理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

おウチご飯 2

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「王太子は、ウチの姫さまを諦めるつもりはねぇんだろう?」
「そのようね」
「理由は明白だがな」
「…………」
 
 厨房に集まっているのは、執事のグレイをはじめ、料理長のマルク、メイド長のサリー、それに庭師のガドだ。
 他の者は仕事を終え、すでに就寝している。
 
 厨房の隅に置いたイスに4人は座っていた。
 丸いイスで、背もたれはない。
 グレイと、その隣にはサリー、正面にマルク、マルクの横にガド。
 正方形に近い形で座している。
 4人で集まっているのには、わけがあった。
 
 彼らは「ギャモンテルの奇跡」の真実を知っている。
 
 グレイは直接に目にしていたし、マルクとサリー、ガドの3人にはグレイ自身が語って聞かせたのだ。
 マルクとガドは、元々、大公がこの屋敷の主であった頃から働いている。
 信頼のおける人物だと知っていた。
 
 サリーはメイド長であるということ以上に、大公に恩を感じている。
 真面目な性格からしても、けして裏切ることはないはずだ。
 一緒にいる時間は最も長く、苦楽をともにしてきてもいる。
 信頼しない理由がなかった。
 
 他の者たちを信頼していないわけではないが、それでも「ギャモンテルの奇跡」は、王宮内でも一部の者しか知らない秘匿事項だ。
 聞かされた側の重荷になったり、危険を伴うことになったりもする。
 迂闊うかつに話せる内容ではない。
 
 直接、あの光景を目にしたグレイは、あれを世間が「奇跡」と称していることを忌避きひしていた。
 戦争が終結したのは喜ばしいことであっても、単なる「勝利」ではないのだ。
 
(あれは、奇跡などではない。大公様にとっては……悲劇だ……)
 
 殺さずにすんだはずの者たちを殺さざるを得なかった大公の心情を思うにつけ、グレイはいたたまれない気分になる。
 大公の絶対防御の領域を飛び出した者の中には、自分の父もいたからだ。
 父が己の愚かな行動を悔いているのは、わかっている。
 が、心のどこかで許していない自分がいることも自覚していた。
 
 15歳から公爵家に勤めて20年。
 その間、グレイは1度も父に会っていない。
 
「あの粘着王子、次はどんな悪巧みを考えていることやら」
 
 サリーの不快そうな表情に、内心で小さく笑う。
 サリーはすっかりレティシアに肩入れをしていた。
 そして、それはサリーに限ったことではない。
 たった2ヶ月余りで、この十年のレティシアに対する認識がくつがえっていた。
 実は、最近、屋敷内では一定の認識が浸透している。
 
 ウチの姫さまの敵は自分たちの敵。
 
 ウチ、というのはレティシアがよく使う言葉だ。
 ウチの人、ウチのみんな、ウチのご飯などなど。
 ウチというのは「家」のことで、身内を指す言葉でもある。
 そう説明された時のグレイとサリーの感動はいかばかりか。
 当然、屋敷にいた者も全員が胸打たれている。
 
 最初は、全員が疑っていた。
 誰もレティシアの言葉など信じてはいなかった。
 半月経っても1ヶ月経っても、まだ半信半疑の者は多かった。
 けれど、2ヶ月も経つうち、誰もが彼女の言葉を信じるようになっている。
 
 彼女は正直だった。
 
 時折なにかを隠しているようではあるが、嘘らしい嘘はつかない。
 おまけに16歳とは思えない、いや、貴族令嬢とは思えない幼さで、気さくに話しかけてくる。
 なついてくる、と言えるほど、彼女は無防備なのだ。
 屋敷の者たちが自分に「悪さ」するなどとは考えてもいないらしい。
 グレイが、それとなく注意しても「なんで?」と聞いてくる。
 
 『毒見? なんで? そんな必要ないでしょ? ないない! 絶対なし! もし私がお腹を壊したら、それは私の食べ過ぎだね、間違いない!』
 
 いとも簡単に「屋敷内での危険」を否定し、笑い飛ばしたこともあった。
 レティシアを試すつもりで聞いてみただけだったのだが、その反応に、グレイのほうが毒気を抜かれてしまったのだ。
 そんなこともあり、とにかく、頭のネシが2,3本飛んだ彼女は、みんなにとって大事な存在となっている。
 守るべき「ウチの姫さま」なのだ。
 
「結局ンところ、王太子が欲しいのは大公様の血だけなんだろうが」
 
 マルクは苦々しげに言い捨てる。
 広い厨房は、いつもマルクの指示でピカピカに磨き上げられていた。
 
 大柄でがっちりした体格、真っ赤な髪、ぎょろりとした目と大きな口。
 すべてにおいて大作りなマルクは、威圧感がとても強い。
 いつも、なにしからで誰かをどやしつけているし。
 気弱な者なら半日と持たずに、この厨房から逃げ出すだろう。
 
 頑固で偏屈、短気で口やかましい。
 そんなマルクも「ウチの姫さま」には、ぐでんぐでんに甘くなっていた。
 なにしろレティシアのために新しい料理を次々に創作している。
 
 通常、王宮や貴族の屋敷では、新しいメニューはほとんど出されない。
 とくに王宮ではそうだ。
 仮に王族の誰かが腹痛でも起こそうものなら、毒殺が疑われる。
 その最も犯人にされ易いのは「料理人」だった。
 犯人の汚名をかぶせられたあげく殺されることだってある。
 
 だから、決まったメニュー、決まった食材、決まった手順で作ることが、自らの身を守る手段なのだ。
 さりとて、レティシアは、いっさいの疑いもなく、新しいメニューも平気でパクパクと口にする。
 ためらう様子はなく、見ていて気持ちいいほどの食べっぷり。
 それがマルクの創作意欲を刺激するのだろう。
 
「姫さまは、そのことをわかっておられない」
 
 グレイの言葉に、マルクが目を見開いた。
 ジョシュア・ローエルハイドの血がどれほどのものか。
 ここにいる4人は「真実」を知っている。
 
「けどよ、姫さまに、あの話はしたんじゃねぇのか?」
「しましたよ。でも、姫さまにとって、それは大公様の力に過ぎないの」
「そういうことだ。それが自分の力としても扱われると、ご存知ではない」
「わからねぇな。姫さまは、ローエルハイドの血の重荷から吹っ切れたって話じゃなかったのかよ」
 
 レティシアが、どこまで血について知っていて恐れていたのかはわからない。
 ただ、その血と力が同等であるとの感覚がないのは確かだった。
 
「姫さまは魔力が顕現けんげんされておられないからな。大公様の血を受け継がれていることは重荷であっただろうが」
「魔力が顕現していないなら、大公様と同じ力が使えるなんて思わないのじゃないかしら」
 
 血を受け継いでいるからと言って、力まで受け継いでいるとは限らない。
 魔力がない者に魔術は使えないのだから。
 
「なるほどな。要は、力がどうのってより周りの目のほうが重荷だったわけか」
 
 マルクが納得したようにうなずいている。
 グレイとサリーの結論も似たようなものだった。
 7歳にも満たない子供が、常に好奇の目にさらされる。
 
 黒髪と黒眼。
 
 たった、それだけの理由でだ。
 周囲にとっては重要でも、レティシアにとってはどうだっただろう。
 身に覚えのないことで、悪意にさらされることもあったに違いない。
 魔力を持たないがゆえに、なおさら「血」の圧力に耐えかねていたのかもしれなかった。
 
「となると、王太子がなんで姫さまにこだわるのか……」
「わかってらっしゃらないだろうな」
 
 グレイが答えた時だ。
 
「……教える、べきだ」
 
 不意に、ガドが、ぼそっと言葉を発した。
 大柄なマルクより、さらにひと回りは大きな体。
 茶色い髪はいつもぼさぼさで、目を覆い隠している。
 
 ガドは庭師で、昔からこの屋敷の庭全般の手入れをしていた。
 ガドの見た目にそぐわない繊細で美しい庭を造り上げている。
 口数は少なく、屋敷内の者でも声を聞いたことのある者が少ないぐらいだ。
 
「けど、なぁ……」
 
 マルクが言葉を濁す。
 サリーも、悩み深げな表情を浮かべ、黙っていた。
 ローエルハイドの血について、レティシアに話すべきだとのガドの意見は正しいのだろう。
 
「だが、それを意識すれば、また以前の姫さまに戻ってしまわれるかもしれないんだぞ、ガド」
 
 ようやくそこから「吹っ切れた」らしい、今のレティシアに改めて自覚するように促すのは、はっきり言って、気が進まない。
 みんな、以前のレティシアより今のレティシアのほうが好きだからだ。
 
「……それは……俺たちの都合、だ」
 
 ガドは正しい。
 みんな、心ではわかっている。
 わかっていても、手放したくないものがあった。
 
「もう少し……様子を見てからにしようぜ」
「そうね……王太子がどう動くかも、今はわからないんだし」
 
 マルクとサリーの言葉に、グレイも同調せずにはいられない。
 今の幸せな時間を、失いたくなかったのだ。
 
「同感だ。とりあえず屋敷内は安全なのだからな」
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