上 下
26 / 84

次期君主とダンスを 2

しおりを挟む
 まさかこんなに大勢が集まるなんて思っていなかった。
 リフルワンスの屋敷でも夜会が開かれることはあったが、これほどの規模ではなかったのだ。
 百人か、2百人か、いや、もっと多い。
 千人規模かもしれない。
 
(せ、せっかく……練習、したけど……こんな大勢の前で……)
 
 踊れるとは思えずにいる。
 緊張して、きっと失敗するだろう。
 練習につきあってくれた3人に申し訳なかった。
 なによりディーナリアスに対し、申し訳ない気持ちになる。
 
(この人は……ちゃんと踊れるのに……私が一緒だと、恥かかせる……)
 
 こうしてそばに立っているだけでも恥をかかせているのではないか。
 周囲から笑われているのではないか。
 ジョゼフィーネは、不安でいたたまれない気分になった。
 
 彼は、ダンスは得意でないと言っていたが、自分に気を遣い、そう言ってくれたに過ぎない。
 王族の、しかも王太子が、ダンスが不得手とは思えなかった。
 アントワーヌは、いつだって夜会の花形だったのだから。
 
「皆、挨拶は少し待て。少々、疲れたのでな」
 
 彼の言葉に、サーッと人が散っていく。
 やはり、すごい人なのだ。
 次期国王なのだから当然なのだが、2人だけでいると、どうしてかその意識が薄れる。
 そのため、こういう場では、改めて自分の婚姻する相手が「次期国王」なのだと認識させられた。
 
「ジョゼ、あちらで休むことにしよう」
 
 彼の腕につかまったまま、壁際にあるテーブルのほうに歩く。
 当然、ジョゼフィーネは向かい合って座ると思っていた。
 が、しかし。
 
「………っ……?!」
「ん? いかがした?」
 
 彼は、きょとんとした顔で、ジョゼフィーネを見ている。
 ジョゼフィーネは、心の中でだけ突っ込みをいれた。
 
(いかがって、聞く……っ?……ひ、膝に乗せ……こんな大勢の前で……っ……)
 
 膝にかかえられている。
 周囲の視線も、当然に集まっていた。
 彼は、けして無神経とかデリカシーに欠ける人ではない。
 いつも気遣われていることには気づいている。
 
 さりとて、どこかズレているような。
 
 そんな気がしてならないのだ。
 平然とやってのけることが「常識」の範囲内にない、と感じる。
 今だって、ジョゼフィーネを膝に乗せ、頭を撫でていた。
 
「俺にワインと、ジョゼにはシードルだ」
 
 近づいてきた接客係に、彼が注文をする。
 ジョゼフィーネは眉を八の字にして、ディーナリアスを見上げた。
 酒を飲んだことがないので戸惑っている。
 酔っぱらっておかしなことをするのではないかとの危惧もあった。
 
(よ、酔うと、泣いたり、笑ったり、説教したり、するらしいし……口が、軽くなる……とも言うし……)
 
 酔わせて、何かを喋らせようという魂胆なのではなかろうか。
 活字しかない前世の記憶が、ジョゼフィーネを警戒させる。
 彼が何か喋らせようとしているのだとしても、自分の知っていることなんてたかが知れていた。
 
 ただし、言いたくないことが、いくつかは、ある。
 ジョゼフィーネ個人の問題として、だ。
 だから、酔いたくはなかった。
 
「わ、私……お、お酒は……飲め、ません……」
「シードルは酒というほどのものではない。アルコール成分は、ほとんど入っておらぬのだ。発泡飲料で口当たりがよいぞ?」
 
 言われても、不安は拭えなかった。
 ほとんど入っていないと言っても、入っていることに変わりはない。
 酒を飲んだことがないため、少量でも酔う可能性はある。
 
「ひと口、飲んでみて、合わぬようなら、やめればよいのではないか?」
 
 頭を撫でてくる手に、ジョゼフィーネはほんの少し落ち着いた。
 ひと口くらいなら大丈夫かもしれない、と思えたのだ。
 
 それに、今日は生まれて初めての夜会。
 影から覗くだけの存在ではない。
 姉たちがアントワーヌとグラスを傾けていた姿も思い出す。
 あの頃は輪に入れなかったが、今夜は違った。
 
 隣には、ディーナリアスもいる。
 
 運ばれてきたグラスを彼が手に取り、ジョゼフィーネに渡した。
 シードルは琥珀色をしていて、ぽつぽつと泡を立てている。
 ジンジャーエールに似ているのだろう。
 記憶の活字に、そんなふうに描写されていた。
 思い切って、ひと口、飲んでみる。
 
「どうだ?」
「あ、甘い……っ?! お、おいし……っ……」
「気に入ったか?」
 
 こくこくこく、と、何度もうなずいた。
 お酒という感じが、まったくしない。
 リンゴの匂いがして、まさしくリンゴ味のサイダーのようだ。
 舌には、しゅわしゅわという炭酸の刺激。
 
「今日は初めてであろうしな。今後は食事の際に、時々は飲んで慣らしてゆくのがよいかもしれん」
 
 ちょびちょびと、シードルを飲みつつ、うなずいてみせる。
 ケーキと一緒に飲みたくなる味だった。
 もちろん酒は酒なのだから、彼の言うように一気に飲むのはやめておくべきだろう。
 酒という感覚なしに、ごくごく飲むのは危険な気がする。
 
(でも……おいしい……家だと、こんなの……飲めなかった……)
 
 ジョゼフィーネに出されるのは、いわゆる「出がらし」の茶葉で淹れた、ぬるい紅茶だけ。
 それすらも自由に飲めはしなかった。
 食事以外の時に頼むとメイドに嫌な顔をされるので、我慢することが多かったのだ。
 前世の記憶にあるような、自由に水やジュースの飲める生活なんて、今世では贅沢過ぎて、夢のまた夢。
 衣食住に関しては、前世のほうが遥かに恵まれていた。
 
「殿下、お休みのところ、お邪魔いたします」
 
 声に、ジョゼフィーネの追想が途切れる。
 立派な体格の男性が、テーブルの前に立っていた。
 ジョゼフィーネは、無意識にディーナリアスに身を寄せる。
 
 彼女は自分に向けられる悪意に敏感だった。
 相手が、どんな笑顔を見せていたとしても。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

もっと静かに好きと言え

恋愛 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:213

BL学園の姫になってしまいました!

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:179

悪役令嬢はご病弱!溺愛されても断罪後は引き篭もりますわよ?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:333pt お気に入り:3,603

役目を終えて現代に戻ってきた聖女の同窓会

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,460pt お気に入り:78

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:23,365pt お気に入り:1,382

会社を辞めて騎士団長を拾う

BL / 完結 24h.ポイント:2,273pt お気に入り:39

俺の妹が優秀すぎる件

青春 / 連載中 24h.ポイント:766pt お気に入り:2

秘密の男の娘〜僕らは可愛いアイドルちゃん〜 (匂わせBL)(完結)

Oj
BL / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:8

処理中です...