Ωだから仕方ない。

佳乃

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僕の避難場所と逃げる理由。

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「このまま入院した方がいいよ」

 その言葉に小さくガッツポーズをしたのは仕方ない事だろう。
 僕が受診しているΩ専門のクリニックは、Ω特有の症状から基本的な傷病まで診てくれるため父と僕のかかりつけ医でもある。

「食事もあまり取れてないんじゃない?」

「ちゃんと食べてます。少しだけど」

「たぶんだけど、ちゃんと食べてるって量じゃないよね、それ」

 担当のドクターは僕のことを産まれる前から知っているせいで誤魔化されてくれない。

「………食べると胃が痛くなるから」

 力無く告げる僕の頭にポンと手を置き、「ここの食事は胃に優しいから大丈夫」とそのままぐりぐりと頭を撫でる。

「髪、ぐちゃぐちゃになる」

「何も付けてないから櫛通せば治るでしょ?」

 いつまで経っても子ども扱いだ。

「今日すぐに入院するほど緊急じゃないけど、学校行くと調子悪くなるみたいだから長期休みまで待たないで、明日からにしようか。
 試験も終わったんでしょ?
 検査入院兼療養、かな。
 試験がまだならもう少し頑張ってもらうけど、十分頑張ったでしょ?」

 先生は隆臣と違って優しい。
 僕の気持ちを汲み取って、その時に1番必要な環境を整えてくれる。
 それは今回のように前倒しで入院させてくれるのもそうだけど、僕がただ甘えているだけの時にはちゃんとそれに気付いて、それでも甘えたい僕の気持ちを汲み取って隆臣に伝える言葉を選んでくれる。
 隆臣だって気付いてはいるだろうけど、それを示すか示さないかの違いだろう。
 先生は患者のメンタルを優先するけれど、隆臣は保護者としての振る舞いを求められるからそうそう甘い顔ばかりしてられないのだ。
 それはそれで理解しているのだけど、優しくしてもらいたい時だってある。

「じゃあ、詳しいことは隆臣君も呼んでから話そうか」

 そう言って外で待つ隆臣を呼ぶよう指示を出す。中待合で待っていた隆臣は診察室に入り僕の顔を見て全てを悟ったのだろう。

「先生、甘くないですか?
 羽琉さん、ニヤけてますよ?」 

「まぁ、この時期無理して余計に体調崩しても可哀想だし。
 でもしっかり検査した方がいいのは本当だし、長引いてせっかくの休みがずっと病院だと可哀想でしょ?」

 隆臣の言葉に甘やかしたことを認め苦笑いをするものの、僕には伝えなかった事を隆臣に告げる。調子が悪いのは甘えだけではなかった事を知らされた隆臣の顔から笑みが消える。

「そんなにですが?」

「どうせまた隠してたんでしょ?」

「………休みたいとは言ったよ?」

「それ、さっき車で言ったんじゃないですか」

「隆臣君、怒らないの。
 まだそこまでじゃないよ。
 でも休みに入るまで我慢してたらもっと辛かっただろうね」 

「羽琉さん?」

 信頼していないんじゃなくて心配させたくないと我慢していたけれど、隆臣の事を怒らせてしまったようだ。

「別に、試験の後は授業も自習が増えるし。自習の間は寝てれば大丈夫だし」

 こんな言い訳をしたらそれなりに辛かったと認めることになるのだけど、これ以上隆臣を怒らせたくなくて素直に告げる。

「羽琉君、とりあえず色々な手続きしちゃうから待合で待ってな。
 今日はもう患者さんもいないはずだからゆっくりしてていいよ」

 僕を庇ってなのか、それとも僕がいては都合の悪いことがあるのかは分からないけれど、隆臣の怒りから逃げるように診察室から出る。どうせ怒られるのだけど少しでもそれを遅くして、少しでも短くしたいのだ。

「良かった…」

 待合室に誰もいないを確認すると思わずそんな言葉を漏らしてしまう。
 自分以外の誰かがいるとどうしても気になってしまい落ち着けないのだ。
 このクリニックは予約制ではあるため基本的には他の患者と顔を合わせるようなことはない。ただ、Ω特有の突発的な異変に対応するための窓口もあり、時には自分以外のΩの香りに気付くことがある。
 その香りに当てられるというほどではないけれど、マイナスの感情を伴った相手の香りには感情を引きずられることもあるため注意するに越したことはない。
 クリニックに来る時には様々な薬を服用していない状態が好ましいと言われているため普段以上に注意が必要だ。

 今日は診察の予定は無かったため登校前に薬を飲んだのに昼くらいからどうしようもなくなってしまい、隆臣に迎えをお願いしたらそんなに体調が悪いならとクリニックに予約をされてしまったのだ。
 
 思えば今日は朝から面白くないことばかりだった。
 体調を崩しやすい僕はΩだと言うこともあり登下校は隆臣の送迎で、今朝もいつもと同じように登校をして見てしまった光景。
 楽しそうに話しながら歩く燈哉と涼夏はとても目立っていたからついつい目がいってしまったのだ。

 涼夏とは僕の帰った後の時間を過ごすからと言っていたけれど、こんなふうに一緒に登校していただなんて、僕は知らなかった。

 背が高く筋肉質に見える燈哉は漆黒と言ってもいいような黒髪で、背は高いものの華奢な涼夏は金髪とまではいかないもののかなり明るい髪をしている。
 本人が言うには先祖返りの天然の色らしい。
 ただでさえ背が高い2人が歩いているだけで目立つのに、そんな対照的な外見は2人の存在を際立たせる。
 それがαとΩであれば周りが2人の関係をどう思うかなんて一目瞭然だ。

 今は涼夏の首筋を飾っているプロテクターも、気付けば外されているかもしれない。
 もうすぐ夏休みだし…。

「隆臣、帰りたい」

「無理です」

 冷たくそう言った隆臣は僕を送り届けた後で父親に呼ばれていると言う。どうせ、夏休みの僕の過ごし方についてだろう。
 父の事が大切すぎる父親は、たとえ自分の子どもであっても常に父のそばにいる事を良く思わない。過保護な父親に囲われた父はどうせ部屋から出てこないのだから僕が家にいたところで変わりないと思うのだけど、αの執着心はそれすらも許せないらしい。
 長期休み、特に夏休みのようにひと月以上ある時は検査入院の後で療養という名で追いやられるのが常だ。

「今年は何処にするの?
 海はどうせ入れないし、山は虫多いから嫌だよ?
 あ、田舎で何にもないのも嫌だ」

「我儘ですね」

 そう言って呆れながらも笑った隆臣だって連れ立って歩く2人に気付いているだろう。だけど何も言わないのは大人の気遣いなのか、諦めなのか。
 αとΩの関係はβの隆臣には本能的に理解できることはないけれど、父親と父の関係を見ていれば理解できるだろう。
 きっと、燈哉と涼夏の関係にも気付いているはずだ。

「希望があれば言ってくださいね。
 検討くらいはしますから」

「…そばにいたいだけだよ」

「何ですか?」

 わざと小さな声で呟いた言葉は隆臣に拾われてしまう。だけど、それは想定内。

「隆臣、耳遠くなっちゃった?
 美味しいもののあるところって言ったのに」

「少ししか食べないくせに」

「隆臣だって美味しいもの食べたいでしょ?」

「まぁ、そうですけどね」

 そんな風に話しているうちに着いたのは、いつもとは違う駐車場。

「あ、話してて通り越しちゃいました」

 そんな風に笑うけどコレはわざと。
 鉢合わせしないように気を遣ってくれたのだろう。

「帰り、道間違えないようにね」

 本当はありがとうと言いたいけれど、そんな憎まれ口を叩いて車を降りる。
 いつもは燈哉が駐車場まで迎えに来てくれるけれど、今日は隆臣が間違えたせいで教室までひとりで歩く。だけど途中で友人の伊織が僕を見つけて一緒に歩いてくれた。
 鞄を持っていないのは僕をわざわざ迎えに来てくれたからだろうけれど、気付かないふりをしておく。きっと隆臣が連絡してくれたのだ。

 この時は昼に帰ることになるなんて思ってはなかった。
 だけど朝から教室に入る前に廊下で囁きあっている2人を見てしまい、目を逸らした時から少しずつ少しずつ気分が沈んでいく。学校にいる間は僕と過ごすと言った燈哉だけど、いつもの時間に駐車場にいなかった僕は欠席だと思い油断したのだろう。
 どんな話をしていたのかが気になってしまうし、教室に入ってきた燈哉から涼夏の香りがしたような気がして辛くなる。

 2人の姿を見ていたなんて思ってもいない様子の燈哉は僕を見て驚いた顔をするけれど、すぐに持ち直し何事もなかったかのように席まで来て僕を視診する。

「駐車場にいないから休みだと思ってた。
 少し顔色悪い?」

「気のせいじゃない?
 今日は隆臣が道間違えたから」

「そうなんだ?」

 疑うような目つきと涼夏の残り香が気持ち悪い。僕が休みだと思って油断したのだろう、いつもなら放課後まで我慢してるのだから今日くらいはと思ったのかもしれない。

「最近、体調は?」

「いつもと同じだよ。
 夏休みはまた検査入院だから」

 燈哉が近くにいることが苦痛で、早く話を終わらせたくて聞かれてないことまで話してしまう。
 検査入院すること、退院後は療養のため何処か過ごしやすい場所を探していること。
 それを聞いた燈哉が少しホッとした顔をしたことには気づかないふりをして話を終える。

「いつもと同じだよ。
 ほら、先生来るから席に戻りなよ」

「あ、そうだね。
 それじゃあ、また帰ってきたら何処かに行こうか」

 その言葉は嬉しかったけれど、曖昧に微笑むだけに留めておいた。
 きっとそんな日は来ないのだから…。

 
 




 
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