理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
80 / 304
第1章 暗い闇と蒼い薔薇

とらわれの地下室 4

しおりを挟む
 サリーは、できるだけ不自然にならないように、気を失ったフリを続ける。
 扉の向こうから話し声が聞こえてきた。
 グレイの位置からなら姿が見えそうだが、そのグレイの体がサリーの視界を遮っているため、サリーには扉の向こうが見えない。
 
 声も、ぼそぼそしていて聞き取れなかった。
 きっとグレイには聞こえているはずだ。
 元魔術騎士であるグレイは、補助的な魔術も習得している。
 遠くの物音もとらえられる「寄聴よせぎき」も使えると記憶していた。
 
(……エッテルハイムの城……確かアンバス侯爵の持ち城だったわね)
 
 グレイに言われるまで、その存在自体を忘れていたが、魔力を疎外する城は、実は各地に存在する。
 元々、この国は小国の寄せ集めで出来ていた。
 国として成り立つ前、魔術師はおらず魔力は病気として扱われてきた。
 その中で、手に負えない者を隔離するようになったわけだが、それは現アンバス領だけのことではない。
 だから、領地ごとに過去の遺物として似たような構造の城が点在している。
 
(執事としては有能よね。男としては、ヘタレだけど)
 
 サリーは、なぜグレイが点在する城の中から、ここを特定できたのか、わかっていた。
 サリーとて、ここが地下なのだろうくらいは予測がついている。
 が、グレイは部屋の大きさや造り、天井の角度、微量な空気の流れまでをも計算に入れ、頭の中の膨大な城内地図と照合したのだ。
 
 悔しいのは、それがわかっても大公に伝えられないことだった。
 大公も、魔力疎外されていることには気づいているだろう。
 直接、魔力を分配しているグレイに、分け与えることができなくなった時点で、きっと察している。
 もし魔力疎外できる城がここしかなかったのなら、とっくに姿を見せていたはずだ。
 
(ひとつずつ可能性を潰していくとしても……城の内部も探さなければならないのだから、いくら大公様だって、それなりに時間がかかってしまうわ)
 
 レティシアをさらったのは、王太子と副魔術師長で間違いない。
 何を考えているのかも、だいたいは察しがつく。
 
 心を差し出さないのなら体を差し出せ。
 
 よくあることだ。
 サリーの姉には幼馴染みの恋人がいた。
 そのため、領主である貴族からの愛妾になれとの申し出を何度も断った。
 にもかかわらず、領主は両親に圧力をかけてきたのだ。
 
 ありもしないことで罰と称し、税を増やした。
 貧乏貴族であったサリーの家は、それまでだってあっぷあっぷの状態。
 なんとか生活をしのげてきたのは、たまたま大きな飢饉や災害がなかったからに過ぎない。
 多額の税を課せられれば、サリーの家族どころか、領民まで飢えてしまう。
 
 結果、姉は領主の愛妾にならざるを得なかったのだ。
 会いに行っても追い返されるばかり。
 それどころか「15歳を過ぎたら来い。お前も愛妾にしてやる」と言われた。
 
 あの時の領主の好色な顔を、サリーは忘れられずにいる。
 思い出すだけでゾッとした。
 
 15歳になってすぐに屋敷勤めをしようとしたのは、王宮とは関わりたくなかったからだ。
 貴族といっても様々で、領主のように、常に王宮と関わりの深い貴族もいれば、夜会にも招かれない貴族だっている。
 元々サリーが勤めようと思っていたのは、そういう中級貴族の屋敷だった。
 
 大公に拾われなければどうなっていたか。
 仮にどこかの貴族の愛妾になるしか道がなかったとしても、あの領主のような男だけは選ぶまいと思っていたけれど。
 
 結局、サリーは公爵家にいる。
 誰の愛妾にもならずにすんだし、王宮とも関わらずに生きてこられた。
 大公には、大きな恩がある。
 返しきれないほどの恩だ。
 だが、サリーの心にあるのは、それだけではない。
 
(レティシア様に……なにかあったら……)
 
 いても立ってもいられない気分だった。
 どのくらい意識を失っていたのかもわからない。
 刻々とレティシアの身が危険にさらされている。
 早く捜しに行きたかった。
 
 彼女は魔力を持ってはいても、扱うすべを持たないのだ。
 魔術だって使えない。
 身を守ることができるとは思えなかった。
 
(あの粘着王子……ウチの姫さまにおかしな真似をしたら、絶対に許さない)
 
 王太子は、ローエルハイドの血が欲しいばかりにレティシアを望んでいる。
 屋敷に来た際の態度からすると、有無を言わさず正妃にするつもりだろう。
 今ごろ、レティシアに無理を強いているかもしれないのだ。
 
 『好みじゃないって、はっきり言ったのにさ。あの王子様、全っ然、話が通じないんだよ! 好みじゃなくても問題ないとか言うしさあ!』
 
 彼女の言葉が思い出される。
 王太子に「ド粘着」されていることを、グレイもサリーも深刻に受け止めていた。
 
 けれど、レティシアは深刻だとは受け止めていない様子だったのだ。
 腹の立つ相手としての認識しかなかったように思える。
 相手は、仮にも王太子であり、それこそ望むものはなんでも手に入る立場にいる者だと、わかっていないようだった。
 
 以前の彼女とは違い、今のレティシアは無邪気で無防備に過ぎる。
 それでも、サリーは、そんな彼女が好きなのだ。
 疑り深く、人を信じられないレティシアに戻ってほしくはない。
 
(サリー……)
 
 グレイの視線に、体へと緊張が走った。
 扉の向こうから、見覚えのない老人が入ってくる。
 
「意識は戻っておるのだろう。寝た振りなんぞしても無駄だぞ」
 
 しわがれた声に、背筋が冷たくなった。
 溢れ出てくる魔力が、床を伝うようにしてサリーの体にまとわりついてくる。
 恐ろしいほどの魔力量だ。
 
 先に立ち上がったのはグレイだった。
 すぐにサリーも立ち上がる。
 敵わないとしても、諦めるわけにはいかない。
 
「ほう。2人とも魔力持ちか。これはこれは……ひひっ……」
 
 ひきつったようなわらい声をあげ、老人が、ニィッと口を横に引いた。
 それが皺なのか口なのか判別できないほどに、顔中が皺だらけだ。
 不意に、グレイの体から、いつにない緊張が伝わってくる。
 
 見れば、額に汗が浮いていた。
 顔にも苦悩が見てとれる。
 5年のつきあいで、こんなグレイは初めてだった。
 
「……レスター・フェノイン……」
 
 グレイの絞り出すような声に、老人がまた嗤う。
 耳障りで嫌な嗤いかただった。
 
「懐かしい名を知っておるのだな。フェノインの家は、とっくに断絶しておるというのに」
 
 サリーには、まったく聞き覚えがない。
 が、グレイの頭の中には、この老人の「履歴書」があるのかもしれなかった。
 グレイがサリーを庇うように前へと出てくる。
 その際に、サリーにチラっと視線を投げてよこした。
 
(逃げるんだ、サリー)
(なに言ってるの?! あなた1人じゃ、どうにもならないんでしょ?!)
(そのくらい、こいつは“ヤバい”のさ)
 
 どくどくと、心臓が血液の流れを速くしている。
 自分の言葉を否定してほしくて言ったのに、あっさり肯定されてしまった。
 
 グレイは、辞しているといっても魔術騎士だ。
 戦争にも行き、戦うすべも持っている。
 そのグレイが「ヤバい」と言った。
 魔力量の話だけではないのだと、一瞬で悟っている。
 
「そっちの女のほうが、わしの好みだ。少し味見をしておくか」
 
 視線を向けられただけで、足元が凍りつきそうになった。
 屋敷や森にいた際には、味わうことのなかった恐怖が体をつつんでいる。
 
「彼女には手を出さないでもらおう」
 
 グレイが右手を、サッと振った。
 緑色に光る剣が握られている。
 老人が皺のような目を、さらに細めた。
 
「魔術騎士……そうか、あれは元気にしておるのだな。ジョシュア・ローエルハイド。ガキの分際で儂をここに閉じ込めた、あのガキ……」
 
 大公から魔力分配を受ける、彼の直属の部下、それが魔術騎士なのだ。
 未だ分配しているということは、大公の健在を意味している。
 
 老人の目が、憎悪に怪しく光っていた。
 瞬間、黒い閃光が走る。
 グレイが剣で、それを弾き返した。
 
 魔術同士のぶつかり合いは音を立てない。
 周囲が静かであることが、余計に緊迫感を煽っている。
 
「あのガキの手下……お前をなぶり殺しにすれば、儂も少しは溜飲が下がるというものだ」
 
 剣を構え、サリーを背中に庇い、グレイが距離を取るように位置を変えた。
 後ろ手でサリーに、逃げるよう合図を送ってくる。
 自分は足手まといにしかならないし、レティシアを探さなければならない。
 わかっていても、それがグレイを見捨てることになるのも、わかっていた。
 
(グレイ、今のあなたは、魔力が戻らないのよ?!)
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...