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嫉妬する日が来るなんて 2

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 ついに来た。
 この日がやってきた。
 リスは、口元に、ゆるーく笑みを浮かべる。
 
「ディーンは公務、サビナもいない」
 
 リロイは、ディーナリアスにくっついているので問題はない。
 ディーナリアスが公務なのも、サビナがいないのも、リスの策によるものだ。
 2人とも「婚姻の儀」を餌にして釣り出している。
 ちょっとした「手違い」があった、というのが理由だった。
 
 その「手違い」は、リスが「手違い」にしたのだけれど、それはともかく。
 
 見えはしなくとも、周囲を王宮魔術師たちが警護しているのは察している。
 ディーナリアスもサビナも、ジョゼフィーネ1人が残る私室をガラ空きにしたりはしない。
 扉の前には近衛騎士が2人、立っていた。
 警戒する気持ちはわかる。
 
 結局、リフルワンスの件は、“リスが”後始末をした。
 なにをどうやったのかは知らないが、アントワーヌが「密入国」していた証拠の写真をリロイから渡されたのだ。
 それを盾に、リフルワンスには、リスの思う「制裁」を加えている。
 
 今まで見過ごしにしてきた「密入国」も厳しい措置を取った。
 そのため簡単には入って来られないはずだ。
 だとしても、完全に国交断絶しているわけではない。
 警戒するのは当然のことだった。
 
 1度あることは2度ある、と言うし。
 
 が、リスは警護なんて気にしない。
 自分は警戒対象ではないことを知っている。
 軽く、近衛騎士に手を上げて見せるだけで“スルー”されるのだ。
 
 にこやか笑顔を作ってから、扉をコンコンと軽く叩く。
 リロイの部屋ではないので勝手に入るようなことはしない、一応。
 が、すぐに薄く扉を開いた。
 顔をひょこんと出して、中を覗き込む。
 
「妃殿下、ちょっといいかい?」
 
 ジョゼフィーネが首をかしげて、リスを見ていた。
 確かにディーナリアスの惚れ込み具合がわかるくらいには、愛らしく見える。
 こくっと、うなずくさまも、あどけなくて可愛らしい。
 さりとて、リスは、ジョゼフィーネに言い寄るために来たのではなかった。
 
 軽い足取りで中に入り、扉を閉める。
 そのままジョゼフィーネに近づいたが、1メートルほど手前で足を止めた。
 
 人様の「嫁」と2人きりなのだ。
 一定の距離は保つべきだろう。
 本当には、扉も開いておくのが礼節と言える。
 しかし、今のリスには目的があり、人に見られるわけにはいかなかった。
 
「婚姻の、お祝いを持ってきたんだよ」
「お祝い?」
 
 背中に隠し持っていた物を、サッと取り出す。
 見た瞬間、ジョゼフィーネの顔が真っ赤に染まった。
 
「あ、あの……そ、それ……」
「そ。寝間着」
「で、でも……あの……」
 
 リスの持ってきた「寝間着」は、完全に夜着だ。
 リスが特注をしたもので、かなり気合いが入っている。
 リスの趣味ではなく、様々な女性の意見を取り入れていた。
 
 男性を誘惑するための品であり、逸品。
 
 細い肩紐に、胸元深く切れ込みが入っていて、生地は透けるように薄い。
 というより、透けていないのは刺繍が入っている部分のみ。
 白い生地の下にあっても、肌の色さえ隠せないだろう。
 肩紐も、肩の上で結ぶ仕様になっている。
 ほどけば、簡単に体から滑り落ちるはずだ。
 
「どう? 悪くないだろ? リボンついてて可愛いしさ」
 
 ジョゼフィーネが、男を誘うのに手慣れているなどとは思っていない。
 こんな寝間着なんて着たこともないのはわかっていた。
 とはいえ、目的は、彼女にこれを着せることではないのだ。
 
「オレね、これでも宰相やっててサ。先のことも考えなくちゃいけないわけ」
「先の、こと?」
「たとえば、ほら、世継ぎのこととかね」
「あ…………」
「オレとしては、どっちでもいいんだけど、周りがうるさくってね」
 
 ちらっと視線を、ジョゼフィーネに向ける。
 頬を赤くしつつも、彼女は少し感慨深げに眉を寄せていた。
 まともな令嬢として扱われていなかったとはいえ、令嬢は令嬢だ。
 後継問題について、まったく知らないということはない、と踏んでいる。
 
「次期国王はガルベリーの直系男子って決まってるからなぁ。騒ぐ奴もいて困るんだよ。ホント、正直、オレは、どっちでもいいんだけどサ」
「……お、男の子がいないと、困る……?」
「どうだろ。オレは困らないよ? ただ、オレの意見だけじゃ、どうにもね」
 
 あくまでも、自分は蚊帳の外でなければならない。
 リスから明言されたなんてことになれば、必ず報復を受ける。
 拳骨どころではすまないとなると、リスも必死だ。
 ディーナリアスやサビナが相手では、仕返しも楽ではない。
 
 それでもやる。
 リスの意思は固かった。
 
「えっと……あの……国王陛下には……みんな、側室が、いるの……?」
「みんなではないかなー。でも、先代の国王陛下、ディーンの父君には側室がいたよ? だから、今の国王陛下、あ、ディーンの兄君ね、その兄君と、ディーンは、母君が違うんだよな」
「……そ、そうなんだ……」
「まー、妃殿下は心配いらねーんじゃねーか? ディーンは妃殿下にメロメロなんだしサ」
「そ、そんなこと……」
 
 これで準備は整った、と判断する。
 やり過ぎは禁物だ。
 
 リスは「寝間着」をジョゼフィーネに差し出す。
 彼女は、リスの外面を「胡散臭い」と評した人物だった。
 何かあると疑われる前に退散するに限る。
 
「んじゃ、これ。何かの役に立つかもしれねーし、お祝いだから」
 
 ジョゼフィーネが恐る恐るといった様子で、それを手に取った。
 瞬間、パッと手を離す。
 渡してしまえば、こっちのものだ。
 すぐに部屋を出ようとしたのだけれども。
 
「あの、リス!」
「へっ? え、ええと、なに?」
 
 急に名を呼ばれて、びっくりした。
 帰りかけていたリスのそばに、ジョゼフィーネが、てこてこと寄って来る。
 
「こ、こういうの、ディーンの、好み、かな?」
「え……あ~……いや、オレには、ちょっと……わかんねーな……」
「これ、ディーン、喜ぶと、思う……?」
 
 ジョゼフィーネは、とても真面目な顔をしていた。
 きっと、本当に気にかけているに違いない。
 なにやら心が痛んでくる。
 彼女を、自分の「仕返し」に巻き込んだことに、胸がチクチク。
 とはいえ、ディーナリアスに最も「効く」のは確かだったのだ。
 
「直接、ディーンに聞いてみたら……?」
「ディーンに? 聞くの……?」
「いや、だって、ほら、こういう好みは、人それぞれだって言うぜ? ディーンのことは、ディーンに聞くのが確実だろ?」
「……わかった……聞いて、みるね」
「そ、そうだな。それがいい、かも」
 
 答えて、そそくさと部屋を出る。
 背中に、冷や汗が流れていた。
 
 なんだかわからないが、ヤバい。
 
 とんでもなく、ヤバいことになった気がする。
 リスは、婚姻の儀まで身を隠したほうがいいかもしれない、と本気で思った。
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