理不尽陛下と、跳ね返り令嬢

たつみ

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これは一体なんですか? 4

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 長い廊下は屋根付き。
 すぐ横が庭になっていて、屋内というより屋外に近い造りになっていた。
 ロズウェルドの庭園とは様式が違うが、雰囲気はいい。
 
(ウチの庭は木や花が多いけど、ここは自然の箱庭みたい。下草や岩や低木で切り取った風景を表現してるように見える。手入れはしてるんだろうけど、そんな感じがしないトコが、いいなぁ)
 
 宮から廊下づたいに来られるとはいえ、外は外。
 ティファは、外着そとぎで「楚々」と歩いている。
 というより、そういうふうにしか歩けない。
 
 以前、町に出た時の外着は明るい色の「用事ありません」服だった。
 けれど、今夜は暗い色の「用事あります」服だ。
 
(明るいほうと違って、ずっしりしてて、儀着ぎぎに近いよ、これ)
 
 つまり、動きにくい。
 用があって出かける時の服なので、人と会うことが前提なのかもしれない。
 なにしろ、儀着と同程度の重ね着仕様。
 重いので、必要がなくても、自然に「楚々」となる。
 
「ティファ様、奥庭には池もござりまする。めずらしき魚もおりますゆえ、是非、ご覧くださりませ」
 
 グオーケが、手で廊下の奥のほうを示していた。
 セスのいる「艶興えんきょう」と離れてしまうのが、気にかかる。
 戻りが遅くなると、世話役としての役割が果たせなくなりそうだ。
 
「案ずることはありますまい。茶屋の者が、陛下のお相手を務めておりますれば、今頃は、茶屋遊びに興じておられまする」
「茶屋遊び?」
 
 グオーケに促されるまま、ティファは、廊下を進む。
 その間に「茶屋遊び」が、どういうものかを聞かされた。
 印象通り、茶屋は「サロン」であるようだ。
 少なくとも「カフェ」でないのは確か。
 
(サロンだと言葉や仕草で駆け引きするみたいだけど、茶屋は……実力行使?)
 
 ティファは16歳になったばかりだし、男女の関係にも積極的な性質ではない。
 だから、サロンに行ったことはなかったが、勉強会で、サロンの利用方法などは教わっていた。
 けれど、教わった内容がすべてでないことは知っている。
 意に沿わない行為を強いられる者もいると、聞き及んでいたからだ。
 
(それに比べると、茶屋のほうがいいかもね。望んで勤めてて、誘われる側に選ぶ権利があるんなら、本人にとって嫌なことはされないってことだから)
 
 思うと、ロズウェルドの貴族社会の在りかたが、恥ずかしい気もしてくる。
 テスアより、よほど裕福なはずなのに、ロズウェルドでは貧しさにより、嫌々ながら娼館で働かなければならない女性もいるのだ。
 貴族であっても、低位の爵位の令嬢は、上位貴族の愛妾にされたりもする。
 
(別の文化にふれてみないと、わかんなかったな……特権階級かぁ……)
 
 なんだか複雑な心境になった。
 今まで、ロズウェルドは「いい国」だと思ってきたのに、覆された感じがする。
 もちろん、細々こまごました事を考えれば、仕方のない状況も多々あるとわかっていた。
 
 小国だからこそできること、大国だからできないこと。
 
 国の成り立ちからして違うのだ。
 テスアのやりかたが好ましいからといって、ロズウェルドにも同じことを求めるのは無理がある。
 それは、頭ではわかっているのだけれども。
 
「ティファ様、しばしお待ちいただけまするか? ちと差配忘れがございまして」
「かまいません。待っています」
 
 考え事をしている内に、奥庭のほうに来ていたらしい。
 グオーケが、頭を下げ、ティファから離れて行った。
 月が出ていて周囲は明るく、池に月が映っているのも見える。
 
 『惚れた男と結ばれるなどと、考えぬがよい。池に映った月を取ることはできぬのだ』
 
 なぜかセスの言葉を思い出した。
 ひと月以上も前のことなのに。
 
「これは、ティファ様」
 
 ハッとなって、声のほうに視線を向ける。
 見たことのある女性が、向かい側から歩いてきた。
 初めての目通付で、セスが殺気を放った女性だ。
 そして、ティファのせいで追い返された寝所役でもあった女性だった。
 
(……イフ……イフ……ダメだ。あの頃、まだ発音が聞きとれてなかったから)
 
 が、思い出す必要はなくなる。
 その女性が、しゃなりと頭を下げ、改めて名を口にしたのだ。
 
「イファーヴにござりまする。今宵は陛下がお渡りとお聞きし、こちらにまかりこしました」
「セ……陛下は、艶興の間です。茶屋遊びをしているそうです」
「さようにござりまするか。なれば、私も陛下のお手を取りにまいりまする」
 
 グオーケに聞いた話だと、交互に手を出し、掴まれると負け。
 それは、ベッドならぬ寝屋をともにしても良いという意思表示にもなるという。
 ティファの心が、ざわついていた。
 無意識に、襟元に手をやる。
 
(でも……セスは、ここの人たちと、そういうことはしないって……)
 
 不意に、イファーヴが、細い眉を、ついっと上げる。
 口元が、ゆるやかな曲線を描いていた。
 穏やかな微笑みではあるのだが、その笑みに、胸のざわつきが大きくなる。
 
「ティファ様は、異国の女子おなごにござりますれば、我が地の道理を知らぬのも、無理からぬことにござりまする。茶屋には、私のように、宮仕えの女子衆もまいりますゆえ、陛下のお手がつかぬとも限りませぬ」
 
 そうか、と思った。
 セスは「遊び女」とは関係を持たない。
 が、ここにいるのは「遊び女」だけではないのだ。
 イファーヴのように、元はセスの身の周りの世話をしていた宮仕えの女性たちも来ているに違いない。
 
「陛下は、退屈しておられたとの由。いかにも異国の女子は、良きお相手ではありますまいか? 陛下は、面白きことを好まれるかたにござりますゆえ」
 
 ずきずきと、胸が痛む。
 イファーヴは、悪気がないといった様子で、微笑んでいた。
 貴族の令嬢に言われたのなら、嫌味かと思うところだ。
 
 けれど、ここはテスアで、文化が違う。
 イファーヴに悪意があるかどうかの、判断が難しかった。
 思い込みで、イファーヴを非難することはできない。
 ティファは、胸の痛みを無視して、曖昧に笑ってみせる。
 
(……セスが誰となにしてても、私は、とやかく言える立場じゃないもん……)
 
 寝所役を廃し、妾はティファ1人。
 とはいえ、ティファは「その役」を果たしていない。
 一緒にいる時間が長くても、夜毎、同じ布団で寝ていても、それだけのことだ。
 
「恐れながらティファ様に申し上げまする。陛下が、なにより大事になさるのは、臣民にござります。それゆえに、陛下が、我が地で最も尊きお方であると、お忘れなきよう」
「心にとどめておきます」
 
 精一杯、冷静に応える。
 イファーヴは会釈をしてから、ティファの横をすり抜けて行った。
 艶興の間に向かったに違いない。
 
 ティファは、大きく溜め息をつく。
 世話役をしていたにもかかわらず、セスの立場を理解していなかった。
 
「……だよね。セス、国王陛下だし……本当は、妾も、もっと大勢いたはずで……後継者問題はロズウェルドの貴族よりも、ここでは大事なことだもん。私1人だけなんて、簡単に決めていいはずないじゃん……」
 
 また、セスの言葉が思い出される。
 最初に言われていたはずなのだ。
 
 『これは、俺の玩具だ。楽しめる間は、そばに置く』
 
 寝所役をセスが廃したことで、いつしか「自分は特別」だと思いかけていた。
 思い上がりも甚だしいと、自分にがっかりする。
 昨日、今日で決定を覆すことはできないと、セスは言っていたけれど、永続的に寝所役を廃する、とは言っていないのに。
 
 気持ちが沈んでいるティファの耳に、なにやら声が聞こえた。
 ぞわっと、全身が粟立つ。
 グオーケは戻っていなかったが、ティファは、身を翻して駆け出した。
 転びそうになるのもかまわず、来た廊下を戻る。
 
 聞きたくもなかったのに、聞こえてきた声。
 それは、どこの誰とも知れない男女が、淫らな行為にふけっているのを示唆していた。
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