手〈取捨選択のその先に〉

佳乃

文字の大きさ
上 下
55 / 59
時也編 3

8

しおりを挟む
「どっちも別れて正解だったんじゃない?」
 僕の言葉を受けて敦志が言った言葉に〈何も知らないくせに〉と腹は立つけれど、何か言ってやろうと敦志を正面から見て、その真剣な眼差しに言葉に詰まり涙も止まってしまう。
「時也を大切にしない相手となんか別れて正解だ」
 そして、重ねて言われてしまい返答に困ってしまう。
 上部だけの言葉ならふざけるなと言えるのに、それなのにこんなにも真剣に言われてしまったら何も返せなくなってしまう。

「俺はさ、別れたことに気付いた時には時也への気持ちは自覚してたんだ。
 でも付け込むのは狡いから側にいるだけでいいと思ってたし、先輩から別れた理由を聞いてからは俺が守りたいと思ってた。
 想いを告げたいけど就活の邪魔をしたくないから我慢しよう、もしも好きだと伝えて断られたらお互いに気不味いから就職したら気持ちを伝えよう。
 就職してすぐに煩わせたくないから少し落ち着いてからにしよう。
 そんな風に思ってたせいで三浦に先を越されてた…」
 ポツリポツリと告げられる真摯な言葉。そして当時、僕が全く気づいていなかった敦志の気持ち。

「ちょ、ちょっと待って。
 急にそんな風に言われても…」
「急なんかじゃない。
 ずっと好きだった」
 距離が近づくにつれてそうだったら良いのにな、と思ってなかったわけじゃないのにはっきりと言われると戸惑ってしまう。僕の目を見つめ、決して逸らすことなく告げられた敦志の想い。
 その真剣な眼差しに僕の方が目を逸らしてしまう。
 どうしたらいいのか分からなかった。
 嬉しいのに、それなのに信じきれないのは裏切られた時の気持ちを思い出してしまうから。二度あることは三度あるとも言うじゃないかと気持ちにストップをかけるのは、もう傷つきたくないから。

 考えて考えて、そしてもう一度敦志と目を合わせる。
「今のままじゃ駄目なのかな」
 意を決して言った言葉がこれではお互いに居た堪れないけれど、考えた答えがこれだった。
 敦志の事は好きだし、その好きは恋愛感情としての好きだという自覚はある。少しでも一緒にいたい、次の約束をして安心したい。この気持ちが恋愛では無いなんて言い張る事はできない。
 だけど、恋愛感情は永遠じゃない。
 友達としてならずっと側にいられるのに、それなのに恋愛が絡むと、恋愛が終わってしまうとその先にあるのは離別だけだから。
「敦志とずっと一緒にいたいから、だからこのままじゃ駄目かな?」
 無言の敦志に改めて問う。

「そもそもさ、時也が考える付き合うって何?」
 僕の言葉に敦志が言葉を返してくる。僕が質問しているのに質問で返すなんて、と思ったけれど敦志の答えを聞く前に再び僕が口を開く。
「休みの日や時間のある時に一緒に時間を過ごす事?」
「それって、今と何か違う?」
「だって、今は友達だし」
「うん。
 でも休みの日や時間のある時は最近はいつも一緒だよね?」
「そうだけど…」
 そう言われてしまえばそうなのだけど、付き合うとなるとこれだけでは無いのだけれど、それを口にするには勇気が必要だ。
「付き合うってなるとそれだけじゃないし…」
 歯切れの悪い返事しか返さない僕に敦志が少し呆れたように笑う。

「友達とか、彼氏とか、パートナーとか、俺は時也と一緒にいられるなら呼び方なんて何でもいいよ。
 時也がそれで満足なら別に友達でも良いし」
 自分で望んでおきながら、そんな風に言われてしまうと僕の好きと敦志の好きはやっぱり違うのかもしれないと少しだけ胸が痛む。
 一緒にいる時間が増えれば増えるほど敦志に対する気持ちは強くなっていくのに、それなのに僕が満足ならと譲歩する敦志には〈その先〉にある欲望を僕に対して感じないのかもしれない。
 自分から友達と言っておいて、友達でもいいと言われれば落ち込むなんて矛盾してる。

「時也が何考えてるのかなんとなく分かるけど、別に俺は時也のそばに居られるならそれだけで満足だよ。
 何年拗らせてると思ってるの?」
 言いながら自分の指を折り「やべ、このままうかうかしてたら10年だぞ⁈」と苦笑いする。
「三浦と別れてまだ半年くらい?」
「最後に会った時からだともっとだよ」
「でもまだ1年経ってないだろ?
 前の時だって三浦と付き合うまで2年?付き合った長さ考えたらまだ仕方ないよ」
「そんなの関係無い!」
 僕の心配事と、敦志の考えていることが微妙にズレているような気がして思わず強い口調で言ってしまう。
 一也の事なんて引きずってないし、さっきの話を聞いても一也の気持ちなんて気にならなかったし、ましてや一也の気持ちをもう一度受け止めようなんて全く思わなかった。一也の事は、僕の中ではちゃんと結論をつけて終わらせた事だからそんなことを気にしているなんて思われたくない。

「一也の事はとっくに終わった事だし、引きずってもないよ。
 友達で居たいと思うのは…離れたく無いから」
 狡い言い回しばかりしていては伝わらないのだと観念して自分の想いを言葉に出していく。
「友達でいればこうやって会えるじゃない?
 会わない時間が長くても、久しぶりに会っても学生の頃みたいに楽しめるし、この先きっとまた会えない時間が来たとしても、会った時にはまたこうやって過ごせるし」
 滅茶苦茶なことを言っている自覚はあった。だけど、気を許して敦志と付き合って、それなのに別れてしまったら今度こそ僕は立ち直れなくなるだろう。
 二度あることは三度ある、だ。

「その言い方だと、また誰かと付き合って俺と疎遠になることもあるってことだよね?」
 僕のメチャクチャな主張を聞いて疑問に思ったのだろう。少し冷たく言われたけれど、こんなことでは怯まない。
「何で僕が誰かと付き合うことになってるの?
 敦志に恋人や奥さんが出来たら、疎遠になるんじゃないの?
 だから、僕はそうなった時にその中の時間を少しでも分けてもらえたら良いんだ。
 恋人や奥さんがいても男友達と遊ぶのは問題ないよね?」
「だから、何でそうなるんだって」
 僕はなるべく穏やかに、有るべき可能性の話をしただけなのに敦志が声を荒げたことに驚いてしまった。でも、これはもうひとつの僕の本心。

 敦志にとっての恋愛対象に〈僕〉は入っているようだけど、だからと言って同性が恋愛の対象なわけではないはずだ。だから逆を言えば異性と恋愛をできないわけじゃない。だったら敢えて僕を選ぶ必要はないし、先のことを考えたら異性の恋人を作って結婚をして、家族の増える未来を選ぶこともできるのだから選択肢を狭める必要はない。
 家族と疎遠になりそうな僕と違って、家族と仲の良い敦志が家族に紹介しにくいパートナーを持つ必要は無い。

 敦志と一緒にいたいと、少しでも長く過ごしたいと願っていたはずなのに。それなのに、好きだと言われると途端に臆病になってしまう。
 好きなのに、一緒にいたいのに。
 それなのにその先にあるであろう別れに怯えて逃げることしかできない。

 彼も、一也も、僕というパートナーが居ても異性をパートナーとして選んだんだ。敦志だって、異性を選ぶ可能性がある以上〈別れ〉を覚悟しなくてはいけないのなら、友達のままで良いんだ。

「友達とパートナーは違うでしょ?
 パートナーは別れたら修復できないことの方が多いけど、友達なら喧嘩しても仲直りできるし、一緒にいても変な目で見られることもない。
 どこかに2人で出かけることも、2人でご飯を食べることも、友達なら当たり前のことなのに、同性のパートナーとそれをすると途端に興味本位に見られるんだよ?
 だからだんだん外に出なくなって、そうするとつまらないからか他に目を向けて…。
 二度あることは三度あるって言うし」
 そう、それが怖いんだ。
 敦志のことを信用していないわけじゃないし、敦志は万が一そうなったらちゃんと僕とのことを精算してから次に行くのだろうとは思ってる。
 僕のことを裏切ることもないだろうし、ちゃんと僕の気持ちを優先してくれるだろう。
 もしも好きな人ができたから別れたいと言われても、僕の気持ちが整理できるまで根気よく付き合ってくれるだろう。
 相手に気持ちが向かっていても、それでも僕に向き合ってくれるだろう。
 そして、僕はそんな敦志に対して罪悪感を抱きながらも別れることができず苦しむのだろう。

 そんな風に考えている僕の耳に、深く大きい溜息が届く。
 呆れたのだろう。
 傷付けたのかもしれない。
 気のあるふりをして部屋に招き入れたくせに、自分の気持ちを告げた途端に逃げようとする僕のことを見限ったのかもしれない。
 それならばまだ、傷が浅くて済む今のうちに結論を出せば立ち直るまでの時間も短くてすぐかもしれない。

「時也さ、三度目の正直って知ってる?」
 だけど、僕の耳に届いた敦志の声は優しくて、その言葉に怒っている気配なんて微塵もない。
「さっきからネガティヴな事ばかり言ってるけど俺のこと好きって言ってるようにしか聞こえないし」
 そんな自意識過剰なことを言って敦志が言葉を続ける。
「俺は、時也のことが好きだけど、時也が望むなら友達のままでもいい。
 だけど、時也以外のパートナーは要らないし欲しいと思ったこともないからいつかはパートナーに昇格させてもらうつもりだよ?」
 言いながら僕のことを呼び、2人揃ってソファーに座る。
 2人掛けのソファーに座ると少しだけ2人の間に距離ができるのは敦志の気遣いと、僕の自制心なのかもしれない。

「俺は、こうやって2人で食事して、一緒の時間を過ごすだけでも満足だよ。
 本の話するのも楽しいし、次はどんな本を紹介してくれるのか考えるのも楽しい。
 今日みたいに自転車に乗りながら弁当を見た時の時也を想像したり、会った時にどんな顔をするのか想像するのも楽しい。
 友達とは別れないって言うけど大学時代の友達だって音信不通の奴も居るよ?
 まぁ、友達でもパートナーでも今は時也の好きな方で良いよ」
 2人の間の距離を詰めることなくそう言って笑う。
「正直な話、こうやって部屋に入れてもらって、一緒に食事して、こんな風に隣に座るだけでも満足なんだよ」
「でも学生時代もこんな感じだったよね?」
「そうだね。
 あの関係がずっと続いていくと思ってた」
 ソファーの上に足を上げ、抱え込むように座る僕の隣で、足を組んで座る敦志が困ったように笑う。
 当時から僕のことを好きだったと言ったのに、こんな時でも僕に触れることなく、僕の気持ちを尊重してくれる敦志は恋愛に対しては高校生以下だけど、精神的にはずいぶん大人に見える。

「言ったことあったっけ?
 俺ね、時也しか好きになったことないんだ」
 困ったような笑いのまま敦志が言う。
 学生の頃には彼女がいたと思っていたからまさかの告白を受け、何と答えるのが正解なのかがわからない。
「聞いたことないよ」
 とりあえず事実だけを告げ、次の言葉を待つ。

「彼女がいるって言ってたのは高校の頃に女の子の来る集まりに連れて行かれて面倒だったからなんだ。
 大学の頃は特に好きでもない相手と付き合うよりも勉強してる方が楽しかったからなんだけど、それ以前に誰かを好きだと思ったこともなかった」
「そんな事あるの?」
 敦志の言葉を嘘だと思ったわけではないけれど、思わず聞いてしまった。僕だって、今でこそ異性に恋愛感情を持つ事はないけれど、それでも彼と付き合う前は好きだと思う相手だっていたんだ。
「有るんだって、それが」
 困り顔の敦志は面白いけれど、それでもそんなことがあるのかと疑ってしまう。
「僕は高校の頃、好きな子いたよ?」
「それは女の子?」
「そう。
 敦志は友達とあの子が可愛いとか、あの子は優しいとか、話したりもしなかったの?」
「どうだろう?
 面倒な会話の時は大体曖昧に笑っておけば相手が勝手に色々解釈してくれたから聞いてても会話に入ってなかったかも」
「それ、案外嫌な奴じゃない?」
「今思えばそうなんだけど、その時はそんなものだと思ってたんだ」
「じゃあ本当に好きな子いなかったの?」
「だね」
「それなのに僕のことは好きだって思ったのは何で?」
 再会してからの敦志の態度から好意は感じていたけれど、そんな話を聞いたら素直に信じて良いのかと悩んでしまう。
 


 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

創られたこの世界で、僕は我流の愛を囁く。

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:31

沈むカタルシス

BL / 連載中 24h.ポイント:262pt お気に入り:31

【BL】僕のペットは白ウサギ?

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:25

【完結】長い物語の終わりはハッピーエンドで

BL / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:1,276

首筋に 歪な、苦い噛み痕

BL / 連載中 24h.ポイント:704pt お気に入り:18

【R18】高飛車王女様はガチムチ聖騎士に娶られたい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:426pt お気に入り:251

あなたの世界で、僕は。

BL / 連載中 24h.ポイント:1,307pt お気に入り:53

処理中です...