理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
32 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

お祖父さまと夜会 4

しおりを挟む
 好みか好みではないか。
 それがなんだというのかが、ユージーンは理解できずにいた。
 
(この娘は何を言っている? 意味が少しもわからん……)
 
 正妃というのは好みだけで決めるようなものではない。
 それがユージーンの認識だ。
 
「俺がお前の好みでないとして……辞退を申し出たのは、それが理由だと言うのか?」
「さっきから、そう言っています」
「よくわからん。好みというのは、それほど重要か?」
「重要じゃないと思うほうが、おかしくないですか?」
 
 たとえ好みでない女であろうと正妃にすべき相手はいる。
 要は「相応しい」かどうかのほうが、より重要なのだ。
 
 レティシア・ローエルハイドは、その血筋から「正妃」に相応しい。
 いや、血筋ゆえ「正妃」にしなければならない相手だった。
 好みなど考えに入れる余地もないくらいに。
 
「お前は、これを食べねば死ぬという状況下で、好みではないからと言い、それを食べないという選択をするのか?」
「そういう状況なら食べますよ」
「食べるのではないか」
「そりゃあ、食べるでしょう。だいたい、私に好き嫌いはありません」
 
 食べ物に好き嫌いがないのなら、男に対してもさほどの違いはない気がする。
 好みなど、結局のところ些末な問題なのだ。
 
「ならば、好みというのは、たいした問題ではなかろう」
「……たいした問題です。婚姻するなら好きな人としたいですから。私、前にもそう言いましたよね?」
「愛し、愛される、というやつか」
 
 ふんっと鼻で笑った。
 ユージーンにも彼なりの思想があるからなのだが、それはレティシアにはわからないことだ。
 話していないのだから知りようもない。
 
「そーいうところ!! そーいうところが無理!!」
 
 急に彼女は立ち上がり、怒り出す。
 驚いて、立っているレティシアを見上げた。
 なにをそんなに怒っているのか、わからない。
 
「あーもう! マジで無理なんですケド!!」
 
 言うなり、キッとにらみつけられる。
 その目に、どきりとさせられた。
 今までユージーンの目を、まともに睨んできた者はいない。
 とくに女性は伏し目がちであることが多かった。
 そのせいか、黒い大きな瞳に吸い込まれそうな気がする。
 
「あなたね、なんでそんなに偉そうなの? 王子様だからって、なに? 私には関係ないっての! フられたって、いいかげん自覚してよね、この粘着ッ!」
 
 前半は、なんとなく理解できた。
 後半は、まるきり意味不明。
 
(ふられた? 粘着? いったい何を言っている……?)
 
 意味がわからないのではなく、言葉そのものがわからないのだ。
 馬鹿ではないつもりだし、相応の教養を身につけているとの自負もある。
 が、どんなに記憶を探っても、レティシアの言葉をどこからも見つけられなかった。
 
「偉そう、と言ったな」
 
 ユージーンは、ある意味では真面目で、わからないことをわからないままにしておけないところがある。
 ひとまず、わかるところから整理しようと思った。
 会話というものには「文脈」があるのだから。
 
「俺は偉そうなのではなく、事実、偉い立場にいる」
「出たよ、ハイ、これ」
「なにが出たのだ? さっきからお前は何を言っている?」
「面倒くさいなあ、もお!!」
「面倒くさいだと? お前の言葉を理解しようとしているだけだろうが。お前こそ、よほど面倒だ」
 
 わからないことがあるのは気持ち悪くて、我慢がならない。
 面倒でも説明する責任が彼女にはある。
 なにしろ言い出したのは彼女なのだ。
 
「わかった。自覚ないみたいだから教えてあげる。あなた、生まれた時から王子様なんだよね」
「そうだ」
「それって、たまたま偶然、王族に生まれたってだけでしょ? 私だって、たまたま公爵家に生まれただけで、私自身が偉いわけでもなんでもない。わかる? あなたは、自分を偉いって言うけど、ちっとも偉くなんかないの!」
 
 自分自身が偉いわけではない。
 言われて、心の奥がちくりと痛む。
 覚えのない感覚に、ユージーンは顔をしかめた。
 
「だって、あなたじゃなくたって、いいんだもん。あなたが平民に生まれてた可能性だってあるんだよ? そしたら、そんな態度、取れてた? 取れないよね? だから、偉そうだっていうの」
 
 自分でなくともかまわない。
 どこかでわかっていたことだ。
 父がザカリーを愛していなければ、もしかするとザカリーが王位を継ぐことになっていたかもしれないと。
 
「……俺は王位を継ぐために生まれてきた。それ以外の道は……知らん」
 
 彼女は、ユージーンを偉くないと言い、偉そうにするなと言う。
 だが、それではどうすればいいというのか。
 ユージーンは王位を継ぐために生まれ、そこにしか存在意義はないのだ。
 改めて、それを思い出す。
 
「それで? 俺が、ふられた、というのはどういう意味だ?」
 
 レティシアが、自分を偉そうだと言ったことの意味はわかった。
 わかったところで、どうにもならないことだとも、わかった。
 だから、次の言葉に話題を移す。
 
「それは……正式に正妃を断ったって意味、かな。つまり、あなたと特別な関係になる気はないってこと」
 
 さっきの言葉が、彼女の意思を表している、ということだと理解した。
 が、それも、無意味なことだ。
 彼女を正妃にすることは、ユージーンの中では決定事項となっている。
 
「では、粘着とは?」
「あ~……えーと……それは……」
「はっきり言え。どうせ、つまらん悪態の類なのだろ」
 
 悪い意味だとの見当だけはついていた。
 文脈というのは、不明な言葉を補完する。
 
「まぁ、そうだね。今さら、そこだけ隠してもしょうがないか」
 
 いつしか彼女は王太子に対する口の利き方を忘れているようだった。
 無礼極まりないことだったが、なぜか怒る気になれずにいる。
 真正面から睨まれたのも、対等な言葉使いをされたのも初めてだったからかもしれない。
 新鮮で、なにか楽しいような気分にすらなっていた。
 
「しつこいを百倍増しにしたくらい、しつこいってコト」
「そうか。では、俺は粘着だな。お前を諦める気がないという意味では、褒め言葉として受け取っておく」
「ちょっと……全然、褒めてないんですケド……」
「そうか?」
 
 小さく笑った時だった。
 背中に冷たいものが走る。
 
「あ! お祖父さま!」
 
 近づいてくる気配に、圧し潰されそうなほどの力を感じた。
 大公の怒りがユージーンの周りにだけ渦巻いている。
 実際、近くにいるのにレティシアは、なんとも思っていないようだ。
 
「大丈夫かい、レティ?」
 
 声も静かで穏やかだが、ユージーンは身動きひとつできずにいる。
 全身に、どっと汗が噴き出していた。
 死を予感させる「本気」の怒りを向けられている。
 
「全然、平気! 言いたいこと言って、スッっとした!」
「それなら良かった」
 
 それは、果たしてレティシアに対する言葉だったろうか。
 彼女の言葉次第ではどうなっていたかわからない。
 肯定的な返答は、ユージーンにとって「良かった」のだ。
 
「残念ながら時間切れだ。飲み物は帰ってからでもいいかな?」
「うん。ごめんね、1人で取りに行かせちゃって」
「謝ることはないさ。お前は、なにも悪くない」
「そお? なら、帰ろっか。早くマルクのおウチご飯、食べたいよー」
 
 フッと空気が揺らぐ。
 強い圧迫感から解放されても、まだ息苦しかった。
 
「あ、そうだ。粘着が褒め言葉じゃないってことだけは覚えておいてくださいね、王子様」
 
 軽やかな声を残し、2人の気配が遠ざかっていく。
 大きく息をついてから、ユージーンは呟いた。
 
「いいや、俺にとっては……褒め言葉以外のなにものでもない」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...