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兄の想い

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 その時、フッと静流君の周りが緩んだような気がした。
 おそるおそる静流君を伺うとニヤニヤと言うか、ニコニコと言うか、ムヒムヒと言うか、とにかく笑っているのが見える。
 さっきまでの静流君と違う、いつもの〈お兄ちゃん〉の静流君だ。

「そんなに好き?」
 言われた言葉の意味を考える。
 さっきまで辛辣な言葉を思い出してしまい、口を開くのが怖い。
「ごめんね、嫌な事ばかり言っちゃって」
 笑顔のまま言われる。
 僕は訳がわからずまだグズグズと泣いたままだ。見かねて静流君がティッシュを箱ごと持ってきてくれる。
「はい、顔拭いて鼻かんで」
 取り出したティッシュで僕の顔を拭き、鼻をかむようにとティッシュを箱ごと渡される。
 泣かせたのは静流君なのに、全く悪びれてない。

「で、そんなに好きなの?」
 また同じ質問をされる。
「………好き」
 短く答える。
 さっきまでの静流君に対する怒りもあるし、静流君の意図がわからないから余計なことを言いたくない。

「警戒しなくて良いよ。
 別に反対はしてないし、光流を囲う気もない。ただヤキモチ妬いてただけだから」
 サラリと言われて少しイラッとしてしまう。あんなにも僕が悲しくなるようなことを言っておいて、それなのに〈ヤキモチ〉とかそんな言葉で納得できる訳がない。

「静流君、嫌い…」
 思わず言ってしまったのに、静流君はニヤニヤしたままだ。
「光流に嫌いって言われたの、いつ振り?」
 うちのお兄ちゃんは、何でこんなに嬉しそうなんだろう?

「光流さ、いつ位からか急に〈良い子〉になっちゃったじゃない?それまで案外我儘だったし、オレに何か言われると〈しぃ君嫌いっ!〉って直ぐにビービー泣いてたし」

 そんな事は…無かったとは言わない。
 確かにそんな時もあった。

「しぃ君嫌いって言わなくていい?」
 …しつこい。
 
「でもさ、良かった」
 言いながら頭をくしゃりとされた。
 そのまま髪の毛をかき混ぜるようにクシャクシャとされる。久しぶりにこんな風にされた。
「何が?」
 大人しくされるがまま聞いてみる。
「っていうか、静流君時間大丈夫?」
「時間は父さんに遅くなるかもって言っておいた。安形さんにもお願いしてある」
「何で?」
「光流とちゃんと話したかったから」
 静流君は、何をどこまで気付いてたのだろう?

「先ずはちょっと意地悪言いすぎてごめんね。でもさ、傷付けたかもしれないけど必要な事だったから許して」
 そう言いながら静流君は席に座り直した。
 まだ話は続くようだ。
「オレが言った事、全部が本音ではないけど本音も混ざってたんだよ。
 例えば光流を囲ってもいいって言ったのは本音。光流が外で傷付くくらいならずっと家にいてもいいと思ってる。積極的に囲おうとは思ってないけどね。
 信用できるαを紹介してたのも本当。
 光流は全然興味ないみたいだったけど、結構良い男揃えてたんだぞ?」
 そう言って苦笑いする。
「ごめん…」
 つい謝ってしまった。

「愛玩動物とか、家で挨拶するだけのオレの秘書とかは全然思ってないからね。あとαを充てがうとか。
 ってか、光流こそどこで〈愛玩動物〉なんて言葉覚えたの?」
「え?だって、ペットケア アドバイザーのこと愛玩動物飼育管理士って言うんだって。ペットのことでしょ?愛玩動物って」
 何かおかしかったのだろうか?
 ペットよりも愛玩動物の方が大切にされてそうに聞こえるんだけど…。
「前に楓さんと資格の話した後に調べたんだ。どんな資格があるのかとか、何か自分の役に立つ資格がないかとか。
 調べただけだったけど…」
「そういう事ね…」
 何か安心したみたいだけど…何がおかしかったのだろうか?

「でも良かった。
 光流が我儘言えるようになって。
 まぁ、我儘って言うには可愛らしすぎる気もするけど…光流にとっては精一杯の我儘でしょ?」

 やっぱり静流君はお兄ちゃんだ。
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