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最終章 黒い羽と青のそら
咎に鎮め 4
しおりを挟む「レティ、レティ、どうしたのかね?」
彼は、転移後すぐに、レティシアに声をかける。
彼女は、彼に言った通り「隅で」待っていたようだ。
壁際に立っていて、天を仰ぎ、大泣きしていた。
「ああ、レティ、どこか痛むのかい?」
大粒の涙がこぼれ落ちている頬を、両手でつつむ。
見た感じ、怪我はしていないようだったが、痛むのは体ばかりではないのだ。
彼に気づいたのか、レティシアが閉じていた目を開く。
「おじ……っ……おじ……っ……」
「泣かないでおくれ、私の愛しい孫娘」
いったい何があったのか。
まったく想像がつかなかった。
こちらは、安全であったはずだ。
少なくとも、彼の「読み」では、ここにいれば無事でいられるはずだった。
騎士たちは、ユージーンとザカリーの2人で、十分に手が負える。
力量差は明白で、心配などせずにいられた。
彼の冷酷さを目の当たりにするよりは、ずっといい。
そう思って、レティシアを残したのだ。
にもかかわらず、彼女は泣いている。
「ごめんよ、私が悪かった。ここを離れるべきではなかったね」
彼は、危険を排することを優先させたのを悔やんでいた。
女魔術師など、いつでも始末できたのだ。
あの場で取り逃がしたとしても、あとから、どうとでもできただろう。
実際、サイラスなどは何度も見過ごしにしている。
違いは、街に出ていたことだった。
レティシアは、今日、初めて街に来ている。
これまでも屋敷の外に出たことはあったが、特定の隔絶された場所ばかりだ。
開かれた見知らぬ街で、となると、レティシアも不安だろう。
そう思い、早くケリをつけようとしてしまった。
自分は、犬の時となんら変わっていない、と感じる。
危険を排除することが、守ることと同一にはならない場合だってあるのに。
「許しておくれ、レティ」
拭っても拭ってもあふれてくる涙に、彼は、本当に、どうすればいいのかわからなくなる。
またレティシアの心を犠牲にしたのではないかとの、恐れもいだいていた。
ジョシュア・ローエルハイドは、完全無欠などではない。
愛しい孫娘の、涙の止めかたすら知らない。
「お前の傍を、離れるのではなかった……」
レティシアは、いつも「ずっと傍にいてほしい」と、彼に頼んでいたのだ。
泣き顔に、胸が苦しくなる。
「ぢが……っ……るぐ……っ……おじ……っ……」
ひっきりなしにしゃくりあげているため、言葉が言葉になっていない。
たいていのことは、なんでも読み通してきたが、レティシアの涙の理由は、わからなかった。
「折れたのだ」
後ろからの声に、振り向いた。
ユージーンが、渋い顔をして腕を組んでいる。
「ウサギの耳が、折れたのだ」
「ウサギの……」
ハッとして、レティシアの両手に視線を向けた。
片手にウサギ、もう片手に折れた耳をつかんでいる。
「ああ……レティ……」
彼は、レティシアの体を、ぎゅっと抱きしめた。
ようやく彼は気づく。
レティシアが泣いている理由だ。
(これは、私から“お前”への、初めての贈り物だったね)
小さなレティシアには、いくつもの贈り物をしたことがある。
紙で作った飛ぶ蝶々、粘土で作った跳ねる蛙。
いくつもいくつも、彼は、レティシアに、そうしたものを作った。
レティシアの、きゃっきゃと喜ぶ姿が見たかったからだ。
けれど、大人になり、しかも、別人の魂が宿る彼女に作ったのは、木のテーブルくらいだった。
とても「贈り物」と呼べる代物ではない。
大人になったからなのか、別人の魂だったからなのか。
彼自身にもわからない。
ただ、さっきの贈り物が、単なる「思いつき」に過ぎなかったのは確かだ。
それが彼女にとって「初めての贈り物」になるなんて思いもせず。
(大事にしようと……思ってくれていたのだろう、レティ?)
そうでなければ、これほど泣いたりはしない。
大事だと思うからこそ、壊れた時には痛みが伴う。
それがウサギの置物だろうが、人の心だろうが。
「貸してごらん」
レティシアの体を、そっと離した。
その両手から、ウサギと耳を引き取る。
彼にとって、新しい物を作るのは容易い。
いくらでも作れた。
それでも、彼女にとって大切なのは「この」ウサギの置物だと、わかっている。
「これで、どうかな?」
彼は、ウサギにシルクハットをかぶせた。
帽子のつばから、耳が、にょきっと生えている。
帽子によって、折れた耳もくっついていた。
それを、レティシアに渡す。
「あ…………」
ぱちっと、レティシアが瞬きをした。
それから、少しずつ瞳から涙が引いていく。
「うわぁ……素敵……かわいい……」
レティシアは、ウサギを見て、にっこりした。
彼も、そんなレティシアを見て、微笑む。
「すまなかったね。私がいれば、ウサギも守ってやれたように思うよ」
「大公、甘やかすのも、たいがいにしておかねば、大変なことになるぞ」
ユージーンが、不機嫌な声で、そう言ってきた。
振り向くと、声と同じく不機嫌な顔をしている。
隣で、ザカリーが曖昧な笑みを浮かべていた。
「何度も言ったのだ、俺は。屋敷に帰れば、そのようなものは、どうにでもなる、とな。それでも泣きやまぬのだから、赤子よりタチが悪い」
「私が、この場から離れなければ良かっただけの話だろう? レティを責めるようなことを言うのは、やめてほしいね」
「そうやって、甘やかしてばかりいると、際限なく我儘をするようになりかねん。大公にできぬことなど、ほとんどないのだからな」
肩越しにレティシアを見ると、少し、しょんぼりしている。
ユージーンの言うことにも、一理あると思っているに違いない。
彼女は、人に迷惑をかけるのを気に病む性格なのだ。
彼女自身、我儘になると、よく言っている。
さりとて、彼はレティシアを甘やかしているとは思っていない。
仮に、どんなに傍目から、そう見えたとしても。
「ならば、私も言わせてもらうがね。レティは、きみたちから、ずいぶんと離れていた。それなのに、なぜ、ウサギの耳が折れるようなことになったのか、聞きたいものだよ。きみたちの戦いかたに、問題があったのじゃないか?」
ユージーンが、ぐっと言葉を詰まらせた。
なにか思い当たる節でもあるのかもしれない。
ザカリーは、申し訳なさそうに、おどおどしている。
「い、いいんだよ、お祖父さま。2人は悪くない。あの……いろいろ、大変だったから」
彼の「読み」通り、ユージーンは騎士たちを殺さないように戦っていて、レティシアも、それをわかっているようだ。
大変という言葉で、彼も理解はした。
戦いにおいては、一撃で相手を死に至らしめるのが、最も効率がいい。
起き上がってまた向かって来る、ということがないのだから。
敵の数が多いのなら、なおさらだ。
数に入れずにすむ者が増えれば、戦いが楽になる。
「そうだね。お前とウサギの両方を守るのは、彼らには、荷が重すぎたかもしれない。やはり、私が残っていれば、良かったのだよ」
少々、嫌味が過ぎるかとも思ったが、レティシアをしょんぼりさせた罰だと考え直した。
「大事にするね」
レティシアの頭を撫でながら、にっこりする。
ウサギをレティシアは、しっかりと両手に抱きしめていた。
「レティは、本当に大事にしてくれるだろうからねえ。そのウサギが、とても羨ましいよ」
「え……ぇえ~……」
レティシアは顔を赤くして、それから、彼の胸に頬を寄せてくる。
「お祖父さま、大好き!」
「私もさ、レティ。お前のことが、大好きだよ」
愛しくて、可愛くてならない孫娘。
レティシアには、やはり笑顔が似合うと、彼は思った。
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