世界が終わる、次の日に。

佳乃

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大輝

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 目が覚めてキッチンに向かい冷蔵庫から缶コーヒーを取り出しながら、昨日食べ残した惣菜が冷蔵庫にあるのを見て紗凪の存在を再確認する。普段は水と缶コーヒー、あとはアルコール類しか入っていない冷蔵庫がこんなに充実しているのは彼女が出て行って以来だろう。

「水は、まだあるか、」

 2リットルのペットボトルに半分ほど残った水を確認したけれど新しいボトルを追加で冷やし、二日酔いになっているであろう紗凪のことを考えてコンビニに行くために顔を洗い、着替えをする。
 昨日の様子を見るとまだまだ起きては来ないだろうと考え、起きたらシャワーを浴びさせようと買ったまま着ることのなかったジャージを脱衣所に置き、そのまま家を出た。

 昨日の話を思い出しながら、自分のやっていることもアイツと同じかも知れないと思いつつ、それでも止められないのは紗凪のことを囲い込みたいと思ってしまっているからだろう。

 コンビニに向かい自分用にパンとおにぎりをカゴに入れ、続けてスポーツドリンクや二日酔いを緩和する薬、紗凪の好きなアイスもいくつか選びレジに向かう。

 付き合いがそれなりに長いせいであれだけ飲んだ紗凪がどんな状態かは予想がついてしまうけれど、彼のことだから無理をしてでも起きると言いそうだからそうならない状況を作っておこうと今日の予定を頭の中で立ててみる。帰宅して、PCを確認して、必要があれば返信をしておこう。紗凪はデータの整理をしていたいと言っていたけれど、今日1日くらいゆっくりしたところで何も変わらないはずだ。

 世界が終わると言われている日まで1週間を切ったけれど、実感はまるでない。そもそも信じていないのだから実感するもしないもないだろう。
 平日なのに公園で遊ぶ子どもを見て学校は休みなのかと思い、そう言えば休校になる学校もあると言っていたことを思い出す。1週間後には結局何もなかったと日常に戻るのだろうけれど、対策をして何もなければ嗤えるけれど、対策をせずに何かあったら目も当てられないのだろうから仕方がない。
 大人だって仕事が滞る事態なのだから学校が休みになるのも当然と言えば当然なのだろう。

 どうでもいいことを考えながら事務所に戻り、買ってきたものを冷蔵庫に入れておく。
 自分用にと買ってきたものを食べながら、紗凪が起き出す前に今日やるべきことを終わらせようとPCを立ち上げ、メールをチェックする。
 何通かのメールが届いているけれど、どれも落ち着いたら仕事をお願いしたいといった内容ばかりなのを確認して、こちらからも落ち着いたらよろしくお願いしますと返信しておく。

 まだしばらくはこんな状態なのだろうけれど、その中に貴哉の会社からのメールを見つけてどうしたものかと考える。
 紗凪を置いて姉の元に向かったけれど会社を辞めたわけではなさそうだし、部屋だって解約しなかったということは帰ってくる気はあるのだろう。
 そうなった時に姉を連れて帰ってきていれば紗凪は邪魔になるだろうし、連れて帰って来なければまた紗凪を支配しようとするはずだ。
 どちらにしても、顔を合わせるような状況を作りたくないと思うのは、貴哉のしたことを考えれば当たり前のことだろう。

 公私混同だとは思うけれど、うちじゃなければダメな理由もないし、紗凪じゃなければダメな理由もない。
 今までだって他社からの仕事を引き継いだり、他社に仕事を受け渡したりもしたことだってあるのだから何も特別なことじゃない。ただ、割と大口の顧客ではあったから紗凪が気に病まないかと心配なだけだ。

 こんなことは何度もあることではないと思いながらも紗凪を外に出すことなく、今までのように仕事ができないかと考える。リモートでも可能なことが多いものの、直接出向いた方が早いせいで出向という形をとっていたけれど、やり方を変える時なのかもしれない。

 どういった形がいいのかと考えながら、貴哉の会社には今までと違う形での取引を検討している旨を伝えておく。緊急だと言われたらその時にどうするか考えればいいだろう。
 大口の顧客ではあるけれど、どちらを取るかと言われれば紗凪を選ぶのは当然だ。

 ⌘⌘⌘

「結局、あの人って紗凪のお姉さんが好きだったってこと?」

 アルコールが入れば少しは話しやすくなるだろうと思ったものの「さあ、」と短く答えると黙り込んでしまう。
 話を聞きたい気持ちはあるけれど、話したくないなら仕方ないと諦めかけた頃に口を開いた紗凪は言い訳のような言葉を並べ始める。勢いで家を出たものの、気持ちの整理はまだ付いていないのだろう。

「別れてからも連絡は取ってたみたいだからそうなんじゃないのかな?
 別に嫌いになって別れたわけじゃないし」

「………でも、別れた理由って前に話してくれたあれだろう?」

「だから、ボクも声かけられて貴哉だって気付いた時に気不味くて距離取ろうと思ったのに、気にしてないみたいに話しかけてくるし」

「オレがあの人の立場なら…無理だな」

「ボクもだよ」

「でもさ、」

 アルコールは口を軽くするのだろう。
 普段の紗凪なら話さないようなことを聞かされ、驚きと共に怒りが湧き上がる。あの時、紗凪の恋愛対象は異性だからと諦めた自分の想いを踏み躙られた気がした。
 貴哉が本当に紗凪の事を想っていたのなら許せるけれど、今のこの状況を考えるとそういうわけではないだろう。それに、本当に大切に想っているのなら無理矢理暴き、それをネタに脅すなんてことはできないはずだ。

 あの時、紗凪を諦めるためにと、紗凪を傷つけないためにと決断した事が逆に紗凪を傷付けることになるなんて考えもしなかった。

 義弟になるはずだった紗凪に想いを寄せ、抑えることのできない気持ちを伝え、悩みながらも受け入れたことで新しい関係を手に入れたのだと思っていたのに。
 一般論と、断られた時に変わってしまう自分達の関係を恐れて何もできなかったことを後悔していたのに。

 身体を暴き、それを盾にすれば自分のことを好きになってくれたかもしれないなんて。紗凪にとっても、オレにとっても残酷な現実に苛立ちを隠す事ができない。

「ちょっと待って、あの時ってあの人と付き合うかどうか悩んでたんじゃなかったの?」

「違うね。
 付き合うことを悩んでたんじゃなくて、諦めて受け入れようか、なんとか逃げようかって?」

「何で相談してくれなかったんだよ、」

「………言えないよ」

 責める口調になってしまうせいか紗凪が困った顔を見せるけど、その時に気づいて手を差し伸べていれば、と考えてしまう。
 そんな状況だったなら自分の行動だって自ずと変わってきていたはずだ。

「大輝だって、同じ立場なら言えないと思うよ。
 姉の元婚約者に襲われて写真撮られました。その写真で脅されてますなんて、言える?」

「………言えないか。
 でも、相談して欲しかった」

 その言い分は尤もで、もしも自分が紗凪と同じ立場だったとしてもひた隠しにして、何かできることはないかと考えただろう。

「でもさ、はじめはそんな感じだったけど、大切にしてくれたし、好きだったんだよ?」

「大切に思う相手なら無理矢理ヤったりしないし、写真とか動画で脅さないし」

 紗凪の見当外れな言い分に溜め息を吐きながら反論するものの、写真なら自分も撮ったではないかと自嘲する。しかも、本人たちに対して使うのではなくて今は関係ない(と思っていた)相手に対して送りつけるとか、やっていることはオレのほうがタチが悪いかもしれない。

「でも………」

「それって絆されたっていうより同情なんじゃないの?
 自分の姉さんに捨てられた可哀想なアイツに同情して、自分が癒してあげたいって。
 もしくは…共依存?」

「共依存って、」

「でも聞いてるとDVからの共依存って思わないでもないけど」

 そう、互いに想いを寄せ合っていると思っていた関係は性暴力と脅迫から始まったもので、飴と鞭を使い分けられているうちに気持ちのすり替えが行われたように思ってしまう。
 自分のことが好きだから無理に身体を暴き、自分を離したくないから残されたデータで脅しをかける。
 好きだから、離したくないから、想いを返さず逃げようとする紗凪が悪いのだから。
 そう思わせることで罪悪感を抱かせ、支配されていた関係は、いつしか紗凪の気持ちを歪めて行ったのだろう。

「でも、ボクだってはじめは自分で部屋を借りるつもりだったんだ。
 だけど、」

「だからそこだって。
 オレも専門的なことはわからないけど無理矢理やるのって、性暴力だよ?パートナーを暴力で支配して縛り付けて。
 これってDVなんじゃないの?」

 テレビや雑誌で聞き齧った知識だからはっきりとDVだと断言はできないけれど、それでも普通ではないことを伝えたくて強い言葉を使い続ける。貴哉との関係が普通の始まり方ではないと改めて自覚すれば、自分の置かれた状況のおかしさに気付くもしれない。

「それに食事もアイツが作るって言ってたけど、それって依存させるためなんじゃないの?
 餌付けじゃないけど胃袋を掴むって言葉もあるし」

 食事がいかに大切かは自覚してる。
 彼女と住むようになって1番変わったのは食生活で、自分のために作られた料理のありがたさを知ったから。
 母の作る食事に感謝の気持ちはあったけれど、どこかで当たり前だと思っていた。
 学生の頃は適当に済ませていたし、紗凪と同居していた時も学生の頃の延長で、収入が増えた分外食が増えたほどだった。もちろん付き合いでの外食が多かったせいもあるけれど、自分で作るという選択肢は無かった。
 紗凪だって似たような食生活を送っていただろうからオレの言っていることはあながち間違いじゃないはずだ。

 口を滑らかにさせるために飲ませ過ぎたせいか、貴哉との生活を赤裸々に話すのを聞いていると確かに始まり方は良く無かったけれど、その関係は悪く無かったようだ。
 オレが嫉妬して、その関係を壊そうとした時に見せた幸せそうな笑顔が偽物だったとは思わない。

「ねえ、アイツの態度っていつから変わったの?」

 ウトウトし出した紗凪に聞いてみても「わかんない、」と言うだけで、オレが写真を送り始めた時期が関係しているかと思い質問を重ねても要領を得ない答えが返ってくるばかり。

「紗凪はさあ、最近親とかお姉さんと連絡取ってる?」 

「とってない。
 だって、
 たかやのこと、
 しられたくないし」

 辿々しい言葉で否定する自分達の関係。紗凪の姉と連絡を取っていた貴哉だって、きっと伝えることは無かったであろう関係。

「知られたら駄目なの?」

「どうなんだろうね、
 わかれたいって、
 ねえさんからだし」

「だったら言えばよかったのに」

「いえないよ、
 たかやとつきあってるなんて…」

「それは、同性だから?」

「ちがう、
 たかやだから」

 ふにゃふにゃと辿々しい言葉で答える紗凪は無防備で、こうやって酔わされていいようにされたのだろうと思い自分がそうすることを想像する。

 このまま寝室に連れて行き、思考の止まった紗凪を言葉巧みに誘導して既成事実を作ることだってできるだろう。
 貴哉が暴いた時とは違い、同性に抱かれることに慣れた身体は簡単に蹂躙できてしまうはずだ。
 だけど、それをした時に変わってしまう紗凪との関係が怖くて思い留まる。

「紗凪、寝るなら部屋戻りな」

 そろそろ限界なのだろう。
 眠そうな顔を隠そうとしない紗凪に水を飲ませ、部屋まで連れて行く。

「かたづけしないと」

「は、みがきたい」

「おふろ、」

 そんなふうに抵抗する紗凪はもともと細かったけれど、細いと言うより華奢になったように感じる。きっと、貴哉との関係が悪くなってからは食生活も良くなかったのだろう。

「相談してくれればよかったのに」

 無理矢理布団に押し込んだ紗凪に布団をかけ、そう呟く。
 寝顔を見ているとその頬に、その唇に、その身体に触れたくなるけれど、欲望をグッと抑えて部屋を出る。

「まだ早い、」

 やり方を間違えて紗凪を失わないためにも時間を掛け、籠絡するべきだ。
 それが駄目なら…。
 彼女がいた時に使っていた鍵は、まだ捨てていない。
 
 ⌘⌘⌘

 昨夜のことを思い出しながらPCを閉じ、時間を確認する。上で物音がするのはきっと紗凪が起きたからだろう。

 部屋から出てキッチンへ向かい、きっと水を飲むはずだ。同居していた時も起きると水分を欲しがりキッチンに移動していたから、二日酔いであろう今日もきっと同じ行動をとるのだろう。

 事務所に鍵をかけ、内側のカーテンを閉める。これで誰か来たとしても諦めるだろう。

「紗凪、起きた?」

 そう声をかけながらキッチンに入ると紗凪が顔を上げる。その動作で顔を顰めたのは二日酔いのせいだろう。

「なに、仕事してた?」

 それを隠すように言った紗凪に「はい、これ」とコンビニの袋を渡し、アイスを冷凍庫に入れながら話を続ける。

「二日酔いだろ?
 今日はもう休みにしてダラダラしてな。無理してたんだろ?」

 昨日の記憶はないのだろうけど、あんなふうに赤裸々に語ったのは心が疲れていたからだろう。ギリギリまで耐えて、逃げ込んだ先がここだったのならオレに甘えて休息を取ればいい。

「コンビニに行ってたの?」

「だいぶ前にな。
 下の冷蔵庫に入れてちょっとだけPC確認してたら紗凪が起きた音が聞こえたから」

「あ、何かやることある?」

 平気なフリをしているけれど、顔色は悪いままだ。

「何もないよ。
 データだって、二日酔いの頭でやって不備があったら二度手間だし。
 まだあと5日もあるんだから今日はダラダラする日。
何なら迎酒する?」

「………無理」

「オレも今日は部屋でダラダラしてるから用があったら呼んで。
 あ、でもシャワーくらい浴びたら?」

 体調の悪さを認めた紗凪を安心させるために自分も部屋に戻ると告げる。

「着てないジャージ置いてあるから使って」
 
 断られないように押し付けるようにそう言ってキッチンを出たオレに「ありがとう」と答えた紗凪の声が安心しきった声で、その無防備さに自分でそう仕向けておきながら心配になってしまう。

「依存、か」

 オレの用意した部屋で過ごし、オレの用意した衣類を身に付け、オレの与えたもので空腹を満たし、そのまま全てをオレに染められてしまえばいいのに。

「あ、アイス」

 せっかく紗凪の好きなモノばかり選んだのにそれを伝え忘れたことに気付いたけれど、浴室まで行って告げることでもないだろう。

〈アイスでも何でも、食べれそうなモノお腹に入れとけよ〉

 同じ家にいるのにメッセージで伝えるのはオレと紗凪の距離の現れなのだろうか。

 友達よりも深い付き合いだけど、家族や恋人ほど近いわけではない。だけど、ビジネスパートナーと呼ぶには親し過ぎる関係。

「このまま世界が終わればいいのに」

 終わらないと分かっていても、伝わっていないと分かっていても、それでも側にいて欲しいと願ってしまう。

 世界が終わらなかったら貴哉が迎えに来るかもしれない。

 世界が終わることなく日常が戻ってきたら、紗凪はまた出ていくと言うのだろう。

 世界が終わらなかった時のことなんて、考えたくなかった。
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