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壊れていく関係
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護君が来たあの日、兄の買ってきたお菓子を食べた後眠くなった僕は兄に断りを入れて部屋に戻った。
何か言いたそうにしていた兄だが今は何も考えたくないと言う僕の気持ちを察してくれたようで、〈虫歯になるからうがいしとけよ〉と戯けただけで引き止めることはしない。
部屋に戻ってベッドに入る前にストールを手にする。今朝までは抱きしめていたそれが気持ち悪くて仕方ない。ゴミ箱に捨てるのは躊躇われたが視界に入るのも嫌で使わなくなって久しいバックを引っ張り出しそこに入れる。1つ入れると次から次へと気になってしまい目に見える思い出を次々と入れていく。
写真、お揃いの文房具、僕が集めていると知って送ってくれたガラスの人形。
バックはすぐに一杯になってしまい諦めた僕はベッドに潜り込む。
ヒートの時に眠くなることに気づいてから寝具にこだわるようになった。特に肌触りは気になってしまい夏場の今はリネンのもので揃えている。
ストールの柔らかさの無くなったその場所は落ち着くのに心細く、無くなったものの代わりに掛け布団の端をぎゅっと抱きしめる。
「ヒート、どうだった?体調は大丈夫?」
ヒート後にかけてくれていた言葉。
「よく頑張ったね」
そう言って頭を撫でてくれた大きな手。
触れるような口付け。
徐々に深くなり絡み合う舌。
やっと慣れてきたばかりだった大人の口付け。
気付けば泣いていた。
こぼれ落ちる涙をリネンのカバーが吸い取っていく。
僕のこの気持ちも吸い取ってくれれば良いのに。
そんな風に思いながら掛け布団に顔を埋める。その時に香ってきたのは僕の好きな柔軟剤の香り。眠りをコンセプトに睡眠環境をサポートすると銘打ったそれは向井さんが見つけてくれたものだ。
「光流さん、これ使ってみても良いですか?」
そう言って見せてくれた青いボトル。
「アロマオイルの組み合わせは不勉強なので市販のもので申し訳ないのですが」
向井さんには言われて手にしてみたそれは香りが少し強い気がしたが、嫌な匂いではない。素直にそれを伝えると〈量で調整してみます〉と言ってくれた。
少量から始めて徐々に量を増やしていったその香りはしばらくして適量となり、僕の睡眠をサポートしてくれている。
数種類ブレンドされた香りの中に微かに香る柑橘系の香り。先程護君から微かに香ってきたものとは全く違い、嫌な気分にもならない。〈柑橘系〉が駄目なわけではないのに気持ち悪いと思うほどの香りの理由が見つからない。安形さんのまとめてくれた資料をもとに数種類のアロマオイルを試してみたが、あんな風に気持ち悪さを感じたことはなかった。
嫌なことを思い出してしまい気分が落ち込みはしたが、向井さんの優しさに包まれて徐々に眠りに入っていく。
このまま沈んでしまうのも良いかもしれない。
ズブズブと沈む身体。
マットレスに沈み、床を通り越し、ズブズブと地中に潜っていく自分を夢想する。
現実問題、2階の部屋で生活する僕が沈んだ場合1階の床に落下するのだろうけど沈んで行くことを想像するのは思いの外落ち着く。
目が覚めたのは夕方だった。
部屋から出てこない僕を心配した兄が様子を見にきた時には発熱していたようで、枕元にはスポーツドリンクが置かれていた。動きたくなくてスマホのメッセージで兄を呼ぶ。
「だから昼間熱いって言ったでしょ?」
なぜか得意そうにそう言った兄の采配で僕が寝込む準備は万端で…。
消化の良い食事を無理やり取らされ顔を歯を洗うように促される。外に出ていないためシャワーは免除。部屋着からパジャマに着替えてベッドに押し込まれる。
「寝たら治るだろうけど、明日は先生呼んであるからね」
いつの間に運んだのかベッドの横に置いたスツールに腰掛けて僕の頭を撫でる。
「光流はストレスに弱いよね~」
「大切にし過ぎたかな」と笑いながら言うが続けて「もっともっと大切にするけどね」とさらに笑みを深める。
「静流君は僕に甘すぎるよ」
「だってお兄ちゃんだもん」
部屋の様子が変わっていることに気付いていないはずはないのに、兄は護君のことは何も言わなかった。
僕も護君のことは何も言わなかった。
崩れていく関係。
均衡を崩したのは護君。
崩壊が始まってしまった。
何か言いたそうにしていた兄だが今は何も考えたくないと言う僕の気持ちを察してくれたようで、〈虫歯になるからうがいしとけよ〉と戯けただけで引き止めることはしない。
部屋に戻ってベッドに入る前にストールを手にする。今朝までは抱きしめていたそれが気持ち悪くて仕方ない。ゴミ箱に捨てるのは躊躇われたが視界に入るのも嫌で使わなくなって久しいバックを引っ張り出しそこに入れる。1つ入れると次から次へと気になってしまい目に見える思い出を次々と入れていく。
写真、お揃いの文房具、僕が集めていると知って送ってくれたガラスの人形。
バックはすぐに一杯になってしまい諦めた僕はベッドに潜り込む。
ヒートの時に眠くなることに気づいてから寝具にこだわるようになった。特に肌触りは気になってしまい夏場の今はリネンのもので揃えている。
ストールの柔らかさの無くなったその場所は落ち着くのに心細く、無くなったものの代わりに掛け布団の端をぎゅっと抱きしめる。
「ヒート、どうだった?体調は大丈夫?」
ヒート後にかけてくれていた言葉。
「よく頑張ったね」
そう言って頭を撫でてくれた大きな手。
触れるような口付け。
徐々に深くなり絡み合う舌。
やっと慣れてきたばかりだった大人の口付け。
気付けば泣いていた。
こぼれ落ちる涙をリネンのカバーが吸い取っていく。
僕のこの気持ちも吸い取ってくれれば良いのに。
そんな風に思いながら掛け布団に顔を埋める。その時に香ってきたのは僕の好きな柔軟剤の香り。眠りをコンセプトに睡眠環境をサポートすると銘打ったそれは向井さんが見つけてくれたものだ。
「光流さん、これ使ってみても良いですか?」
そう言って見せてくれた青いボトル。
「アロマオイルの組み合わせは不勉強なので市販のもので申し訳ないのですが」
向井さんには言われて手にしてみたそれは香りが少し強い気がしたが、嫌な匂いではない。素直にそれを伝えると〈量で調整してみます〉と言ってくれた。
少量から始めて徐々に量を増やしていったその香りはしばらくして適量となり、僕の睡眠をサポートしてくれている。
数種類ブレンドされた香りの中に微かに香る柑橘系の香り。先程護君から微かに香ってきたものとは全く違い、嫌な気分にもならない。〈柑橘系〉が駄目なわけではないのに気持ち悪いと思うほどの香りの理由が見つからない。安形さんのまとめてくれた資料をもとに数種類のアロマオイルを試してみたが、あんな風に気持ち悪さを感じたことはなかった。
嫌なことを思い出してしまい気分が落ち込みはしたが、向井さんの優しさに包まれて徐々に眠りに入っていく。
このまま沈んでしまうのも良いかもしれない。
ズブズブと沈む身体。
マットレスに沈み、床を通り越し、ズブズブと地中に潜っていく自分を夢想する。
現実問題、2階の部屋で生活する僕が沈んだ場合1階の床に落下するのだろうけど沈んで行くことを想像するのは思いの外落ち着く。
目が覚めたのは夕方だった。
部屋から出てこない僕を心配した兄が様子を見にきた時には発熱していたようで、枕元にはスポーツドリンクが置かれていた。動きたくなくてスマホのメッセージで兄を呼ぶ。
「だから昼間熱いって言ったでしょ?」
なぜか得意そうにそう言った兄の采配で僕が寝込む準備は万端で…。
消化の良い食事を無理やり取らされ顔を歯を洗うように促される。外に出ていないためシャワーは免除。部屋着からパジャマに着替えてベッドに押し込まれる。
「寝たら治るだろうけど、明日は先生呼んであるからね」
いつの間に運んだのかベッドの横に置いたスツールに腰掛けて僕の頭を撫でる。
「光流はストレスに弱いよね~」
「大切にし過ぎたかな」と笑いながら言うが続けて「もっともっと大切にするけどね」とさらに笑みを深める。
「静流君は僕に甘すぎるよ」
「だってお兄ちゃんだもん」
部屋の様子が変わっていることに気付いていないはずはないのに、兄は護君のことは何も言わなかった。
僕も護君のことは何も言わなかった。
崩れていく関係。
均衡を崩したのは護君。
崩壊が始まってしまった。
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