残心〈運命を勘違いした俺の後悔と懺悔〉

佳乃

文字の大きさ
4 / 36

はじまり 3

しおりを挟む
 決して静流に見抜かれてはいけない、本能的にそう思った。この思いを見抜かれて仕舞えば距離を縮める事はできなくなるだろう。

 あの子と話したい。
 あの子に触れたい。
 あの子を自分のものにしたい。

 心の奥底で燻った気持ちを出さないようにして過ごさなければ。
 あの子にもっと近づくために。
 あの子に触れるために。

 あの子を俺のものにするために。

 初めに自覚したのが良かったのだろう。気持ちを押し殺し、優しいお兄ちゃんの仮面を被り、少しずつ距離を縮めていく。

 俺が静流の部屋に行く度に顔を出すようになったのを見計らって声をかけてみた。
「一緒に宿題やる?」
 光流は戸惑った表情で静流を見ると小声で聞いてきた。
「しぃ君もいっしょ?」
「そうだよ。
 護にわからないとこ教えてもらったら?」
 静流が助け舟を出してくれる。
「おじゃまじゃない?」
 遠慮しているのだろうか?
「大丈夫だよ。
 宿題持っといで」
 兄である静流の後押しもあって光流は宿題を取りに一度部屋を出た。

「光流、どう?」
「どうって?」
 急に聞かれて言葉に詰まる。
「もしも護が光流の婚約者になる覚悟ができたなら中学は俺と同じ私立に行ってもらうことになる」
 初めて聞いた話だった。
 言われてみれば当然そうなるだろうなと思うものの、そこまで具体的に考えた事はなかったのだ。
「学力的には問題無さそうだし、光流も護のこと嫌じゃないみたいだし」
 その言葉が少し気になる。〈嫌じゃない〉とは…消去法なのか?
「嫌じゃないって?」
 気になってしまい聞き返してしまった。
「あ、ごめん。嫌じゃないって変な意味じゃなくて、光流は〈好きか嫌いか〉よりも〈嫌か嫌じゃないか〉が問題なんだ。嫌だと思うとほんの些細な事でも受け入れなくなるからまずは〈嫌じゃない〉事が大切」
 難しい性格なのだろうか?
「そんな風に見えないのに。
 挨拶もいつも可愛い」
 本心が漏れてしまった。
「光流、護のこと気になるみたいだよ。
 よく話聞かれる」

 その言葉に歓喜する気持ちを抑えるのに必死だった。まだだ、本性を見せてはいけない。
「そうなんだ?
 気にしてくれてるなら嬉しいかも」
 素直に告げる。
「少しずつこうして一緒に過ごす時間を増やしていきたいと思うけど、護は良い?」
「もちろん」
 即答してしまった。
 色々な意味で俺にとっては良いことしかない。

 静流は俺に都合良いように解釈してくれたのか「同じ中学に行けそうだね」と笑った。

 俺たちの話が終わる頃、光流がおずおずと部屋に入ってくる。
「本当に良いの?」
 その姿が小動物のようで可愛い。
「おいで」
 思わず言ってしまったが、その後の嬉しそうな光流の顔を見て間違ってなかったのだと安心する。

 静流の部屋は勉強机とベッド、ソファーとテーブルが置いてある。自分の部屋に比べ大人っぽいと羨ましくなる。そもそも部屋の広さが違う。
 ベッドで横になって漫画を読んだり、ゲームをしたりなんてしないんだろうな、と思わせるような部屋だ。実際にはベッドで漫画も読むし、ゲームもやると言っていたけれど、俺に合わせてそう言ってくれたのではないかと思ってる。

「オレはこっちで宿題終わらせるから護、光流の宿題見てあげて」
 光流と過ごす事に慣れるようにとの配慮なのだろう。そう言ってさっさと勉強机に行ってしまう。
「しぃ君、こっち来ないの?」
 一緒にいてくれると思った兄がさっさと離れてしまったのだ。いくら同じ部屋にいると言っても不安になるのは仕方ない。
「俺がわからなかったら静流呼ぼうか」
 安心するよう、そう声をかけてみる。不安そうな顔は完全には晴れなかったけれど「そうする」と答えてくれたため光流の気が変わらない内にソファーに移動する。
「見てるからわからないところがあったら教えて」
 そう言って自分の宿題を開く。光流も俺の隣に座り同じように宿題を広げる。
 持ってきた宿題は算数だった。
 綺麗な字で書かれたノートを覗き込んでみるけれど、どの問題もちゃんと解かれている。黙々と問題を解き始めるため俺も自分の宿題を解き始める。

「できた」
 しばらくして小さな声で宿題が終わったことを教えてくれた。
「見せて」
 受け取った宿題を確認していく。
 間違いは無い。
「全問正解」
 俺の言葉に嬉しそうに笑う光流が可愛かった。やっぱり欲しいな。
 想いは増すばかりだ。

 その後も週に何度か一緒に時間を過ごし、宿題を見たり、時にはゲームをしたり。
 食事をしてそのまま泊まることもあるものの、αに比べ体力のないΩである光流は眠くなるのも早く、そんな時は静流と2人で夜更かししたりもした。
 夜更かしすると言ってもせいぜい夜遅くまでテレビを見たり、話し込んだりするだけで、気付けば1人で寝るには広い静流のベッドで2人で寝入っているのがいつものパターンだった。
 そして、朝になると光流に起こされるのもいつものパターン。
「しぃ君も護君も2人で楽しそうでズルい」
 そんな風に拗ねる光流を愛しいと思った。

 αは身体はもちろん、精神的にも成長が早いのだろう。その時はまだ小学生、6年生だったけれど〈光流が欲しい〉確かにそう思ったのだ。

 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

人生はままならない

野埜乃のの
BL
「おまえとは番にならない」 結婚して迎えた初夜。彼はそう僕にそう告げた。 異世界オメガバース ツイノベです

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

処理中です...