口下手公爵と、ひたむき令嬢

たつみ

文字の大きさ
13 / 84

2人で街を 1

しおりを挟む
 
 彼女が、この家で暮らすようになってから、少しだけ内装を変えた。
 彼1人の時には、あえて必要はなかったものだ。
 
「ちっと覗いて来てもいいか?」
「少しでも覗くようなことがあれば、きみの頭をカチ割る」
「ちぇっ! あんだけイチャイチャしといて、オレには分け前なしかよ」
「失礼にもほどがあるだろう、アリス」
 
 アリスこと、アリスタス・ウィリュアートン。
 貴族の中でも、大派閥であるウィリュアートン公爵家の双子の兄だ。
 弟は当主であり、この国の宰相を任じられている。
 頭の回転は、弟のリカことリカラスよりも速い。
 が、アリスには、決定的に欠けているものがある。
 
「礼儀を知らないことをとがめはしないが、彼女を物扱いするのであれば別だ」
「わぁかった! 本気で言ったわけじゃねーよ」
 
 それは、わかっている。
 でなければ「軽く」弾き飛ばしていただろう。
 アリスが、ニッと口の端を引き上げた。
 好青年の雰囲気が消え「意地悪さ」だけが浮かんでいる。
 
 ブルーグレイの髪と瞳。
 キツネのように吊り上がった目に、ひゅるんとした細い眉。
 彼との身長差は、ほんのわずか。
 彼よりも、少しだけ低い。
 
「なにを考えているのか、当ててもいいかい?」
「よけいなことはしないほうがいいんじゃねーか? イライラするだけ損だろ?」
 
 2人は、居間にいた。
 彼はソファに座っており、その正面にアリスが立っている。
 すらっとした細身の体といい、美男子であるのは、彼も認めていた。
 
 たとえ「馬」になろうとも。
 
 アリスは、魔術とは関係なく、変転という能力を授かっている。
 弟のリカには、宿らなかった力だ。
 変転を使うと、アリスの知っている、どのような動物にも姿を変えられる。
 その上、変転中、アリスを遮れるものは、なにもない。
 頑強な壁も柵も檻も、役には立たないのだ。
 
 シェルニティは、未だアリスを「馬」だと思っている。
 そして、美男子だと言う。
 あげく、気に入っている。
 
「私がいない時は、湯に浸からないよう、シェリーに言っておいたほうがいいかもしれないな」
 
 彼女のために、彼は風呂を造った。
 彼1人であれば、転移で簡単に王都の屋敷に戻れる。
 そのため、わざわざ、この家に風呂は必要なかったのだ。
 
 が、彼女は魔力顕現けんげんしていない。
 転移に便乗させると、魔力影響で気を失うか、下手へたをすれば命を落とす。
 だから、使っていなかった部屋を造り変え、風呂にした。
 というのは、建前なのだけれど、それはともかく。
 
点門てんもんを使えば王都との行き来は可能だが……)
 
 平たく言えば、彼はシェルニティと「2人きり」でいたかったのだ。
 5日に1度くらいの頻度で、屋敷には帰っている。
 さりとて、それもシェルニティと一緒に、だ。
 連日、屋敷に帰り、大勢に囲まれるのは、気が進まなかった。
 
「そんなに心配なら、一緒に入ればー? オレなら、そうするね」
「私は、きみと違って、紳士として振る舞うことにしている」
「面倒くせえな。オレは、紳士なんてものとは無縁でいたいぜ」
「心配しなくても、一生、無縁だろうよ」
 
 言い捨ててから、彼は表情を変える。
 アリスを呼んだのは、理由があってのことだ。
 ここ数日、アリスは姿を見せていなかったので、あえて呼んでいる。
 
「言われる前に言っとく。絶対に嫌だね」
 
 アリスは、とても頭の回転が速い。
 周囲にある些細な情報だけで「解」を出せてしまう。
 点と点を線で繋いでいったら、星の形が描かれた、とでもいうように。
 どの点と点を繋ぐか、その選択肢は無数にあるはずだが、アリスにとっては簡単なことなのだ。
 
「きみが、昔からテディと相性が悪いからかい?」
「そーいうコト。オレは、あいつが嫌いだし、あいつもオレが嫌いなんだよ」
 
 アリスは27歳で、セオドロスより3つ年上。
 普通なら、懇意になっていてもおかしくないのだが、2人の間には、物心つく前から険悪さしかなかった。
 
「あいつは、リカの手を叩いたんだぞ」
「それは、リカが落ちていたものを食べようとしたからじゃないか」
「なにも叩くことはねーだろうが」
 
 はあ…と、彼は溜め息をつく。
 アリスは、過保護に過ぎるのだ。
 そして、弟に「危害を及ぼした」者を、けして許さない。
 
 さりとて、アリスにだけ険悪さの原因があるのではなかった。
 セオドロスのほうも、アリスの不作法さを毛嫌いしている。
 キサティーロの息子なだけあって、セオドロスには完璧主義なところがあるのだ。
 
「その件については、あいつにやらせる」
「なにを言っているのかね、きみは。リンクスは、まだ13だよ」
「あと半年も経たずに14になる。あいつは、もう大人だ」
 
 リンクスとは、リカの息子、リンカシャス・ウィリュアートン。
 14歳のリカが女性に騙された結果、できた子だった。
 認知しているのは、当主であるリカだが、双子のうちの、どちらの子かはわからないと、周囲からは噂されている。
 とはいえ、その噂自体が、弟を守るためにアリスが流した噂なのだけれど。
 
「アリス。きみの感情に、あの子を巻き込むのはやめたまえ」
「王宮のことは、あいつのほうが適任ってだけサ。ナルもいるしな」
 
 セオドロスは魔術師だ。
 王宮には、魔術師が大勢いて、情報収集するにも苦労する。
 紛れ込むのは容易なのだが、王宮内で魔術を使えば、たちまち見つかるからだ。
 たとえ入れても、魔術なしで情報を集めなければならない。
 
 その点、魔術師ではないアリスのほうが、王宮内の情報は得られ易いと言える。
 ナルというのは、現国王の甥オリヴァージュ・ガルベリーのことだ。
 王族であるため、王宮への出入りは自由にできるし、その際にリンクスを伴うことも容易ではあるけれども。
 
「それは理由にならないね。リカは宰相だ。常に王宮にいる。きみが訪ねて行っても、なんら不自然ではない」
「オレは、日中、王宮を訪ねたりはしないんだぜ? リカがオレに頼ってるなんて思われちゃ困る。宰相としての腕を侮られるのは、リカにとって命取りなんだ」
「きみは、どこまでも過保護をする気か」
 
 アリスは、返事をしない。
 返事がないのが、返事だった。
 
「それに……あいつは、変転が使える」
「リンクスがかい?」
「オレも最近、知ったんだ。わかるだろ? あいつは、すっかり大人なんだよ」
 
 変転は魔術ではない。
 元は、ローエルハイドの能力でもあったはずなのだが、いつ頃からか、ウィリュアートンの血筋にしか現れなくなっている。
 そのため、彼でも認識はできない。
 使っている姿を目にするまでは。
 
「危険が、まったくないとは言えない」
「だろーね」
「それでも、リンクスにやらせると言うのだね?」
「そーだよ」
 
 一応は、説得してみようとしたのだが、アリスがこれでは話にならない。
 おそらく、キサティーロは、結果を予測しているはずだ。
 セオドロスに、リンクスに危険がおよばないよう、指示している。
 
「きみは、息子よりも大人になりきれていないな」
「知ってるサ」
 
 カタンという音に、アリスが、パッと烏に姿を変える。
 すぐにシェルニティが姿を現すだろう。
 アリスは、その前に、壁をすり抜け、姿を消していた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

【完結】きみの騎士

  *  ゆるゆ
恋愛
村で出逢った貴族の男の子ルフィスを守るために男装して騎士になった平民の女の子が、おひめさまにきゃあきゃあ言われたり、男装がばれて王太子に抱きしめられたり、当て馬で舞踏会に出たりしながら、ずっとすきだったルフィスとしあわせになるお話です。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...