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後編
思考に解に 3
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伯爵邸の私室で、伯爵は肘掛けイスに座っている。
肘置きに、ゆったりと腕をあずけていた。
もうすぐ、様々なことにケリがつく。
だが、その前にはっきりさせておきたいことが、いくつかあった。
「なぜミナイは殺された?」
伯爵の右斜め前に立つカーリーに問う。
リーストンの娘がミナイを殺したことはわかっていた。
ディエゴに確認をしたし、剣に血もついていたからだ。
そして、だいたいの事情も理解している。
ただし「だいたい」ではいけないと思っているので、問い質していた。
「オリヴィア・リーストンに殺されかけた、ヴァルガーの娘を庇ったからにございます」
「ミナイは、なぜそんなことをした?」
枝葉は、伯爵の役に立つために生きる存在だ。
ヴァルガーの娘を庇って死ぬなど、本来、有り得ない。
彼女が殺されたところで、状況に大きな影響はなかっただろう。
ミナイが殺された時と同様、リーストン騎士団の叛逆が確定しただけのことだ。
枝葉にとって、ヴァルガーの娘が殺されようが殺されまいが、関係ない。
ディエゴもしくはディエゴに帰属する者に剣を向けた時点で領地侵害は確定する。
その状況がありさえすればよかったのだから。
「そのことにつきましては、私もわかりかねております」
「なぜディエゴではなかったのだ」
「ヴァルガーの娘が使用人らを逃がす間、ディエゴは囮になっておりました」
「離れた隙を狙われたのだな」
「その通りにございます。ディエゴも戻ったのですが、間に合わず、近くに控えていたミナイが、なぜかヴァルガーの娘を庇いました」
カーリーは「なぜか」と言うが、伯爵にはわかる。
同時に、素晴らしい「葉」を失ったことを悟った。
「お前は、今、自分が言ったことの意味を理解すべきだな」
「私が申し上げたことにございますか?」
「ディエゴが戻ったと言っただろう。そもそもディエゴは、なぜ戻った? 戻る必要があるか? ヴァルガーの娘が殺されたとて、どんな影響があると言う」
「確かに……ディエゴが戻る必要はございませんでした」
「そうだ。だが、ディエゴは戻った。ヴァルガーの娘を助けたかったからだ。そのディエゴの想いを感じて、ミナイは動いた」
カーリーが無表情を崩し、顔をしかめている。
眉を寄せ、必死で何かを考えているようだった。
「カーリー、ミナイはな。考える葉だったのだ」
「考える葉……」
「己とは何か、他者とは何か、その違いは何か。なぜ己はここに在るのか。それを考える、お前の同種となる苗木であったのだ」
木を切り倒しても、その切り株から新芽が芽吹くことがある。
ミナイとは、そういう「苗木」と成り得る葉だった。
普通の枝葉は「考える」ということをしない。
とくに、自分自身のことについては考えずに生きている。
生じた時から「枝」は「枝」として、「葉」は「葉」として己を認識するのみだ。
だから、考えない。
すべき役割をまっとうすることを優先する。
個の性質は持っていても、共同体を構成する要素として動く。
「お前は枝葉を統括している。常に情報を集約し、何が最善か、最善が取れないなら最良を、最適をと考えるのだろう? だがな、ミナイは幼かったがゆえに、そこまで考えることはできなかった」
「では、何を考えたのでございましょう」
「ディエゴの気持ちだ」
ディエゴの守りたいという気持ちを、ミナイは守ろうとした。
ディエゴが間に合わないと気づいていて、無視することができなかったのだ。
ミナイは「考える葉」だったから。
「葉は命に期限があり、人に似ている部分も多い。人は自己犠牲の精神を持っている。自己満足だとも言えるし、すべからく尊しとせよとは言わん。それでも、私は、その心に期待をいだいているのさ。まだ人には善良さが残されているのだと」
ファニーの中に見た、そして、誰の中にもあるであろう良心という名の光。
そうした期待が残されていなければ、人間を嫌いになっていた。
きっと闇にのまれ、戻っては来られなかった。
「お前に負担をかけるのはわかっているが、今後は、葉の持つ個の資質を、私が注視できるよう、詳細な報告をしてくれ」
「承知いたしました」
おそらく「葉」は独自の個性を持っている。
カーリーと足並みを揃えている「枝」とは、何かが違うのだろう。
人がそうであるように、独特な成長を遂げるものもいるようだ。
「ディエゴも特別な葉ではあるな。あれは、死を知っているのだろう?」
「仰る通りにございます」
「何年だ?」
「28年になります」
とん…と、肘置きを軽く叩く。
眠っていた2百年の内、たった28年。
「最初に葉が殺されたのは西方か」
「さようにございます。我らは、先に西方に手を出し、失敗いたしました」
「以来、西方から手を引き、ゼビロスに集中したのだな」
「仰る通りにございます……28年前、ディエゴが生じるまで、我らは西方には近づかぬようにしておりました」
「ディエゴは、西方に広がった闇から生じた、たった1人の葉か」
「西方の北端、極寒の地にて生じております」
ゼビロスと西方を支配下におけるようにしておけという、伯爵の指示をカーリーと少数の枝葉は成そうとした。
だが、まだ知識も経験も少なく失敗し、その結果、「葉」が殺されたのだろう。
西方に近づかなくなったのは、西方で枝葉が生じなくなったせいもあったに違いない。
エティカを始め、ゼビロスには多くの枝葉が生じている。
対して、西方生まれは、ディエゴしかいないのだ。
───嘆きが深過ぎると、同じことが繰り返されるのを恐れるものだ。
ミナイが殺された時の枝葉の様子から、カーリーが西方で死んだ「葉」の情報を与えていなかったのは明らかだった。
「私が眠っていたために、つらい思いを背負わせてしまったな」
「そのようなことはございません。私の浅慮が招いた失態にございました」
「カーリー、皆は、お前を寄る辺としている。ゆえに、お前は私を寄る辺とすれば良いのだ。私はこうして目覚めている。お前は独りではない」
「かしこまりました。しっかりと記憶に刻んでおきます」
彼らは人の姿をしていても、人ではない。
だが、個性も意思も感情もある「生きた存在」なのだ。
肘置きに、ゆったりと腕をあずけていた。
もうすぐ、様々なことにケリがつく。
だが、その前にはっきりさせておきたいことが、いくつかあった。
「なぜミナイは殺された?」
伯爵の右斜め前に立つカーリーに問う。
リーストンの娘がミナイを殺したことはわかっていた。
ディエゴに確認をしたし、剣に血もついていたからだ。
そして、だいたいの事情も理解している。
ただし「だいたい」ではいけないと思っているので、問い質していた。
「オリヴィア・リーストンに殺されかけた、ヴァルガーの娘を庇ったからにございます」
「ミナイは、なぜそんなことをした?」
枝葉は、伯爵の役に立つために生きる存在だ。
ヴァルガーの娘を庇って死ぬなど、本来、有り得ない。
彼女が殺されたところで、状況に大きな影響はなかっただろう。
ミナイが殺された時と同様、リーストン騎士団の叛逆が確定しただけのことだ。
枝葉にとって、ヴァルガーの娘が殺されようが殺されまいが、関係ない。
ディエゴもしくはディエゴに帰属する者に剣を向けた時点で領地侵害は確定する。
その状況がありさえすればよかったのだから。
「そのことにつきましては、私もわかりかねております」
「なぜディエゴではなかったのだ」
「ヴァルガーの娘が使用人らを逃がす間、ディエゴは囮になっておりました」
「離れた隙を狙われたのだな」
「その通りにございます。ディエゴも戻ったのですが、間に合わず、近くに控えていたミナイが、なぜかヴァルガーの娘を庇いました」
カーリーは「なぜか」と言うが、伯爵にはわかる。
同時に、素晴らしい「葉」を失ったことを悟った。
「お前は、今、自分が言ったことの意味を理解すべきだな」
「私が申し上げたことにございますか?」
「ディエゴが戻ったと言っただろう。そもそもディエゴは、なぜ戻った? 戻る必要があるか? ヴァルガーの娘が殺されたとて、どんな影響があると言う」
「確かに……ディエゴが戻る必要はございませんでした」
「そうだ。だが、ディエゴは戻った。ヴァルガーの娘を助けたかったからだ。そのディエゴの想いを感じて、ミナイは動いた」
カーリーが無表情を崩し、顔をしかめている。
眉を寄せ、必死で何かを考えているようだった。
「カーリー、ミナイはな。考える葉だったのだ」
「考える葉……」
「己とは何か、他者とは何か、その違いは何か。なぜ己はここに在るのか。それを考える、お前の同種となる苗木であったのだ」
木を切り倒しても、その切り株から新芽が芽吹くことがある。
ミナイとは、そういう「苗木」と成り得る葉だった。
普通の枝葉は「考える」ということをしない。
とくに、自分自身のことについては考えずに生きている。
生じた時から「枝」は「枝」として、「葉」は「葉」として己を認識するのみだ。
だから、考えない。
すべき役割をまっとうすることを優先する。
個の性質は持っていても、共同体を構成する要素として動く。
「お前は枝葉を統括している。常に情報を集約し、何が最善か、最善が取れないなら最良を、最適をと考えるのだろう? だがな、ミナイは幼かったがゆえに、そこまで考えることはできなかった」
「では、何を考えたのでございましょう」
「ディエゴの気持ちだ」
ディエゴの守りたいという気持ちを、ミナイは守ろうとした。
ディエゴが間に合わないと気づいていて、無視することができなかったのだ。
ミナイは「考える葉」だったから。
「葉は命に期限があり、人に似ている部分も多い。人は自己犠牲の精神を持っている。自己満足だとも言えるし、すべからく尊しとせよとは言わん。それでも、私は、その心に期待をいだいているのさ。まだ人には善良さが残されているのだと」
ファニーの中に見た、そして、誰の中にもあるであろう良心という名の光。
そうした期待が残されていなければ、人間を嫌いになっていた。
きっと闇にのまれ、戻っては来られなかった。
「お前に負担をかけるのはわかっているが、今後は、葉の持つ個の資質を、私が注視できるよう、詳細な報告をしてくれ」
「承知いたしました」
おそらく「葉」は独自の個性を持っている。
カーリーと足並みを揃えている「枝」とは、何かが違うのだろう。
人がそうであるように、独特な成長を遂げるものもいるようだ。
「ディエゴも特別な葉ではあるな。あれは、死を知っているのだろう?」
「仰る通りにございます」
「何年だ?」
「28年になります」
とん…と、肘置きを軽く叩く。
眠っていた2百年の内、たった28年。
「最初に葉が殺されたのは西方か」
「さようにございます。我らは、先に西方に手を出し、失敗いたしました」
「以来、西方から手を引き、ゼビロスに集中したのだな」
「仰る通りにございます……28年前、ディエゴが生じるまで、我らは西方には近づかぬようにしておりました」
「ディエゴは、西方に広がった闇から生じた、たった1人の葉か」
「西方の北端、極寒の地にて生じております」
ゼビロスと西方を支配下におけるようにしておけという、伯爵の指示をカーリーと少数の枝葉は成そうとした。
だが、まだ知識も経験も少なく失敗し、その結果、「葉」が殺されたのだろう。
西方に近づかなくなったのは、西方で枝葉が生じなくなったせいもあったに違いない。
エティカを始め、ゼビロスには多くの枝葉が生じている。
対して、西方生まれは、ディエゴしかいないのだ。
───嘆きが深過ぎると、同じことが繰り返されるのを恐れるものだ。
ミナイが殺された時の枝葉の様子から、カーリーが西方で死んだ「葉」の情報を与えていなかったのは明らかだった。
「私が眠っていたために、つらい思いを背負わせてしまったな」
「そのようなことはございません。私の浅慮が招いた失態にございました」
「カーリー、皆は、お前を寄る辺としている。ゆえに、お前は私を寄る辺とすれば良いのだ。私はこうして目覚めている。お前は独りではない」
「かしこまりました。しっかりと記憶に刻んでおきます」
彼らは人の姿をしていても、人ではない。
だが、個性も意思も感情もある「生きた存在」なのだ。
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