またも、そっぽを向く。
 その髪を、後ろから軽く撫でた。
 
 外着というのは、基本的には常着つねぎに似ている。
 とくに、明の場合は、儀着ぎぎのように何枚も重ね着はしない。
 上に、丈の短い上着を羽織るだけだ。
 ただし、その色合いに意味がある。
 
 明るい色の場合は、これといった用事のない時だった。
 暗い色は、用がある、という意味を持つ。
 町には民が大勢いるため、身なりによって、セスの行動を示しているのだ。
 
 いちいち説明するのは面倒だし、たびたび呼び止められるのが困る時もある。
 かと言って、民をないがしろにする気もなかった。
 だから、民のほうから判断できるようにとの配慮なのだ。
 
 国王が町に出て来て、挨拶もしないのは不敬、と民は考える。
 だが、用事がある場合に時間を取られるのは、セスとしても困る。
 が、民を無碍にもできない。
 結果、セスの身なりを見て、民が「用事があるのだな。声をかけるのはよそう」と自ら判断するのが、お互いに楽なのだ。
 
「この、ふじ色がいいかなぁ」
「その色を、お前の村では、そう呼ぶのか?」
「いいえ。私の祖母が、そう呼んでいたみたいです。この時期は、ウィステリアが咲いています。その花の色です」
「ウィステリアなら、テスアにも咲いている。それを、ふじ色、というのだな」
 
 ティファは、うなずきながら、セスに「ふじ色」の上着を羽織らせる。
 そのあと、あれこれと悩んだ末、淡いピンク色の上着を、自分で羽織っていた。
 なかなか似合っている。
 が、言わない。
 
 女と連れ立って町に出たことなどないし、そもそも、セスには容姿を褒める癖がないのだ。
 よほど印象的であれば、悪い意味で、正直な感想を言うことはあるけれども。
 
 2人が廊下を歩いていても、今日は、宮にいる臣下も声をかけては来ない。
 しゃがんで頭を下げてはいるが、平伏までもはしていなかった。
 町に出るとわかっているからだ。
 ティファも、控役として後ろをついて歩いている。
 
「着替えが多くて大変だと言っていたが、どうだ?」
「大変ですが、便利です」
「先々の面倒を避けるほうが、楽だからな」
 
 周囲の者に指図をすれば、判断は、セスがしなければならない。
 セスは1人だが、臣下は何千といるのだ。
 廊下を歩くだけでも、面倒くさいことになる。
 丁寧な挨拶はされるし、用はないかという目で見られるし。
 
 セスは、庭から門のほうに向かった。
 大きな木造りの門の前には、ずらりと臣下が並んでいる。
 歩く速度は緩めない。
 合わせて、門が開かれた。
 
 同時に、鐘のが鳴り響く。
 セスが、町に出るという合図だ。
 宮仕えの者とは違い、町にいる民たちは、日頃、セスとの接点がない。
 そのため、一応は、心構えをさせるため、鐘を鳴らしている。
 
「あれ?」
「どうした?」
「ル……大取おおとりは来ないのですか?」
「なぜ気にする?」
「大取の役目には、護衛も入っていると聞いています」
 
 ふんっと鼻を鳴らし、ティファの手を握った。
 ティファが、ルーファスを気にかけているのが、面白くないのだ。
 頼るのなら、最も身近な者を頼るべきだと思っている。
 その最も身近な者というのは、もちろんセスだ。
 ほかの者では有り得ない。
 
(俺には、つんけんしているくせに、ルーファスには素直らしいしな)
 
 ルーファスから報告を受けると、セスは、いつも不機嫌になる。
 勉強熱心なのは悪い事ではない。
 が、最初は、セス自身が教えると言ったのに、それは断られていた。
 代わりにルーファスが教える役となっている。
 それも気に食わなかった。
 
「俺がいるのに、護衛など必要ない」
「そうですか」
「そうだ」
 
 セスは、ティファの手を引き、歩き出す。
 ティファは、セスの「妾」であることに、納得し始めていると感じてはいた。
 が、最近、とみにティファ自身の心がどこにあるのかが、気になる。
 国王の「寵愛」を、いっこうにティファは喜ばないので。
 
 完全に納得しているわけではないからだろう、とは思う。
 と、同時に、あの「ソル」という名が浮かんできたりもする。
 まだ義理立てしているのかと呆れると同時に、ちょっぴり苛々するのだ。
 おかげで、ティファとは共寝ともね以上のことはしていない。
 
(俺に我慢を強いるとは、まったく不遜な女だ)
 
 思いながらも、手は繋いだまま、セスは町に向かった。
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