理不尽陛下と、跳ね返り令嬢

たつみ

文字の大きさ
38 / 84

これは一体なんですか? 2

しおりを挟む
 セスの機嫌が悪い。
 途中までは、そうでもなかったのだが、急に、ご機嫌が斜めに傾いた。
 役目は多いが、ティファは、1日のほとんどをセスと過ごしている。
 最近では、報告書を見分中も、セスは、ティファをそばに置いていた。
 セスが仕事をしている傍らで、ティファはルーファスとの勉強会。
 
 口を挟んでくることはない。
 が、時々、睨まれる。
 気づかずにはいられないくらい、視線が鋭いのだ。
 
 ルーファスも気づいているのだろうに、知らん顔をする。
 なぜ睨まれているのか訊いても「私のせいではありません」一辺倒。
 それ以外の返事を聞いたことがない。
 なので、もう訊くのはやめた。
 
 が、現在進行形で、目通付めどおりづけの真っ最中。
 ここでは、不機嫌になったことはなかった。
 聞いているのだかいないのだか、といった様子で寝転がっているだけだ。
 最初に言われていたように、セスは臣下と直には話さないし。
 
(よけいなことしちゃったのかな……出しゃばり過ぎた……?)
 
 ティファは、あくまでも「口伝くでん役」に過ぎない。
 目通りを願ってきた者は、まずルーファスと話す。
 ルーファスは、それをティファに伝え、セスはティファとのみ会話するのだ。
 
 そのセスの言葉を、今度は、ティファがルーファスに伝え、ルーファスが相手に伝えるという、ものすごく遠回りなやりとり。
 直接、話したほうが早いのは確かだ。
 それでも、間に人を置くことが大事なのだろう。
 
(それだけ、セスって“高貴”なお方ってことだよね……ちょっとウケる……)
 
 セスが国王なのは、重々、承知している。
 だとしても、ティファの持つ「高貴」な印象とはそぐわないのだ。
 うっかり笑いかけて、顔を引き締めた。
 まだ目通付は終わっていない。
 
「グオーケ・オッドソン、おもてを上げてよい。本日の用向きを話せ」
 
 詰所の総仕切り役の男性とは違い、微妙に嫌悪感が滲む。
 話してもいないのに、肌感覚として「嫌だな」と思ってしまった。
 今まで見てきたテスアの男性陣より、少し肉付きがいい。
 ぽちゃっとしているのではなく、もちっとしている感じだ。
 
 濃い茶色の髪と、青い瞳をしている。
 その瞳の色に、ちらりと、テレンスを思い出した。
 テスアで、青い瞳は、比較的めずらしい。
 会った人が少ないからかもしれないが、それでも百人以上は見てきた中で、初めてなのだ。
 
「以前より、お願い申し上げておりました、茶屋への、お顔見せにござりまする」
 
 茶屋というのは、ロズウェルドで言うところの「カフェ」みたいなものだろう。
 茶は飲み物を指す単語だと、ティファは訳している。
 それに、建屋の「屋」がつくのだから、飲み物を出す場所、すなわちカフェだ。
 
 北方の言葉用の字引きには載っていなかった単語だが、もとより載っている単語自体が少ない。
 そのため、ティファは、単語を切り離して解釈している。
 具体的なことは、あとからルーファスに教わればいいことだとも思っていた。
 
「前に、おいでになられてより早3年。皆も、陛下のお姿を見られず、寂しがっておりますゆえ、なにとぞ、ご温情くださりませ」
 
 グオーケという男性の言葉に、ティファは、少し同情的になる。
 セスは、おおむね、常に忙しい。
 実際にセスが動くことは少ないが、とにかく忙しいのだ。
 こうして黙ってはいても、目通付だって、セスがいなければ始まらない。
 膨大な量の報告書にも目を通している。
 
(町に出た時も、結局、息抜きにはならなかったもんね)
 
 カフェに行くのですら「公務」なのかと思うと、セスが気の毒だ。
 とはいえ、3年もセスの姿を見ていないカフェの人たちも、気の毒な気がする。
 ロズウェルドでは、新年を含め、国の行事に民の参加が許されていた。
 だからといって、誰でも国王の姿を見られるわけではないが、機会は与えられているのだ。
 
「どうか、ひと夜ばかりの、お渡りをお願いしたく」
 
 ティファは、セスに視線を向けてみる。
 とたん、クッと呻きそうになった。
 
(ちょっと……寝てるわけじゃないよね? なんで目を閉じてるかなぁ……)
 
 おそらく理由は「どちらでもいい」からだ。
 行くもよし、行かぬもよし。
 回答を、ティファに丸投げ。
 
 時々、こういうことがある。
 さっきのような詰所の件ほど踏み込んだのは初めてだ。
 けれど、答えが「はい」「いいえ」しかないような時は、ティファに一任という名の「丸投げ」をしてくる。
 
 なんとなく、セスの判断を察してしまうので、自然と、ティファが答えるはめになっていた。
 さりとて、この「どちらでもいい」が、1番、困る。
 それこそ、ティファ独自の判断になるからだ。
 
(どっちでもいいんなら、まぁ、3年振りだって言うし……)
 
 ティファは、ルーファスを見て、軽くうなずいてみせた。
 ルーファスが、ちょっぴり嫌そうな顔をした気がしたけれども。
 
「陛下は、夜はティファ様と過ごされておる。その尊き時を戴くと心得よ」
「滞りなく、お迎えできるよう整えてお待ち申し上げまする」
 
 頭を下げて恐縮した様子のグオーケより、ルーファスの言葉に恥ずかしくなる。
 普通に「行きます」と言ってほしかった。
 
(めっちゃ誤解されそうな言いかただよ、ルー。確かに、一緒に過ごしてるけど、ただ一緒に寝てるだけで……って、そっちのほうが誤解されるか……)
 
 が、ルーファスの言いかただと、2人の間に「なにか」ありそうに思われるのは間違いない。
 なにはともあれ、ティファはセスの「妾」なのだ。
 なにもない、と思うほうが、おかしいだろう。
 
(気にしない、気にしない。なにもないって、私は、わかってるんだから)
 
 変に恥ずかしがって言い訳をするのは、みっともない気もする。
 セスの面目を潰すことになるかもしれないし。
 
(よくわかんないけど、男の人って、そういうトコあるって言うしね。支度を整えてる女性を無碍にするのは、男性としての恥、とかなんとか……まぁ、私は、支度なんて整えてないケド!)
 
 あれこれ考えている内に、いつの間にか、グオーケは退室していた。
 少しだけ、目通めどおりのがざわついている。
 臣下たちが、ひそひそと話しているのだ。
 すぐにルーファスに注意され、静かになる。
 
 結局、そのざわつきがなんだったのか、わからないまま、その日の公務終了。
 セスも、なにも言わず、翌日の夜。
 ティファは、そこに至って始めて「ざわつき」の意味を知る。
 
 茶屋の前で茫然自失。
 
(え……なにこれ……? カフェじゃ、ない……?!)
 
 今日も、朝から公務が忙しく、ルーファスに茶屋の具体的な話を聞けずにいた。
 茶屋での作法があるかもしれないし、本当は予習はしておきたかったが、時間がなかったのだ。
 が、来て見て、びっくり。
 
(…………これ……サロン、じゃん……貴族でいう、サロンじゃん!!)
 
 そう、茶屋は、ロズウェルドでいう「サロン」と同じ意味を持つ場だったのだ。
 男女が遊蕩に耽る場所であり、そのための専用室まであるのがサロン。
 娯楽の場でもあるが、主目的は、淫らな会話や行為を楽しむことだった。
 セスが訪れずにいた理由も、そこにあったのだろう。
 
 茶屋は宮の外にある建屋ではあるが、宮の中から廊下づたいで行くことができるようになっている。
 どうやら「アソビメ」も、茶屋から、その廊下を使って来るらしい。
 
(だったら、そう言ってよ! 知らなかったもん、そういうトコだったなんて!)
 
 なんという紛らわしい名称か、と思った。
 また「思い違い」で、やらかしてしまったのだ。
 やはり「予習」しておくべきだったと悔やむ。
 愕然としているティファに、グオーケが、そそと近づいて来て言った。
 
「ティファ様は、茶屋は初めてにござりましょうから、中をご案内いたしまする」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...