Ωだから仕方ない。

佳乃

文字の大きさ
80 / 129

【side:羽琉】すれ違いと僕の罪。

しおりを挟む
 夏休みに療養と称して隆臣と出かけた僕だったけど、日焼けをするほど何かをしたわけでもなく外見的な変化は全く無かった。療養中はいつもよりたくさん食べた気になっていたけれど、家に戻ればいつもと変わらないのだから当たり前のことだろう。
 家に戻れば部屋の中で宿題をして過ごす毎日。宿題が終わればタブレット学習をして、時間が余った時には本を読んだり動画配信サービスに子守りをしてもらう日々。
 隆臣は側に居てくれるけど、僕が手を煩わすことがないせいでリモートでできる仕事を始めたのは父親の指示だった。

「何してるの?」

 PCに向かう隆臣にそう問い掛ければ手を止めて説明してくれるけど、聞いても理解できないせいで会話も無くなっていく。だけど、その距離が心地よいのは療養を通して隆臣との信頼関係が強くなったから。

 ただ、信頼はしているけれど心を許したわけじゃない。
 敵が味方か分からなかった相手が味方だったと認識できたという程度。

「夏休みが終わりますが何か足りないものは無いですか?」

 そんなふうに言われて一緒に買いに行きたいとお願いしたのはただの好奇心。それと、療養先で燈哉のために購入したお土産と一緒に手紙を渡したいと思ったから。

 隆臣と過ごすことで少しだけ広かった世界は僕を勇気づける。

 夏休み前に飲み込んだ言葉を燈哉に伝えてみよう。

 夏休み前に伝えられなかった気持ちを口にしてみよう。

 そんなふうに思って綴った手紙。

 だけど、その手紙を握り潰したのは通学路で彼と燈哉を見てしまったから。

 よく日に焼けたふたりは楽しそうに話しながら歩いていて僕の乗る車に気付くことはなかったけれど、燈哉の友人関係に変化があったことに容易に気付く。今まで一緒にいた友人達の輪に入らずふたりで歩いているのは夏休みの間にそれだけ交流を深めた証拠だろう。
 
 車から降りたらすぐに渡そうとしていた手紙だったけど、思わず手に力が入ったせいで握り潰してしまった。渡すはずだったお揃いのお土産の袋も一緒に握ってしまったせいでグチャグチャだ。

「羽琉さん、どうかしましたか?」

 渡すはずだった手紙とお土産を鞄に入れようとしたことに気付いたのか隆臣に声をかけられたけど、「何でもないよ」と答える。僕の異変に気付いていないわけではないだろうけど、燈哉と彼にはきっと気付いていないからそう言っておけば隆臣の中では本当に何もないことになるはずだ。

 僕は何も用意していなかったし、何も見なかった。

「羽琉、久しぶり」

 そんなふうに僕に声をかけてくれた燈哉の隣に彼はいなくて少しだけホッとする。
 まだ僕のことを嫌になったわけじゃないのだと安心して「おはよう」と挨拶を交わす。

「燈哉、日に焼けたね」

 何でもないことのようにそう言った僕に「羽琉は白いままだね」と笑う。

「でも夏休みに隆臣と涼しいとこに行ってきたよ。
 花火も見た」

「え、そうなんだ?
 海?山?」

「海は無かった」

「山?」

「山の方だけど山に登ったわけじゃないよ」
 
 どうでもいい会話が続くけど、聞きたいことを聞くことができない。

『あの子と遊んだの?』

『あの子と何したの?』

『僕よりあの子がいいの?』

 手紙に書いた質問は鞄の底で丸まってしまっている。そして、口にできない言葉は僕の胸の中に沈んでいく。

「燈哉君は何してたの?」

「宿題やって、おじいちゃんとおばあちゃんの家行って、あとはいつもと変わらないかな」

「いつもと変わらないって?」
 
「ゲームやったり、本読んだり」

「そうなんだ…」

 僕が疑っているだけでそれが事実なのか、それとも燈哉が彼とのことを隠しているのか。どちらとも判断が付かないまま教室に着けば、いつもと変わらない毎日が始まる。

「羽琉、久しぶり。
 元気だった?」

 燈哉がいるのにわざわざ席の近くに来た伊織に「久しぶり。元気だったよ」と笑顔を向ける。花火を見てはしゃいで熱を出したけれど、それ以降は体調を崩すことなく過ごしているのは隆臣との療養のおかげかもしれない。
 いつもよりも多く食事を摂り、時折外に出る生活は僕のことを少しだけ元気にさせた。
 だけど、今朝の出来事のせいで気分は優れない。

「羽琉はどこかに行けたの?」

「うん。
 隆臣と涼しいところに行ってた」

「え、そうなの?」

「うん、花火も見たよ」

 燈哉といる時は伊織との会話はすぐに終わらせるけど、今日は「伊織は?」と会話を続けてみる。
 嬉しそうな顔で答える伊織と、面白くなさそうな顔で僕をみる燈哉。燈哉だって、僕の気持ちを少しは思いしればいいと意地悪な気持ちをなる。

「ボクは家族で旅行に行ってきた。水族館でイルカ見たし」

「え、僕もみたい」

「近くの水族館でも見れるから隆臣さんに言ってみたら?」

 どうでもいい内容の会話だけど、燈哉がどんどん不機嫌になっていくのが面白い。燈哉だって伊織みたいに色々話してくれたら会話も続いたのに、夏休みの話をしてくれなかったのは燈哉なのだから仕方ない。

「うん、今度の療養の時には水族館お願いしてみる」

「療養って、来年まで待つの?」

「え、だって…」

「近くなら行けるかもしれないからお願いしてみたら?」

「…そうだね」

 楽しかった気持ちが急激に萎んでしまうのを感じながらそう答えておく。
 伊織とは会話はできるけど、伊織は燈哉みたいに僕に寄り添ってはくれない。僕の事情も、僕と隆臣の関係も理解してないし、自分の好きなことを話し、自分の主張を押し付けるだけの一方的な会話。

「羽琉、そろそろ先生来るから席に戻るね」

 会話がひと段落した時にそう言った燈哉が面白くなさそうな顔のまま自分の席に戻っていくと「やば、ボクも戻らないと」と伊織も自分の席に戻っていく。
 
 僕の態度が悪いことは自覚していた。だけど、燈哉だって悪いんだと責任転嫁する。燈哉が僕の欲しい答えをくれないから、塔矢が僕の知りたいことを教えてくれないから。
 燈哉のことを何でも知りたくて、燈哉のことを独占したくて僕は少しずつ欲張りになっていく。

 燈哉が相変わらず彼と仲良くしていることはすぐに分かった。
 僕を車まで送る時にソワソワすることが前よりも多くなった。
 僕がトイレに行った次の休み時間に「ちょっとトイレに行ってくる」ということが多くなった。
 そんな日は決まってソワソワしていることに自分で気付いていないのかと言いたくなるけれど、どうしてもそれが許せなくなった時に、僕は燈哉を取り返すために嘘をついた。

「燈哉君、気持ち悪い…」

 ここ最近は調子が悪いと言わなかった僕の言葉に「え、大丈夫?隆臣さん、呼ぶ?」と焦った燈哉だったけど、「今日は隆臣、昼からもお仕事って言ってた」と嘘を吐く。
 隆臣が迎えに来てしまったら燈哉を足止めできなくなってしまうから。

「どうする?
 保健室行く?」

「帰りに燈哉君、来てくれる?」

 そう聞けば一瞬戸惑うようなそぶりを見せたけど、「当たり前でしょ?」と笑顔を見せる。

「ご飯、食べ過ぎたかな…」

 それらしいことを言えば「羽琉、最近頑張って食べてるもんね。お腹が驚いたのかもね」と優しく返されてしまい少しだけ罪悪感を覚える。
 だけどこの嘘を止めることはしなかった。

 食後のこの時間、隆臣を呼べばすぐに来てしまうから嘘をついて保健室に行ったのは、燈哉が彼に断りに行く時間を作るため。きっと燈哉は保健室からの帰りに彼の教室に寄り、今日の予定をキャンセルするだろう。
 もしもキャンセルをしなくても、何か理由をつけて燈哉を家まで送るよう隆臣にお願いすればいいだけ。

 嘘だけど嘘じゃない。
 だって僕は、機嫌が悪くても調子が悪いって言うような歪んだ子だから。

「燈哉、ごめんね」

 嘘を吐いたことに対する謝罪なのか、友人との約束をキャンセルさせたことに対する謝罪なのか、自分でも分からないまま口にした言葉。

「最近、羽琉頑張ってたから色々疲れたんだよ」

 それなのに優しく僕の頭を撫でてくれた燈哉に『何も知らないくせに』と思ってしまった僕だって燈哉のことを何も知らなかったのに、自分の理想を燈哉に押し付けて、燈哉のことを、本来の燈哉を歪めてしまっていることに全く気付いていなかったんだ。

 園庭で僕を見つけて駆け寄ってくる燈哉が好きだったのに、真っ直ぐな燈哉が好きだったのに。

 それを歪めてしまったのは僕の罪。




しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...