伯爵様のひつじ。

たつみ

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後編

思考に解に 4

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 カーリーは意識の端を切り離して、そこで考えている。
 今までも、たくさんのことを考えてきた。
 だが、自分を振り返ったことはない。
 それがミナイとの大きな差なのだ。
 
 自分が何者であるか、他者とは、その違いとは?
 
 考えもしなかった。
 様々な情報を元に知識をつけ、経験もしてきたが、カーリーは「己とは何か」という最初の1歩を踏み出すことなく、今まで生きてきている。
 
 だから、しくじったのだ、と思っていた。
 
 ディエゴが死を知る葉だということ。
 ミナイが苗木となれる葉だということ。
 それらを見落とし、結果、ミナイの死を招いた。
 
 ファニーがいなければ、伯爵は闇に引きずり込まれていたはずだ。
 
 以前、西方で葉が殺された時も似たような事態になっている。
 伯爵が眠りについていたからか、伯爵自身には影響がなく、代わりに西方一帯に闇が広がった。
 なのに、その闇から枝葉えだはは生じなかったのだ。
 ディエゴが生じるまでは。
 
 理由は判然としない。
 深過ぎる闇では生じることができないのかもしれないし、死を乗り越えられるほど生命力のある枝葉がいなかったからかもしれない。
 いずれにしても、西方の支配が遅れたのは、そのせいだ。
 
 だが、本当にそれだけだっただろうか。
 
 初めて、カーリーは考えている。
 人は自らと異なる者を嫌う傾向にあった。
 知ってはいたものの、気にめたことはない。
 くだらない性質だと切り捨ててきた。
 
 枝葉にはない思考だからだ。
 
 仮に、人が己を知り、他者を知り、その差を知った上で、違いを認めないのだとすれば、絶対にひとつの共同体には成り得ない。
 各々の細分化された共同体ができ、互いに反発し合うだろう。
 当然、争いや殺し合いもなくなりはしないはずだ。
 
 それを調整するのが、法であり、秩序というものなのかもしれない。
 
 伯爵がこだわり続けているものでもある。
 なんとなくそのように感じはするが、まだ理解には及ばなかった。
 とはいえ、考えなければならない、とも感じている。
 
 すでに2回も同じ失敗をしているのだから。
 
 またあのような事態に陥ったら、伯爵の役に立つどころか足を引っ張るだけだ。
 カーリーは、伯爵に託された新しい指示を思い浮かべる。
 
 『私の命が尽きる直前、ファニーに悟られないよう、私を永遠の眠りにつかせるように』
 『それは、なぜにございましょう?』
 
 伯爵は目覚めたのだ。
 ゆっくりとではあるが、老いてゆく。
 ファニーと同時期か、少し早目に、その時が訪れるに違いない。
 
 人は死ぬものであり、伯爵は「人」だった。
 なので、眠りにつかせろという指示を疑問に思ったのだ。
 感覚を掴みかねているカーリーに、伯爵は笑って言った。
 
 『お前たちが悲しむからだ』
 
 その時の「何とも言えない」感覚を、カーリーは自分だけのものとしている。
 判然としなかったからでもあるし、言外の感覚を汲み取ってしまったからでもあった。
 
 おそらく伯爵が死ぬと闇は消える。
 闇が消えれば、すべての枝葉も散る。
 
 1人、また1人と散っていく枝葉を、最期まで見続けるのはカーリーだ。
 伯爵はそれを回避させたくて「永遠の眠り」を指示したのではないか。
 けれど、それを確信できるほどの根拠は見当たらない。
 伯爵の感覚と意思から、漠然と思考しているだけだった。
 
 死ぬことのないカーリーには理解しがたい感覚。
 どうすればミナイに追いつけるのかを考えようとした時だ。
 
 『今日ね。父さんから伯爵様の話を聞いたの。伯爵様って、強くて優しくて、すっごく恰好いいよね!』
 
 高揚した少女の声が聞こえてくる。
 闇夜の森に平気で入ってくる幼い少女の声。
 最初はカーリーだけが聞いていたのだが、段々に枝葉も集まるようになっていた。
 
 『みんなは、私をベルって呼ぶ。でも、伯爵様には、ファニーって呼んでほしいの。自分で決めたんだけど、特別って感じがしていいでしょ』
 
 気恥ずかしげに言う彼女の姿に自然と胸があたたかくなった時。
 眠って以来、途絶えていた伯爵との繋がりを明確に感じた。
 それから、たびたび同様のことがあり、ファニーは、それこそ「特別」な存在になっていったのだ。
 
「ファニー様、今日も頑張っておられますね」
「あ、カーリーさん! カーリーさんは、いつも涼しげですね」
 
 考えがまとまらなくなり、知らず、ファニーのところに来ている。
 羊の爪を切りながら笑う姿を見て、やはり胸があたたかくなった。
 
「私は、人より体温調節が得意にございまして」
「そうなんですか? それは、ちょっと羨ましいです。あ! でも、これはこれで良いこともあるんですよ」
「それは、どのような?」
「内緒にしてくれますか?」
「いたします」
「ぇえっと、ですね。伯爵様の家のお風呂を借りられることです」
 
 カーリーは、一瞬、きょとんとする。
 ファニーなら、いつ来ても伯爵が歓迎すると知っているからだ。
 
「平民が貴族の家のお風呂を使わせてもらうなんて有り得ないので」
「有り得なくはないと存じますが」
「有り得ないですよ。身分が違い過ぎますもん」
 
 身分が役割分担に過ぎないということは、帝国法を読めばわかる。
 ファニーは帝国法をよく知っているので、こだわる理由がわからない。
 
「では、年長の男性が、年若い女性と婚姻することも、有り得ないことにございましょうか」
「それは、有り得るでしょう?」
「有り得るのでございますか?」
「有り得ます」
 
 自分と他者との違いを区別するにも、それぞれに異なる点があるらしい。
 その区別する基準が何かはわからないが、確認できたことはあった。
 
 死とは「失いたくない」という気持ちと連動している。
 
 カーリーは、伯爵のことを楽しげに話すファニーを見続けていたかった。
 伯爵とファニーと過ごす今のこの時間を、失いたくないと感じている。
 
「いずれファニー様が、これまで語られてきたことが、現実になる日が来るでしょう」
 
 きょとっと首をかしげるファニーに、カーリーの無表情が崩れていた。
 無自覚に、カーリーは口元を緩め、微笑んでいたのだ。
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