世界が終わる、次の日に。

佳乃

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大輝

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「大輝、おはよ~」

 そんなふうに何事もなかったように事務所に来た紗凪は、次の出向先の資料を揃えに来たと自分のデスクに向かう。
 いつもと同じ風景だけど、いつもとは違う朝。

「通勤、大丈夫そう?」

「全然平気だよ。
 出向先だって色々だったし、ついでだからって駅まで送ってもらったし」

 心配させないようにと言ったその言葉がオレを傷つけているなんて思いもしないのだろう。

「結局、ここで暮らしてるのと変わらないんだけどね。
 今日は一緒に出たけど出先が変われば家出る時間も変わるし、ご飯だってここにいた時と似た感じだし、大輝と暮らしてた時と変わらないんじゃないかな」

「そうなの?」

「うん。
 荷物だってほとんど解いてない。
 必要のない服は箱のままだし。
 部屋にクローゼット付いてたから収納も組み立ててない」

「そうなのか?」

「だって、仮住まいだし。
 また荷物まとめるの面倒だから使わないものは箱のままだよ」

 そんな言葉が少しだけオレを安心させる。

「大輝は?
 彼女さんはどうなったの?
 いつ引っ越し?」

「馬鹿、そんな直ぐじゃないって言ったよな?
 家に遊びにくる約束はしたけど、引っ越しはまだ先だって」

「なんだ~、今朝来たら会えるかと思ってたのに」

 半分は冗談なのだろうけど、半分は本気なのだろうと思ったのは差し入れと言って持ってきたお菓子が1人分多かったから。

「引っ越しそばの代わり」

 なんて笑っていたけれど、彼女に会えることを期待してきたのだろう。

 ⌘⌘⌘

 異変に気付いたのは紗凪が出て行って少ししてから。
 ハイシーズンが終わり、そろそろ部屋を見つけたと報告があるかと思っていた頃だった。

 彼女との関係はそれなりに進んでいて、一緒に暮らしてはいないけれど、紗凪には紹介した。
 向かい合う2人はやっぱり似ていて、その日、彼女との時間を過ごしていても紗凪を重ねてしまい罪悪感に苛まれる。

 それでも止めることができなかった。

 いくら小動物のようだと言っても紗凪だって成人男子なのだから組み敷いたところで大人しく抱かれることはないだろうし、そもそも同性と寝たこともない。この容姿のせいで声をかけられることはあったけれど、自分の恋愛の対象は異性だと認識していたし、興味を持つことも無かった。

 紗凪だけは特別なのだと自覚して、それを悟られて離れていくのが怖くて気付かないふりをしてその気持ちに蓋をした。

 それなのに…紗凪を奪われてしまった。

 それに気付いたのは久しぶりに事務所に来た紗凪を見た時。
 顔色が悪いと言うほどではないけれど、少しだけ覇気のない表情。

「紗凪、体調悪い?」

 そう声をかけながら近付くとあからさまに警戒をした事を不審に思い、「出向先で何かあった?」と聞いてみる。

「大丈夫、仕事は順調だよ。
 ただ少し疲れてるだけ。通勤の電車がいつもより混んでる路線だから慣れれば大丈夫、なはず」

 その割に近付くと警戒を見せる紗凪に痴漢にでもあったのかと不安になるけれど、それを口にすることができない。そもそもオレには小動物のように可愛く見えるけど、そう見えるからと言って恋愛対象にされるわけでも性愛の対象にされるわけではない。そもそも紗凪の平凡な容姿はそんな対象になることもないだろうと自分の考えたことを打ち消す。

「もし大変なら変わるけど、」

「え、それは大丈夫。
 ちゃんと最後まで任せて」

 そう言って苦笑いを見せた紗凪にこの時にもっと話を聞いていれば、そう何度も後悔するのは紗凪が「貴哉さん」ではなくて「貴哉」とその名を呼んだ時。

「あれ?」

 愛おしそうに呼ばれた名前を不審に思い、聞き返してしまう。それは、引っ越し先は決まりそうかと何度目かの質問をした時。
 それまでは「せっかく自分だけの部屋選ぶんだからなるべく理想の部屋に」なんて言っていたのに言葉を濁すようになったことを不審には思っていた。だけど、それは予想もしていなかったこと。

 兄弟ごっこを楽しんでいたはずの相手に牙を剥かれていただなんて、考えもしなかった。

「部屋は決まりそう?
 真夏だと引っ越し大変なんじゃない?」

 お約束の質問をしたオレに少し戸惑った表情を見せた紗凪は「実は…引っ越すのやめたんだ」と小さな声で告げる。

「え、どうしたの?」

 素で聞いたオレに告げられたのは「貴哉がこのまま一緒にいたいって言うから」とはにかんで見せる。
 その表情と呼び方で察してしまったのはオレも同じ穴の狢だったからだろう。
 その関係が変わることを恐れて逃げたオレと、その関係が変わるかもしれないことを恐れず手を伸ばした貴哉。

 よくよく考えれば体調が悪そうに思えたあの時、きっと2人の間に変化があったのだろう。貴哉から告白されて悩んでいたのかもしれない。
 紗凪の恋愛対象が異性だからと諦めたけれど、その気持ちを素直に伝えていれば結果は違ったかもしれない。そんなふうに今更ながらに思うけれど、それならば自分もと言えるほど厚顔無恥でもない。

 それから少しして、紗凪を諦めるために彼女との生活を始めた。だけど、どうしても紗凪の部屋を使うことができず、仕事の資料があるからと言って鍵を掛けておいた。
 ドアノブ自体を交換することも考えたけれど、紗凪が1番触れていた場所だと思うとそれができなくて、外付けのものを探して設置した時にこれをしていれば紗凪はまだこの部屋にいたのに、と考えてしまう。 
 閉じ込めてしまっていれば、今頃はあんなふうに柔らかな声で俺の名前を呼んでくれていたのかもしれない。

 未練がましい。

 そんなことを思いながらも彼女との関係は順調で、紗凪にも紹介してそれなりに充実した毎日を送っていた。
 一緒に暮らし始めても彼女は彼女で仕事をしていたし、自分は自分で忙しい。
 実家暮らしだった彼女は仕事が忙しければ実家に戻り据え膳上げ膳の生活を送り、余裕のある時はこちらで生活して夫婦のような関係を送る。

 貴哉と暮らしていることを家族に告げることのできない紗凪は住所の変更をしないままで、時折届く紗凪宛の郵便物は急ぎのものがあれば直ぐに連絡するし、そうでなければ紗凪のデスクに乗せておく。
 家族からの手紙も同様で、実家に届いたものはここの住所に送られてくる。送られてきてもそのままゴミ箱行きになるような手紙ばかりだけど、親としては安否確認のためというのもあるのかもしれない。本人が受け取ればそれでいいし、もしも紗凪に何かあれば俺から連絡することもあるだろう。

 その日も受け取った手紙の中に実家からのものを見つけてデスクに置いておく。この人達も、紗凪の今の住所を知ったら驚くだろうなと思ったのが始まり。

 住所を知ったところで貴哉の住所を知ってピンとくるのは姉だけだろう。そもそも俺だって場所は知っているけれど、詳しい住所は知らされていない。
 それに姉に当てて手紙を送るような要件も、紗凪の実家に手紙を送るような要件も思い当たらない。

 紗凪の実家の住所は分かる。

 貴哉の住んでいる場所も分かる。

 紗凪の姉の名前は…バイトをしないかと誘った時に形だけ、と出してもらった履歴書に書いてあったはずだ。

 もしかしたら2人の仲を邪魔することができるかもしれない。
 そんなふうに思いついたのは紗凪が『貴哉』とその名前を呼ぶことを止めたかったから。姉に2人の関係が知られたら少なからず軋轢は生まれるだろう。
 2人の住む部屋は知っているのだから待ち伏せするのは簡単だ。

 撮れなかったら諦めればいいだけのこと。

 そんなふうに思い待ち伏せしてみると思った以上に簡単に写真が撮れてしまった。休みの日には2人で出かけると聞いていたけれど、仲睦まじい様子を見ると面白くない。
 何枚か写真に収め、バレないうちにと帰路に着く。あとは印刷して送るだけ。

 面白いようにスムーズに進む計画。

 一緒に手紙を入れようかとも思ったけれど、文面を思いつかず写真だけ入れておく。自分が受け取った前提で考えると写真しか入っていないことで誰からなのか、何が目的なのか疑心暗鬼になるだろうから。
 きっと元婚約者と弟が仲睦まじく写っている写真を受け取ったら冷静ではいられないだろう。

 一度帰宅して準備をして、改めて隣街まで赴き手紙を出す。こちらの住所は書いていないから消印を見てモヤモヤすればいい。
 紗凪の姉に恨みがあるわけじゃないけれど、紗凪を取り戻すために利用できそうなものを利用するだけだ。

 だけど、期待に反して紗凪の姉からは何のリアクションも無かった。

 
 
 
 
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