世界が終わる、次の日に。

佳乃

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貴哉 1

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 その日は朝から良い天気だった。

 本当ならすぐにでも紗羅を迎えに行きたいけれど、旦那と子どもを送り出してから家を出ると言っていたから、待ち合わせた駅まで行くにしても早すぎる。仕方なくチェックアウトしてから近くのコインランドリーを探す。
 着替えはまだ足りているけれど、汚れたままのものを持ち歩くのは心情的に避けたいと思い、空いてしまった時間を有効活用することにする。

 駐車場のあるコインランドリーを選び洗濯機に洗濯を入れる。時間は30分程度。その後に乾燥もあるから1時間はここで過ごす必要があるだろう。土地勘が全く無いわけではないけれど、30分後に戻ってくるくらいならここで過ごしている方が効率が良い。
 小銭を作るために買った缶コーヒーを飲みながらスマホを触る。職場から連絡が来てないことを確認し、ニュースサイトをチェックする。

 世界が終わると言われ始めたのは随分前で、今でも信じていないし、何事もないままその日を迎え、紗凪の待つあの部屋に戻ることになるだろうと思っている。

 自分にとっては紗羅に会うためのただの口実。

 それだって、紗羅が俺に会いたいなんて言い出すことがなければ今だっていつもと同じように会社にいただろうし、仕事が終われば紗凪の待つあの部屋に帰るだけのいつもと変わらない毎日を送っているはずだった。
 ニュースのアプリを開き、何か異変が起こっていないかを検索する。【世界】【終わり】と入れればそれに関連する情報が出てくるけれど、大手の会社が当日とその前後の日だけ業務を完全に停止するとか、物流は止まらないとか、最後になるかもと旅行客が増えているとか、そんな話題ばかりで具体的に何か変化があったというニュースは出てこない。
 テーマパークなどは運営を続けていて過去最高の入場者数を記録したなんてニュースも出てくる。
 紗羅の子どもも学校が休みになっていると言っていたけれど、旅行に行くことをせず、義実家で過ごすことを選んだのは祖父母と孫とゆっくりと過ごしたかったからかもしれない。

「そう言えば、紗凪」

 メッセージを送った時に既読が付かなかったことを思い出しメッセージアプリを開いてみる。紗凪のことだから遠慮して返信はしないかもしれないけれど、と思い既読だけ確かめようと開いたそこに【既読】の文字が無いことに少し驚き、〈紗凪、何してる?〉とメッセージをもう一度送ってみる。

〈何かあった?〉

 続けて送っても既読の付かないメッセージ。もしかして、と嫌なことを考えてしまいメッセージではなくて電話をかけてみる。聞こえてくるのは呼び出し音だけで、何度数えても紗凪が出ることはない。

〈寝てる?〉

〈体調悪い?〉

 何度か電話をかけ、メッセージも送るけど電話は呼び出し音が聞こえるだけで、メッセージには既読が付かない。何か紗凪の様子を知る方法はないかと考えている時に洗濯が終わったことを告げるアラームが鳴り、取り敢えず洗濯を乾燥機に移す。きっと今の俺は様子がおかしいだろうけれど、天気が良いせいでコインランドリーにいるのは自分だけなのがせめてもの救いだ。

 洗ったものを乾燥機にセットして再びスマホを開く。既読はまだ付いていない。

 メッセージに既読はつかないけれど、呼び出し音が聞こえるということはスマホは使えるということだろう。アナウンスがないのだから電源が入っていないという事はない。
 何か出れない事情、体調を崩したとか、それとも…と嫌なことが頭をよぎる。

 何か連絡を取る方法はないかと考え、紗凪の会社のことを思い出すけれど、一派遣社員のことまで把握していないだろう。そもそも、ここ最近紗凪は自宅待機になっていたはずだ。
 俺がこっちに来たタイミングで実家に来るような事はしないだろうからあの部屋にいるはずなのに、やっぱり何かあったのだろうかと悪いことしか考えられない。

〈紗凪、気付いたら遠慮しなくて良いから連絡して〉

 メッセージを送ったり、電話をかけたりするけれど何の反応もないまま気付けば乾燥機は止まっていた。
 洗濯をたたんだけれど、温かいそれを旅行鞄に入れるのは躊躇われて後部座先に置く。熱が冷めたら詰め込めばいい。

 気付けば昼も近くなり、紗羅との待ち合わせを考えて移動を始める。紗凪のことは気になるけれど、現状できることはないのだから時間を見つけて連絡し続けるしかないだろう。

 紗羅に指定された駅にナビをセットしておおよその時間を確認する。そこまで遠くない場所だから昼食をどこかで済ませているうちに連絡が来るだろう。

 紗凪からの連絡が来たらすぐにわかるようにホルダーにスマホを置き車を走らせる。紗羅の住む街を通り越し、隣の街に行く途中で適当な店に入り昼食を済ませておく。
 身体を動かしていないせいなのか、紗凪のことを気にしてなのか食欲は無いけれど、惰性で昼食を済ませる。
 これでいつ連絡が来ても大丈夫だ。

 どこかで時間を潰すのも面倒で、仕方なく駅からは少し離れたショッピングモールに車を止め、紗羅からの連絡を待つけれど、その間にも紗凪のことが気になってしまい何度もスマホをチェックする。家を出る時は紗羅に会うことが最優先で、それを告げた時に微笑んでくれたから安心して出てきたのに…。

 それでも紗凪の現状を自分の都合のいいように解釈する。

 俺が紗羅と会っているのか辛くて、俺が紗凪に連絡するとは思わなくて、俺からの連絡が来ないことを目の当たりにしたくなくてスマホを見ないようにしているのかもしれない。
 そう考えるときっとそれが真実だと思い、部屋にスマホを放置したままベッドで丸くなる紗凪を想像する。自室の寝具は一緒に寝るようになった時に捨てたから寝室で独り過ごしているのだろう。

 もしかしたらリビングで、いつものように本を読んでいるのかもしれない。そう言えばウェブ小説を読む時に通知や連絡が入ると無視することが多かったから、スマホで小説を読むのに夢中の程で俺からの連絡も知らないふりしているのかもしれない。ちょっとした反抗を見せて、俺の気を引こうとしているのかもしれない。

 そう思うと心配させられたことに少しだけ腹立ちを感じたりもするけれど、それ程までに俺のことを想っているのかと可愛く思えてしまう。紗羅を慰め、紗羅を安心させ、紗羅を満たし、世界は終わらなかったと家族と過ごす紗羅を確認したら直ぐに紗凪の元に戻ろう。

 そしてふと考える。

 もしも噂が本当で、紗羅を見守るためにここに残ったせいで紗凪があの部屋で独りきりで最後を迎えたら…。
 世界の終わりがどんな形で来るのかなんて、本当のところは誰も分かっていない。世界各地で同時に災害が起こるとか、世界的なシステムダウンが起こるとか、色々な可能性が検討され、色々な対策を取っているけれど、何が起こるのかがわからなければ対策をしたところで無駄なだけ。
 そもそも世界が終わる災害だなんて、巨大隕石が落ちるくらいしか思いつかない。世界中で同時に災害が起こったとしても、世界が終わるほどのことは無いだろう。
 ただ、本当に世界が終わるのなら一瞬で終わらせて欲しいとは思う。

 紗羅を安心させれなかったと後悔することなく、紗凪との約束を破ったことを後悔することなく、何があったのかわからないまま終わりを迎えれば誰も苦しむことなく終わっていくだろう。
 紗凪だって、何が起こったのか理解しないまま終われば淋しさも苦しみも感じずに終わることができるだろう。
 苦しみながら最後を迎えるのは御免だし、紗凪には苦しい思いをして欲しくないから。

 既読の付かないメッセージを見ながら紗凪のことを考える。
 行く場所のない紗凪は今この瞬間もあの部屋で過ごしているのだろう。うちに来る前は友人の家に居候をしていたと言っていたけれど、その家でパートナーとの生活を始めているはずだからこんなときに頼ることはしないはずだ。
 彼以外の友人の話も、彼以外と連絡を取るところも見たことはない。そして、俺がこっちに来たせいで実家に帰るという選択肢も奪ってしまった。

 きっと淋しい思いをしているだろう。

 きっと悲しい思いをしているだろう。

 大丈夫、全てが終われば紗凪の元に帰るから。紗羅と会い、紗羅と過ごし、紗羅への想いを断ち切り、今度は紗羅を抜きにして、紗羅の弟としてではなく【紗凪】というひとりの人間として向き合おう。

 大丈夫、紗凪は俺のことを愛しているのだから帰った俺に微笑みかけ、俺を赦し、俺を求めるだろう。

〈全部終わったら直ぐに帰るから〉

 紗凪が安心するように送ったメッセージ。
 自分のした仕打ちを棚に上げ、紗凪の想いを勝手に解釈し、自分は赦されると、自分は必要とされると信じ切っていた。

《予定通り、義実家に向かったら家を出ます》

《14時に駅の近くの駐車場に》

《車止めたら場所教えて》

 紗凪のことを考えていたのに紗羅からのメッセージでその想いを頭の隅に追いやる。

〈了解〉

 短い言葉を返し、駐車場の場所を検索する。

 やっと会えるんだ。

 それまでの紗凪に対する不安も、心配も、愛しさも、今だけは全ても想いを忘れてしまおう。

 今だけは赦して欲しい。

 紗羅が1番だと思っていたのにこの時には変化していたことに気付かず、俺は嬉々として車を走らせた。

 今だけだから、と。






 

 
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