伯爵様のひつじ。

たつみ

文字の大きさ
78 / 80
後編

羊飼いに牧童に 2

しおりを挟む
 ファニーは、ちょっぴり気後れしている。
 ゼビロスに旅行した際は、旅先だったので気楽に手を繋ぐこともできた。
 が、日常に戻れば、いろんなことを意識せずにはいられない。
 身分や自分の身なりとか。
 
「秋も終わりに近づきましたね。風が冷たくはないですか?」
「いえ、このくらいなら平気です」
 
 闇の防壁に立ち、海を目の前にしている。
 伯爵と2人、手を繋いで立っていた。
 伯爵の長い髪が海風になびいている。
 伯爵は恰好良く見えるが、自分は髪がバサバサになっているようにしか見えないだろう。
 
 そんなことが気になるし、なにやら緊張していた。
 とくっとくっという自分の鼓動を意識してしまう。
 繋いだ手から伯爵に伝わるのではないかと心配もしていた。
 
「私は、リセリア帝国の法の番人ではなくなりました」
「え……?」
 
 そう言えば、男爵領に行く前に、法の番人は最後だと言っていたのを思い出す。
 ファニーは、隣にいる伯爵を見上げた。
 視線は海に向けられていて、金色の瞳は穏やかだ。
 
 それならいい、と思う。
 
 法の番人という道を選んだのは、伯爵自身だった。
 ならば、辞める時も選択は伯爵がすべきなのだ。
 ファニーの知らないことも多かったが、その選択を伯爵が悔やんだり、嘆いたりしていないのはわかる。
 
「ということは、帝国法が改正されるんですね」
「そうなりました」
「えっ? もう決定されたんですか?」
「その場で決まりましたよ。彼らも努力が報われて、さぞ喜んでいるでしょう」
 
 伯爵は、くすっと笑って言ったが、ファニーは釈然としない。
 やはりリセリアには「まとも」な貴族などいないのだ。
 長く国を守ってきた伯爵が「もう守らない」と言っていることに、気づいた者が誰1人いなかったとは。
 
「私に落胆していますか?」
「ちっとも。むしろ、リセリア帝国にがっかりです」
「同感ですよ。私もリセリアにはがっかりしました」
 
 伯爵の横顔を見ながら、不安になる。
 法の番人でなくなったとしても、伯爵領は伯爵領だ。
 オスカー・キルテス伯爵が領主であるのは変わりない。
 
 だが、リセリアにがっかりした伯爵が、ここにとどまる理由はあるだろうか。
 
 ゼビロスで暮らすと言われても、納得できる気がした。
 かつては敵であったが、今のゼビロスは敵ではない。
 オスカー・キルテスを敬い、リセリアよりも発展を遂げた国だ。
 住み心地という面で考えれば、ゼビロスのほうが快適そうに思える。
 
「以前、あなたは半島が好きだと言いましたね」
「私は……ここで生まれて、ここしか知らずに育ったので……」
 
 ほかの土地で暮らすなんて考えられない。
 この先も、ずっと牧童として生きていくのが、ファニーに与えられた将来だった。
 とはいえ、伯爵がいなければ、ここで生きていく理由のひとつが失われる。
 それも、とても大きな理由だ。
 
「相談もせずに決めてしまったことをお詫びしなければならないのですが、この半島は、最早、リセリア帝国ではありません」
「え? リセリアじゃないって……どういうことですか?」
「新しい国となりました。ああ、男爵領も含めて、です」
「新しい国?! ここは別の国なんですか?」
「リセリアに属していない他国ということになりますね」
 
 説明されても、意味が理解できない。
 他国になっていたと気づかないくらい、ファニーの日常は変わっていないのだ。
 牧場も羊も、踏みしめる大地も。
 
 眼前の景色だって、以前に来た時と同じだ。
 
 ファニーは視線を落とし、繋がれた手を見つめる。
 そして、なんとなく安心した。
 
「伯爵様が、どこにも行かないってことですよね」
「どこにも行きません。この半島だけが、私のいるべき場所ですから」
「私も……ここにいられますか?」
「もちろんですとも。いていただかなければ困ります」
「領民は私だけですもんね」
 
 ははっと、ファニーは笑った。
 国があっても、民がいなければ国家とは言えない。
 男爵領には、ある程度の領民がいるはずだが、伯爵領にはファニー1人だ。
 
「年内には、領地はゼビロス人であふれることになるでしょう。これで、人手の心配もなくなりますよ」
「ゼビロスから人を呼ぶんですか?」
 
 ゼビロスの皇帝は、伯爵の臣下だった。
 新しく伯爵の創る国と、喜んで国交を結ぶだろう。
 国交や交易が盛んになれば、自然と人も流れてくる。
 年内というのは気が早いようにも思えたけれど。
 
「いえ、ゼビロスの大陸側からではなく、リセリアからの亡命者として」
「え……? あ! リセリアで奴隷になってるゼビロスの人たちですか?」
「そうです。亡命者受け入れの裁量は我が国にあるので、リセリアに口出しはさせません。もちろん手出しも、ですが」
「戦争になったりとか……」
「今の彼らに、そんな力はないでしょうね。というより、いつでも取り上げられると言ったほうがいいかもしれません」
 
 ゼビロスには劣るとしても、リセリアとて帝国を名乗るほどの大国だ。
 騎士も大勢いて、それなりの武力を有している。
 ファニーは、伯爵がまた戦場に赴かなけばならなくなるのを心配していた。
 たとえ勝利できるにしても、戦うことにはなるのだ。
 
「外敵から国を守るためや、国内の秩序を守るための武力は必要でしょうが、他国を攻めるための武力の維持は、非常に大変なことなのです」
「お金がかかるってことでしょうか?」
「それもありますし、なにより昔よりも戦える者も戦おうとする者も減りました」
 
 戦争のない穏やかな時が、2百年も続いている。
 必要もないのに戦争をしようとしても、人はついて来ないということらしい。
 国家統一が成されていない時代とは、社会も暮らしも変わっている。
 強制はできるだろうが、それなら安全な国に逃げてしまおうと考える者も少なくないはずだ。
 
「まぁ、彼らが我が国に挑むというのなら、私は選択を迫りますよ。大人しく平穏に暮らすか、飢え死にするか」
 
 どきっとする言葉に、ファニーは伯爵が本気で新しい国創りを考えていると感じた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

図書館の堕天司書 ―私達も図書館から禁帯出です―

ふわふわ
恋愛
有能司書レリアンは、蔵書管理ログ不整合の責任を押し付けられ、王太子の判断で解任されてしまう。 だがその不祥事の原因は、無能な同僚テラシーの入力ミスだった。 解任されたレリアンが向かったのは、誰も使っていない最下層。 そこに山積みになっていた禁帯出蔵書を、一冊ずつ、ただ静かに確認し始める。 ――それだけだった。 だが、図書館の安定率は上昇する。 揺れは消え、事故はなくなり、百年ぶりの大拡張すら収束する。 やがて図書館は彼女を“常駐司書”として自動登録。 王太子が気づいたときには、 図書館はすでに「彼女を基準に」最適化されていた。 これは、追放でも復讐でもない。 有能な現場が、静かに世界の基準になる物語。 《常駐司書:最適》 --- もしアルファポリス向けにもう少し分かりやすくするなら、やや説明を足したバージョンも作れます。 煽り強めにしますか? それとも今の静かな完成形で行きますか?

【完結】王宮内は安定したらしいので、第二王子と国内の視察に行ってきます!(呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です)

まりぃべる
恋愛
異世界に呼ばれた佐川マリア。マリア・サガワとしてこの世界で生きて行く事に決め、第二王子殿下のルークウェスト=ヴァン=ケルンベルトと一緒に、この国をより良くしていきます!って、実際は2人で旅行がしたかっただけ? 呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です。 長くなりましたので、前作の続きでは無く新しくしました。前作でしおりを挟んでくれた方ありがとうございました。 読んでなくても分かるようにしております。けれど、分かりにくかったらすみません。 前作も読んで下さると嬉しいです。 まだまだ未熟なので、稚拙ではありますが、読んでいただけると嬉しいです。 ☆前作で読者様よりご指摘が有りましたのでこちらにも記載しておきます。 主人公の年齢は設定としてありますが、読者様が主人公になれたらな(もしくは好きな年齢に当てはめて読めたら)という思いを込めて敢えて年齢を記載していません。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。 *こちらは元の小説の途中に、エピソードを追加したものです。 文字数が倍になっています。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...