理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ

文字の大きさ
102 / 304
第2章 黒い風と金のいと

公爵家のひととき 2

しおりを挟む
 ジークは、壁際にある飾り棚の上に寝転がっている。
 体を横にして、手で頭を支え、室内を見下ろしていた。
 もちろん姿は隠している。
 いつも彼のそばにいる、というわけではないが、必要があると感じた際には、近くで話を聞いたりもするのだ。
 彼も、それを、いっこう気にしていない。
 
「あの城は、彼の持ち城だからね。それにしても、もう首謀者にされてしまっているとは」
「ええ、お義父さま……この人が副魔術師長のところに怒鳴りこんだものですから……」
「やれやれ。きみは、いらないことまで、がなり立てたのだろう、ザック」
 
 彼の息子は、その妻の手を握り、体を縮こまらせている。
 ジークが、彼と出会ってから十年。
 彼が息子とは、ほとんど会っていないことを知っていた。
 孫娘に嫌われてからというもの屋敷を訪れていなかったからだ。
 
(あの人、人を叱ったりするんだな)
 
 ふーん、と思う。
 ジークは、彼に叱られたことがない。
 6歳で命を救われて以来、衣食住を与えられ、いろいろなことを教わった。
 が、ジークがどんなことを言っても、やっても、叱られたという記憶はないのだ。
 だから、ちょっぴり物珍しい気分で見ている。
 
「それだけではなさそうだね」
 
 息子の妻が、小さくうなずいた。
 少し表情を硬くしている。
 
「エッテルハイムの城から、王太子とサイラスの遺体が見つかったそうです。自死だったと言われておりますわ」
「えっ?!」
 
 声をあげたのは、彼の孫娘だ。
 目を、まん丸にしている。
 彼女は感情が顔にすぐ出るので、とても分かり易い。
 彼もジークも、感情を表に出すことは少ないので。
 
「死、死んだの? あの王子様……」
「違うよ、レティ。グレイが言っていただろう?」
「あ。偽物?」
 
 正解を示すように、彼が孫娘の頭を撫でる。
 話題よりも、彼女のほうに彼の関心は向いているのだろう。
 
(まー、だいたい想像ついてたからサ。あいつは、そーいう奴だよ)
 
 サイラスが、あの城の持ち主に罪をなすりつけるだろうとは思っていた。
 どんな手を使うのかは知らなかったし、興味もなかったが、彼はある程度の予測はしていたようだ。
 
「ですが、父上……」
 
 彼の息子は、叱られたばかりだからか、歯切れが悪い。
 とても言いづらそうにしている。
 
「なんだい、ザック。レティがさらわれた頃、あの2人が王宮にいたとか、そういう話かね?」
「ご、ご存知だったのですか?」
 
 驚いている息子に、彼は肩をすくめてみせた。
 ジークにしても「あたり前だろ」と思った。
 存じているかどうかなど関係ない。
 偽物が城にいたのなら、本物はどこにいたのか、というだけの話だ。
 
「あの時、エッテルハイムの城にいたのが、おそらく本物だったのだろうと、私は思っている。ただ、あえて偽物を置いておいたことに意味があるのだよ」
 
 彼の息子が、今度は渋い顔をする。
 その言葉の意味は、理解したのだろう。
 
「どちらが本物であったかを明確にする手立てがない、ということですね」
「その通り」
 
 面倒な話だ。
 誰かが迷惑をかけられたなら、かけた奴を始末すればいいだけなのに、とジークは考える。
 だが「普通」に生きている者たちには、根拠というものが必要なのだそうだ。
 
 『家族や友人が殺されでもしたら、私戦もやむなしだがね。それにしたって、本当にそいつがやった、ということが明確でなければならないのさ』
 
 前に、彼がそんなことを言っていた。
 型破りではあっても、彼は貴族であり、ごく稀に「野暮用」ができる。
 息子からの頼まれ事がほとんどだったが、たいていは貴族間のくだらない諍いが原因だった。
 
「そもそも、王太子殿下と副魔術師長に罪を着せるため、アンバス侯爵がレティを攫ったのだろうと、副魔術師長は主張しているのですわ」
「だろうね。そのために、サイラスは偽物をあらかじめ用意しておいたのさ」
 
 聞いていても、ジークは釈然としない気分でいる。
 サイラスの仕業に間違いはないのに、あれこれと問答をしなければならない理由なんてないと思うのだ。
 ほかの「誰か」に対して明らかにできなくても、彼やジークにとっては、明らかなのだから。
 真面目くさったやりとりが、馬鹿馬鹿しく聞こえる。
 彼がとても物憂げなのも、その辺りが原因に違いない。
 きっと、うんざりしている。
 
「それに、アンバス侯爵の屋敷から、第2王子を擁立ようりつするための資料が出てきたという話もございますの」
「なんということだ。まさかそんな演出がほどこされていようとは。サイラスは芸が細かいねえ」
 
 たいして驚いてもいないくせに、と笑いたくなった。
 彼は、くだらないことに対して、とても皮肉っぽくなる。
 その軽口に、彼の息子は顔をしかめた。
 少し前から不機嫌そうな表情で、ずっと押し黙っている。
 
「アンバス侯爵は、気の毒なことになったものだ」
「あ、あの……お祖父さま……?」
 
 孫娘の呼びかけに、彼はやわらかな笑みを口元に浮かべた。
 それだけで、彼が彼女をどれほど大事にしているかが、わかる。
 表情のやわらかみが違うからだ。
 彼は、彼の息子のことも大事にはしている。
 そうでなければ、くだらない野暮用に足を運んだりはしていない。
 が、愛情の「角度」とでも言えるものが異なる感じがする。
 何がどう異なるのかまでは、ジークには、はっきりしないけれども。
 
「さ、裁判とかは、ないの? だって、その人、冤罪でしょ?」
「そうだね。裁判はあるけれど、実際、役には立たないのだよ」
「なんで?」
 
 彼女は心配そうな顔をしている。
 これも、ジークにはよくわからないのだが、彼の孫娘は自分の身の危険には、とんと無頓着な割に、人の危険には敏感なのだ。
 しかも、今は見も知らない赤の他人の心配をしている。
 
(お人好しだとは思ってたけど、底が抜けてるよなぁ)
 
 そんなところも、彼が大事にしている理由なのかもしれない。
 目が離せないところはあるものの、嫌な気持ちにはならないのだ。
 彼女を軟禁したり、監視したりしたくないと思うのも、理解できる。
 こちらが危険を排除し、守ってやればすむのだし。
 彼の孫娘には、自由と気ままが、よく似合う。
 
「手続きとしてね。サイラスが自分の娘を攫ったと、まず父であるザックが裁判の提案をする。そこでサイラスは、自分はやっていない、と弁明をするわけだ。対して、ザックは、サイラスの弁明をくつがえせるだけの明確な手立てを持っていないのだよ」
「そっか……どっちが本物だったかなんて、わかんないもんね」
「おまけに王位継承まで絡ませているとなるとねえ。国王陛下はザカリー殿下に王位を譲る気はないと明言しておられるのだから、王族に対する叛逆とみなされてもしかたがない」
「冤罪なのに?」
 
 彼は、孫娘に肩をすくめてみせる。
 こういう手合いの話は、魔術でなんとかなるものではないのだ。
 たとえ道理が通らなくても、理屈さえ通ってしまえば終わり。
 本人がどうであるかより、周囲がどう思うかで決められてしまう。
 
「遺体やら資料やらがあるのでは、罰は免れ得ないだろうが……ザック」
「わかっております、父上。アンバス侯爵が死罪にならぬよう手は打ちます」
「そうしてくれると、少しは私の気も安らぐよ」
 
 彼も彼の息子も、その「アンバス侯爵」がどうなろうと、どうでもいいと思っている。
 彼女が気にしているから、罪の軽減に尽力すると示したに過ぎない。
 ジークには見え透いていたが、彼女は気づかなかったようだ。
 ほんの少し、祖父に安心したような表情を向けている。
 
「ところで、ザック。もし仮に私がレティを後添のちぞえにしたいと言ったら、どうするね、きみ」
「は……?」
 
 一瞬、戸惑う様子を見せたあと、彼の息子は不満そうな顔をした。
 が、すぐに彼を真似たような仕草で肩をすくめる。
 
「どうもしやしませんよ。それはレティの気持ち次第でしょう?」
「そうかい。フラニーは?」
「私もレティの気持ち次第だと思いますわ。社交界に未練はありませんもの」
 
 彼が、孫娘に笑ってみせた。
 彼女は、なんとも言えない表情を浮かべている。
 困っているには違いないが、彼の気遣いを受け止めてもいるのだ。
 
「私が言った通りだっただろう? 2人は何も困りやしないのだよ」
「わかった。あの噂のことは、もう気にしないことにする」
 
 彼の孫娘が、彼に向かって、にっこりした。
 穏やかな空気が流れたが、それを息子が意味不明な言葉で、一気にぶち壊す。
 
「父上! たとえ父上と言えど、私はレティを家から出す気はありません!」
「では、どうするのかね?」
「婿養子になっていただきます!」
 
 息子の妻も、彼の孫娘も、そんな姿を呆れた顔で見つめていた。
 もちろん、ジークも。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

召喚先は、誰も居ない森でした

みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて── 次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず── その先で、茉白が見たモノは── 最初はシリアス展開が続きます。 ❋他視点のお話もあります ❋独自設定有り ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...