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【side:羽琉】僕の想いと好きの気持ち。
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「この時期ならまだ転校しても大丈夫なんじゃない?」
思わず口から出た言葉に隆臣が「この時期に転校って、訳ありですって言ってるようなものじゃないですか?」と笑う。本当は笑える状態では無いけれど、そんなふうに応えるのは僕を気遣ってのことだろう。
「まぁ、訳ありだし」
なるべく重くならないように言ってみる。隆臣が僕に同調しないことを、僕を引き留めることを分かっていて口にした言葉だから。
「ほら、馬鹿なこと言ってないで車から降りてください」
いつの間にクリニックに着いたのか、隆臣がシートベルトを外す。快適なこの場所から離れるのは憂鬱だけど、仕方なく身支度をする。
きっと先生には色々と聞かれるのだろう。
「で、何があったの?」
隆臣を部屋から出すと先生はそう言って笑った。何もかも見透かされているようで居心地が悪い。
「体調不良で倒れました」
「それは知ってるよ。
その理由を聞いてるんだけどね」
「………体調不良です」
頑なに隠そうとする僕に先生が苦笑いを見せる。
「春休みに定期検診に来た時には何ともなかったでしょ?検査入院してもいつも何も出ないし。
羽琉君がこうなる時はストレスだもんね。で、今はそのストレスの原因を聞いてるの」
「………」
僕のことなどお見通しだと言われているようで今度は口を噤んで見せるけど、「黙ってても帰れないだけだよ」と言われてしまう。そうなると仕方なく今朝の出来事を話すしかなかった。
「で、羽琉君は尻尾を巻いて逃げてきたの?」
僕の話を黙って聞いてた先生は、今朝の出来事を知ってもなお、面白そうにそんなことを言う。
「あんなの見たらそうするしか、」
「何で?その場で頸噛んだの?
その場で自分の【番】だって宣言したの?
羽琉君のところに来てくれたんじゃないの?」
「でも、相手の名前は呼ぶのに僕の名前は呼んでくれませんでした」
「それだけ?」
「抱きしめてたし、待ってて欲しいとも言ってました」
「それで逃げ出したんだ?」
そうなのだけど、そうじゃない。
逃げ出したのは見たくなかったから。
調子が悪くなったのは燈哉以外のαに触れられたことと、耐えられないほどの威嚇に晒されたから。
「黙ってたら苦しいだけだよ?
何でもいいから話してみたら?
案外気が楽になるものだよ」
そんなふうに促されてしまい、仕方なく言葉を吐き出す。
「僕を置いて行った事がショックでした。
今までなら席まで付き添ってくれて、式が始まるまで側にいてくれたのに、ホールに着くなり先に行くように言われて」
僕の言葉に先生は無言のまま先を促す。
「周りからは独りでいることを嗤われるし、どうしたのかって勘繰られるし。
代表で挨拶をするせいだって周りにも言ったし、そうだと思ってたのに僕じゃないΩの子を抱きしめてるところを見せられるし」
「代表挨拶なんて凄いんだね」と茶々を入れたのを無視して言葉を続ける。
「それを見たくなくて顔色が悪くなってたのか、友人が保健室に行こうって言ってくれたから逃げました」
「羽琉君、友達いたんだ~」とまたしても茶々を入れられた。だけど、「で、体調悪くなったのはそれだけじゃないよね」と真剣な顔で聞かれてしまう。
「触られたんです」
「誰に?
その、【番候補】だった子に?」
「まだ候補のままです」
「ああ、そうだったね」
分かっていても言っている様子が憎たらしい。
「彼じゃない、別のαの友人が僕の背中に手を添えたら気持ちが悪くて。
この人じゃないって、この手じゃないって」
思い出すとまたあの時の感覚が戻ってくる。政文のことが嫌いなわけじゃないし、僕を守るための行動だったとわかっているのに嫌悪感が消えない。
「強い威嚇を向けられて立ってられなくて、友人が僕を保健室まで連れて行くために抱き上げてくれたのに、本当は感謝しないといけないのに気持ち悪くて涙が止まらなくて、」
自分で口にすると改めて政文に対して申し訳のない気持ちになるけれど、それでも嫌悪感を拭う事ができない。
「羽琉君、ごめんね。
ありがとう、もう大丈夫だから」
僕の様子を見かねたのか先生はそう言うと「頑張ったね」と僕の頭を撫でてくれる。
「これも駄目?」
そう言われた理由がわからなくて「何がですか?」と答えれば「おじさんはαでも例外?」と笑う。
「例外って、」
「αに触られたことだけが原因じゃないよね」
「あ…、そうみたいです」
先生の言いたかったことを理解して頷く。そもそも、今まで伊織と政文と過ごしている時に身体が触れるようなシュチュエーションが無かったわけじゃない。なるべく気を遣ってくれてはいたけれど、鞄を受け渡す時には手が触れる事だってあった。
一緒に歩いている時に転びそうになるのを助けてくれる時には腕を掴まれた。
ふたり以外のαとだって、提出物やプリントの受け渡しで手が触れてしまう事だってある。だけど、今まではそんなふうに嫌悪感を感じる事はなかった。
「何が違ったんだろうね」
先程まではとにかく話をさせようとしたくせに、今度は考えるように促す。考えた上で何が違ってたのかを口に出させ、それを認めさせようとする先生は意地悪だ。
「………威嚇、ですか?」
「威嚇も多少は関係してるけど、今までもそれは経験無かった?」
そう言われてもう一度考えてみる。
確かに今までもふたりと昼の時間を一緒に過ごし、戻ってきた燈哉がその様子を見て威圧を向ける事はあった。伊織は少し距離が近いというか、必要以上に僕の世話を焼くためその様子を見て燈哉が苛立ち、抑えきれず威圧を放つ。
気を付けていても肩や肘が当たる事があるけれど、燈哉はそんなことすら嫌がっていたから。
「そうですね。
触れられたせいで威圧を向けられる事はあったけど、今までは触れられることにあれほど嫌悪感は無かったです」
「今朝はどうだったの?」
「今朝も僕に触れたのを見て威圧を放ったと思うので状況的にはいつもと同じですね…」
「人の気持ちって本当に複雑なんだよ。
同じことをされても好意を持っていない相手からのそれは嫌悪の対象になって、好意を持っている相手からなら悦びになる。
同じ感情であってもその感情を向けてくる相手によって受け止め方が違うし」
「よく分からないです、」
考えることに疲れてしまい投げやりにそう言ってしまう。本当は何が違うのかになんて気付いていたけれど、それを認めるのが怖いだけ。
「うん、まあそう言いたいよね。
でも認めて対処しないと明日から学校どうするつもり?」
「………」
「羽琉君、都合が悪くなるとすぐ分からないふりするから」
そう言って苦笑いした先生は「羽琉君の本心は分からないけど」と前置きをして今度は一方的に話し出す。
「羽琉君はね、【番候補】の子が自分から離れて行くなんて思ってもみなかったから焦ったんだよ。
おまけに自分に気持ちを向けてくれるはずの場面で他のΩを気にするって、屈辱だよね。
口では自分から離れるなと言っておいて、威嚇するだけで自分の近くまで来ずに自分とは違うΩを側に置く。
【番候補】として失格だ」
そんなふうに言って僕の逃げ道を塞いでいく。考えたくなかったことを、気付きたくなかったことを理解させるかのように告げられる言葉。
「羽琉君は本当に彼のことが好きだったの?」
「好き…ですか?」
「そう。
好きだとしたらどんな好き?
友達の好きとか、恋人の好きとか、家族の好きとか、好きも種類があるよね」
そんなふうに言われて考え込んでしまう。
燈哉のことを好きか嫌いかと聞かれたら当然好きだ。
好きだから【番候補】という関係を続けてきたし、好きだからその時が来たら一緒に過ごしたいと思ってる。
でも、恋人の好きかと言われたら考えてしまう。
まだ幼い幼稚舎の頃、燈哉が僕を見つけてくれるのが嬉しかった。
誰よりも格好良く見えた燈哉が自分を優先してくれることが嬉しかった。
僕が燈哉に好意を向けたからと結ばれた【番候補】という関係、それは至極当然のように思っていた。
初等部でも中等部でも優秀な燈哉は僕の自慢だったし、【番候補】なのだから他に目を向けずに僕のために努力するのは当然だと思っていた。
そう考えてその感情が友情なのか愛情なのか、その愛情が恋愛的なものなのか家族愛的なものなのか、考えれば考えるほど分からなくなってしまう。
当たり前だけど、燈哉以外とヒートを過ごすことなんて考えた事はなかった。だから僕以外のΩを抱きしめるのをみてショックを受けたのだけれど、その後で思ったのは『仕方ない』だった。
燈哉を誰にも渡したくないと思う気持ちは今までだって持っていたし、だからこそ燈哉が深い関わりを持ちそうな相手とは距離を置かせるように仕向けたりもした。だって、燈哉は僕の【番候補】だから。
それなのに『仕方ない』と思ってしまうのはどこかでこの関係に後ろめたさを持っていたからかもしれない。
優秀なαを早くから囲い込み、自分から離れられないように仕向け、気に入らない相手は排除する。
そんなふうにしてしまったせいで、ふたりの姿を見てしまった時に、何が起こったのかを確認することなく逃げ出すことしかできなかったのかもしれない。
思わず口から出た言葉に隆臣が「この時期に転校って、訳ありですって言ってるようなものじゃないですか?」と笑う。本当は笑える状態では無いけれど、そんなふうに応えるのは僕を気遣ってのことだろう。
「まぁ、訳ありだし」
なるべく重くならないように言ってみる。隆臣が僕に同調しないことを、僕を引き留めることを分かっていて口にした言葉だから。
「ほら、馬鹿なこと言ってないで車から降りてください」
いつの間にクリニックに着いたのか、隆臣がシートベルトを外す。快適なこの場所から離れるのは憂鬱だけど、仕方なく身支度をする。
きっと先生には色々と聞かれるのだろう。
「で、何があったの?」
隆臣を部屋から出すと先生はそう言って笑った。何もかも見透かされているようで居心地が悪い。
「体調不良で倒れました」
「それは知ってるよ。
その理由を聞いてるんだけどね」
「………体調不良です」
頑なに隠そうとする僕に先生が苦笑いを見せる。
「春休みに定期検診に来た時には何ともなかったでしょ?検査入院してもいつも何も出ないし。
羽琉君がこうなる時はストレスだもんね。で、今はそのストレスの原因を聞いてるの」
「………」
僕のことなどお見通しだと言われているようで今度は口を噤んで見せるけど、「黙ってても帰れないだけだよ」と言われてしまう。そうなると仕方なく今朝の出来事を話すしかなかった。
「で、羽琉君は尻尾を巻いて逃げてきたの?」
僕の話を黙って聞いてた先生は、今朝の出来事を知ってもなお、面白そうにそんなことを言う。
「あんなの見たらそうするしか、」
「何で?その場で頸噛んだの?
その場で自分の【番】だって宣言したの?
羽琉君のところに来てくれたんじゃないの?」
「でも、相手の名前は呼ぶのに僕の名前は呼んでくれませんでした」
「それだけ?」
「抱きしめてたし、待ってて欲しいとも言ってました」
「それで逃げ出したんだ?」
そうなのだけど、そうじゃない。
逃げ出したのは見たくなかったから。
調子が悪くなったのは燈哉以外のαに触れられたことと、耐えられないほどの威嚇に晒されたから。
「黙ってたら苦しいだけだよ?
何でもいいから話してみたら?
案外気が楽になるものだよ」
そんなふうに促されてしまい、仕方なく言葉を吐き出す。
「僕を置いて行った事がショックでした。
今までなら席まで付き添ってくれて、式が始まるまで側にいてくれたのに、ホールに着くなり先に行くように言われて」
僕の言葉に先生は無言のまま先を促す。
「周りからは独りでいることを嗤われるし、どうしたのかって勘繰られるし。
代表で挨拶をするせいだって周りにも言ったし、そうだと思ってたのに僕じゃないΩの子を抱きしめてるところを見せられるし」
「代表挨拶なんて凄いんだね」と茶々を入れたのを無視して言葉を続ける。
「それを見たくなくて顔色が悪くなってたのか、友人が保健室に行こうって言ってくれたから逃げました」
「羽琉君、友達いたんだ~」とまたしても茶々を入れられた。だけど、「で、体調悪くなったのはそれだけじゃないよね」と真剣な顔で聞かれてしまう。
「触られたんです」
「誰に?
その、【番候補】だった子に?」
「まだ候補のままです」
「ああ、そうだったね」
分かっていても言っている様子が憎たらしい。
「彼じゃない、別のαの友人が僕の背中に手を添えたら気持ちが悪くて。
この人じゃないって、この手じゃないって」
思い出すとまたあの時の感覚が戻ってくる。政文のことが嫌いなわけじゃないし、僕を守るための行動だったとわかっているのに嫌悪感が消えない。
「強い威嚇を向けられて立ってられなくて、友人が僕を保健室まで連れて行くために抱き上げてくれたのに、本当は感謝しないといけないのに気持ち悪くて涙が止まらなくて、」
自分で口にすると改めて政文に対して申し訳のない気持ちになるけれど、それでも嫌悪感を拭う事ができない。
「羽琉君、ごめんね。
ありがとう、もう大丈夫だから」
僕の様子を見かねたのか先生はそう言うと「頑張ったね」と僕の頭を撫でてくれる。
「これも駄目?」
そう言われた理由がわからなくて「何がですか?」と答えれば「おじさんはαでも例外?」と笑う。
「例外って、」
「αに触られたことだけが原因じゃないよね」
「あ…、そうみたいです」
先生の言いたかったことを理解して頷く。そもそも、今まで伊織と政文と過ごしている時に身体が触れるようなシュチュエーションが無かったわけじゃない。なるべく気を遣ってくれてはいたけれど、鞄を受け渡す時には手が触れる事だってあった。
一緒に歩いている時に転びそうになるのを助けてくれる時には腕を掴まれた。
ふたり以外のαとだって、提出物やプリントの受け渡しで手が触れてしまう事だってある。だけど、今まではそんなふうに嫌悪感を感じる事はなかった。
「何が違ったんだろうね」
先程まではとにかく話をさせようとしたくせに、今度は考えるように促す。考えた上で何が違ってたのかを口に出させ、それを認めさせようとする先生は意地悪だ。
「………威嚇、ですか?」
「威嚇も多少は関係してるけど、今までもそれは経験無かった?」
そう言われてもう一度考えてみる。
確かに今までもふたりと昼の時間を一緒に過ごし、戻ってきた燈哉がその様子を見て威圧を向ける事はあった。伊織は少し距離が近いというか、必要以上に僕の世話を焼くためその様子を見て燈哉が苛立ち、抑えきれず威圧を放つ。
気を付けていても肩や肘が当たる事があるけれど、燈哉はそんなことすら嫌がっていたから。
「そうですね。
触れられたせいで威圧を向けられる事はあったけど、今までは触れられることにあれほど嫌悪感は無かったです」
「今朝はどうだったの?」
「今朝も僕に触れたのを見て威圧を放ったと思うので状況的にはいつもと同じですね…」
「人の気持ちって本当に複雑なんだよ。
同じことをされても好意を持っていない相手からのそれは嫌悪の対象になって、好意を持っている相手からなら悦びになる。
同じ感情であってもその感情を向けてくる相手によって受け止め方が違うし」
「よく分からないです、」
考えることに疲れてしまい投げやりにそう言ってしまう。本当は何が違うのかになんて気付いていたけれど、それを認めるのが怖いだけ。
「うん、まあそう言いたいよね。
でも認めて対処しないと明日から学校どうするつもり?」
「………」
「羽琉君、都合が悪くなるとすぐ分からないふりするから」
そう言って苦笑いした先生は「羽琉君の本心は分からないけど」と前置きをして今度は一方的に話し出す。
「羽琉君はね、【番候補】の子が自分から離れて行くなんて思ってもみなかったから焦ったんだよ。
おまけに自分に気持ちを向けてくれるはずの場面で他のΩを気にするって、屈辱だよね。
口では自分から離れるなと言っておいて、威嚇するだけで自分の近くまで来ずに自分とは違うΩを側に置く。
【番候補】として失格だ」
そんなふうに言って僕の逃げ道を塞いでいく。考えたくなかったことを、気付きたくなかったことを理解させるかのように告げられる言葉。
「羽琉君は本当に彼のことが好きだったの?」
「好き…ですか?」
「そう。
好きだとしたらどんな好き?
友達の好きとか、恋人の好きとか、家族の好きとか、好きも種類があるよね」
そんなふうに言われて考え込んでしまう。
燈哉のことを好きか嫌いかと聞かれたら当然好きだ。
好きだから【番候補】という関係を続けてきたし、好きだからその時が来たら一緒に過ごしたいと思ってる。
でも、恋人の好きかと言われたら考えてしまう。
まだ幼い幼稚舎の頃、燈哉が僕を見つけてくれるのが嬉しかった。
誰よりも格好良く見えた燈哉が自分を優先してくれることが嬉しかった。
僕が燈哉に好意を向けたからと結ばれた【番候補】という関係、それは至極当然のように思っていた。
初等部でも中等部でも優秀な燈哉は僕の自慢だったし、【番候補】なのだから他に目を向けずに僕のために努力するのは当然だと思っていた。
そう考えてその感情が友情なのか愛情なのか、その愛情が恋愛的なものなのか家族愛的なものなのか、考えれば考えるほど分からなくなってしまう。
当たり前だけど、燈哉以外とヒートを過ごすことなんて考えた事はなかった。だから僕以外のΩを抱きしめるのをみてショックを受けたのだけれど、その後で思ったのは『仕方ない』だった。
燈哉を誰にも渡したくないと思う気持ちは今までだって持っていたし、だからこそ燈哉が深い関わりを持ちそうな相手とは距離を置かせるように仕向けたりもした。だって、燈哉は僕の【番候補】だから。
それなのに『仕方ない』と思ってしまうのはどこかでこの関係に後ろめたさを持っていたからかもしれない。
優秀なαを早くから囲い込み、自分から離れられないように仕向け、気に入らない相手は排除する。
そんなふうにしてしまったせいで、ふたりの姿を見てしまった時に、何が起こったのかを確認することなく逃げ出すことしかできなかったのかもしれない。
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