理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
35 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

おウチご飯 3

しおりを挟む
 昼食後、結奈は中庭を散歩している。
 すぐ後ろに、グレイとサリーが付き添ってくれていた。
 自分の時間がない、という窮屈さを感じるのが普通かもしれない。
 が、結奈には1人でないことのほうが嬉しく思える。
 
(部屋で独り言を言うようになってたからなぁ。言ってることにも気づかないくらいフツーに、独りで喋ってたし……)
 
 両親を亡くし、1人暮らしを初めてからの無意識の癖。
 
 誰もいない部屋が静か過ぎるのが落ち着かなかった。
 気づけば、独り言をもらしている。
 そんな毎日を続けていたのだ。
 だから、話しかけられる相手がいるのは嬉しかったし、答えが返ってくるのも嬉しかった。
 
 屋敷の人たちは、すでに結奈にとっては「身内」になっている。
 血の繋がりがあるのは3人だけだが、彼らだって「家族同然」なのだ。
 気のおけない人たちがいることに窮屈さなど感じない。
 親族に囲まれているみたいに楽しかった。
 
「あ! パット!」
 
 料理人をしているパトリックの姿を見かけ、結奈は小走りに近づく。
 パットは足を止め、結奈を待っていた。
 
 マルクの下で働いているパットは、厨房では古株なほうだ。
 12歳から下働きとして入り、すでに8年が経つらしい。
 サリーと同じ年だが、より長く屋敷にいて、マルクにも重要な仕事を任されていると聞く。
 
 ストレートの赤味がかった髪を、いつも後ろで束ねていた。
 蒼い瞳は切れ長で、少し吊り上がっており、キツい印象を受ける。
 すらっとした細く高い背とも相まって、いかにも「クール」という感じ。
 けれど、実は照れ屋で人好きのする性格だと知っていた。
 
「どっか行くの?」
 
 聞いた結奈にパットが照れたように笑う。
 笑顔に、クールな印象がたちまち崩れた。
 いかにも人好きがする雰囲気になる。
 
「レティシア様からお休みを頂きましたので、友人と飲みに」
「そっか! お休み取れたんだね。マルクに頼んで良かったよ」
 
 屋敷内で働く人数に比べ、世話をされているのは、ほぼ結奈だけ。
 毎日、全員がフルタイムで働く必要はないのではないか。
 
 結奈は派遣社員として働いていた時、フルタイムの仕事と単発の仕事を掛け持ちしていた。
 金に困っていたからではない。
 働くのが大好きだったからでもない。
 1人の部屋に、なるべくいたくなかったからだ。
 
 が、屋敷では誰も「1人ぼっち」になることはないのだし。
 週休2日とまではいかなくても、7日に1日の休日があってもいいのではないかと提案した。
 それは命令に等しかったかもしれないが、ともあれ提案は承諾されている。
 今は、みんな、交代で休みを取っていた。
 
「今までは、お屋敷からあまり出なかったので、友人もいませんでしたが、街に出るようになってから、友人ができました」
「ウチにずっといると、仕事のことばっかりになっちゃうもんね。気晴らしは必要だよ」
 
 職場での人間関係に不満はなくても、やはり友達というのとは違う。
 仕事でのつながりが強く、なにでも気軽に話せるわけではないからだ。
 イベントの時くらいしか電話でやりとりしなかったが、時々はそういう時間があったことを思い出す。
 話すと、少し気が楽になって、1人気分を忘れることもできた。
 
「飲みに行くのはかまわないが、へべれけにならないようにな」
「そりゃもう、気をつけますよ。料理長にどやされますからね」
 
 グレイの言葉にパットが笑う。
 初めて屋敷に来た時とは違い、みんな普通に笑うようになっていた。
 これが結奈の「普通」でもある。
 みんなが笑えるから、自分も笑えるのだ。
 
「引き止めてごめん。気をつけて、行ってらっしゃい」
 
 言うと、パットが照れた様子で頭をかいた。
 礼や詫びには、まだなかなか慣れないらしい。
 
「じゃ……その……い、行ってきます」
 
 軽く、ぺこっと頭を下げてパットが体を返す。
 その様子が、なんだか微笑ましくて、口元を緩めた。
 
「パットってさ、見た目クールなのに照れ屋なトコが面白いよね」
「……冷たく見えるということでしょうか?」
 
 グレイの問いに、結奈は首を横に振る。
 そういう意味もあるにはあるけれども。
 
「ちょっと違うかな。冷静で落ち着いてるって感じ」
「それでは、私もクールですか?」
「いやぁ、グレイはクールではないね」
「なぜです? 私も冷静沈着だと自負しておりますが」
 
 確かに冷静ではあるし、落ち着いていることも否定はしない。
 今も穏やかな口調で話しているし。
 
「でも、サリーに、いっつも叱られてるじゃん」
 
 2人が目で会話していることに、結奈は気づいていた。
 なんとなく、どんなやりとりがなされているのかも感じ取っている。
 その結論として。
 
 グレイはサリーに激弱げきよわ
 
 目で叱られては、しょげているのだ。
 その姿を見てしまっては、とても「クール」とは思えない。
 グレイの微妙な顔に対して、サリーは顔色ひとつ変えていなかった。
 
「ま、どっちかっていうと、サリーのほうがクールだね」
 
 結奈の笑いに、つられたようにサリーも笑う。
 グレイだけが苦笑いを浮かべていた。
 
 楽しい気分で中庭を歩く。
 広くて、食後の散歩にはちょうどいい。
 戻ったら、ジョゼットがデザートを用意してくれているはずだ。
 
 厨房での紅一点。
 マルクも認める若きデザート職人のジョゼットは、まだ18歳。
 マルク曰く「才能ってやつですかね」とのこと。
 どこの世界にも「天才肌」の人間はいるものだ。
 
 ほかの女性とは違い、ジョゼットは珍しくショートカット。
 薄茶の髪は短く、くるんっとした丸い目と相まって柴犬のよう。
 だが、その可愛らしさからは想像できないくらい腕は超一流。
 彼女の作るデザートは、素晴らしく美味しい。
 
(今日も2皿いっちゃうかも)
 
 結奈は気にかけていないが、すでに全員の名前を覚えていた。
 朝当番、昼当番を始めた頃に聞いて、それ以来、名前で呼んでいる。
 これも、結奈にとっての「普通」だ。
 だから、屋敷の「みんな」が、それをどう思っているのかなど考えたこともない。
 
 敬称つきではあれど、こちらの名前で呼ばれることにも慣れてきている。
 ローエルハイド公爵家では、すっかり名前呼びが定着していた。
 そして、結奈の「現代用語」も意外とすんなり受け入れられている。
 結奈にだけではなく、それぞれの持ち場でも使われていた。
 あまり悪い言葉は教えないほうがいいとは思うのだけれど。
 
(私も口がいいほうじゃないからなぁ。つい出ちゃうんだよね)
 
 悪い言葉ほど口癖になり易い。
 気をつけようとしていても、うっかり口から出てしまうことも多かった。
 それが、たちまちのうちに屋敷中に広まってしまうのだ。
 自分も使っているのに、人に使うなとは、やはり言えないし。
 
(あの王子様には通じなかったっけ……てゆーか、言葉が通じてる気がしない)
 
 いちいち説明を求められ、面倒だったけれど解説した。
 にもかかわらず、理解してもらえた感は皆無。
 
(そもそも、だよ。食べないと死ぬ状況って、あれ、私のことだよね。そのくらい困るってか、切羽詰まってるからしかたなく私と結婚してやる的な……)
 
 失礼なことしか言えないやまいにでもかかっているのか、と言いたくなる。
 結奈の知っている童話や映画に出てくる「王子様」のイメージとは、かけ離れていた。
 もはや王子様というより、ただの「無礼者」だ。
 
「どうかなさいましたか?」
 
 顔に不愉快さが出ていたらしい。
 サリーが心配げに結奈に声をかけてくる。
 頭から「無礼者」を叩き出し、笑ってみせた。
 
「なんでもないよ。ちょっと遠回りになるけど、お祖父さまの薔薇を見に行こうかなって思っただけ」
 
 中庭の奥に、小さな薔薇園がある。
 まるで「秘密の花園」だ。
 祖父が魔術で咲かせている「蒼い薔薇」は、とても美しい。
 澄んだ深い海の色に似ていて、科学で造られた青薔薇とは印象を異にする。
 魔術がかかっているので季節に関係なく咲くのだそうだ。
 
 散っては咲き、咲いては散る。
 
 けれど、けして枯れることのない薔薇に、祖父の祖母への愛を感じる。
 繰り返し、繰り返し。
 その愛情の深さを胸にいだきつつ、結奈は薔薇園へと足を向けた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...