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第1章 暗い闇と蒼い薔薇
悩み解消のツボ 1
しおりを挟む「ちょっと……」
ムッと顔をしかめ、レティシアが両手でユージーンの肩を押そうとしてくる。
しかし、さすがに女性の力で押し返されるほど、ユージーンも、ひ弱ではない。
両手を彼女の顔の脇に置いたまま、その顔をじっと見つめた。
さっきの表情を思い出す。
顔を真っ赤にしていた。
見たとたん、頭のほうで何かがピンと外れたのだ。
発条が弾けたというか、ワインのコルクが抜けたというか。
これまで、彼女は色々と表情を変えてきたが、あんな顔は初めて見た。
とても愛らしかった。
彼女がそんな表情を見せたので「その気になった」と思ったのだけれど。
彼女は今、とても不機嫌そうにしている。
そして、なにやら「ささやかな」抵抗を示してもいた。
なにか「手順」を自分は間違えたのだろうかと、首をひねりたくなる。
たいていの女性は、ベッドまで運ばれるのを好むものだ。
少なくとも、経験則からユージーンは、そう判断している。
(置き方が悪かったのであろうか? できるだけ、そっと置いたのだが)
ベッドへの寝かせ方に問題があったのかもしれない。
もっとゆっくり置くべきだったか、などと思った。
彼女には「任せておけばよい」と言っている。
どんな手順でも、失敗は許されないのだ。
「少々、乱暴であったかもしれんが、お前を雑に扱うつもりはないぞ」
「いや……そういうことじゃなくて……」
眉をひそめられ、少し心もとないような気分になった。
足元が揺らぐような感覚に、戸惑う。
14歳から女性とベッドをともにしていた。
相手も初めてだったからか、さしたる緊張もしなかったと記憶している。
事が終わったあとも「こんなものか」としか感じなかった。
未だに好色な者が、肉体関係というものに地道を上げている気持ちが理解できずにいる。
それほどまでに、ユージーンにとって女性とのこうした関係は、王太子としての責任の一環に過ぎなかったのだ。
なのに、今は手順を手順通り、スムーズに進められなくなっている。
「ホントに私を……だ、だ……抱……抱く……つもりなの?」
不機嫌そうな顔はそのままに、レティシアは頬を赤く染めていた。
ユージーンは、思わず少し笑ってしまう。
おそらく、鏡に映したら「自分はこんな顔で笑うのか」と驚いたに違いない。
その笑みは、長らく愛用していた王太子としてのものではなかったからだ。
「お前でも恥じらうことがあるのだな」
「あるよ!」
「そうか」
ウサギを相手にしている時とは大違いだった。
あんなことやこんなことをされた身としては、彼女の今さらな恥じらいがおかしく思える。
それに、レティシアは男女の関係に慣れていない。
ベッドの中でのことに関しては、一般的な会話にすら戸惑っていた。
動揺して意味不明な言葉を言い散らかしたり、ちょっとしたことで恥じらったりするのは、慣れていないからだ。
散々な悪態をつかれていたようだが、怒りはわいて来ない。
むしろ、彼女が可愛らしく見える。
そう思って見ていると、不意にレティシアの体が小さく震えた。
「私は……あなたに抱……抱かれたく、ない……」
ユージーンは、何度か瞬きをする。
彼女が唇を横に引き結び、目の端に涙を浮かべていた。
え?と、心に困惑が広がる。
レティシアの同意をとりつけたものと思いこんでいたからだ。
しかも、彼女は泣きそうになっている。
「ま、待て。お前もその気に……」
「なってない」
声も震えていた。
実際、ユージーンも、この策をサイラスから聞いた時には「嫌がられる」と思っていたのだ。
が、レティシアの恥じらう姿に、すっかり舞い上がっていた。
そのせいで、彼女の言葉や態度を読み違えたのだと気づく。
「……レティシア」
目元の涙を拭おうと伸ばした手にだろう、レティシアがビクッとした。
怯えているのがわかったので、すぐに手を引っ込める。
(ウサギの姿なら、お前の涙をぬぐってやれたのだがな……)
最近、馴染みのできた胸の痛みを感じた。
今の自分では、彼女の頬にふれることすらできないのだ。
「そんなに嫌か?」
「嫌だよ。だって、あなたのこと好きじゃないもん」
好き嫌いが関係ない場所にいた頃なら、鼻で笑っていただろう。
けれど、今は笑うことなどできずにいる。
胸が、じくじくと痛んで、苦しかった。
やはり彼女の心は手に入らないのだ。
サイラスの言うように、ここで既成事実を作るべきなのだろう、おそらく。
思いはするが、体が思うように動かない。
無理強いをすれば、彼女をもっと泣かせることになる。
「嫌われているのだな、俺は」
「嫌いってほどじゃない。でも、それと好きっていうのとは違うんだよ」
「好きではないが、嫌いでもない……ということか?」
「そうだけど……あなたが私に手を出したら、嫌いになるよ、絶対」
ぐ……と、呻きそうになった。
なにも「絶対」などと言わなくてもいいのに。
断定されると、どうにも具合が悪い。
今はまだ嫌われていないと思えてしまうから。
「なぜ絶対などと言い切れる?」
「好きじゃない人とはしたくない。ほかの人がどうなのかは知らないよ? でも、私は愛し愛される関係がいいの。何回も言ってるよね?」
「……抱かれれば、俺を好きになるかもしれんだろ?」
「それが間違ってるんだよ。好きな人だから、ふれられたいとかふれたいって思うんじゃないの? あなたは笑うだろうけどさ。私は……こういうことって、愛情表現として成立してなきゃ嫌なんだよ」
ぽつぽつと落とされる言葉に、レティシアの本音が伝わってくる。
そもそも彼女は嘘などつかないし、正直でもあった。
いつだってユージーンに本音をぶつけてくる。
あらん限りの悪態をつくほどに。
「では……仮に俺との間に子ができたらどうする?」
「そりゃ産むよ」
「産むのだろ? 王族の子を成したとなれば……」
「あなたの正妃にはならない」
きっぱりと言い切られた。
子を成してすら正妃にならないというレティシアの頑なさに驚いている。
子ができたかもしれないと言えば、自分の元に留まるだろう、との考えは間違っていたのだ。
サイラスでも読み違えることはあるらしい。
それだけ、レティシアは予測不能な言動をするということ。
「王族の子だぞ?」
「違うよ。ローエルハイド家の子だよ。シングルマザーなんて、めずらしくないんだからね」
「しんぐる……?」
「母親だけで子供を育てるって意味。それに、ウチのみんなだって協力してくれると思うし、あなたがいなくても困らない」
元々、ユージーンは王族の血を絶やさないため、そして国の平和のために、黒髪、黒眼の子を望んでいた。
側室も娶り、愛情はいだけずとも、5,6人は子が欲しいとも思っていた。
が、レティシアとの間にできた子なら、愛情がいだけそうな気になってもいたのだ。
自分が父に愛されなかったので、そんな惨めな思いはさせたくないと。
「俺を、子に関わらせぬつもりなのだな」
「うーん……子供が聞けばちゃんと話すし、会いたいって言えば面会の申し入れはすると思うけど……それは子供の意思次第だよね」
「子が望まねば、俺には関らせぬと言うか?」
「子供にだって意思はあるでしょ?」
自分には、意思などなかった、と思う。
王族として生まれ、王位継承者としてのみ存在してきた。
それ以外の意義などなかったのだ。
「……そうか。ローエルハイド家の子か……」
そのほうが自由に生きられる。
彼女のように、正直でいられるに違いない。
ユージーンは体を横に倒し、彼女の隣に寝転がる。
「……しないの?」
「気が削がれた。興がのらん」
「じゃあ、帰してくれる?」
聞かれて、右手で彼女の左手をつかんだ。
左手を頭の下に置き、視線はまっすぐ上に向ける。
「迷っている」
帰すとの決断をしかねていた。
彼女の意思が強いことも、覆らないだろうことも、わかった。
けれど、ユージーンは未だ迷いの中にいる。
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