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トートバッグと執着
それは本当に些細な呟きからだった。
「これ、良い色だね」
いつものようにサロンで情報交換会という名のお茶会を楽しんでいる時だった。メンバーの中の1人が持っているトートバッグを見て言った一言だった。
「でしょ?学祭の時に買ったんだけど、染色科の人が染めたんだって」
答えたのは学外から参加している女性βだった。そう言えば彼女の学校は先日学祭があったらしい。〈来てみる?〉と誘われたものの、不特定多数の人間が集まる場所にはなるべく行かないようにしているので断った。静流君がいた頃なら一緒に、となったけれど賢志と2人では少し心もとない。
「色々あったんだけど、どれも素敵でいくつか買っちゃった」
自分が作ったわけではないけれど、自分が選んだ物を褒められると嬉しいようだ。確か芸術系の学校に通っているので〈審美眼〉を褒められれば悪い気はしないはずだ。
確かにトートバッグ自体は普通のものなのに、目を引くものがある。濃すぎもなく、薄すぎもなく、本当に微妙な色合いで目を楽しませてくれる。
「トートバッグの他に何かあったの?」
僕も気になって話に参加する。
「トートバッグ以外はストールがあったけど先にトートバッグ選んでたら売り切れてたのよ…」
すごく残念そうだ。
「グラデーションでね、すごく綺麗だったんだけどトートバッグ選んでからゆっくり選ぼうと思ってらすぐ売り切れ」
本当に悔しそうだ。
「見てみたいな…」
思わず溢れた言葉だった。トートバッグだけでも目を引くのに、それ以上に手に入れたかった程のストールとはどんな物だろう?
「光流がそんなこと言うなんて珍しいね」
賢志が驚く。実は自分でも意外に思っていたけれど、それ程までに気になるのだ。
「それってさ、染めた人とかわかるの?」
僕に代わって賢志が聞いてくれる。相変わらず僕は甘やかされてばかりだ。
「それがね、院の人なんだけどあんまり学校に来ないみたいなのよね。私もストールが欲しくてなんとか交渉ができないかと思ったんだけど、本人が捕まらないことにはね」
と苦笑いである。
「なんか、染料を探すのがフィールドワークらしくて自分の納得できる染料が見つからないと帰ってこないらしいのよ…」
かなり自由な人らしい。
「興味あるならコンタクト取れたら教えようか?他のトートバッグ見たければ次の時に持ってくるし」
その言葉に甘えてトートバッグを次の時に見せてもらえるようにお願いし、コンタクトが取れてストールを見せてもらえるようならぜひ一緒にとお願いする。勝手に決めてしまったが、当日は静流君か安形さんに都合をつけてもらおう。
「珍しいね、あんなに積極的に人に会う約束するなんて」
帰りの車で賢志が口を開く。自分でも不思議に思っているのだから賢志にとっても驚く事なのだろう。
ちなみに運転手は賢志だ。静流君の卒業を機に免許を取得し、通学は基本的に賢志の運転である。
「そんなに気になった?」
「だね…見てみたいのはもちろんだけど、とにかく〈欲しい〉と思ったんだ。あれ、譲ってくれるって言ったら言い値で買ってたよ」
僕の言葉に賢志が〈それほど?〉と驚く。普段からあまり〈執着〉を見せる事のない僕が〈執着〉を見せた事に驚きを隠せないようだ。
「早く見てみたいな」
ささやかな僕の願いはやがて大きな願いへと変わっていくことを、まだ誰も知らない。
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