世界が終わる、次の日に。

佳乃

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貴哉

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 車に荷物を詰め込み、紗凪と暮らした部屋を後にした俺は正直浮かれていた。

 紗羅とは別れてからも連絡は取っていたし最近は電話で話すこともあったけれど、顔を合わせるのは何年振りなのかと会えなかった日々を数え、数年ぶりに会うその姿を想像してみる。

 あの頃と変わらない、なんてことはないはずだ。髪型だって変わっているだろうし、髪の色だってきっとあの頃とは違うだろう。子どもを産んだせいで体型は変わっているかもしれないし、その容姿だって生活環境で変化しているはずだ。

 俺以外の男と結婚して、子どもを産んで。幸せな毎日を送っていれば俺に会いたいなんて言葉は出ないはずなのに、それを望んだということは思い描いた生活を送ることはできてはいないのだろう。

『世界が終わるって分かってたら貴哉を選んでた』

 なんて、そんな言葉が出るくらいなのだから俺に対して想いも残っているはずだ。

 世界が終わるなんて言っていても、結局は同じ毎日が繰り返されるだけなのは分かってる。少しずつ広がって行った噂と具体的になった日にちのせいで世間的にも浮き足立ってはいるけれど、本気にしているのはほんの一握りの人だけで生活に必要な物流は止まることはない。

 仕事だって休むつもりはなかった。
 家族持ちの社員、特に子どものいる家庭は家族のメンタルを考慮して休暇を認められた。ただ、家族がいるからとか、子どもがいるからとか、それを理由にしてしまうと公平ではないという理由で希望すれば休暇を取ることができたからそれを利用させてもらった。
 予定していた仕事を前倒しで終わらせた俺にだってその制度を利用する権利はあるのだから。

「あれ、休み取るの?」

 申請をした時にそう言われたのは特定のパートナーがいることを職場では公表していなかったから。紗凪との関係を続けていたところで公的に何か手続きが必要になることもないのだからと考えてのこと。
 同性である紗凪と婚姻関係を結ぶこともないし、扶養するべき子どもが生まれることだってない。パートナーシップ制度を利用する気もない。
 だから、適当な言い訳を並べておくことにする。

「どうも親が弱気になってるらしくって。盆正月も最近は帰ってなかったから、安心させるためにもな」

 そう答えて「迷惑かけるけど、ごめん」と一言添えればそれ以上追求されることはなかった。

 ⌘⌘⌘

 道程は順調。

 【家族のメンタルを考慮して】とはとても都合のいい言葉で、休憩でSAに寄れば家族連れの姿を多く目にする。その姿は一様に楽しそうで、不安な心を紛らわそうとしているのか、それとも単純に特別な休暇を楽しんでいるだけなのかは判断がつかない。
 ただ、自分に原因が無ければ紗羅と紗羅との子どもとあんなふうに過ごすことができていたのかもしれないのにと考えてしまう。

 そして、俺と別れてまで望んだ子どもとの時間よりも俺と過ごす時間を望んでくれた紗羅のことを愛おしく思う。

 その気持ちこそが本物なのだと。

 俺にとって紗凪が紗羅の身代わりだったように、紗羅にとって夫は俺の身代わりであり、子どもは汐勿の家を継ぐためのアイテムで。だから家を継いでいく必要がなくなってしまえば本物を求めるのはきっと本能。

 だけど本当は世界が終わるなんて、信じてない。それはきっと、紗羅も同じだろう。
 矛盾しているけれど、終わらない世界に安堵しながらも結局は元の生活に戻るしかないと分かっていて、この騒動を利用して想いを満たそうとしているだけ。

 だから、自分の居場所を残すために部屋だってそのままにしてあるし、紗羅を残して帰ることになるであろうことを考え、その淋しさを埋めるための代替え品を残してきたんだ。

 行き場のない紗凪は今もあの部屋で俺の帰りを待っているだろう。

 紗羅のことを告げてからは紗凪と触れ合うことを避け、餌付けをするように食事を用意していたけれどそれも止めた。
 紗羅に紗凪の存在を勘付かれたくなくて、顔を合わせてしまえば会話が生まれてしまうから仕方がないのだと自分に言い聞かせ続けて紗凪の気持ちを無視した行動を続けた。

 紗凪が寝た頃を見計らって帰宅して、紗凪が起きる前にベッドを抜け出す生活は確実に睡眠不足をもたらしたけれど、仕事がひとつ片付く度に紗羅との距離が近づいていく。
 もう一度紗羅に会えると思うと仕事の効率が上がる気がした。

 だけど紗凪と別れる気は無かった。
 紗羅のことを告げて避けるように生活をしているくせに、自分の靴を片付けながら不自然に開いた場所がないことを確認して安堵する。
 寝室のドアを開け、ベッドで眠る姿を見てはこのまま縛り付けてしまおうかと不穏なことを考えたりもしてしまう。

 信頼を裏切りその身体を暴き、逃げられないように映像に残した。
 好意を素直に告げて関係を構築するのではなく、恐怖で支配することで自分から離れられないようにしたのは紗羅が去ったことがトラウマになっていたからなのかもしれない。
 大切にしていたのに離れていくのなら、力で捩じ伏せてしまえばい逃げることはできないだろう。

 だから紗凪のことを肉体的に支配して、心理的に縛り付け、どこにも行けないようにしたんだ。
 紗羅の時のように、自分が優位に立って俺から離れて行かないように。

 紗羅に会うために車を走らせながらも思い浮かぶのは紗凪のことで、あの部屋で不安げに待つ紗凪を思い浮かべては仄暗い悦びを感じていた。

 車で向かう俺のことを想像して何を考えているのか。
 無事に着くことを祈ってくれているのだろうか。それとも途中でアクシデントに見舞われ紗羅と会えなくなることを望んでいるのだろうか。

 紗羅と過ごしている俺を想像してヤキモチを妬いてくれるのだろうか。

 世界が終わる時に側にいない俺を恋しがって泣いたりするのだろうか。

 誰もいないあの部屋で終わらない世界を見守り、俺の帰りを待ち侘び、俺のことだけを考えて狂ってしまえばいいのに。

 あの部屋に戻った時に生きる気力を無くし、ただただ横たわるだけの紗凪を抱きしめることを夢想する。
 生きる気力を無くした紗凪は俺に縋りつき、俺から離れることができなくなるだろう、きっと。
 俺から離れることを恐れ、俺が家を出ることを恐れ、俺の帰りをただただ待つだけの存在になってしまえばいいのに。

 そんなことを考えながら紗羅の元に向かう俺は、紗羅に気持ちを向けながらも紗凪に気持ちを残していた。この時にそのことに気付けば、その気持ちを自覚していればこの先の未来は変わっていたかもしれない。

 紗羅に対する執着と紗凪に対する執着の違いを自覚して、自分が何を求めているのかを自覚していれば自分の取るべき行動はきっと変わっていただろう。

〈もうすぐ着きます〉

 自分の気持ちを自覚しないまま車を走らせ、高速を降りたところで紗羅にメッセージを送る。本当はすぐにでも会いたいけれど、その気持ちを抑え、隣町の宿泊施設に向かう。
 婚約者だった頃に汐勿の家には何度も宿泊したし、ふたりで外に出て知った顔があれば挨拶をしていたから俺のことを覚えている人もいるかもしれない。そう考えて近すぎない場所に部屋を取ったのは紗羅を気遣ってのこと。
 この先もこの土地で暮らすのだから醜聞は避けるべきだ。そう考えてあらかじめ紗羅にも宿泊場所を告げておいた。

 すぐに会える距離が俺の心を穏やかにし、紗羅を想う気持ちを再確認する。

〈着きました〉

 紗羅の返事を待ちながら紗凪にも連絡しておく。既読がつかない事に気付かず、紗凪を繋ぎ止めるつもりで送ったメッセージ。

 紗凪のことだって考えているとアピールするための事務的な言葉。

《お疲れ様。
 今日はゆっくり休んでね》

 もっと事務的なメッセージである事に気付かず、自分に向けられたメッセージに浮かれた俺は、救いようのないほどの馬鹿だとこの時に気付いていれば…。

 世界の終わる日まで、あと7日。



【紗羅】

《着きました》

 貴哉からのシンプルなメッセージを受け取り、残されたであろう紗凪を想いほくそ笑む。夫も子どももいない部屋で貴哉と紗凪の映る写真を取り出し、大嫌いな弟の顔に爪を立てる。

「ざまあみろ」

 私の大切なものを奪い続けておいて、私が捨てたはずのものまで拾い上げた浅ましい紗凪を思うと自然に嗤えてきてしまう。

〈お疲れ様。
 今日はゆっくり休んでね》

 そんなふうに返せばすぐに着く既読の印。貴哉は今でも私を求めているという執着の証だろう。

「馬鹿な男」

 私の言葉に惑わされ、紗凪の手を離した貴哉は世界が終わらなかった時に何を想うのだろう。

 世界が終わる日まで、あと7日。

 捨てられた紗凪を想い、傷付き見えなくなった写真の笑顔を思い出して私は嗤う。

 どうか、紗凪が不幸なまま終わり迎えますようにと願いながら。




 

 




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