世界が終わる、次の日に。

佳乃

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紗凪

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 二日酔いになったあの日、言われた通りにシャワーを浴びてから部屋に戻りスマホを開くといくつかの通知に気付く。
 大輝からのありがたい言葉に甘えてアイスを食べながら、貴哉からメッセージが届いていると告げる通知にどうしようかと少し悩み、既読を付けたくなくてトーク画面のトップページを開けば到着を知らせるメッセージだったことを知る。

「何がしたいの?」

 受け止める相手のいない疑問の言葉を呟き、友達リストを開き貴哉をブロックする。貴哉からの連絡は必要無いし、この先、連絡を取りたいとも思わない。
 あの部屋は解約しないし、そのまま住み続けていいと言われたけれど、元々は出ていく予定だった部屋なのだから僕にはもう関係の無い場所だ。

 正直な話、この部屋をまた使えるのなら痕跡を残さないほどに僕の荷物を持ってくれば良かったと思ってしまうけれど、今更それを言っても仕方がない。残して来たのはあってもなくても困らないようなモノなのだから勝手に処分してくれたらいい。

 宣言通り、部屋でダラダラしていてらしい大輝は夕方に《夕飯は?》とメッセージを送って来た。

〈お腹空いた〉

《昨日の残り、片付けちゃう?》

〈今日は飲まないよ〉

 そんなやり取りをしながらキッチンに向かう。

「パックのご飯温めるけどどれくらい食べる?」

「少しだけ」

「味噌汁、お湯沸かすからカップに入れておいて」

 手際よくパックのご飯をレンジに入れ、インスタントも味噌汁を僕に渡すとお湯を沸かし始めた大輝は、冷蔵庫から昨日の残りを取り出す。その手際の良さに驚きながら、一緒に住んでいた頃とは違うのだと思い知らされる。

 貴哉と暮らし、甘やかされてばかりいた僕は彼のために何かをすることもなく、ただただ自分のことをしていただけ。会社に行く貴哉とは違いずっと家で過ごしていたのに、姉のところに行くと言った貴哉を許すことができず、疲れているであろう彼を労ることすらしなかった。
 疲れて帰ってくる貴哉のために簡単なものでもいいから食事を用意していれば、何かが変わっていたのだろうか。

「明日からはダラダラしてても時間の無駄だからデータの処理と、後ちょっと相談もあるから9時に事務所な」

 相談と言われてその内容が気になったけれど、今はそれ以上話す気は無いと言うように話を変えられる。

「とりあえず午前中は仕事して、昼から買い物?
 いちいち買い物行くのも面倒だから適当に食料品買いに行く予定だから。あの日は流石にコンビニも閉めるかもしれないし」

「食料品って?」

「外に出なくても大丈夫なように適当に買って来とけばいいんじゃない?
 車で行けば大量に買っても運べるし」

「どんだけ食べるつもりなの?」

 そんな会話をしながら食事を終え、さすがに今日は飲まないでおこうとそれぞれの部屋に戻る。

「生活のルールは前と同じで。
 風呂入るならお先にどうぞ」

 その言葉に甘えて先にシャワーを浴びてから部屋に戻る。カバー類を洗いたいと思っていたけれど、明日も無理かもしれない。

 娯楽のためのモノは何も持ち出さなかったため、布団に入りスマホを触る。読みかけだった小説を開いて読み始めると夢中になってしまい、日付が変わる頃にはキリのいいところでスマホを閉じて目を瞑る。

 シングルの布団は狭く感じるけれど、独りで眠るにはちょうどいい。ボクひとりで温めることができるから余計な温もりを求める必要はないし、求める気もない。

 ⌘⌘⌘

 諦めてしまえば独寝はとても楽だった。息を潜めて貴哉を待つ必要も無いし、自分以外の温もりが冷めていくことを淋しいと想う必要も無い。

 目が覚めて、時間を確認して顔を洗う。洗面所を使用した形跡があるから大輝はもう起きているのだろう。

 同居していた時のようにキッチンに向かい朝食を、と思った時に何も用意していないことに気付く。
 同居していた頃はそれぞれ好きなモノを用意して好きなように食べていたから今現在、ボクが食べることのできるモノはこの家に無い。

「何固まってるの?」

 自室にいたのか、キッチンで佇むボクを見て呆れた顔をした大輝はいつものように冷蔵庫からコーヒーを取り出す。

「おはよう」

 とりあえず挨拶をしたボクに「その辺にあるの、適当に食べたら」とコンビニのパンとおにぎりを指差す。
 ボクより早く起きて買って来てくれていたようだ。

「ありがとう。
 何時に起きたの?」

「さあ。
 目が覚めて食べるモノなかったからコンビニに行って来ただけだし」

「お金払うよ、」

「別にいいよ、これくらい。
 福利厚生だと思っとけ」

 そう言って笑うと「でもしばらく外に出ないようにするなら自炊も有りなのか?」と言い始める。

「紗凪って料理作れる?」

「簡単なモノなら。
 大輝は?」

「カップラとか、レトルトのカレーくらい?」

「それ、自炊って言わない」

 呆れたボクに「炊飯器あるから米買ってくるか」と言い出し、驚くボクに「彼女がいた時に炊飯器買ったんだよ」と教えてくれる。
 同居していた頃はこの家で米を炊いたことなんて無かったのに、パートナーの存在は色々と変化をもたらすらしい。らしいと言うか、ボク自身そうだったから知らない大輝がいることに淋しいと思いながらも変化を受け入れる。

「レトルトと冷凍と、あとは麺類とか。
 簡単なモノなら作るから」

「良いのか?」

「………福利厚生?」

「じゃあ、お願いしようかな」

 おかしそうに笑った大輝は「先に下行ってるから」と缶コーヒーを手に階下に降りていく。もしかしたらボクが起き出した音に気が付いて顔を出してくれたのかもしれない。
 そんな細かな気遣いが、できることをしたいと言う気持ちに繋がるのかもしれない。貴哉のために食事を作ろうとは思わなかったのに、自分のために何かしてくれた相手に対してそんなふうに思うのはその気持ちが嬉しいから。
 貴哉だってボクのために食事の用意をしてくれてはいたけれど、それはボクを油断させるためだったのだと思うと彼に対して何かしたいとは思えなかった。

 同じ時を過ごし身体を重ねる度に好きになっていったと思っていたけれど、本心では許していなかったのかもしれない。

 ⌘⌘⌘

 食事を済ませ、事務所でデータの整理をしている時に出向することを最小限に抑え、可能なものはリモートに移行するようにしたいと相談された。

「出向の方が手っ取り早いのと面倒が少ないから続けてたけど、リモートならこんな時も対応できるし、効率も上がると思うんだ」

 言い訳のようにそう言ったけど、ボクと貴哉の間に起こったことを気に病んでの提案なのだろう。

「別に良いけど、対応できないところは?」

「調整が終わるまでは出向もやむを得ないけど、調整を拒否されるようなら他社に譲っても良いと思ってる。
 別に紗凪のことがあったからってだけじゃなくて、将来を見据えてだから」

「その辺は大輝に任せるよ」

 出向が嫌だったわけでは無い。だけど偶然再会した貴哉とこんなふうにトラブルを起こしたことは自己責任なのだけど、仕事に支障が出るようなことは避けたい。そもそもリモートで対応していれば直接関係していなかった貴哉との交流はなかったのだから、大輝の言うことはもっともな事だと納得する。

「じゃあ、そういうつもりで調整するから。でも紗凪、出向無くなると退屈?」

「え?
 通勤の時間が無くなればその分他のことできるし、ボクは賛成だよ」

 その言葉にホッとした顔を見せると「じゃあ、この話はこれでお終い。キリ付いたら買い出し行くか」と嬉しそうに笑う。
 酔いに任せて赤裸々に話してしまったせいで自分が思う以上に心配をかけてしまったのだろう。

「なんか、ごめんね」

「何が?」

 惚けたふりをして作業を始めた大輝だったけど、「ありがとう」と言えば「どういたしまして」と済ました顔を見せる。

 今だけは大輝の優しさに甘えてしまおう。世界が終わる日までは、その優しさに流されてしまおう。
 リセットするにはちょうど良かったのかもしれない。世界が終わる日に貴哉への想いを捨て、新しい世界で生きていこう。

 信じていない世界の終わりを願い、終わらなかった時のことを考える。

 貴哉に流され貴哉に甘えて失敗したのに、それなのに大輝に甘えて大輝に流されようとしているボクは狡いのかもしれない。

 だけど、今はその狡さに流されていたいたかった。
 
 










 
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