理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

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第1章 暗い闇と蒼い薔薇

やっぱり理想はお祖父さま 4

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 レティシアは、祖父と一緒に中庭を歩いている。
 さっきのことを思い出して、ちょっぴり自分にガックリきていた。
 
「まだ気に病んでいるのかい?」
「そりゃ、そーだよ……」
 
 くはぁ…と、大きく息を吐き出す。
 肩も、がくぅと落とした。
 
 突然に現れた金髪の公爵令嬢。
 
 彼女が帰る間際、祖父が名前を訊ねたのだ。
 グレイから聞いていたはずだが、忘れているのかもしれないと思った。
 あの時はまだ祖父のお客だとはわかっていなかったからだ。
 それで、レティシアは、うっかり口チャックを忘れてしまった。
 
 『ラウズワース公爵家のイブリン姫さ……』
 
 言葉は、そこで止まっている。
 それまでレティシアを無視していた彼女に、キッとにらまれた。
 彼女は何も言わず、祖父に一礼をし、そのままグレイにお見送りされている。
 
「知らなかったのだから、しようがないだろう?」
「でもさぁ。やっぱり名前を間違えるっていうのは、どうかと思うよ」
 
 人の名には、想いがこめられていると、レティシアは思っていた。
 前の名前も、両親が出会ったのと父が結婚を申し込んだ地名、それに結びつくという意味があった。
 画数も良かった、などと両親が言っていたのを覚えている。
 散々、いろいろと迷ったり、悩んだりした末に決められた名だ。
 今も心の中で、大事にしていた。
 
 レティシアにも意味がある。
 こちらは両親即決で決まったらしい。
 喜び、という意味なのだそうだ。
 そういうことを考えると、とくに姓ではなく名を間違えたのは痛い。
 申し訳なく思うし、睨まれるのも当然に思える。
 
「発音って、大事なんだね……」
 
 少し前に、祖父とグレイから「ん」と「の」の違いについて聞いたばかりだった。
 発音の違いで、出自がわかることだってあるのだ。
 レティシアは、普段そういった意識をせずにいる。
 貴族だの平民だのという考えかたは、やはり性に合わない。
 
 だいたい、身分意識の素地自体がなかった。
 ウチのみんなはウチのみんなでしかないし、身内だと思っている。
 だから、発音や話し方について、あれこれ気にしたりはしていないのだ。
 
「イ“ヴ”リン姫さま、だったんだよなぁ。イブリンじゃなくて……」
 
 人がどう思うかはともかく、本人にとっては、些細な間違いでは済ませられないことだったのだろう。
 レティシアだって「レティジア」などと呼ばれたら、わりと嫌かもしれない。
 
「今度、会ったら謝らないと……って、言っても、会う機会なさそうだよ~」
 
 彼女は来た時の勇ましさとは別人のように、そそくさと帰っている。
 とても第2回電撃訪問に期待はかけられない様子だった。
 
「それは、わからないよ? 何事にも、絶対はありえないのだからね」
「……そっか。そうだよね。うん。次に会えたら謝るってことにしとく!」
 
 祖父が、ひょこんと眉を上げる。
 からかうような表情が、誠に素敵だ。
 思わず、ぽ~となりかかるのを、自ら抑止する。
 最近どうにも祖父に甘え過ぎていると自覚していた。
 祖父は、それでいいと言うのだけれども。
 
「レティは、彼女のことを嫌だと思わなかったのかな?」
「え? なんで?」
 
 レティシアは、きょとんと首をかしげる。
 自分が失礼なことをした自覚はあるが、彼女から何かされた覚えはなかった。
 そもそも嫌いになれるほど、彼女のことをよく知らない。
 
「そうだねえ。挨拶もなく無視されたこととか、私の後添のちぞえになる、と言い出したこととか、嫌ではなかったかい?」
「あー、そーいうコト」
 
 思い出して、小さく苦笑いをもらす。
 挨拶のことは、正直、まるきり気づいていなかった。
 祖父の後添え候補宣言についても、レティシアには答えがわかっていたので、焦ってはいなかったのだ。
 むしろ、答えがわかっていたから、いたたまれなかっただけで。
 
「お祖父さまのお客様だったしね。噂のこともあったから、彼女が怒るのは無理ないと思うよ? それに嫌味言われたり、ひっぱたかれたりしたわけでもないんだから、逆に寛容だなーって感じ?」
「レティにそんなことをしたら、私が黙ってはいられないのだがね」
 
 祖父が自分に甘いのは知っている。
 嬉しいし、居心地も良かった。
 もちろん独り占めしたい気持ちだってある。
 が、だからといって誰かを押しのけて排除して、というのは気が進まない。
 
 とくに女同士の争い、というのがレティシアは苦手だった。
 自分が、自分の思う「嫌な奴」になっているのではないかと感じるからだ。
 それに、と思う。
 
「お祖父さまは、お祖母さまのことが大好きじゃん? だから、ちょっと……なんていうか……ぁあ~……って、なっちゃったんだ」
「同情した、ということかな?」
「同情というか……お祖父さまは無理なんだよーって、なんか申し訳ないって感じ? 私が申し訳ながっても、しかたないんだけど」
 
 彼女は、とても美人だった。
 嫌味なく「キレイな人」だと言えるくらいに見目麗しかった。
 だから、ほかの誰か、祖父以外の人なら、きっと喜ばれたに違いないのだ。
 
 しかも、彼女は「幼い頃から慕っていた」と言っていた。
 あの言葉は嘘ではない。
 そこまで思い詰めていたからこその電撃訪問だったのだ、と思う。
 
(なのに、お祖父さまじゃなぁ。絶対、無理だもん。お祖父さま、絶対に、うんって言わないもん。そりゃ、再婚してほしいとは思ってないけどさ)
 
 彼女の想いは、すくい取ってもらえないと、すぐさま気づいていた。
 どれだけ本気でも報われないことはある。
 心を差し出したからといって、必ず受け取ってもらえるとは限らないのだ。
 それが、せつなくて、ちょっぴり寂しい。
 同情する気も、エールを送る気もないのに、自分は勝手だと感じる。
 
「私は、少々、残念に思っていてね」
「残念? 彼女を断ったこと?」
 
 祖父が口元に笑みを浮かべ、首を横に振った。
 それから、軽く肩をすくめる。
 
「お前が、ちっとも妬いてくれないことに、だよ」
「焼いて、って?」
「少しは嫉妬してくれてもいいのではないかな? お祖父さまを取らないで、などと言うレティが見られるかと、私は期待をしていたのさ」
 
 ぷっと、レティシアは吹きだした。
 祖父の口調が、本当に残念そうだったからだ。
 
 祖父は今もなお祖母を愛している。
 
 だから「仮にレティを後添えに」なんて話も、ご令嬢に諦めさせるための口実に過ぎないと思っていた。
 あえて祖母のことを言いたくなかったのではないだろうか。
 家族でさえも、なかなか踏み込めない領域が「愛情」にはつきものだから。
 
 前の世界での、父の小さな背中を思い出した。
 声をかけられないほどの悲しみが、その背には集約されていたのだ。
 ただ、あの時、その場を離れたことについては後悔している。
 
 なかなか踏み込めない領域に、踏み込むことが許されるのも、また家族だけなのだと、両親を失って初めて気づいた。
 話したくても、両親のことを話せる相手が、レティシアにはいなかったから。
 
 中庭を歩いている内に、蒼薔薇のある「秘密の花園」についていた。
 今日も、きれいに咲いている。
 
「お祖父さまはさ、どうやってお祖母さまを口説いたの?」
 
 前に、聞きたいと思っていたことだった。
 踏み込んでいいのかはわからないが、聞いてみる。
 
 祖父のことだから、嫌だと思えば、スルリとかわしてくるはずだ。
 かわされたら、この話はお終い。
 祖父が話してくるまで封印するつもりでいる。
 
「この薔薇は、私が彼女を口説くために造ったのだよ」
「口説くためだったの?」
「彼女は、平民だということにこだわっていてね。何度、求婚しても断られてしまった。それでも、どうしても諦めきれなくて、私はこの薔薇を造ったのさ」
 
 祖父の声はやわらかく、とても愛情に満ちていた。
 不快そうだったり、苦しげだったりするような雰囲気が、どこにもないことに安心する。
 
「この薔薇の花言葉を知っているかい?」
 
 青い薔薇なら確か「夢が叶う」とか「奇跡」という意味だ。
 けれど、祖父の薔薇は色が「蒼」なので、おそらく違うのだろう。
 
「そう彼女に聞いてね。もちろん知るはずがないだろう?」
「だよね。お祖父さまが造った薔薇だし、お祖父さましか造れないんだから」
「彼女はとても困った顔をしていた。だから、教えてあげたのだよ。この薔薇の花言葉をね」
 
 言いながら、祖父は嬉しそうだった。
 見ているだけで、胸の中が暖かくなる。
 祖父が、咲いている薔薇の中の1輪を、人差し指の先ですくうように軽く弾いた。
 薔薇の花が小さく揺れる。
 
「日々、あなたを愛する」
 
 それは祖父が独自につけた花言葉に違いない。
 自分の気持ちを伝えるために、祖父はこの薔薇を造ったのだから。
 
「お祖父さま……素敵過ぎる! カッコ良過ぎる! ロマンチック過ぎる!」
 
 言うなり、レティシアは祖父の胸に飛び込む。
 ぎゅっと抱きつくと、ぎゅっと抱きしめ返された。
 一段と、レティシアの理想が高くなる。
 祖父は理想を越えてくるので、必然的にハードルが上がってしまうのだ。
 
「お祖父さま、大好き! もお、私、これじゃどこにも嫁げないよー!」
 
 額に小さなキスが落ちてくる。
 祖父の胸に、しっかりと顔をうずめる。
 くすくすという笑い声が降ってきた。
 
「おや? 嫁ぐ気があったのかい?」
 
 祖父の胸に顔をうずめたまま、レティシアは気持ちそのままに断言する。
 
「ない! 全然!」
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