理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
33 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

おウチご飯 1

しおりを挟む
 全頭身の鏡の前に、イスを置いて、そこに結奈は座っている。
 というのも、以前にあった立派なドレッサーも売り払ったからだ。
 
 生まれてこのかた、ドレッサーなんて使ったことがない。
 鏡の前で丹念に化粧をしたり、髪を整えたりする癖が結奈にはなかった。
 だから、この鏡とイスがあれば十分だと思っている。
 
 今はサリーが髪をかしてくれていた。
 この後、ひとつにまとめてくれるはずだ。
 
(邪魔だけど……切るっていうのは令嬢的にナシって言われたし……)
 
 鏡には、後ろに控えているグレイの姿も映っている。
 最近、グレイは結奈の「お祖父さま病」を盾にとってくるのだ。
 髪の件にしても「大公様が残念がられるでしょうね」などと言って。
 
(そう言われると弱い……弱過ぎるよ、私! でもなぁ、グレイも嘘はついてないんだよなぁ)
 
 わかるから、うなずかざるを得ない。
 有能執事は、たった2ヶ月弱で結奈の正しい扱い方を習得してしまった。
 嫌だとか窮屈だとか感じていたら、結奈も少しは抵抗しただろう。
 けれど、ここの生活に馴染み、不満など少しも感じずにいる。
 
 のんびり、ゆったり、まったり。
 
 現代日本では考えられないくらい優雅な生活だ。
 働くのは嫌いではないが、働かずにすむのはありがたい。
 それに、まったく働かずにいるわけでもなかった。
 みんなと仲良くなってきたので、時々は手伝ったりしている。
 怪我をしない程度に、だけれども。
 
「あの夜会から、もうすぐ、ひと月になりますね」
 
 グレイの言葉にうなずいた。
 あれから、王子様は何も言ってこない。
 怖いくらいに無反応。
 反応がないのは喜ばしいが、裏がありそうな気もする。
 
「……ド粘着っぽかったもんなぁ」
「この場合の、ドは超と同じと考えてもよろしいですか?」
「うん、そう」
 
 鏡の中でサリーが顔をしかめつつ、髪を上に持ち上げていた。
 ポニーテールにしてくれているのだ。
 
「それは……ウザいですわね」
「そうなんだよ、サリー」
 
 同意を示し、結奈も顔をしかめる。
 後ろでグレイも渋い顔をしていた。
 2人は結奈よりも深刻に考えているといった様子だ。
 けれど、気づかず結奈は呑気のんきに愚痴をこぼす。
 
「ウザいのさ、ウザいんだよ、もう……勝手に、お祖父さまのイスに座るし、あったり前に偉そうにするし。太ってるとか、失礼過ぎじゃない?!」
 
 夜会から帰ったあと、散々、愚痴ってはいる。
 けれど、思い出すと言いたくなるのだ。
 
「レティシア様は太ってなどおられませんわ。むしろ、ほっそりされています」
「同感ですね。もっと、お食事を増やされてもいいくらいです」
 
 結奈には好き嫌いがない。
 だから、現代日本でも比較的よく食べるほうだった。
 けれど、たいして太らない体質なのか、体重がどんどん増えていくということはなかった。
 ここでも、それは変わらない。
 というより、以前よりも体重の減りが早いくらいだ。
 
(あんなに食べても、すぐお腹すくし、食べないと痩せるんだよね)
 
 運動はもとより、痩せるようなことは、なにもしていない。
 体も問題はなく、健康的だと感じられる。
 無意識に、女子的な願望を具現化しているのかもしれないと、気にしないことにした。
 
「粘着を褒め言葉と受け取るとは……正直“ドン引き”です」
「だよね。あれは引くわー」
 
 グレイの言葉に結奈もうなずく。
 どこをどうすれば「褒め言葉」として受け止められるのか。
 王子様自身「悪態」だと認識していたはずなのに。
 
(あれか……自分に振り向かない女がいるのは許せない的な、あれか)
 
 王子様は、たしかにモテるのだろう。
 結奈が、正式には祖父がダンスを断ったあと、王子様は大勢の女性に囲まれていた。
 ダンスをしているのも目にしている。
 
 ナンパの才能が皆無になるのもわかる気がした。
 あれではナンパの才能を磨く必要などない。
 よりどりみどり、選びたい放題だ。
 ならば、自分など選ばなくてもいいのに、と思う。
 
「それにしても、ド粘着されているということは、殿下に、それだけ気に入られたということでございましょう?」
 
 サリーの悩み深げな声に、結奈も、うーんとうなった。
 気に入られたのかどうかはともかく、執着はされている。
 あの様子では、諦める気はなさそうに感じられた。
 
「好みじゃないって、はっきり言ったのにさ。あの王子様、全っ然、話が通じないんだよ! 好みじゃなくても問題ないとか言うしさあ!」
 
 結奈としては、正妃辞退の真の理由を突きつければ終わりにできる話のはずだったのだ。
 少なくとも現代日本では、たいていそれでケリをつけられる。
 つきあっていたのならまだしも、告白段階での「好みではない」との台詞は、相手に諦めさせるに十分なハードパンチ。
 1発ノックアウトも期待できるくらいの。
 
「そろそろ、また何かしでかすかもしれませんね」
 
 あの王子様は「世継ぎ」のことしか考えていないようだった。
 子供を産ませることだけを、正妃もしくは側室に望んでいるに違いない。
 
(ところどころマトモなことも言ってたけど……全体的に、おかしい)
 
 思った時、不意に思い出す。
 ぽつりともらされた王子様の本音らしき言葉。
 
 『……俺は王位を継ぐために生まれてきた。それ以外の道は……知らん』
 
 そういう生き方しか知らないから、あんなふうになってしまったのだろうか。
 
 この世界で気に食わないところは「身分」があることだ。
 身分によって、当たり前にある差別意識を結奈は肯定できない。
 現代日本の在り方を知っているだけに、受け入れがたいものを感じる。
 もちろん現代日本でだって、少なからずあるのは知っていた。
 それでも、この世界の「身分」は、それを遥かに凌駕する。
 
 王子様の人生には同情すべき点もあるのだろう。
 それしか知らないのだから。
 
 かと言って、同情で婚姻関係など結べるはずがない。
 できれば、もう関わりたくない。
 早く婚姻でもなんでもしてほしい。
 自分のことなど諦めてほしかった。
 
「窮屈でしょうけれど、当分、外出はなさらないほうがよろしいかと存じます」
 
 サリーの気づかわしげな言葉に首を横に振った。
 そこは心配いらないところなのだ。
 
「私、ウチにいるの好きなんだよね。庭も広くて散歩もできるじゃん? みんなもいるし、楽しいから、窮屈なんて思わないよ」
 
 それに……と、首元のロケットに指でふれる。
 毎日、祖父は必ず顔を出してくれていた。
 結奈は存分に甘えている。
 ホッとできて、暖かくて幸せな時間が、ここにはあった。
 
 街を見てみたいという気持ちがなくはない。
 が、危険をおかしてまで出かけたいとは思わなかった。
 殺人鬼に追いかけ回されるはめになるかもしれないし。
 
「……殿下が正妃を迎えられたら、街をご案内いたしますよ」
「うん、それがいいね」
 
 グレイが、やわらかな笑みを浮かべている。
 初見でのブリザードが信じられないくらいだ。
 本当には、聞いてみたかった。
 
 なぜ自分を嫌っていたのか。
 
 けれど、怖くてできずにいる。
 開かなくていい扉は、開かずの扉のままにしておくべきだろう。
 なにが出てくるのかわからないのだから、あえて開く必要はない。
 
「できましたよ、レティシア様」
 
 満足気に、サリーも鏡の中で微笑んでいる。
 三つ編みにされた複数の髪の束が、肩の近くで揺れていた。
 
(ずっとここにいたい……みんなと一緒にいたい……)
 
 パッと立ち上がり、2人に笑ってみせる。
 ちょっと泣きたい気分になっていた。
 
「いつもありがと、グレイ、サリー」
 
 2人が、穏やかに答えてくれる。
 
「どういたしまして」
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

召喚先は、誰も居ない森でした

みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて── 次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず── その先で、茉白が見たモノは── 最初はシリアス展開が続きます。 ❋他視点のお話もあります ❋独自設定有り ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...