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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
お屋敷大改造 1
しおりを挟む「今日は、3人にお願いがあります」
神妙な顔で、結奈は言う。
3人とは、両親それに祖父だ。
(これは、だいぶ無謀だよね)
わかってはいる。
けれど、ここ半月ばかり考えてきたことだった。
かれこれ、この「夢」の世界で2ヶ月半。
グレイとサリーはもとより、他のみんなとも仲良くなっている。
総勢15名。
みんな、ほとんど結奈のための仕事をしていると言っても過言ではない。
両親は王宮にいることが多かったし、祖父はここには住んでいないからだ。
「とくに……お祖父さまに」
祖父が、ひょこんと軽く眉を上げる。
口元を緩め、少し楽しそうにしていた。
「私にかい? なんだろうね。かわいい孫娘の頼みというのは」
ちょっと、いや、かなり言いづらい。
この屋敷に関することでの頼みなので、まずは祖父に許しをもらうべきだと思うのだけれど。
(ここは、お祖父さまがお祖母さまのために建てたんだもんなぁ)
グレイからは、そう聞いている。
結婚後、新居として祖父が設計から手掛けたのだという。
あの薔薇園も含め、ここには祖父の祖母に対する愛が詰まっているのだ。
それに、祖父が自分に甘いのも知っている。
祖父が惜しみなく与えてくれている自分への愛情を利用することになるのではないか。
無謀だと思いつつ、頭の隅には、それも気にかかっていた。
だから、とても言いづらい。
「そんなに言いにくいこと、か。となると、この屋敷のことかな?」
軽い口調で祖父が言う。
図星をさされ、口ごもってしまう。
(う~……ホント、お祖父さまには、かなわないなぁ……)
いつも、なんでもお見通し。
不思議になるくらい、見透かされている。
なのに、それが少しも嫌ではない。
肉親だと感じているからだろうと思う。
祖父は、結奈の理想の男性そのもので、しかも家族なのだ。
「うん、そう。このお屋敷のこと」
「それで?」
次の言葉を優しい口調で促され、結奈は覚悟を決める。
ダメ元なんて気持ちではなかった。
本気の覚悟を見せるのだ。
ぎゅっと手を握りしめる。
「バ、バリアフリーにしたいと思って」
「それが、どんなものか教えてくれるかい?」
「あ……そか……あのさ、階段とか部屋ごとの仕切りとか、そういうところの段差をなくしたり、ぶつかっても怪我しないような素材に変えたりとか」
「つまり、内装を変えたいってことだね」
「簡単に言うと……そういうこと」
祖父が、やわらかな笑みを浮かべ、結奈を見ていた。
心臓の鼓動が速くなってくる。
(やっぱり見透かされてる? お祖父さま、わかってるっぽいけど……)
祖父は長くこの屋敷を訪れていなかったはずだ。
主に、自分のせいで。
以前の結奈、というかレティシアは祖父を嫌っていたらしい。
ちょこちょこと周りから、そんなような話を漏れ聞いている。
以前とは違う様子に、前はこうだったと、口を滑らせる者もいたからだ。
彼女が変わったことを奨励しているがゆえの言葉ではあるが、結奈からすると衝撃的な話が多かった。
その中のひとつが「祖父を嫌い、寄せつけなかった」というもの。
(なんで嫌えるかね。こんな素敵なお祖父さまを嫌うとか、ありえないだろ、私。てゆーか、私じゃないケド)
優しくしてくれて、甘やかしてくれて、とても大事にしてくれる。
掛け値なしの愛情を向けてくれる相手を嫌うなんて結奈には信じられない。
無償の愛は簡単には手にいれられないし、与えてももらえないのだ。
「かまわないよ、レティ。お前が好きなようにしてくれていい」
にっこりと微笑みかけられ、胸が痛くなる。
やはり、お祖父さまはわかっている、と思った。
「ちょっと待ってください、お義父さま。理由も聞かず、お許しになるのは、少し甘やかし過ぎです」
母からの言葉に父もうなずいている。
言われるだろうと予期していたことだった。
理由もなく屋敷を改装したいと言っても許されるはずがない。
当然、祖父からも聞かれるだろうと思っていたことだ。
なのに聞かれなかったから、すでにわかっているのだろうと、わかった。
「えっと……段差があると歩きにくいし……手すりとか、位置によってはぶつかることもあるし……怪我することもあるよね? そういうのを少しでもなくしたいんだ」
こんな曖昧な説明で両親を納得させるのは難しいかもしれない。
けれど、あまり具体的な話はしたくなかった。
「費用は、私がなんとかする。最初は……借りることになっちゃうと思うけど、働きに出てでも、絶対に返すから」
「働きに出るって……お前……」
父が唖然とした顔をする。
公爵家がどの程度の資産家なのか、結奈にはわからない。
さりとて、それは父のものであり、自分のものではないのだ。
そして、改装は自分の我儘だと思っている。
「ひとつ、聞きたいのだけれど、それは、あなたのためなの? レティ?」
母からの問いかけに、こくりとうなずいた。
そう、これは誰のためでもなく、自分のためだ。
「私の我儘だよ、お母さま」
「そう。あなたの我儘なのね」
再度、こくりとうなずく。
望まれたわけでもないのに、誰かのためだとは言えなかった。
結奈自身が嫌だから、という以外に理由はない。
「費用については心配しなくていいわ。お父さまが出してくださるから」
母が、さらりと言う。
「えっ?!」
「え……?」
結奈と、それから父も驚いた顔で母を見た。
が、母は平然としている。
「当然でしょう? それとも、あなたはレティを働かせる気なの?」
「ま、まさか! 働きに出すなんて、できるわけがない!」
「ちょ、ちょっと待って! 私の我儘なんだから私がなんとか……」
「いいや、それは許さないよ。働きに出るなど、とんでもないことだ」
途中から、父娘だけの会話になっていた。
母は、そしらぬ顔で、ティーカップに口をつけている。
爆弾を落としておいて、我関せずといった様子だ。
ともあれ結奈は、働くことに抵抗がない。
今までだって働いてきたのだ。
この世界では働いたことのない貴族令嬢ではあるが、サリーみたいに貴族でも働いている女性はいる。
パソコンや携帯電話がなくても、なにかしらできることはあるに違いない。
「けど、お父さまに出してもらうなんて、それこそ我儘過ぎじゃ……」
「お前は私の娘だ。我儘をして何が悪い」
「いやいやいや、お父さま……」
そんなやりとりの中、不意に祖父の笑い声が響いた。
びっくりして口を閉じ、祖父のほうを見る。
「面白いね、レティは」
なにが面白のか、ちっともわからない。
けれど、祖父は楽しそうだ。
「それなら、こうしよう。レティは改装の手伝いをする」
「父上、それは……!」
「ザック、こうでもしないとレティは納得しないよ?」
「ですが……レティが怪我でもしたら……」
困り顔の父に、祖父がにこやかに言う。
なんでもないことのように、当たり前というように。
「私もレティの我儘につきあわせてもらうのでね、心配はいらない」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
優しくて頼りがいがあって、なんでもわかってくれる、理想の男性が目の前にいる。
(やっぱり……わかってくれてるんだ、お祖父さまは)
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