理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

おウチご飯 1

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 全頭身の鏡の前に、イスを置いて、そこに結奈は座っている。
 というのも、以前にあった立派なドレッサーも売り払ったからだ。
 
 生まれてこのかた、ドレッサーなんて使ったことがない。
 鏡の前で丹念に化粧をしたり、髪を整えたりする癖が結奈にはなかった。
 だから、この鏡とイスがあれば十分だと思っている。
 
 今はサリーが髪をかしてくれていた。
 この後、ひとつにまとめてくれるはずだ。
 
(邪魔だけど……切るっていうのは令嬢的にナシって言われたし……)
 
 鏡には、後ろに控えているグレイの姿も映っている。
 最近、グレイは結奈の「お祖父さま病」を盾にとってくるのだ。
 髪の件にしても「大公様が残念がられるでしょうね」などと言って。
 
(そう言われると弱い……弱過ぎるよ、私! でもなぁ、グレイも嘘はついてないんだよなぁ)
 
 わかるから、うなずかざるを得ない。
 有能執事は、たった2ヶ月弱で結奈の正しい扱い方を習得してしまった。
 嫌だとか窮屈だとか感じていたら、結奈も少しは抵抗しただろう。
 けれど、ここの生活に馴染み、不満など少しも感じずにいる。
 
 のんびり、ゆったり、まったり。
 
 現代日本では考えられないくらい優雅な生活だ。
 働くのは嫌いではないが、働かずにすむのはありがたい。
 それに、まったく働かずにいるわけでもなかった。
 みんなと仲良くなってきたので、時々は手伝ったりしている。
 怪我をしない程度に、だけれども。
 
「あの夜会から、もうすぐ、ひと月になりますね」
 
 グレイの言葉にうなずいた。
 あれから、王子様は何も言ってこない。
 怖いくらいに無反応。
 反応がないのは喜ばしいが、裏がありそうな気もする。
 
「……ド粘着っぽかったもんなぁ」
「この場合の、ドは超と同じと考えてもよろしいですか?」
「うん、そう」
 
 鏡の中でサリーが顔をしかめつつ、髪を上に持ち上げていた。
 ポニーテールにしてくれているのだ。
 
「それは……ウザいですわね」
「そうなんだよ、サリー」
 
 同意を示し、結奈も顔をしかめる。
 後ろでグレイも渋い顔をしていた。
 2人は結奈よりも深刻に考えているといった様子だ。
 けれど、気づかず結奈は呑気のんきに愚痴をこぼす。
 
「ウザいのさ、ウザいんだよ、もう……勝手に、お祖父さまのイスに座るし、あったり前に偉そうにするし。太ってるとか、失礼過ぎじゃない?!」
 
 夜会から帰ったあと、散々、愚痴ってはいる。
 けれど、思い出すと言いたくなるのだ。
 
「レティシア様は太ってなどおられませんわ。むしろ、ほっそりされています」
「同感ですね。もっと、お食事を増やされてもいいくらいです」
 
 結奈には好き嫌いがない。
 だから、現代日本でも比較的よく食べるほうだった。
 けれど、たいして太らない体質なのか、体重がどんどん増えていくということはなかった。
 ここでも、それは変わらない。
 というより、以前よりも体重の減りが早いくらいだ。
 
(あんなに食べても、すぐお腹すくし、食べないと痩せるんだよね)
 
 運動はもとより、痩せるようなことは、なにもしていない。
 体も問題はなく、健康的だと感じられる。
 無意識に、女子的な願望を具現化しているのかもしれないと、気にしないことにした。
 
「粘着を褒め言葉と受け取るとは……正直“ドン引き”です」
「だよね。あれは引くわー」
 
 グレイの言葉に結奈もうなずく。
 どこをどうすれば「褒め言葉」として受け止められるのか。
 王子様自身「悪態」だと認識していたはずなのに。
 
(あれか……自分に振り向かない女がいるのは許せない的な、あれか)
 
 王子様は、たしかにモテるのだろう。
 結奈が、正式には祖父がダンスを断ったあと、王子様は大勢の女性に囲まれていた。
 ダンスをしているのも目にしている。
 
 ナンパの才能が皆無になるのもわかる気がした。
 あれではナンパの才能を磨く必要などない。
 よりどりみどり、選びたい放題だ。
 ならば、自分など選ばなくてもいいのに、と思う。
 
「それにしても、ド粘着されているということは、殿下に、それだけ気に入られたということでございましょう?」
 
 サリーの悩み深げな声に、結奈も、うーんとうなった。
 気に入られたのかどうかはともかく、執着はされている。
 あの様子では、諦める気はなさそうに感じられた。
 
「好みじゃないって、はっきり言ったのにさ。あの王子様、全っ然、話が通じないんだよ! 好みじゃなくても問題ないとか言うしさあ!」
 
 結奈としては、正妃辞退の真の理由を突きつければ終わりにできる話のはずだったのだ。
 少なくとも現代日本では、たいていそれでケリをつけられる。
 つきあっていたのならまだしも、告白段階での「好みではない」との台詞は、相手に諦めさせるに十分なハードパンチ。
 1発ノックアウトも期待できるくらいの。
 
「そろそろ、また何かしでかすかもしれませんね」
 
 あの王子様は「世継ぎ」のことしか考えていないようだった。
 子供を産ませることだけを、正妃もしくは側室に望んでいるに違いない。
 
(ところどころマトモなことも言ってたけど……全体的に、おかしい)
 
 思った時、不意に思い出す。
 ぽつりともらされた王子様の本音らしき言葉。
 
 『……俺は王位を継ぐために生まれてきた。それ以外の道は……知らん』
 
 そういう生き方しか知らないから、あんなふうになってしまったのだろうか。
 
 この世界で気に食わないところは「身分」があることだ。
 身分によって、当たり前にある差別意識を結奈は肯定できない。
 現代日本の在り方を知っているだけに、受け入れがたいものを感じる。
 もちろん現代日本でだって、少なからずあるのは知っていた。
 それでも、この世界の「身分」は、それを遥かに凌駕する。
 
 王子様の人生には同情すべき点もあるのだろう。
 それしか知らないのだから。
 
 かと言って、同情で婚姻関係など結べるはずがない。
 できれば、もう関わりたくない。
 早く婚姻でもなんでもしてほしい。
 自分のことなど諦めてほしかった。
 
「窮屈でしょうけれど、当分、外出はなさらないほうがよろしいかと存じます」
 
 サリーの気づかわしげな言葉に首を横に振った。
 そこは心配いらないところなのだ。
 
「私、ウチにいるの好きなんだよね。庭も広くて散歩もできるじゃん? みんなもいるし、楽しいから、窮屈なんて思わないよ」
 
 それに……と、首元のロケットに指でふれる。
 毎日、祖父は必ず顔を出してくれていた。
 結奈は存分に甘えている。
 ホッとできて、暖かくて幸せな時間が、ここにはあった。
 
 街を見てみたいという気持ちがなくはない。
 が、危険をおかしてまで出かけたいとは思わなかった。
 殺人鬼に追いかけ回されるはめになるかもしれないし。
 
「……殿下が正妃を迎えられたら、街をご案内いたしますよ」
「うん、それがいいね」
 
 グレイが、やわらかな笑みを浮かべている。
 初見でのブリザードが信じられないくらいだ。
 本当には、聞いてみたかった。
 
 なぜ自分を嫌っていたのか。
 
 けれど、怖くてできずにいる。
 開かなくていい扉は、開かずの扉のままにしておくべきだろう。
 なにが出てくるのかわからないのだから、あえて開く必要はない。
 
「できましたよ、レティシア様」
 
 満足気に、サリーも鏡の中で微笑んでいる。
 三つ編みにされた複数の髪の束が、肩の近くで揺れていた。
 
(ずっとここにいたい……みんなと一緒にいたい……)
 
 パッと立ち上がり、2人に笑ってみせる。
 ちょっと泣きたい気分になっていた。
 
「いつもありがと、グレイ、サリー」
 
 2人が、穏やかに答えてくれる。
 
「どういたしまして」
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