Ωだから仕方ない。

佳乃

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【side:燈哉】庇護される存在、庇護したい存在。

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「ごめん」

 自分のしてしまったことを今更ながらに気付き、涼夏の立場を考えて自分の浅はかさを後悔する。羽琉のためと言いながら涼夏の匂いに魅せられ、短絡的に物事を進めようとしたせいで涼夏を危うい立場にしてしまったのだ。

 体育館に入るなり自分を見付けて好意を隠さなかった俺に、涼夏が期待するのは当たり前のことだろう。新しい環境で自分に好意を向けるαの存在はどれだけ心強かったことか。

 それなのに教室に戻れば羽琉のことを聞かされ、自分の置かれた立場を考えて不安になってしまったのだろう。
 挑発的な態度はきっとその裏返しで、そう考えると羽琉を想うのとは違う気持ちではあるものの、涼夏のことを何とかして守りたいと思ってしまう。

「えっと、朝って送迎?
 それとも徒歩?」

「電車だけど?」

 急に問われた内容に不思議そうな顔をして応える。

「え、Ωなのに?」

 予想外の言葉に間抜けな声が出る。

「別にΩだって電車にくらい乗るよ。そのためにネックガードだってしてるんだし。
 電車通学は初めてだけどΩ専用車両もあるしね」

「そういうものなのか?」

 この学校はΩ専用の送迎用駐車場が完備されているし、自分の中でのΩの基準が羽琉であるため当たり前のように思っていたことが当たり前では無いと知らされる。
 自分も電車を使うし、Ω専用車両の存在は知っていたけれど実際に利用をしていると聞いたのは初めてかもしれない。

「その、電車って大丈夫なのか?」

 単純に疑問に思い聞いてみる。

「どうなんだろうね。
 オレ、外見がΩらしくないから今までネックガードはしたりしなかったりだったんだけど、自己防衛のために今までより丈夫なのに変えたし、ヒートの時には休むつもりだし」

 そう言って「Ωだから仕方ないよね」と諦めたように笑う。

「そっか、」

 短くそう答えることしかできなかった。涼夏の家庭環境は分からないけれど、この学校に入るくらいだから一般的な家庭に比べると恵まれているのだろう。

「送迎は無理なのか?」

「両親共に忙しいし、外見がこんなだから電車でも大丈夫だろうって。
 まあ、Ωでも薬が合えばヒートの時だって全く分からない人だっているし、この学校の子でも電車使ってるΩだって結構いるよ?」

 その言葉には呆れも含まれている気がして居た堪れない。何も知らないのかと嗤われているような気分になってしまう。

「俺も電車だから時間、教えて」

 そう言ったのは罪悪感からだったのか、惹かれたからだったのか。

「え、何言ってるの?」

 驚いて目を見開いた顔がおかしくて「家までは無理だけど、登下校くらいエスコートする」と言ってしまった。
 家から駅までの道のりまでは家庭での責任でもって何とかしてするべきだと思うけれど、登下校の間は自分が何とかしなければいけないと思ったのは俺の身勝手な計画に巻き込もうとしてしまったから。
 今朝はあんなにも名案だと思ったのに、よくよく考えるとあまりの酷い内容に我ながら呆れる。

「俺のせいで色々言われたって言ってただろ?
 その責任とって、登下校の間の安全を保障する。どうせ俺も電車なんだし」

 それなりの家庭の子どもが通うこの学校は校内にいる限りは安全が保障される。学校側も何か問題が起こった時に起こる弊害をよく理解しているし、生徒側としても問題を起こした時に将来的に自分に与えられる評価をちゃんと理解している。
 但し、それは校内に限ったこと。
 家から駅までは各家庭で対策を考えるだろう。
 電車内では鉄道会社にも責任が発生するためそれぞれの鉄道会社が対策を考えている。Ω専用車両もその一端だろう。
 電車を降りて校内に入るまでは同じ学校に通う生徒に囲まれて安心できるかもしれない。だけど、学校から駅まで、駅から学校までの道のりは〈何か〉問題を起こそうと思う相手にとっては格好の時間で、このある意味無防備な時間に起こる問題は少なくない。
 だから、羽琉が送迎で守られている時間くらい涼夏と守りたいと、守るべきだと思ったのはαの庇護欲だったのかもしれない。
 
 俺だって涼夏を利用しようとしたことは褒められたことではない。だけど涼夏を傷つける意図はなかったし、お互いが納得していればwin-winの関係になる。
 今回のことだって涼夏の香りに釣られて衝動的に行動してしまったせいで可笑しなことになっているけれど、手順を踏んで羽琉に説明した上で涼夏に話をすれば、あんなふうに羽琉を不安にさせることもなかったはずだ。

「でも、羽琉君は?」

 俺の言葉に遠慮を見せたのは羽琉の存在がどうしても引っ掛かるからだろう。クラスで何を言われたのか知らないけれど、それだって俺が話しかけたことが発端だ。

「羽琉は話せばわかってくれる」

「………仲、良いんだね」

 少し淋しそうな顔をした涼夏を見て罪悪感を覚え、改めてしてしまったことの責任を放棄するべきではないと自分に言い聞かせる。

「それに、羽琉は毎日送迎だから」

 言い訳のようにそう言って朝の電車の時間を聞き出す。駅から一緒に歩き、その姿を見せれば涼夏を守ることができるだろうし、学校にいる間は羽琉と変わらず過ごせばいい。

「羽琉とは駐車場から教室まで一緒に行くからそこからは涼夏も一緒に」

「オレは校内に入るまででいいよ」

 羽琉とも交流を持てば余計な噂を流されることもないと思ったものの、「きっと、羽琉君はオレのことよく思ってないんじゃないかな」と目を伏せられてしまえば強要はできない。

「それならマーキングさせて?
 俺がマーキングしておけば安全だし。

 会わなければ羽琉が気付くこともないと思うし」

 そんな提案をしたのはこの学校に自分よりも強いαは少ないから。涼夏を守るためには必要なことだと思い、改めて自分のしでかしたことを謝りそう申し出る。涼夏自身も教室で言われた言葉のせいで不安があったのだろう。

「じゃあ、お願いしようかな」

 そう言って嬉しそうに笑った。



 その後は途中だった校内案内を再開し、駅まで一緒に向かう。
 並んで歩きながらもポツリポツリとお互いのことを話し、涼夏の環境を把握していく。

 両親は男性αと女性αであること。

 自分も身長のせいもありαだと思っていたこと。

 Ωだと知らされた時には何かの間違いだと思い、再検査したこと。

 両親はΩだからと言って態度を変えることはなかったけれど、αだと思っていた息子がΩだったせいで過剰なまでに心配をするため少し居心地が悪いこと。

 いわゆる〈お利口さん〉の多いこの学校を勧めたのは両親で、通学に困らないように引っ越すと言った親を必死で説き伏せ電車通学を認めさせたこと。

 αだと思われていたせいで何でも自由に行動できていたのに、Ωだと知らされたその日から制約ばかりで少し辟易していたこと。

「だから電車での移動は嫌いじゃないんだ」

 そう言って笑った涼夏を可愛いと思ってしまい、その想いに気づかないふりをしてそっと蓋をする。

 路線が逆だったのは誤算だったけれどそれこそΩ専用車両を利用するのだから大丈夫だと笑われる。明日の時間を決めた時に羽琉の登校時間と微妙にずれてしまったことに気付いたけれど、俺がいなければ駐車場で待っているだろうと当然のように考えていた。

 だけど、それが大きな間違いだと気付いたのは翌朝。
 涼夏と別れて駐車場に行った時。

 いつもなら隆臣の運転する車がある場所には別の車が止まっていて、羽琉の姿を見つけることはできなかった。どうしたものかと思い、「羽琉見なかった?」と近くにいた生徒に聞いても欲しい答えをもらえることはない。

 しばらく駐車場で待っていても来ないため仕方なく教室に向かえば伊織や政文と話す羽琉を見付け、ふたりといたのかと安心しながらも昨日のことを思い出して嫌な気分にもなる。
 ふたりは付き合っていることを隠してはないけれど、ふたりともαなのだから俺の独占欲だって理解しているはずだ。
 俺が毎日羽琉を迎えに行く事を知っているのだから、連絡くらいするべきではないのかと勝手に腹を立てる。

「おはよう」

 そう言って羽琉に笑顔を向けたのに、いつもなら向けてくれる笑顔を見ることができない。

「今日、駐車場に着くの早かった?
 行ったらもういなくて焦った」

 涼夏と時間を合わせたせいかとそう聞いても羽琉が答えてくれることはなく、それどころか立ちあがろうとしてそっと伊織に止められる。

 いつもなら笑顔で挨拶を交わすのに俺を見て顔を曇らせる羽琉と、気遣うような顔をして羽琉の腕を押さえた伊織に腹を立て、その手を振り払うために近付こうとすると政文が立ち上がりそれを阻止される。

 嫌なものを見るような伊織と政文、そして俺と目を合わせようとしない羽琉。

「ちょっと燈哉、いい?」

 昨日、威嚇をぶつけたせいで羽琉にまで影響が出たのにそれでも苛立ちが抑えきれず、また同じ事を繰り返そうとした俺の手を取ったのは政文だった。
 俺が言葉を発する前にその手を無理やり引っ張り廊下に連れ出される。

「政文、離せっ!」

 そう言って手を振り払おうとするものの、思いのほか強く掴まれていてそれもできない。俺たちの様子を見て何事かと声をかけられそうになり、昨日の今日で騒ぎにしたくないと大人しく政文に従うことにする。

 無言で俺を引っ張る政文は人の少ない場所まで行くと「お前、臭いよ」と冷たく言われる。
 何を言われているのかわからず「何、それ?」と返せば心底呆れたという顔をされる。

「お前、昨日あのΩと何してたの?
 あのまま盛り上がってヤったとか?」

 その言葉で動揺したのが伝わったのだろう。目の前の政文は呆れたように大きな溜息を吐き、「お前、αなのに何も知らないのな」と吐き捨てた。
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