伯爵様のひつじ。

たつみ

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後編

感謝に我儘に 1

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 うーむ、と、ファニーは悩んでいる。
 ここ数日ずっとだ。
 
「どうされたのですか、ファニー様」
 
 朝食後、ついにナタリーから声を掛けられた。
 ナタリーを困らせたくなかったので、なるべく外で考えるようにしていたのだが、良い考えが浮かばなさ過ぎて、つい唸ってしまったのだ。
 冷やしたドライフルーツティーをテーブルに置きながら、ナタリーがファニーの顔を覗き込んでいる。
 
 琥珀色の瞳が、やはり伯爵に似ていると感じた。
 青みがかってはいないが髪色も黒で、どことなく伯爵を思わせる。
 
「伯爵様に、お礼がしたいんだけど、なにがいいか思いつかなくて」
「お礼、ですか?」
 
 ナタリーが、不思議そうに首をかしげていた。
 ファニーは、ちょっと困って、笑う。
 自分でもわかってはいるのだ。
 平民の自分が、貴族の伯爵に「お礼」だなんておこがましいと。
 
「私が渡せるような物って、たかが知れてるからなぁ」
 
 ファニーが買える物で、伯爵に買えない物などない。
 お礼のために支援金は使えないので、羊毛を売った金から捻出することになる。
 はっきり言って、微々たる金額だ。
 
 昔は領地に羊毛を糸にしたり、染色をしたりする人がいたらしい。
 領地内で頼むのであれば安く上がっていたという。
 だが、そういう人たちはいなくなり、商人に売れるのは加工前の羊毛だ。
 それだと、あまり高くは売れない。
 
「お言葉だけで十分なのではございませんか?」
「でも、人手も貸してもらってるし、お風呂も使わせてもらってるよね。なのに、言葉だけっていうのも、ちょっと……」
 
 それで悩んでいた。
 ナタリーの言うように、言葉での感謝が最善のような気もする。
 気持ちは物質では表しきれないし、たいした物も贈れないのに「物」を渡したところで、失礼になるだけではないだろうかと思うのだ。
 
 とはいえ、言葉だけでも足りないと感じる。
 どんなに心を込めようと、言葉は言葉でしかない。
 自分の気持ちが、どの程度、伯爵に伝わっているかもわからないし。
 
「伯爵様が喜んでくれるようなものって、なんだろ」
「ファニー様は、伯爵様を喜ばせたいとお考えなのですね」
「そう! ありがとうって言うだけじゃなくて、伯爵様に喜んでもらえるようなことがしたい!」
「でしたら、簡単な方法がございます」
「簡単? でも、私、そんなに予算ないよ?」
「お金は必要ございません」
 
 ナタリーが、きらきらと目を輝かせている。
 ものすごく自信がありそうな表情に、ファニーも前のめりになった。
 ナタリーは、元々、伯爵邸のメイドだ。
 長く勤めてもいるようだし、きっと伯爵のことも、よく知っている。
 
「ファニー様が、伯爵様に甘えてさしあげればよろしいのです」
「甘える? いやもう、かなり甘えてると思うけど?」
「いえ、お仕事のことではなく、ファニー様ご自身の……そうですね、我儘?とでも言えるようなことにございます」
「ナタリー? 私は、お礼がしたいんだよ?」
 
 そうだった、と思う。
 ナタリーには、こういうすっとぼけたところがあるのだ。
 ちょっぴり感覚がズレているというか。
 
「わかっておりますとも」
「お礼がしたいのに、我儘を言うって、それ、お礼にならないでしょ?」
 
 言いながら、ファニーは笑ってしまう。
 平民が貴族に我儘を言うなんて有り得ない。
 きっと貴族屋敷で働いてきたので、ナタリーは、身分によってできる行動の範囲が、イマイチわかっていないのだ。
 
 貴族の令嬢なら多少の我儘も「可愛い」と思ってもらえるだろう。
 好感をいだかれたりすることもあるに違いない。
 そんな気がしなくもない。
 とはいえ、ファニーは平民なのだ。
 
「私が我儘をしてもなぁ。ただの無礼者だよ」
「そのようなことはございません。伯爵様は、絶対にお喜びになられます」
「なんでそう思うの?」
「伯爵様には、そういうかたがいらっしゃらないからにございます。昔も今も、伯爵様は、お独りなのです」
「あ……」
 
 ナタリーの言葉に、胸を突かれた。
 甘えたり、我儘を言えたりするのは、それだけ近しい存在だからだ。
 少なくとも、言う側は親しいと思っているから言える。
 たとえば家族や友人のような存在。
 
 実際、ファニーも、父にはたまに我儘を言うこともあった。
 今は、友人のようなナタリーに甘えている自覚がある。
 
「ファニー様が、ほんの少し甘えてくださるだけで、必ずお喜びになられますよ」
「ナタリーの言いたいことはわかった。でもなぁ、そっちのほうが難しい」
 
 伯爵は、ファニーにとって特別な人だ。
 長年、憧れていて、淡い恋心をいだいてきた。
 雲の上の人でもあるし、身近な人でもある。
 だからこそ、よけいに難しい。
 
 仕事に関わることでは、十分以上に甘えているが、ファニー個人としては、どう甘えていいのか、わからなかった。
 内容によっては伯爵を困らせてしまいかねない。
 
 そもそもファニーは、我儘自体をすることが少なかった。
 父が他界してからは、自身に対する甘えや我儘を封印してきたのだ。
 頼れるのは自分だけなのだと思って、過ごしてきている。
 
「そう言えば、あと7日間ほどは同じ作業の繰り返しだと仰っておられましたよね」
「そうだよ。牧草だけじゃなくて栄養価の高い餌やりをする時期だから」
「そのお仕事は、ファニー様でなくともできるのではございませんか?」
「まぁ、そうだね。順繰りに飼料を混ぜて食べさせるだけだもん」
 
 ナタリーの瞳が、さらにきらきらしていた。
 そして、ものすごく力強くファニーの両手を握り締めてくる。
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