世界が終わる、次の日に。

佳乃

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閑話

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 跡取りとしての紗柚に固執する紗羅はその教育に力を入れるものの、親子としての情は薄く見える。

 習い事には率先して付き添うけれど、何もない時に遊びに行きたいと言っても「ママだって休憩したいんだからパパと行ってらっしゃい」と紗柚を僕に託す。その様子は押し付けるという表現がピッタリだけど、自分の子どもに対してその言葉を使うことは僕には躊躇われるためそう思わないようにしていた。

「ママは紗柚と遊びたくないのかな、」

 そんな紗柚の呟きに「ママは習い事担当で、パパは遊び担当ってどう?」と言えば納得するものの、他の子が家族で遊ぶ様を見ると淋しくなるのは当然のことだろう。

「紗羅ちゃん、少し話があるんだけど」

 紗柚が眠った後でそう声をかけたのは現状を改善したいと思ったから。
 習い事の送迎はもちろん、見学できるものは見学し、発表会に足を運び、PTAに当たる集まりにも参加して忙しくしているのは理解していた。
 もともとPTAをやってみてはどうかと声をかけたのは僕で、いわゆるママ友との付き合いの中で自分と紗柚の関係を少しは見直すのではないかと淡い期待をしてのこと。
 全てを紗羅に押し付ける気はないし、僕が参加しても大丈夫なものなら分担だってできると思い言葉を続ける。

「習い事の付き添いが大変?
 僕が送迎できるものは僕に行かせてくれないかな」

「何で?」

 僕の言葉に顔を顰めた紗羅はその真意を探ろうとする。

「紗柚がね、家族で遊びにきてる友達を見ると羨ましそうにしてるんだよ。
 ママは紗柚と遊びたくないのかなって。僕が習い事の付き添いをすれば紗羅ちゃん、少しは余裕が「馬鹿馬鹿しい」」
 
 最後まで言い切る前に止められた言葉は続く言葉に掻き消される。

「あのさあ、習い事の付き添いって社交の場と同じなの。母親ばかり集まるから情報交換もできるし、自分の主張だってできる。

 公園行って、親子で話したところで旦那がいたら本音でなんて話さないでしょ?

 私は、私が必死で手に入れたものを紗柚に残したいの。汐勿の家は紗柚のモノだって、今から浸透させておけば紗凪が帰ってきても何もできないでしょ?」

「でも紗柚が、」

「だったら旅行に行こうか。
 旅行行って、お土産買って配れば喜ばれるだろうし。
 紗柚だって3人で過ごせるんだから満足でしょ?」

 そんなことじゃないと言おうとしても「どこなら凄いって言われると思う?」スマホを開き、旅行先を検索し出したのはこれ以上話すことはないという意思表示だった。

 紗羅なりに紗柚を可愛がっていることは理解している。ただ、紗羅が与える愛は一方通行過ぎて紗柚には伝わっていないことも僕は知っている。
 自分が奪われたものを欠けることなく、余すことなく与えれば満たされると思っているのだろう。紗柚の感情を考慮することなく与え続けても無駄だと伝えようとしたけれど、「それはあなたが次男だからそう思うだけでしょ?」と言われてしまえば何もいうことはできない。

「自分だけのものだったのに急に無くなってしまう喪失感なんて、知らないでしょ?
 挙句、私のモノを奪った紗凪のことを可愛くないなんて言えないのよ?」

 言葉は強いものの責められる理由が分からないと戸惑っている様子は、求めても求めても満たされない自分と、満たそうとしているのにまだ愛を欲する紗柚とで板挟みになっているようにも見える。

 紗羅の与える愛情と、紗柚の求める愛情は違うのだと何度も伝えるのだけど頑なな紗羅はそれを理解しようとせず、自分の思う愛情を押し付け続ける。

 その愛情はやっぱり理解することができなかったけれど、そんな歪んだ愛情も含めて守ろうと思ったのは【家族】という関係を保とうと思ったから。
 家族という契約関係を保つには【家族愛】が必要で、自分の子どもを産んだ相手だと思えば家族として受け入れることはできた。
 紗羅にしか理解できない歪な愛だけど、それでも紗柚に惜しみなく与えようとしているのだから足りない部分は僕が補うしかないと覚悟を決めた。
 紗柚を愛し、紗柚を産んだ紗羅を尊重し、その尊重を愛に置き換える。

 紗羅を尊重することは僕が彼女に向ける愛だった。

 紗柚は紗柚で成長と共に親と遊ぶよりも友人と遊ぶことを好むようになり、紗羅と何かしたいと言うことも無くなっていく。僕に対してはどこかに連れて行って欲しいと言うけれど、いつからか紗羅に期待するのはやめたように思う。
 一緒にいるのは習い事の時だけで十分だと言った時にはそれが紗羅が築き上げた関係性なのだから仕方ないと思い、咎めることもしなかった。

 僕たち家族はそれなりに安定していたと思う。

 紗柚と僕は仲が良いし、紗柚と紗羅の関係も悪くはない。
 僕と紗羅は紗柚が生まれて以降性交渉は無いままだけど、避妊のために処置をしたり薬を飲むくらいなら自己処理したほうが楽だと結論付けた。そもそも小学生の紗柚を真ん中にして寝ているのだからそんな雰囲気になることもない。
 紗羅は性衝動は無いのかもしれないし、僕と同じように自分で発散しているのかもしれない。そのことに関して話し合いをすることはなかったけれど、セックスレスの家庭は案外多いのだと雑誌の記事か何かで見てからは、我が家もそのうちの一つだと割り切ることにした。

 そんな僕たちの関係が歪だったとしても、家族として機能しているのだから紗羅としても不満はないだろう。

 ⌘⌘⌘

 紗羅の口から紗凪の名前が出てから、時折不機嫌さを隠せない時があることに気付いたのはそれでも彼女を家族だと、妻だと思い気にかけていたから。

 僕たちの共通の話題は紗柚で、それぞれの持つ情報を交換し合い家族という体裁を保っていた。子は鎹だなんて言うけれど、紗柚がいなければ僕たちの関係は早々に破綻していただろう。

 写真に気付いたのは偶然だった。
 
 その日は土曜日で、ランチ会があると言った紗羅を見送り紗柚と2人で過ごしていた。と言っても宿題を終えた紗柚はゲームを始めたため僕は手持ち無沙汰になってしまい、それならば買ったまま放置してある本を読もうかと本棚に手を伸ばす。
 以前は紗羅が眠ってしまってからの時間を持て余して読書をすることで時間を消化していたけれど、紗柚が生まれてからはスタンドの明かりですら許されないため早寝の習慣がついてしまった。別室で過ごすことだって可能ではあったけれど、それをしてしまうと紗羅が不機嫌になるせいで読まないままの新刊が溜まっていく。

 それはシリーズもので揃えていたもので、どこまで読んだのかと何冊か取り出して捲っていた時に気付いたそれは数枚の写真だった。何でこんなところにと思い、自分は挟んだ覚えはないのだからきっと紗羅のモノだろうと考えて一度は閉じようとするけれど、好奇心には勝てない。
 そもそもこの本は僕のものだ。
 自分の本をどうしようと勝手だと開き直り、写真の内容を確認する。

 重ねられた写真は古いものではなかった。日付が入っているわけではないけれど、服装の感じからして最近のものだろう。
 1番上の写真はシワになっているけれど2枚目以降は綺麗なままで、写っている人物の顔もはっきりと判別することができる。

「あれ、これって、」

 写真に映るのは2人の男性で、1人は見覚えのある顔だった。

「紗凪君?」

 結婚式の後に数度しか会ってはいないけれど、紗羅によく似たその顔を忘れることはない。化粧を落とした紗羅とよく似ているけれど、幼く見えるのはきっと年齢の差があるからだろう。今の紗羅よりも高校生の頃の彼女によく似ている。
 紗柚が大きくなったらこんな感じになるのだろうなと考えながらその隣に映る男性を確認する。

 背は紗凪よりも高く、見栄えの良い彼は紗凪を見て微笑んでいるように見える。

「誰だ、これ」

 思わずそう呟くけれど、全く見当がつかない。
 写真が挟まれていた本は結婚した当初に読んでいたもので、シリーズものの前半に当たるものだった。続編も何冊か読んでいたせいで今更読み返すとは思わなかったのかもしれない。
 ということは僕には見られたくない写真だったのだろう。

 そういえば急に紗凪君の話をしたのはいつだったのか。
 2枚目の写真を見ると半袖で、1枚目の写真を見ると薄手のアウターを着ているから春頃なのかもしれない。3枚目、4枚目と続く写真の服装は季節と共に変化しているから定期的に送られてきているのだろう。

 急に紗凪の話を持ち出した紗柚はその後、訳も分からず不機嫌な時があった。あの時の話で紗凪の住む街を聞き驚いていたのは…。そう考えると紗凪と一緒に映る男性が誰なのか気付いてしまう。

 紗羅のあの反応を考えれば2人が会っていることを知らされていなかったのだろう。

 もしも偶然だったのならば知らせる必要はないかもしれないけれど、何枚も送られてきている写真に映る2人は親しい関係に見える。自分のモノを奪われることを嫌う紗羅にとっては面白くないことだというのは簡単に理解できてしまう。

 急に紗凪の話を持ち出した理由も、時々訳も分からず不機嫌になる理由も原因はこの写真なのだろう。

 2人で会っている理由は分からないけれど、それを告げた時に紗羅が嫌がるだろうという配慮からくるものかもしれない。何度も元婚約者を連れて帰省していたと聞いたから紗凪とだって面識があったのだろう。
 何かの偶然で再会して交流を持ったとしても不思議じゃないし、紗羅が嫌がると分かっているのならわざわざ告げる必要もない。
 元婚約者にしても紗凪にしても紗羅の性格は理解しているだろうから。

 そうなるとこの写真を送ってきたのは誰なのか。

 親しげな様子の写真はいつも同じ場所で撮られていて、それでも2人の視線がこちらを見てはいないところを見ると盗撮なのだろうと気付く。そして、何度も2人で映る写真を送ってくることに仄暗い悪意を感じてしまう。

「話してくれたらいいのに、」

 僕の言葉は紗羅に向けての家族を気遣う想いだったけれど、その気持ちは少しずつ変化していく。

 そして、僕たち家族は終わりの日に向かっていくことになるのだった。







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